「魔力無しの恥さらしめ」と実家から追放されたので、隣国で魔道具技師として大成します。父さん、うちの製品がないと戦争に負けますよ?

夏見ナイ

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第23話 商業ギルドの来訪

『リリアーナの灯火』の成功は、王都の夜を変えただけではなかった。それは、シルバニア王国の経済そのものを、根底から揺るがすほどのインパクトを持っていた。
工房はランタンの量産でフル稼働を続けていたが、それでも国内からの注文に全く追いつかない状況だった。王都だけでなく、地方の都市や村からも、新たな灯りを求める声が殺到していたのだ。

そんなある日の午後、王立魔道具工房に、明らかに場違いな一団が訪れた。
高価なビロードの服に身を包み、指にはこれみよがしに宝石の指輪をいくつもはめている。肥え太ったその体躯は、労働とは無縁の生活を送っていることを雄弁に物語っていた。彼らが工房の床を汚すのを嫌うかのように、高価な革靴で慎重に歩く姿は、油と鉄の匂いが染みついたこの場所では異様ですらあった。

彼らの中心にいるのは、白髪を綺麗に撫でつけた、人の良さそうな笑顔を浮かべた老人だった。だが、その細められた目の奥には、獲物を見定める蛇のような、冷徹で計算高い光が宿っている。
シルバニア商業ギルドの頂点に君臨する男、ギルドマスターのヘンドリック。彼こそが、この国の商業と流通を、裏から牛耳る影の実力者だった。

「これはこれは、リリアーナ姫様。ご健勝のこと、お慶び申し上げます」
ヘンドリックは、工房の応接室に通されるなり、芝居がかった仕草で恭しく頭を下げた。リリアーナ様は、王女としての威厳を保ち、冷静にその挨拶を受ける。俺とバルトーク工房長は、彼女の斜め後ろに控える形でその場に同席していた。

「して、本日はどのようなご用件でしょうか、ギルドマスター」
リリアーナ様の単刀直入な問いに、ヘンドリックは満面の笑みを浮かべた。
「いやなに、大したことではございません。ただ、姫様方がお作りになられた、あの素晴らしい『灯火』。その噂を耳にしましてな。我々商人も、ぜひ国のお役に立ちたいと考えた次第でございますよ」

彼はそう言うと、従者に分厚い羊皮紙の束を差し出させた。
「こちらが、我々商業ギルドからの提案書にございます。姫様方が開発されたランタンの、国内における独占販売権を、我々ギルドにお譲りいただきたいのです」

独占販売権。
その言葉に、バルトークがかすかに息を呑むのが分かった。

ヘンドリックは、畳み掛けるように続けた。
「もちろん、ただでお譲りいただきたいなどと、そんな不躾なことは申しません。見返りとして、まずはこちらを。ライセンス契約料として、金貨五万枚を即金でお支払いいたします。さらに、ランタンの売り上げの一部は、継続的に王家へ献上いたしましょう。国庫は、大いに潤うことになりましょうぞ」

金貨五万枚。
それは、国家予算の数パーセントにも匹敵する、途方もない金額だった。リリアーナ様は表情を変えなかったが、その瞳がわずかに揺れたのを俺は見逃さなかった。まだ若い彼女にとって、それはあまりにも魅力的な提案に聞こえただろう。

「我々には、この国に張り巡らされた販売網と、長年培ってきた商売のノウハウがございます。工房の皆様が製造に専念なされば、我々が責任を持って、あの素晴らしい灯りを国の隅々まで届けさせていただきます。これぞ、まさしく持ちつ持たれつの関係。王国にとっても、我々にとっても、そして民にとっても、三方一両得な申し出かと存じますが、いかがですかな?」

完璧な提案だった。少なくとも、表面上は。
王国は莫大な利益を得て、ギルドは新たな商材を手に入れる。そして、民は国のどこにいてもランタンを買うことができるようになる。誰も損をしない、理想的な取引に見えた。

バルトークも、興奮を隠しきれない様子でリリアーナ様に進言する。
「姫様、これは……またとない好機かと存じます。これだけの資金があれば、工房の設備をさらに増強し、新たな開発に……」

だが、俺は黙っていた。
ヘンドリックの言葉を聞けば聞くほど、俺の胸の中には、得体の知れない違和感が広がっていたからだ。
俺は『魔力視』を発動させたが、もちろん彼の腹の中など視えるはずもない。だが、俺のもう一つの目――物事の本質を見抜く目は、この取引に潜む、巧妙な罠を捉えつつあった。

リリアー-ナ様が、決断を下す前に、俺に視線を向けた。
「……アレン。あなたはどう思いますか?」
その問いは、俺の意見を最終判断の材料にするという、彼女からの絶対的な信頼の証だった。

俺は、一歩前に出た。そして、笑顔でこちらを見ているヘンドリックに、静かに問いかけた。
「ギルドマスター。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「ほう、君が噂のアレン君か。いかにも、天才というのは歳にはよらないものらしい。何なりと聞きたまえ」
ヘンドリックの余裕の態度は崩れない。

「このランタンの販売価格は、いくらを想定されていますか?」
俺の問いに、彼はさも当然というように答えた。
「ふむ。原価と流通コスト、そして我々の利益を考えれば、そうさな……一つあたり、銀貨十枚といったところかな。これでも、従来の貴族向けの魔導灯に比べれば、破格の値段だ」

銀貨十枚。
それは、貧しい地区の家族の、数日分の食費に相当する額だった。
俺たちの工房が想定していた販売価格は、銀貨一枚。その十倍だ。

「それでは、意味がありません」
俺は、きっぱりと言い切った。
「このランタンは、貧しい人々でも手に入れられるようにと、開発されたものです。銀貨十枚では、本当に光を必要としている人々の手には届かない」

俺の反論に、ヘンドリックの笑顔が初めてかすかに引きつった。
「君、商売というものを分かっておらんようだ。これは慈善事業ではないのだよ。利益を出さねば、経済は回らん」

「利益は結構です。ですが、暴利を貪るのは違うでしょう」
俺は、さらに踏み込んだ。
「あなた方の本当の狙いは、このランタンの流通を独占し、価格を自由に釣り上げることだ。そして、数年後には、修理用の部品や交換用の魔晶石の値段も吊り上げる。人々は、一度この灯りの便利さを知ってしまえば、高くても買わざるを得なくなる。あなた方は、民の生活に不可欠な『インフラ』を掌握し、未来永劫、そこから富を搾り取り続けるつもりだ」

俺の指摘に、応接室の空気が凍りついた。
ヘンドリックの顔から、人の良さそうな笑みが完全に消え失せ、冷酷な商人の顔が覗いていた。
リリアーナ様とバルトークは、俺が語った未来図の恐ろしさに、ハッとしたように目を見開いている。

「……面白いことを言う小僧だ」
ヘンドリックの声は、低く、地を這うような響きを持っていた。
「君の言う通りだとしたら、何か問題でも?」

「大ありです」
俺は、怯まなかった。
「この取引を受ければ、王国は目先の金と引き換えに、未来を売り渡すことになる。技術は工房にある。しかし、それを民に届ける手段を、あなた方に握られてしまう。そうなれば、いずれ王家でさえ、商業ギルドの顔色を窺わなければならなくなるでしょう」

これは、ただの経済の話ではない。国の主権に関わる、安全保障の問題なのだ。

「……参ったな」
ヘンドリックは、天を仰いでため息をついた。
「まさか、これほど早く、この取引の本質を見抜く者がいようとは。それも、こんな小僧に……」

彼は、もはや隠そうともしなかった。
俺の言葉が、全て真実だと認めたのだ。

リリアーナ様は、静かに立ち上がった。その顔には、先ほどの迷いは微塵もない。王女としての、凛とした決意に満ちていた。

「ギルドマスター。あなた方の提案は、お断りします」
彼女のきっぱりとした声が、応接室に響いた。
「この『リリアーナの灯火』は、民を搾取するための道具ではありません。民の暮らしを豊かにするための、希望の光です。その志を、金で売り渡すことは、断じてできません」

その言葉は、この国の未来を背負う者の、力強い宣言だった。
ヘンドリックは、しばらく無言でリリアーナ様を睨みつけていたが、やがて諦めたように肩をすくめた。

「……承知いたしました。姫様がそうおっしゃるなら、仕方がありませんな」
彼は立ち上がると、俺の方をちらりと見た。その目には、侮蔑ではなく、一種の敬意すら宿っていた。
「アレン君、だったかな。君は、恐ろしい子供だ。いずれ、この国の経済を動かす存在になるやもしれん。覚えておこう」

彼はそれだけ言い残し、従者たちを連れて足早に工房を去っていった。
嵐が去った後のような静寂の中、リリアーナ様は俺に向き直り、深く頭を下げた。

「ありがとう、アレン。あなたがいなければ、私は取り返しのつかない過ちを犯すところでした。目先の利益に目が眩み、私の、私たちの夢を、汚してしまうところだった」
その声は、感謝と、そして自分への戒めに満ちていた。

「俺は、気づいたことを言っただけです」

「その『気づき』こそが、あなたの才能です」
彼女は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「魔道具を作るだけが、私たちの仕事ではないのですね。それがどう使われ、人々の生活にどう影響を与えるかまで考える。それこそが、真の魔道具技師の姿なのかもしれません」

彼女の言葉に、俺は自分の視野がまた一つ、大きく広がったのを感じていた。
ただの技術者ではない。社会を、国を、より良い方向へ導くための技術。それこそが、俺が目指すべき道なのだ。

この一件をきっかけに、俺たちは新たな販売戦略を立てることになった。
ギルドに頼らない、王家主導の、民のための流通システム。
それは、次なる、そしてさらに大きな挑戦の始まりを意味していた。
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