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第7話:家族の見放し
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嘲笑の声を背に受けながら、リリアーナはただ黙々と歩いた。ホールの巨大な扉が、すぐそこに見えている。あの扉を抜ければ、この偽りの光に満ちた世界から抜け出せる。そう思うと、足取りは不思議と軽くなった。
あと数歩で出口というところで、一つの人影が彼女の前に立ちはだかった。
見上げるまでもなく、それが誰であるかリリアーナには分かっていた。この夜会で、誰よりも家の体面を気にしていた人物。
「……お父様」
そこに立っていたのは、父であるグレイフィールド伯爵だった。その顔は怒りで赤黒く染まり、眉間には深い皺が刻まれている。しかし、その怒りは娘を侮辱されたことに対するものではない。娘が、家の名誉を汚したことに対するものだった。
「どこへ行くつもりだ」
地を這うような低い声だった。
「……屋敷へ戻ります」
「戻るだと? この恥を、醜態を、大勢の前で晒しておきながら、どの面下げてグレイフィールドの家名を名乗るつもりだ」
伯爵の言葉は、氷の刃となってリリアー-ナに突き刺さる。心配や同情など、そこには欠片もなかった。あるのは、計算が狂ったことへの苛立ちと、世間体を汚されたことへの激しい怒りだけだ。
伯爵の後ろには、母親とマリアンヌもいた。母親は扇で顔を隠しているが、その扇の隙間から覗く目は、氷のように冷たい軽蔑の色を浮かべている。マリアンヌは、まるで面白い見世物でも見るかのように、姉の不幸を愉しんでいた。
誰一人、リリアーナを助けようとはしない。彼らは家族ではなかった。ただの傍観者だ。いや、彼女を断崖から突き落とす側に立っている。
「セドリック殿下から婚約を破棄されるとは……。我がグレイフィールド家の歴史に、これほどの汚点を残した者はいない!」
伯爵の声が荒くなる。周囲の貴族たちが、遠巻きにこちらを窺っているのが分かった。
「お前という存在が、我が家の恥なのだ! 分かっているのか!」
恥。
またその言葉だった。セドリック王子に言われ、今度は実の父親に言われる。自分は、ただそこにいるだけで、誰かの恥になる存在なのだ。
リリアーナは、心のどこかで微かに期待していたのかもしれない。家族なら、こんな時くらいは手を差し伸べてくれるのではないかと。理不尽な仕打ちに、共に怒ってくれるのではないかと。
だが、それは愚かな幻想だった。
目の前にいるのは、娘の不幸よりも家の体面を優先する冷酷な父親。自分を失敗作だと断じる母親。姉の絶望を蜜の味のように楽しむ妹。
「家の恥さらしめ」
父親が吐き捨てた言葉が、リリアーナの心に最後の一撃を与えた。
ああ、そうか。
これで、本当に全て終わったのだ。
彼女をこの世界に繋ぎとめていた、家族という名の最後の鎖も、今、完全に断ち切られた。
リリアーナは、もう何も感じなかった。
怒りも、悲しみも、絶望さえも通り過ぎて、ただ広大な虚無が心を覆っていた。
彼女はゆっくりと父親の前から体をずらし、その横を通り抜けようとした。
「待て! まだ話は……」
伯爵が腕を掴もうとする。しかし、リリアー-ナはそれをひらりとかわした。その動きは、まるで彼女の周りだけ時間が歪んでいるかのように、滑らかで捉えどころがなかった。
彼女は一度も振り返らなかった。
父親に、母親に、妹に、一瞥もくれることなく、重い扉を押し開ける。
扉の向こうは、夜の闇に包まれた静かな廊下だった。
背後で、扉がゆっくりと閉じていく。扉の隙間から漏れ聞こえてくる華やかな音楽と人々の笑い声が、徐々に小さくなり、やがて完全に閉ざされた。
完全な静寂。
そして、絶対的な孤独。
リリアーナは一人、薄暗い廊下に立ち尽くす。
温かい光の世界から追放された彼女を、冷たい月の光だけが白々と照らしていた。
あと数歩で出口というところで、一つの人影が彼女の前に立ちはだかった。
見上げるまでもなく、それが誰であるかリリアーナには分かっていた。この夜会で、誰よりも家の体面を気にしていた人物。
「……お父様」
そこに立っていたのは、父であるグレイフィールド伯爵だった。その顔は怒りで赤黒く染まり、眉間には深い皺が刻まれている。しかし、その怒りは娘を侮辱されたことに対するものではない。娘が、家の名誉を汚したことに対するものだった。
「どこへ行くつもりだ」
地を這うような低い声だった。
「……屋敷へ戻ります」
「戻るだと? この恥を、醜態を、大勢の前で晒しておきながら、どの面下げてグレイフィールドの家名を名乗るつもりだ」
伯爵の言葉は、氷の刃となってリリアー-ナに突き刺さる。心配や同情など、そこには欠片もなかった。あるのは、計算が狂ったことへの苛立ちと、世間体を汚されたことへの激しい怒りだけだ。
伯爵の後ろには、母親とマリアンヌもいた。母親は扇で顔を隠しているが、その扇の隙間から覗く目は、氷のように冷たい軽蔑の色を浮かべている。マリアンヌは、まるで面白い見世物でも見るかのように、姉の不幸を愉しんでいた。
誰一人、リリアーナを助けようとはしない。彼らは家族ではなかった。ただの傍観者だ。いや、彼女を断崖から突き落とす側に立っている。
「セドリック殿下から婚約を破棄されるとは……。我がグレイフィールド家の歴史に、これほどの汚点を残した者はいない!」
伯爵の声が荒くなる。周囲の貴族たちが、遠巻きにこちらを窺っているのが分かった。
「お前という存在が、我が家の恥なのだ! 分かっているのか!」
恥。
またその言葉だった。セドリック王子に言われ、今度は実の父親に言われる。自分は、ただそこにいるだけで、誰かの恥になる存在なのだ。
リリアーナは、心のどこかで微かに期待していたのかもしれない。家族なら、こんな時くらいは手を差し伸べてくれるのではないかと。理不尽な仕打ちに、共に怒ってくれるのではないかと。
だが、それは愚かな幻想だった。
目の前にいるのは、娘の不幸よりも家の体面を優先する冷酷な父親。自分を失敗作だと断じる母親。姉の絶望を蜜の味のように楽しむ妹。
「家の恥さらしめ」
父親が吐き捨てた言葉が、リリアーナの心に最後の一撃を与えた。
ああ、そうか。
これで、本当に全て終わったのだ。
彼女をこの世界に繋ぎとめていた、家族という名の最後の鎖も、今、完全に断ち切られた。
リリアーナは、もう何も感じなかった。
怒りも、悲しみも、絶望さえも通り過ぎて、ただ広大な虚無が心を覆っていた。
彼女はゆっくりと父親の前から体をずらし、その横を通り抜けようとした。
「待て! まだ話は……」
伯爵が腕を掴もうとする。しかし、リリアー-ナはそれをひらりとかわした。その動きは、まるで彼女の周りだけ時間が歪んでいるかのように、滑らかで捉えどころがなかった。
彼女は一度も振り返らなかった。
父親に、母親に、妹に、一瞥もくれることなく、重い扉を押し開ける。
扉の向こうは、夜の闇に包まれた静かな廊下だった。
背後で、扉がゆっくりと閉じていく。扉の隙間から漏れ聞こえてくる華やかな音楽と人々の笑い声が、徐々に小さくなり、やがて完全に閉ざされた。
完全な静寂。
そして、絶対的な孤独。
リリアーナは一人、薄暗い廊下に立ち尽くす。
温かい光の世界から追放された彼女を、冷たい月の光だけが白々と照らしていた。
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