曲がり角でぶつかった少女に回復魔法を使ったら不治の病と盲目なのを治してしまってめちゃくちゃ懐かれてた

夏見ナイ

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第13話 静寂の図書館

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クラリス・フォン・ヴァレンシュタインが俺たちの「応援団長」に就任して以来、俺の学園生活は新たな局面を迎えていた。
彼女は宣言通り、俺とルナリアの仲を全力でサポートしようと様々な形で介入してくるようになったのだ。

「ユウキ様! ルナリア様がお好きな花は、月光の下でのみ咲くという月下美人ですのよ! 今度プレゼントなされば、きっとお喜びになりますわ!」
「ユウキ様! 今週末、王都で開かれる演奏会は、お二人きりで過ごすのに最高のシチュエーションですわ! チケットはこちらで手配済みです!」
「ユウキ様! 恋人同士の会話が弾むカフェのリストですわ! どうぞご活用ください!」

その熱意は凄まじく、情報提供からデートのセッティングまで至れり尽くせりのサポート体制だった。
ありがたい…のかもしれないが、正直少しだけありがた迷惑だった。
なにせ当のルナリアは、俺の隣にいられるだけで最高に幸せそうなので、特別なイベントなど必要としていないのだ。
そして、そんなルナリアは四六時中俺の隣にいるため、クラリスがセッティングしようとする「二人きりの時間」は、常に「最初から二人きりの時間」だった。
結果としてクラリスは空回り気味に俺たちの周りを飛び回り、俺はその度に苦笑いを浮かべるという奇妙な日常が生まれていた。

そんなある日の放課後。
俺は山積みにされた課題を片付けるため、学園の図書館へ向かうことにした。
もちろん、俺の隣には当然のようにルナリアがいる。
そして、その後ろからはこれまた当然のようにクラリスがついてきていた。

「お二人の静かな時間を邪魔する不届き者がいないか、このクラリスがしっかりと見張っておりますわ! どうか、勉学に集中なさってください!」
そう言って、彼女は騎士のようにビシッと胸を張った。
いや、君がいることが一番集中を妨げる要因なんだが、とは口が裂けても言えなかった。

俺は諦めの境地で、巨大な図書館の扉を開けた。
吹き抜けの高い天井、壁一面に並ぶ無数の書架、そして静寂。
床に敷かれた絨毯が足音を吸収し、聞こえるのはかすかな紙をめくる音とペンを走らせる音だけだ。
差し込む西日が空気中を舞う埃をキラキラと照らし出し、幻想的な光の筋を作っていた。

俺たちは窓際の大きな閲覧机に席を取った。
俺が魔法史の分厚い専門書を開くと、隣のルナリアもそれに倣って魔導工学の入門書を開いた。
少し離れた席では、クラリスが鋭い視線で周囲を警戒している。まるで要人を警護するシークレットサービスだ。

俺は一つ息をつき、目の前の本に意識を集中させようと試みた。
古代魔法文明の成り立ち、魔法王国の興亡、失われた古代魔法の考察…。興味深い内容ではあるのだが、どうにも頭に入ってこない。
原因は、分かっている。
隣からの、熱烈すぎる視線だ。

ちらりと横目で確認すると、ルナリアは本を開いてはいるものの、その視線はページの上を滑り完全に俺の横顔に固定されていた。
頬をほんのりと赤く染め、どこかうっとりとした表情。
その瞳は、世界で最も尊い宝物を見つめるかのようにひたむきな輝きを放っていた。
彼女にとって、俺の横顔はどんな専門書よりも興味深い研究対象らしい。

その視線は不快ではなかった。
むしろ、これだけ真っ直ぐな好意を向けられて悪い気がするはずがない。
いつの間にか、彼女が隣にいるこの状況が俺にとっての「日常」になりつつあることを自覚する。
うるさくて、騒がしくて、胃が痛くなる毎日。
だけど、不思議と嫌ではなかった。

俺は何も言わず、再び本に視線を戻した。
静かな時間が流れる。
聞こえるのは、俺がページをめくる乾いた音だけ。
ルナリアは時折「ユウキ様…」と、吐息のような小さな声で俺の名前を呟いた。
その声が耳に届くたび、俺の心臓は小さく跳ねた。

集中できない自分に苦笑しながら、俺はペンを走らせレポート用のメモを取っていく。
編入してからというもの、慣れない環境と立て続けの騒動で知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたのだろう。
心地よい静寂と、窓から差し込む暖かい日差し。そして、隣にいる彼女が醸し出す安心しきった空気。
その全てが、俺を優しい眠りへと誘っていた。

抗いがたい眠気に、俺の意識はゆっくりと沈んでいく。
カクリ、と。
俺の頭が、重力に従って傾いた。
そして、こつん、と柔らかい何かにぶつかってその動きを止める。

そこにあったのは、ルナリアの華奢な肩だった。

「ひゃっ…!」

小さな悲鳴と共に、ルナリアの体がびくりと跳ねた。
彼女は驚きで体を硬直させ、信じられないといった様子で自分の肩に寄りかかる俺の寝顔を見下ろしている。
すー、すー、と穏やかな寝息を立てる俺に、彼女は最初どうしていいか分からずに固まっていた。

だが、やがてその表情は驚きから至上の幸福へと変わっていった。
顔は、耳まで真っ赤に染まっている。
自分の肩にかかる俺の髪の感触、すぐそばで聞こえる穏やかな寝息、そして伝わってくる温もり。
その全てが、彼女にとっては何物にも代えがたい宝物だった。

(ユウキ様が…私の肩で…)

心臓が、今にも張り裂けそうなくらい大きく、そして甘く高鳴る。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
彼女は心からそう願った。

そして、眠っている俺にしか聞こえないか細い声で、そっと囁いた。
「好き、です…ユウキ様…」

それは、彼女の心の奥底から溢れ出た純粋な想いの結晶だった。

その甘すぎる光景を、少し離れた席から見守っていた人物がいた。
クラリスだ。
彼女は、俺がルナリアの肩に寄りかかった瞬間から口元をハンカチで押さえ、体をぷるぷると震わせていた。

(ぐっ…! なんてこと…! なんて尊い光景ですの…!)

彼女の翠色の瞳は潤み、その頬は興奮で紅潮している。
もはや、警護という任務は完全に放棄されていた。
彼女はただひたすらに、目の前で繰り広げられる甘酸っぱいワンシーンに一人のファンとして悶絶していたのだ。

どれくらいの時間が経っただろうか。
俺は、ふっと意識が浮上するのを感じてゆっくりと目を開けた。
そして、自分がルナリアの肩を枕にしていたことに気づき、飛び上がるように体を起こした。

「ご、ごめん! ルナリアさん! いつの間にか寝てて…!」
慌てて謝る俺に、ルナリアは首を横に振った。
その顔は夕日に照らされて、これまで見た中で一番美しく、そして幸せそうな笑顔を浮かべていた。

「いいえ。とても…幸せな時間でしたから」

その笑顔に、俺の心臓がどきりと大きく鳴った。
言葉はなくとも、確かに伝わってくるものがある。
夕日に染まる図書館の中、俺たちの影が二つ寄り添うように長く伸びていた。

俺が失ったと思っていた穏やかな日常は、形を変えて確かにここに存在していた。
ただし、それは想像していたよりもずっとずっと甘い香りに満ちていたけれど。
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