56 / 100
第56話 国王陛下との謁見
しおりを挟む
大広間を支配していた耳が痛くなるほどの静寂。
それを破ったのは、玉座から響く荘厳な声だった。
「…見事だ」
声の主は国王アルベインだった。
彼は驚愕に見開いていた瞳をゆっくりと細め、その顔に深い感銘と、そして抑えきれないほどの好奇心を浮かべていた。
その視線は真っ直ぐに俺だけに注がれている。
「衛兵」
国王が静かに命じる。
「その者を、我が元へ」
その一言は絶対的な勅命だった。
衛兵たちははっと我に返ると、俺の両脇を固めて玉座の前へと促した。
会場中の貴族たちが息を殺してその様子を見守っている。
俺はもはや抵抗する気力もなく、されるがままに国王陛下の御前へと進み出た。
玉座の前で、俺は特訓の成果を思い出し、できる限り優雅に、そして深く跪いた。
顔を上げることは許されない。
国王の次の言葉を、ただひたすらに待つ。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「面を上げよ」
穏やかな、しかし逆らうことのできない声。
俺はゆっくりと顔を上げた。
至近距離で見る国王の瞳は、まるで全てを見透かすかのように深く鋭かった。
「名は、何と申す」
「…ユウキ・アスカワと申します」
俺の声は自分でも驚くほど落ち着いていた。
もはや腹を括るしかないと、覚悟が決まったからかもしれない。
「そうか。ユウキ・アスカワ」
国王は俺の名前を確かめるように繰り返した。
「シルフィード公爵の報告で、その名は聞き及んでおった。彼の娘の不治の病を癒やした奇跡の若者がおると。そして今、我が目の前で国の重鎮の命を死の淵から救ってみせた」
国王の視線が、俺の全身をまるで鑑定するかのようにゆっくりと舐めるように動く。
「その力、一体何なのだ。神殿の最高位神官でも、王宮の治癒術師長でも成し得なかった御業だ。君は一体何者なのだ?」
その問いにどう答えるべきか、俺は一瞬だけ迷った。
神様に力を貰った転生者です、などと言えるはずがない。
俺は当たり障りのない、しかし誰もが納得せざるを得ないであろう答えを口にした。
「…俺は、ただのしがない治癒術師に過ぎません。この力は天から授かった過分な才能。それを困っている人のために使う。ただ、それだけでございます」
俺の答えに、国王はふっとその口元に笑みを浮かべた。
それは面白い玩具を見つけた子供のような、無邪気でそしてどこか底知れない笑みだった。
「謙遜するか。気に入った」
彼はそう言うと、玉座からゆっくりと立ち上がった。
そして驚くべきことに、玉座を降りて俺の目の前まで歩み寄ってきたのだ。
会場からどよめきが起こる。国王が自ら臣下の前まで降りてくるなど、前代未聞のことだった。
国王は俺の目の前に立つと、その手を俺の肩にぽんと置いた。
「ユウキ・アスカワよ。君のその類稀なる力と、そしてその力を私欲のために使わぬ高潔な精神。我が国にとって君はまさしく宝だ」
その言葉は、俺への最大限の賛辞だった。
だが、その後に続いた言葉は俺を絶望のどん底に突き落とすには十分すぎるものだった。
「よって、ここに勅命を下す」
国王の声が威厳を増す。
「君の功績を称え、本日この時をもって君を名誉子爵に叙する。アスカワ子爵として、これからは我が国のためにその力を存分に振るうことを期待しておるぞ」
子爵。
俺が貴族に。
俺の頭の中は完全に真っ白になった。
スローライフどころか国家公務員、それも幹部候補生としての道が、俺の意思とは全く無関係に目の前に敷かれてしまったのだ。
俺は何かを言おうとして口を開いた。
辞退させてほしい、と。俺はそんな大層な人間ではない、と。
だが、国王の有無を言わせぬ瞳に見つめられて、その言葉は喉の奥で消えていった。
国王直々の勅命。それに逆らうことなど許されるはずがない。
俺は力なく、そして深く頭を下げることしかできなかった。
「…御意に」
そのか細い一言が、俺の貴族としての人生の始まりを告げた。
「うむ!」
国王は満足そうに頷くと、会場全体に向かって高らかに宣言した。
「皆の者、聞いたな! 今宵、我が国に新たな希望の星が生まれた! 新たなるアスカワ子爵の誕生を皆で祝おうではないか!」
その言葉を皮切りに、会場は割れんばかりの拍手と祝福の歓声に包まれた。
「アスカワ子爵、万歳!」「王国の守護聖人だ!」
そんな熱狂的な声が、俺の耳にまるで遠い世界の出来事のように響いていた。
その祝福の嵐の中で、俺はただ一人絶望していた。
だが、人々の輪の後方で俺のことを涙を浮かべながら、そしてどこまでも誇らしげな、愛おしい瞳で見つめている一人の少女の姿を見つけた。
ルナだった。
彼女のその笑顔を見てしまったら、俺はもうこの運命から逃げることなどできそうになかった。
望まぬながらも手に入れてしまった貴族の位。
それは俺の人生をどこへ導いていくのだろうか。
俺は鳴り止まない拍手の中で、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
胃の痛みはもはや感覚がなかった。それは一周回って無の状態へと達していたのかもしれない。
それを破ったのは、玉座から響く荘厳な声だった。
「…見事だ」
声の主は国王アルベインだった。
彼は驚愕に見開いていた瞳をゆっくりと細め、その顔に深い感銘と、そして抑えきれないほどの好奇心を浮かべていた。
その視線は真っ直ぐに俺だけに注がれている。
「衛兵」
国王が静かに命じる。
「その者を、我が元へ」
その一言は絶対的な勅命だった。
衛兵たちははっと我に返ると、俺の両脇を固めて玉座の前へと促した。
会場中の貴族たちが息を殺してその様子を見守っている。
俺はもはや抵抗する気力もなく、されるがままに国王陛下の御前へと進み出た。
玉座の前で、俺は特訓の成果を思い出し、できる限り優雅に、そして深く跪いた。
顔を上げることは許されない。
国王の次の言葉を、ただひたすらに待つ。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「面を上げよ」
穏やかな、しかし逆らうことのできない声。
俺はゆっくりと顔を上げた。
至近距離で見る国王の瞳は、まるで全てを見透かすかのように深く鋭かった。
「名は、何と申す」
「…ユウキ・アスカワと申します」
俺の声は自分でも驚くほど落ち着いていた。
もはや腹を括るしかないと、覚悟が決まったからかもしれない。
「そうか。ユウキ・アスカワ」
国王は俺の名前を確かめるように繰り返した。
「シルフィード公爵の報告で、その名は聞き及んでおった。彼の娘の不治の病を癒やした奇跡の若者がおると。そして今、我が目の前で国の重鎮の命を死の淵から救ってみせた」
国王の視線が、俺の全身をまるで鑑定するかのようにゆっくりと舐めるように動く。
「その力、一体何なのだ。神殿の最高位神官でも、王宮の治癒術師長でも成し得なかった御業だ。君は一体何者なのだ?」
その問いにどう答えるべきか、俺は一瞬だけ迷った。
神様に力を貰った転生者です、などと言えるはずがない。
俺は当たり障りのない、しかし誰もが納得せざるを得ないであろう答えを口にした。
「…俺は、ただのしがない治癒術師に過ぎません。この力は天から授かった過分な才能。それを困っている人のために使う。ただ、それだけでございます」
俺の答えに、国王はふっとその口元に笑みを浮かべた。
それは面白い玩具を見つけた子供のような、無邪気でそしてどこか底知れない笑みだった。
「謙遜するか。気に入った」
彼はそう言うと、玉座からゆっくりと立ち上がった。
そして驚くべきことに、玉座を降りて俺の目の前まで歩み寄ってきたのだ。
会場からどよめきが起こる。国王が自ら臣下の前まで降りてくるなど、前代未聞のことだった。
国王は俺の目の前に立つと、その手を俺の肩にぽんと置いた。
「ユウキ・アスカワよ。君のその類稀なる力と、そしてその力を私欲のために使わぬ高潔な精神。我が国にとって君はまさしく宝だ」
その言葉は、俺への最大限の賛辞だった。
だが、その後に続いた言葉は俺を絶望のどん底に突き落とすには十分すぎるものだった。
「よって、ここに勅命を下す」
国王の声が威厳を増す。
「君の功績を称え、本日この時をもって君を名誉子爵に叙する。アスカワ子爵として、これからは我が国のためにその力を存分に振るうことを期待しておるぞ」
子爵。
俺が貴族に。
俺の頭の中は完全に真っ白になった。
スローライフどころか国家公務員、それも幹部候補生としての道が、俺の意思とは全く無関係に目の前に敷かれてしまったのだ。
俺は何かを言おうとして口を開いた。
辞退させてほしい、と。俺はそんな大層な人間ではない、と。
だが、国王の有無を言わせぬ瞳に見つめられて、その言葉は喉の奥で消えていった。
国王直々の勅命。それに逆らうことなど許されるはずがない。
俺は力なく、そして深く頭を下げることしかできなかった。
「…御意に」
そのか細い一言が、俺の貴族としての人生の始まりを告げた。
「うむ!」
国王は満足そうに頷くと、会場全体に向かって高らかに宣言した。
「皆の者、聞いたな! 今宵、我が国に新たな希望の星が生まれた! 新たなるアスカワ子爵の誕生を皆で祝おうではないか!」
その言葉を皮切りに、会場は割れんばかりの拍手と祝福の歓声に包まれた。
「アスカワ子爵、万歳!」「王国の守護聖人だ!」
そんな熱狂的な声が、俺の耳にまるで遠い世界の出来事のように響いていた。
その祝福の嵐の中で、俺はただ一人絶望していた。
だが、人々の輪の後方で俺のことを涙を浮かべながら、そしてどこまでも誇らしげな、愛おしい瞳で見つめている一人の少女の姿を見つけた。
ルナだった。
彼女のその笑顔を見てしまったら、俺はもうこの運命から逃げることなどできそうになかった。
望まぬながらも手に入れてしまった貴族の位。
それは俺の人生をどこへ導いていくのだろうか。
俺は鳴り止まない拍手の中で、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
胃の痛みはもはや感覚がなかった。それは一周回って無の状態へと達していたのかもしれない。
54
あなたにおすすめの小説
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
【完結】不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
異世界転移したら、神の力と無敵の天使軍団を授かったんだが。
猫正宗
ファンタジー
白羽明星は気付けば異世界転移しており、背に純白の六翼を生やした熾天使となっていた。
もともと現世に未練などなかった明星は、大喜びで異世界の大空を飛び回る。
すると遥か空の彼方、誰も到達できないほどの高度に存在する、巨大な空獣に守られた天空城にたどり着く。
主人不在らしきその城に入ると頭の中にダイレクトに声が流れてきた。
――霊子力パターン、熾天使《セラフ》と認識。天界の座マスター登録します。……ああ、お帰りなさいルシフェル様。お戻りをお待ち申し上げておりました――
風景が目まぐるしく移り変わる。
天空城に封じられていた七つの天国が解放されていく。
移り変わる景色こそは、
第一天 ヴィロン。
第二天 ラキア。
第三天 シャハクィム。
第四天 ゼブル。
第五天 マオン。
第六天 マコン。
それらはかつて天界を構成していた七つの天国を再現したものだ。
気付けば明星は、玉座に座っていた。
そこは天の最高位。
第七天 アラボト。
そして玉座の前には、明星に絶対の忠誠を誓う超常なる存在《七元徳の守護天使たち》が膝をついていたのだった。
――これは異世界で神なる権能と無敵の天使軍団を手にした明星が、調子に乗ったエセ強者を相手に無双したり、のんびりスローライフを満喫したりする物語。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる