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第11話 ツンデレ令嬢、登場
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あの日以来、俺たちの昼休みは奇妙な光景として学園に定着した。
ルナリアが持参する豪華絢爛な三段重の弁当。
そして、彼女による「あーん」での給仕。
最初は遠巻きに見ていたクラスメイトたちも、数日も経つと慣れたもので、もはや日常の風景として生暖かくスルーしてくれるようになった。
「尊い」という謎の評価が広まった結果らしい。
おかげで俺は、羞恥心を麻痺させるという新たなスキルを習得しつつあった。
ルナリアの献身は昼休みだけにとどまらない。忘れ物をすればどこからか現れてそっと差し出し、教科書で分からない箇所があれば完璧な解説をしてくれる。
もはや、世話焼きというよりは守護霊に近い。
その甲斐あってか、俺の胃痛も慢性化し、時折しくしくと痛む程度には落ち着いていた。
そんなある日の放課後。
俺は復習のために図書館を訪れていた。もちろん、隣にはルナリアがいる。
彼女は特に本を読むでもなく、頬杖をつきながら幸せそうに俺の横顔を眺めていた。これもいつものことだ。
静寂に満ちた図書館の空気は心地よく、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
その穏やかな空気を、ピンと張り詰めた一人の来訪者が破った。
「ごきげんよう、ルナリア様」
凛とした、よく通る声。
声のした方へ顔を向けると、そこに一人の女子生徒が立っていた。
燃えるような真紅の髪を高い位置でポニーテールに結い上げ、勝ち気そうな翠色の瞳がこちらを真っ直ぐに見据えている。背筋はモデルのように伸び、その立ち姿からは一切の隙が感じられない。
俺と同じ制服を着ているはずなのに、彼女が纏うオーラは別格だった。
ルナリアは顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「ごきげんよう、クラリスさん」
クラリスと呼ばれた少女は、ルナリアに優雅に一礼する。その所作は完璧だった。
ヴァレンシュタイン侯爵家の一人娘、クラリス・フォン・ヴァレンシュタイン。
この学園の首席を常に維持する才色兼備の優等生。その名前は、編入したばかりの俺の耳にも届いていた。
クラリスはルナリアに丁寧な挨拶を済ませると、その翠の瞳をすいと俺に向けた。
その瞬間、彼女が纏う空気が変わった。
先ほどまでの丁寧な態度は消え失せ、代わりに現れたのはあからさまな敵意と侮蔑だった。
「あなたが、ユウキ・アスカワですわね」
その声は、冬の氷のように冷たい。
「噂はかねがね伺っておりますわ。どこの馬の骨とも知れぬ平民が、ルナリア様の奇跡的なご回復に付け込んで取り入り、その隣に侍っている不届き者、と」
初対面の相手にかける言葉としては、あまりにも辛辣すぎる。
俺は思わず眉をひそめたが、面倒事はごめんだ。ここは適当に受け流すに限る。
「どうも。噂通りの不届き者です」
俺がへらりと笑ってそう返すと、クラリスはさらに眉を吊り上げた。
「…そのふざけた態度。ますます許せませんわ」
どうやら、火に油を注いでしまったらしい。
クラリスは一歩前に出ると、俺を睨みつけながら言った。
「単刀直入に申し上げます。今すぐルナリア様のお側から離れなさい。貴方のような男が隣にいること自体、ルナリア様にとっての汚点ですわ」
「汚点って…人聞きの悪い」
「事実ですわ! ルナリア様がどれほど気高く、尊いお方か、貴方に理解できるはずもない!」
彼女の言葉には、ルナリアに対する深い敬愛がこもっていた。
どうやらクラリスは、ルナリアのことを心から崇拝しているらしい。
だからこそ、突然現れてルナリアの隣という特等席を奪った俺のことが許せないのだろう。
彼女の言い分も、分からないでもない。
俺がどう返したものかと思案していると、それまで黙って話を聞いていたルナリアが静かに立ち上がった。
そして、俺の前に立つとクラリスと真っ直ぐに向き合った。
「クラリスさん」
その声は、普段のほんわかとした彼女からは想像もできないほど静かで、しかし凛とした響きを持っていた。
「お言葉が、過ぎますわ」
ルナリアの纏う空気が変わる。
それは、公爵令嬢としての抗いがたい威厳。
その気迫に、勝ち気なクラリスが一瞬たじろいだのが分かった。
「ユウキ様は私の恩人です。暗闇の中にいた私に光を与え、未来をくださったたった一人の大切な方。その方を侮辱する言葉は、この私が許しません」
ルナリアは一言一言、区切るように、はっきりと告げた。
「あの方を不届き者と呼ぶのなら、その方を誰よりもお慕いしている私も不届き者ということになりますわね。それでもよろしくて?」
その言葉は、絶対的な信頼と愛情に満ちていた。
俺のために、彼女が本気で怒ってくれている。
その事実が、くすぐったいような嬉しいような、不思議な気持ちを俺の胸に広げた。
ルナリアにそこまで言われ、クラリスはぐっと唇を噛んだ。
彼女がルナリアを深く敬愛しているのは事実。そのルナリア本人から直接反論され、言葉に詰まってしまったのだろう。
しばらくの沈黙の後、彼女は悔しそうに顔を上げると再び俺を睨みつけた。その瞳には、先ほど以上の敵意が燃え盛っている。
「…ルナリア様がそこまでおっしゃるのなら、今は引きましょう」
だが、と彼女は言葉を続けた。
「このまま黙って認めるわけにはいきませんわ! 貴方が本当にルナリア様の隣に立つにふさわしい男かどうか、この私が見極めさせていただきます!」
それは、明確な宣戦布告だった。
「近いうちに、必ずや貴方の化けの皮を剥いでさしあげますわ。覚えてらっしゃい!」
クラリスはそう一方的に言い放つと、くるりと踵を返し、長い真紅のポニーテールを翻して図書館を去っていった。
まるで嵐のような少女だった。
残された俺は、ただただ深いため息をつくことしかできない。
また、面倒なことになった。
俺は何もしていないのに、なぜか周囲がどんどん騒がしくなっていく。
一体、俺が前世でどんな悪行を働いたというのか。
「ユウキ様。ご心配には及びませんわ」
俺が頭を抱えていると、ルナリアがそっと俺の手に自分の手を重ねてきた。
その温かい感触に、少しだけ心が安らぐ。
「クラリスさんは少し思い込みが激しいところもありますが、根は悪い方ではないのです。きっと、すぐにユウキ様の素晴らしさを理解してくださいますわ」
そう言って、彼女は絶対の信頼を込めた瞳で微笑んだ。
その信頼が、逆にプレッシャーなんだよ、ルナリアさん。
俺は心の中でそう呟いた。
新たな胃痛の種が確実に芽吹いた音を聞きながら、俺は今日の復習を諦めることにした。
もう、頭に何も入ってきそうにない。
俺の穏やかな学園生活は、一体どこにあるのだろうか。
ルナリアが持参する豪華絢爛な三段重の弁当。
そして、彼女による「あーん」での給仕。
最初は遠巻きに見ていたクラスメイトたちも、数日も経つと慣れたもので、もはや日常の風景として生暖かくスルーしてくれるようになった。
「尊い」という謎の評価が広まった結果らしい。
おかげで俺は、羞恥心を麻痺させるという新たなスキルを習得しつつあった。
ルナリアの献身は昼休みだけにとどまらない。忘れ物をすればどこからか現れてそっと差し出し、教科書で分からない箇所があれば完璧な解説をしてくれる。
もはや、世話焼きというよりは守護霊に近い。
その甲斐あってか、俺の胃痛も慢性化し、時折しくしくと痛む程度には落ち着いていた。
そんなある日の放課後。
俺は復習のために図書館を訪れていた。もちろん、隣にはルナリアがいる。
彼女は特に本を読むでもなく、頬杖をつきながら幸せそうに俺の横顔を眺めていた。これもいつものことだ。
静寂に満ちた図書館の空気は心地よく、久しぶりに穏やかな時間が流れていた。
その穏やかな空気を、ピンと張り詰めた一人の来訪者が破った。
「ごきげんよう、ルナリア様」
凛とした、よく通る声。
声のした方へ顔を向けると、そこに一人の女子生徒が立っていた。
燃えるような真紅の髪を高い位置でポニーテールに結い上げ、勝ち気そうな翠色の瞳がこちらを真っ直ぐに見据えている。背筋はモデルのように伸び、その立ち姿からは一切の隙が感じられない。
俺と同じ制服を着ているはずなのに、彼女が纏うオーラは別格だった。
ルナリアは顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「ごきげんよう、クラリスさん」
クラリスと呼ばれた少女は、ルナリアに優雅に一礼する。その所作は完璧だった。
ヴァレンシュタイン侯爵家の一人娘、クラリス・フォン・ヴァレンシュタイン。
この学園の首席を常に維持する才色兼備の優等生。その名前は、編入したばかりの俺の耳にも届いていた。
クラリスはルナリアに丁寧な挨拶を済ませると、その翠の瞳をすいと俺に向けた。
その瞬間、彼女が纏う空気が変わった。
先ほどまでの丁寧な態度は消え失せ、代わりに現れたのはあからさまな敵意と侮蔑だった。
「あなたが、ユウキ・アスカワですわね」
その声は、冬の氷のように冷たい。
「噂はかねがね伺っておりますわ。どこの馬の骨とも知れぬ平民が、ルナリア様の奇跡的なご回復に付け込んで取り入り、その隣に侍っている不届き者、と」
初対面の相手にかける言葉としては、あまりにも辛辣すぎる。
俺は思わず眉をひそめたが、面倒事はごめんだ。ここは適当に受け流すに限る。
「どうも。噂通りの不届き者です」
俺がへらりと笑ってそう返すと、クラリスはさらに眉を吊り上げた。
「…そのふざけた態度。ますます許せませんわ」
どうやら、火に油を注いでしまったらしい。
クラリスは一歩前に出ると、俺を睨みつけながら言った。
「単刀直入に申し上げます。今すぐルナリア様のお側から離れなさい。貴方のような男が隣にいること自体、ルナリア様にとっての汚点ですわ」
「汚点って…人聞きの悪い」
「事実ですわ! ルナリア様がどれほど気高く、尊いお方か、貴方に理解できるはずもない!」
彼女の言葉には、ルナリアに対する深い敬愛がこもっていた。
どうやらクラリスは、ルナリアのことを心から崇拝しているらしい。
だからこそ、突然現れてルナリアの隣という特等席を奪った俺のことが許せないのだろう。
彼女の言い分も、分からないでもない。
俺がどう返したものかと思案していると、それまで黙って話を聞いていたルナリアが静かに立ち上がった。
そして、俺の前に立つとクラリスと真っ直ぐに向き合った。
「クラリスさん」
その声は、普段のほんわかとした彼女からは想像もできないほど静かで、しかし凛とした響きを持っていた。
「お言葉が、過ぎますわ」
ルナリアの纏う空気が変わる。
それは、公爵令嬢としての抗いがたい威厳。
その気迫に、勝ち気なクラリスが一瞬たじろいだのが分かった。
「ユウキ様は私の恩人です。暗闇の中にいた私に光を与え、未来をくださったたった一人の大切な方。その方を侮辱する言葉は、この私が許しません」
ルナリアは一言一言、区切るように、はっきりと告げた。
「あの方を不届き者と呼ぶのなら、その方を誰よりもお慕いしている私も不届き者ということになりますわね。それでもよろしくて?」
その言葉は、絶対的な信頼と愛情に満ちていた。
俺のために、彼女が本気で怒ってくれている。
その事実が、くすぐったいような嬉しいような、不思議な気持ちを俺の胸に広げた。
ルナリアにそこまで言われ、クラリスはぐっと唇を噛んだ。
彼女がルナリアを深く敬愛しているのは事実。そのルナリア本人から直接反論され、言葉に詰まってしまったのだろう。
しばらくの沈黙の後、彼女は悔しそうに顔を上げると再び俺を睨みつけた。その瞳には、先ほど以上の敵意が燃え盛っている。
「…ルナリア様がそこまでおっしゃるのなら、今は引きましょう」
だが、と彼女は言葉を続けた。
「このまま黙って認めるわけにはいきませんわ! 貴方が本当にルナリア様の隣に立つにふさわしい男かどうか、この私が見極めさせていただきます!」
それは、明確な宣戦布告だった。
「近いうちに、必ずや貴方の化けの皮を剥いでさしあげますわ。覚えてらっしゃい!」
クラリスはそう一方的に言い放つと、くるりと踵を返し、長い真紅のポニーテールを翻して図書館を去っていった。
まるで嵐のような少女だった。
残された俺は、ただただ深いため息をつくことしかできない。
また、面倒なことになった。
俺は何もしていないのに、なぜか周囲がどんどん騒がしくなっていく。
一体、俺が前世でどんな悪行を働いたというのか。
「ユウキ様。ご心配には及びませんわ」
俺が頭を抱えていると、ルナリアがそっと俺の手に自分の手を重ねてきた。
その温かい感触に、少しだけ心が安らぐ。
「クラリスさんは少し思い込みが激しいところもありますが、根は悪い方ではないのです。きっと、すぐにユウキ様の素晴らしさを理解してくださいますわ」
そう言って、彼女は絶対の信頼を込めた瞳で微笑んだ。
その信頼が、逆にプレッシャーなんだよ、ルナリアさん。
俺は心の中でそう呟いた。
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