婚約破棄のついでに国外追放されましたが、私を拾ってくれたのは前世で最推しだった黒騎士様でした

夏見ナイ

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第35話:領地の特産品

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収穫祭の熱気は、祭りが終わった後も領地に残り続けていた。人々の顔からは諦めの色が消え、自分たちの手で未来を掴み取ったという自信と活気が満ち溢れている。麓町の市場は以前にも増して賑わい、農民たちの威勢の良い声が響き渡っていた。

冬の訪れは早い。厳しい冬を越すため、私たちは収穫したジャガイモやカブを、砦の巨大な地下貯蔵庫へと運び込んでいた。その量は、これまでの数年分に匹敵するほどだった。もう、飢えを心配する必要はない。その事実が、人々の心に大きな安らぎをもたらしていた。

しかし、私はそれで満足していなかった。
食料は足りている。だが、この領地には別のものが決定的に不足していた。それは、現金収入だ。

シュヴァルツ領の主な産業は、鉱山から採れる鉄鉱石の採掘だった。しかし、その利益のほとんどは帝国への納税と、騎士団の武具を整える費用に消えていく。領民たちの暮らしは、物々交換が中心。彼らが現金を手にする機会は、ほとんどなかった。

豊かな暮らしのためには、お金が必要だ。新しい農具を買うためにも、子供たちに教育を受けさせるためにも。

私はある日、マーサや料理人たちと共に、夏の間に少量だけ収穫できたベリーを使って、大量のジャムを作っていた。保存食として、冬の間の貴重なビタミン源にするためだ。美しいルビー色のジャムが、ガラスの小瓶に次々と詰められていく。

その光景を見ていた時、私の頭に前世の記憶が閃いた。
道の駅。地域おこし。特産品。

「これだわ…!」
私は思わず声を上げた。

その日の午後、私はギルバート様の執務室を訪ねた。私の顔を見るなり、彼は「今度は何だ」と、もはや慣れた口調で尋ねてくる。

私は机の上に、完成したばかりのベリージャムの小瓶を一つ、ことりと置いた。
「ギルバート様。これを、売りませんか?」

「売る?ジャムをか?」
彼は心底不思議そうな顔で、小瓶と私の顔を見比べた。

「はい。このジャムや、先日作った赤カブのピクルスを、シュヴァルツ領の特産品として、近隣の町や、もっと遠くの都市で販売するのです。そうすれば、この領地に新しい収入源が生まれます。農民たちの暮らしも、きっと豊かになります」

私の提案に、彼の金の瞳が鋭く光った。彼は軍人であると同時に、この土地を治める領主だ。私の言葉が、単なる思いつきではなく、領地の経済を根底から変える可能性を秘めていることに、即座に気づいたのだろう。

「面白い。だが、販路はどうする。これまで、この領地から農産物を輸出したことなど一度もないぞ」
「そこを、ギルバート様のお力でお助けいただきたいのです」

私がそう言うと、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど。俺をこき使う気か」
「人聞きの悪い。適材適所というものです」

私たちの間には、いつの間にかそんな軽口を言い合えるような空気が生まれていた。
彼はしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて顔を上げると、決然とした口調で言った。
「分かった。話は通しておこう。帝都に本店を構える、ガルシア商会となら取引がある。彼らなら、確かな販路を持っているはずだ」

ガルシア商会。その名前は、ゲームにも登場した帝国最大の商会だ。彼が動けば、話は一気に大きくなる。

「その代わり、生半可なものは作るなよ。シュヴァルツの名を冠して売り出すのだ。品質は、帝国一を目指せ」
「お任せください!」

話は、驚くほどの速さで進んだ。
私の計画は領地全体に布告され、砦の厨房は一大加工工場へと姿を変えた。農村の女たちも人手を貸してくれることになり、皆で協力してジャムやピクルス作りに励んだ。

私は前世の知識を活かし、商品としての価値を高める工夫を凝らした。
ただ瓶に詰めるだけではない。煮沸消毒を徹底し、長期保存を可能にする。瓶には、シュヴァルツ家の紋章である黒鷲をあしらった、手作りのラベルを貼った。

商品名も考えた。
ベリージャムは『女神の恵み』。
赤カブのピクルスは『黒騎士のルビー』。
少し気恥ずかしかったが、物語性を感じさせる名前の方が、人の興味を引くはずだ。

数週間後。砦の中庭には、完成した特産品を詰めた木箱が、山のように積まれていた。そこへ、ガルシア商会の立派な幌馬車が何台も到着する。応対に出たのは、恰幅の良い壮年の商人だった。

彼は最初、辺境の地の保存食と侮っていたのだろう。しかし、試食として差し出したジャムを一口舐めた瞬間、その表情が驚愕に変わった。
「こ、これは…!なんと濃厚で、気品のある甘さだ!ベリーの酸味と香りが、完璧なバランスで引き立て合っている!こんなジャムは、帝都の高級店でもお目にかかれませんぞ!」

ピクルスも同様だった。
「歯触りの良さ、ハーブの香り、そして甘酸っぱい後味!これは素晴らしい!肉料理との相性は抜群でしょうな!」

商人の目は、完全に変わっていた。侮りから、大きな商機を見出した狩人の目へと。
「素晴らしい!素晴らしいですぞ、辺境伯閣下!この商品は、必ずや帝都の貴婦人方の間で評判になりましょう!この木箱、全て買い取らせていただきます!」

その言葉に、作業を手伝ってくれた女たちが、わっと歓声を上げた。
自分たちの手仕事が、帝都で認められた。その事実が、彼女たちの胸を誇りで満たしたのだ。

馬車が、たくさんの銀貨と引き換えに、私たちの作った特産品を積んで去っていく。
その光景を眺めながら、私はこの領地の新たな可能性が、今、大きく開かれたことを実感していた。

これは、始まりに過ぎない。
これから、この土地はもっと豊かになる。人々の笑顔は、もっと増えるはずだ。
私は隣に立つギルバート様の横顔を盗み見た。彼もまた、満足そうな表情で、遠ざかる馬車を見送っていた。
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