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第48話:リリアンナの行方
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アレンが密偵にリリアンナの行方を捜索させてから、数日が過ぎた。その間にも、王国の状況は悪化の一途をたどっていた。もはや凶作や魔物の被害は辺境だけの問題ではなく、王都近郊の豊かな土地にまで及び始めていた。貴族たちの間にも動揺が広がり、アレンを見る目は日に日に冷たくなっていく。
「王太子殿下は、エリアーナ嬢にうつつを抜かして、国政を疎かにしている」
「元婚約者をあのように無慈悲に追放なさったのも、冷静さを欠いた判断だったのではないか」
そんな囁きが、アレンの耳にも届くようになっていた。彼はその度に怒りに身を震わせたが、具体的な成果を何も示せない以上、ただ耐えるしかなかった。
そんなある日の夜、密偵長が人目を忍んでアレンの執務室を訪れた。その顔には、緊張と興奮が入り混じった複雑な色が浮かんでいる。
「殿下。リリアンナ・フォン・アルクライドの足取りが、ようやく掴めました」
「そうか!それで、あの女はどこで何をしていた!どこかの田舎町で、惨めに暮らしているのか!」
アレンは、自分が期待する答えを促すように、前のめりになって尋ねた。彼女が不幸になっていれば、自分の判断が正しかったと、少しは気が晴れるかもしれない。
しかし、密偵長の口から語られた報告は、アレンの予想を、いや、想像を遥かに超えるものだった。
「は…それが、全くもって信じ難いことに…」
密偵長は、ごくりと喉を鳴らしてから、震える声で続けた。
「リリアンナ嬢は現在、隣国ガルヴァニア帝国の、シュヴァルツ辺境伯の庇護下にございます」
「なに…?」
アレンは、自分の耳を疑った。
シュヴァルツ辺境伯。その名を知らない者はいない。ガルヴァニア帝国最強の騎士にして、『黒騎士』『鬼神』の異名を持つ男。エルミール王国にとっては、最も警戒すべき、敵国の重要人物だ。
「馬鹿なことを言え!あの女が、なぜシュヴァルツ辺境伯と…!何かの間違いではないのか!」
「間違いございません。複数の情報筋が、同じ内容を報告しております。リリアンナ嬢は、追放された直後に国境の森で倒れていたところを、巡回中のシュヴァルツ辺境伯本人に発見され、そのまま彼の居城であるシュヴァルツ砦へと運ばれたとのことです」
報告は、さらにアレンを驚愕させる内容へと続いていった。
「そして、ここからがにわかには信じ難いのですが…リリアンナ嬢は、罪人として扱われているわけではないようなのです。それどころか、砦の賓客として、最高のもてなしを受けていると…」
「賓客だと!?」
「はっ。シュヴァルツ辺境伯は、彼女に砦で一番豪華な部屋を与え、侍女頭を直々につけて世話をさせているとか。先日などは、辺境伯自ら彼女を麓町へ連れ出し、大量の衣服や装飾品を買い与えていたという目撃情報もございます。その寵愛ぶりは、まるで恋人か、あるいはそれ以上の…」
アレンは、頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。
あのリリアンナが?あのプライドの高い、誰にも心を開かないと噂の黒騎士に、そこまで寵愛されている?ありえない。何かの間違いだ。
だが、密偵長の報告は、冷徹な事実を突きつけるだけだった。
「さらに、驚くべきはリリアンナ嬢自身の動向です。彼女は、シュヴァルツ領で『豊穣の女神』と呼ばれ、領民から絶大な支持を得ている模様です」
「女神…だと?」
「はい。なんでも、彼女が指導した新しい農法によって、呪われた土地とまで言われたシュヴァルツ領が、前代未聞の大豊作になったとか。また、彼女が考案したというジャムやピクルスは、帝都で大評判の特産品となっており、領地に莫大な富をもたらしていると…」
アレンは、もう言葉を発することができなかった。
頭の中が、真っ白になる。
自分が捨てた女。惨めな暮らしをしているとばかり思っていた女が、敵国で、英雄のような扱いを受けている。
自分が国を救う術を見つけられずにもがいている間に、彼女は痩せた土地を蘇らせ、人々の暮らしを豊かにしていた。
そのコントラストは、あまりにも鮮やかで、そしてあまりにも残酷だった。
嫉妬。
醜い、黒い感情が、アレンの心の奥底から湧き上がってきた。
あの女は、俺の婚約者だったのだ。あの女の持つその力は、本来ならば、このエルミール王国のために使われるべきものだったのだ。
俺は、とんでもない過ちを犯したのではないか。
国を救う至宝を、自らの手で、最大の敵国にくれてやってしまったのではないか。
その考えに至った瞬間、アレンの全身を激しい悪寒が襲った。
「その情報は…確かだろうな」
絞り出すような声で問うと、密偵長は深く頷いた。
「はい。ガルシア商会の行商人からも、裏は取れております。間違いございません」
アレンは、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
顔は青ざめ、その呼吸は浅く、速い。
「…シュヴァルツ辺境伯は、なぜあの女をそこまで…」
「それについては、一つ、奇妙な噂が…。なんでも、辺境伯は『長年探し続けた、我が光を見つけた』と語っていたとか…」
我が光。
その言葉が、アレンの胸に突き刺さった。
俺が手放した光を、あの男が拾ったというのか。
「…下がれ」
アレンは、か細い声で密偵長に命じた。
一人きりになった執務室で、彼はただ震えていた。後悔と、屈辱と、そして得体の知れない恐怖に。
このままでは終われない。
あの女を、取り返さなければ。
彼女の持つその力を、エルミール王国に取り戻さなければ、この国は本当に滅んでしまう。
アレンの瞳に、初めて、暗く、そして危険な光が宿った。
それは、正気と狂気の狭間で揺れる、破滅へと向かう者の光だった。
彼は、リリアンナを力ずくで奪い返すという、最も愚かで、そして最も危険な選択肢へと、その思考を向かわせ始めていた。
「王太子殿下は、エリアーナ嬢にうつつを抜かして、国政を疎かにしている」
「元婚約者をあのように無慈悲に追放なさったのも、冷静さを欠いた判断だったのではないか」
そんな囁きが、アレンの耳にも届くようになっていた。彼はその度に怒りに身を震わせたが、具体的な成果を何も示せない以上、ただ耐えるしかなかった。
そんなある日の夜、密偵長が人目を忍んでアレンの執務室を訪れた。その顔には、緊張と興奮が入り混じった複雑な色が浮かんでいる。
「殿下。リリアンナ・フォン・アルクライドの足取りが、ようやく掴めました」
「そうか!それで、あの女はどこで何をしていた!どこかの田舎町で、惨めに暮らしているのか!」
アレンは、自分が期待する答えを促すように、前のめりになって尋ねた。彼女が不幸になっていれば、自分の判断が正しかったと、少しは気が晴れるかもしれない。
しかし、密偵長の口から語られた報告は、アレンの予想を、いや、想像を遥かに超えるものだった。
「は…それが、全くもって信じ難いことに…」
密偵長は、ごくりと喉を鳴らしてから、震える声で続けた。
「リリアンナ嬢は現在、隣国ガルヴァニア帝国の、シュヴァルツ辺境伯の庇護下にございます」
「なに…?」
アレンは、自分の耳を疑った。
シュヴァルツ辺境伯。その名を知らない者はいない。ガルヴァニア帝国最強の騎士にして、『黒騎士』『鬼神』の異名を持つ男。エルミール王国にとっては、最も警戒すべき、敵国の重要人物だ。
「馬鹿なことを言え!あの女が、なぜシュヴァルツ辺境伯と…!何かの間違いではないのか!」
「間違いございません。複数の情報筋が、同じ内容を報告しております。リリアンナ嬢は、追放された直後に国境の森で倒れていたところを、巡回中のシュヴァルツ辺境伯本人に発見され、そのまま彼の居城であるシュヴァルツ砦へと運ばれたとのことです」
報告は、さらにアレンを驚愕させる内容へと続いていった。
「そして、ここからがにわかには信じ難いのですが…リリアンナ嬢は、罪人として扱われているわけではないようなのです。それどころか、砦の賓客として、最高のもてなしを受けていると…」
「賓客だと!?」
「はっ。シュヴァルツ辺境伯は、彼女に砦で一番豪華な部屋を与え、侍女頭を直々につけて世話をさせているとか。先日などは、辺境伯自ら彼女を麓町へ連れ出し、大量の衣服や装飾品を買い与えていたという目撃情報もございます。その寵愛ぶりは、まるで恋人か、あるいはそれ以上の…」
アレンは、頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。
あのリリアンナが?あのプライドの高い、誰にも心を開かないと噂の黒騎士に、そこまで寵愛されている?ありえない。何かの間違いだ。
だが、密偵長の報告は、冷徹な事実を突きつけるだけだった。
「さらに、驚くべきはリリアンナ嬢自身の動向です。彼女は、シュヴァルツ領で『豊穣の女神』と呼ばれ、領民から絶大な支持を得ている模様です」
「女神…だと?」
「はい。なんでも、彼女が指導した新しい農法によって、呪われた土地とまで言われたシュヴァルツ領が、前代未聞の大豊作になったとか。また、彼女が考案したというジャムやピクルスは、帝都で大評判の特産品となっており、領地に莫大な富をもたらしていると…」
アレンは、もう言葉を発することができなかった。
頭の中が、真っ白になる。
自分が捨てた女。惨めな暮らしをしているとばかり思っていた女が、敵国で、英雄のような扱いを受けている。
自分が国を救う術を見つけられずにもがいている間に、彼女は痩せた土地を蘇らせ、人々の暮らしを豊かにしていた。
そのコントラストは、あまりにも鮮やかで、そしてあまりにも残酷だった。
嫉妬。
醜い、黒い感情が、アレンの心の奥底から湧き上がってきた。
あの女は、俺の婚約者だったのだ。あの女の持つその力は、本来ならば、このエルミール王国のために使われるべきものだったのだ。
俺は、とんでもない過ちを犯したのではないか。
国を救う至宝を、自らの手で、最大の敵国にくれてやってしまったのではないか。
その考えに至った瞬間、アレンの全身を激しい悪寒が襲った。
「その情報は…確かだろうな」
絞り出すような声で問うと、密偵長は深く頷いた。
「はい。ガルシア商会の行商人からも、裏は取れております。間違いございません」
アレンは、崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
顔は青ざめ、その呼吸は浅く、速い。
「…シュヴァルツ辺境伯は、なぜあの女をそこまで…」
「それについては、一つ、奇妙な噂が…。なんでも、辺境伯は『長年探し続けた、我が光を見つけた』と語っていたとか…」
我が光。
その言葉が、アレンの胸に突き刺さった。
俺が手放した光を、あの男が拾ったというのか。
「…下がれ」
アレンは、か細い声で密偵長に命じた。
一人きりになった執務室で、彼はただ震えていた。後悔と、屈辱と、そして得体の知れない恐怖に。
このままでは終われない。
あの女を、取り返さなければ。
彼女の持つその力を、エルミール王国に取り戻さなければ、この国は本当に滅んでしまう。
アレンの瞳に、初めて、暗く、そして危険な光が宿った。
それは、正気と狂気の狭間で揺れる、破滅へと向かう者の光だった。
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