お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ

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第70話:夜空の舞踏

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夜会はアシュレイとリリアーナの登場によって、その熱気を最高潮にまで高めていた。
二人は集まってくる貴族たちの挨拶を堂々と受けていた。アシュレイは相変わらず無表情だったが、その隣に立つリリアーナは穏やかな微笑みを絶やさなかった。その姿はすでに皇后としての気品と風格を漂わせていた。

一通りの挨拶が終わり、楽団が優雅なワルツを奏で始めると、貴族たちは次々とダンスの輪に加わっていった。
リリアーナはその華やかな光景を、少しだけ羨ましそうに見つめていた。故郷ではダンスの相手をしてくれる者など一人もいなかったからだ。

その視線に気づいたアシュレイが、低い声で尋ねた。
「……踊りたいか」
「え?」
リリアーナは驚いて彼を見上げた。
「い、いえ、とんでもないです! わたくし、一度も踊ったことなど……」
「そうか」
アシュレイは短くそう応えると、リリアーナの手を取った。
「ならば、ちょうどいい。俺も人と踊るのは好きではない」
彼はそう言うとダンスの輪には加わらず、リリアーナを連れて大広間に隣接する大きなバルコニーへと向かった。

バルコニーに出ると夜会の喧騒が嘘のように遠のき、ひんやりとした静かな夜気が二人を包んだ。
眼下には建国祭を祝う帝都の無数の灯りが、まるで地上に撒かれた星々のように広がっている。そして頭上には、本物の星々が瞬くどこまでも広がる夜空。

「……綺麗」
リリアーナが思わずため息をついた。
その時、ヒュルルという音と共に夜空に一筋の光が昇っていった。
そして、パンという軽やかな音を立てて大輪の光の花が咲く。
花火だ。
建国祭のクライマックスを告げる打ち上げ花火が始まったのだ。
赤、青、緑、金。次から次へと色とりどりの花が夜空を飾り、帝都の灯りを幻想的に照らし出す。

リリアーナは生まれて初めて見るその壮麗な光景に、完全に心を奪われていた。
その横顔を、アシュレイは愛おしそうに見つめていた。
そして、彼は静かにリリアーナの前に立つと片膝をつき、彼女の手を取った。
「……リリアーナ」
「はい、アシュレイ様」
「ここで、俺と踊ってくれないか」

その申し出はあまりにも突然で、あまりにもロマンチックだった。
「で、でも、音楽が……」
「音楽なら、ある」
彼はそう言うと、リリアーナの手を自分の胸にそっと当てさせた。
トクン、トクン。
力強く、そして少しだけ速く刻まれる彼の心臓の鼓動。
「これが、俺たちの音楽だ」

リリアーナの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。
彼女は涙に濡れた笑顔で、こくりと頷いた。
アシュレイは立ち上がると彼女の腰を優しく引き寄せ、もう一方の手を固く握る。
ワルツのステップ。
彼はリリアーナを導くように、ゆっくりと、そして優雅に踊り始めた。

音楽はない。
聞こえるのは、遠くで弾ける花火の音と互いの心臓の鼓動だけ。
二人はどちらからともなく、互いの額をそっと寄せ合った。
アシュレイの清冽な香り。リリアーナの甘い花の香り。
それらが混じり合い、二人だけの世界を創り上げていく。

花火の光が、二人の姿を美しく照らし出す。
アシュレイの銀髪がきらめき、リリアーナの夜空色のドレスが瞬く。
それは誰にも見られることのない、二人だけの舞踏会。
言葉はいらない。
ただ、互いの温もりと鼓動、そして魂の響きだけを感じながら、二人はいつまでも静かに踊り続けた。

夜空に咲く大輪の花が、まるで二人の未来を祝福しているかのように何度も、何度もまばゆい光を放っていた。
この瞬間の幸福が永遠に続けばいい。
リリアーナはアシュレイの胸に顔をうずめながら、心の底からそう願っていた。
そして、その願いがもうすぐ叶えられることになるのを彼女はまだ知らない。
氷の皇子が、その胸の内で人生最大の決意を固めつつあることを。
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