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第46話 『蛇の手』幹部
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クリスタル・ガーディアンが消滅したドーム状の空間には、張り詰めていた魔力の圧が嘘のように消え去り、穏やかな静寂だけが残っていた。三人は、リーナの起こした奇跡に感謝しながらも、消耗した体力を回復させるためにしばしの休息を取った。
「……信じられん。あんな小さな娘が、これほどの力を持っているとはな」
ソフィアは、ひび割れた大盾を背負い直しながら、未だに興奮冷めやらぬ様子で言った。
「エルフの古代魔法、か。おとぎ話の世界だと思っていたが」
「……ただの古代魔法ではない」
カイが、静かに訂正した。彼の金色の瞳は、アレンが握りしめる護符に注がれている。
「あれは、想いの力だ。術者の『守りたい』という強い意志が、空間を超えて奇跡を具現化させた。俺たち獣人族の古い伝承に、そういう話がある」
カイの言葉に、アレンは胸が熱くなるのを感じた。リーナの純粋な想いが、自分たちを救ってくれた。その事実が、どんな強力な魔法よりも、彼の心を強く支えていた。
休息を終え、三人は再び神殿の奥へと進み始めた。ガーディアンが守っていたドームの奥には、これまでとは違う、下り階段が現れていた。その先からは、ひやりとした、そしてどこか邪悪な気配が漂ってくる。
「……いよいよ、核心部に近づいているようだな」
アレンは松明の火を強め、慎重に階段を降りていった。
階段を降りきった先は、広大な地下空間だった。天井は高く、まるで自然の洞窟をそのまま利用したかのようだ。そして、その空間の中央に、それはあった。
直径二十メートルはあろうかという、巨大な円形の祭壇。黒曜石のような、艶のある黒い石でできており、その表面には無数の禍々しいルーン文字と、絡み合う蛇の紋様がびっしりと刻まれている。
祭壇の中央からは、濃密な瘴気が、黒い煙のように立ち上っていた。
「……『蛇の祭壇』」
カイが、憎悪に満ちた声で呟いた。
古文書に記されていた、邪教の民が儀式を行ったとされる場所。ここが、『蛇の手』の活動に関わる、重要な拠点の一つであることは間違いなかった。
祭壇の周囲には、いくつもの燭台が置かれ、不気味な緑色の炎を揺らめかせている。その炎に照らされて、一人の男の姿が浮かび上がった。
祭壇の前に、背を向けて立つ、一人の男。
漆黒のローブを身に纏い、その顔は深いフードで隠れていて見えない。だが、その痩身の体からは、これまでのどんな敵とも比較にならない、底知れない邪悪な魔力が放たれていた。
男は、アレンたちの存在に気づいているはずなのに、振り返ろうともしない。ただ、祭壇を恍惚とした様子で見上げているだけだ。
その男の姿を認めた瞬間、カイの全身から、凄まじい殺気が迸った。
「……見つけた」
彼の声は、地獄の底から響いてくるかのように、低く、冷たかった。
「あいつだ……あいつが、俺の里を襲った時の、指揮官だ……!」
忘れもしない。あの夜、燃え盛る故郷の中心で、この男は静かに佇み、同胞たちがなぶり殺されていくのを、まるで美しい絵画でも鑑賞するかのように眺めていた。その姿は、カイの脳裏に悪夢として焼き付いていた。
「待て、カイ!冷静になれ!」
アレンが制止の声をかける。だが、もはやその声はカイには届かない。
復讐という、長年彼を突き動かしてきた唯一の目的が、今、目の前にあった。彼の理性の箍は、完全に外れていた。
「うおおおおおおっ!」
カイは獣のような雄叫びを上げ、アレンたちの制止を振り切り、影となって男へと殺到した。その動きは、これまでのどんな時よりも速く、鋭い。まさに、復讐のためだけに研ぎ澄まされた牙だった。
しかし、フードの男は、振り返りもしなかった。
カイの必殺の刃が、その背中に突き立てられる寸前、男の周囲の空間がぐにゃりと歪み、黒い障壁が現れた。
キィン!という甲高い音と共に、カイの短剣は障壁に弾かれ、彼は後方へと大きく吹き飛ばされた。
「……騒がしい蝿が来たものだ」
男は、ようやくゆっくりと振り返った。
フードの奥から現れたのは、病人のように青白い肌をした、若い男の顔だった。その唇は不気味な紫色で、瞳は蛇のように縦に長い瞳孔を持っていた。その顔には、一切の感情が浮かんでいない。
「……黒豹族の生き残りか。まだ、そんなものがいたとはな。まあ、いい。ここで始末すれば、同じことだ」
男は、カイをまるで虫けらでも見るかのような目で見下した。
「てめえ……!」
カイは、受け身を取ると同時に再び突進しようとする。
「待てと言っているだろう、カイ!」
今度は、ソフィアが彼の前に立ちはだかった。
「一人で突っ込むな!こいつは、これまでの奴らとは格が違う!」
ソフィアの言う通りだった。男から放たれる魔力の圧は、尋常ではない。Bランク冒険者が束になっても、敵わないであろう絶対的な強者の気配。
『蛇の手』の、幹部クラス。間違いない。
「ほう。少しは道理の分かる者もいるようだ」
男は、くつくつと喉の奥で笑った。
「我が名はザルガス。大いなる『蛇』に仕える神官の一人だ。貴様らのような下賤の輩が、この聖域に足を踏み入れることは許されん。ここで、我が糧となるがいい」
ザルガスと名乗った男が、すっと右手を上げた。すると、彼の足元の影が生き物のように蠢き、そこから何体もの黒い影の兵士(シャドウ・ソルジャー)が這い出てきた。その数は、瞬く間に十体を超えた。
「さあ、始めようか。貴様らの絶望の叫びを、我が主への捧げものとさせてもらおう」
ザルガスの言葉を合図に、影の兵士たちが一斉にアレンたちへと襲いかかってきた。
「ちっ、面倒な!」
ソフィアは舌打ちし、影の兵士を迎え撃つ。
アレンも、即座にソフィアと、未だ興奮状態にあるカイに支援魔法をかけた。
「カイ!冷静になれ!奴を殺したいなら、俺たちを信じろ!」
アレンの必死の叫びに、カイはようやく我に返った。彼は歯を食いしばり、目の前の雑魚を片付けることに集中しようとする。だが、その目は常に、憎き仇であるザルガスを捉えていた。
影の兵士は、実体がないため物理攻撃が効きにくい。ソフィアの剣も、カイの短剣も、手応えなくその体をすり抜けてしまうことがある。
「アレン!こいつら、どうすれば!」
「光だ!奴らは影でできている!強い光を当てれば、実体化するはずだ!」
アレンは、自身の魔力を光のエネルギーに変換し、閃光弾のように放った。まばゆい光に照らされた影の兵士たちは、一瞬だけ動きを止め、その体が黒い実体へと変わる。
「今だ!」
その隙を、ソフィアとカイは見逃さない。二人の刃が、実体化した兵士たちを次々と切り裂いていく。
だが、影の兵士は倒しても倒しても、ザルガスの足元から無限に湧き出てくる。このままではキリがない。
そして、その乱戦の中で、ザルガスは静かに詠唱を始めていた。彼の周囲に、禍々しい紫色の魔力が渦を巻き始める。
「まずい!大魔法が来る!」
アレンが警告する。
カイは、その詠唱を阻止しようと、再びザルガスへと突進した。
だが、その行動こそが、ザルガスの狙いだった。
「愚かな獣め」
ザルガスは、冷たい笑みを浮かべた。
彼の手に、漆黒の呪いを纏った、一本の短剣が現れる。
カイが懐に飛び込んだ、その瞬間。
ザルガスの短剣が、神速の動きでカイの胸を貫いた。
それは、魔法の詠唱など、最初から陽動に過ぎなかったのだ。
「――が、はっ……!」
カイの口から、おびただしい量の血が噴き出した。
ただの刺し傷ではない。短剣に込められた呪いが、彼の体中の生命力を、猛烈な勢いで蝕んでいく。
アレンのヒールも、その呪いの前では効果が薄い。傷は塞がっても、生命力が失われていくのを止められない。
「カイ!」
ソフィアが悲鳴を上げる。
カイの体は、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。その瞳から、急速に光が失われていく。
復讐は、果たせなかった。
無念の思いだけを胸に、彼の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。
「……信じられん。あんな小さな娘が、これほどの力を持っているとはな」
ソフィアは、ひび割れた大盾を背負い直しながら、未だに興奮冷めやらぬ様子で言った。
「エルフの古代魔法、か。おとぎ話の世界だと思っていたが」
「……ただの古代魔法ではない」
カイが、静かに訂正した。彼の金色の瞳は、アレンが握りしめる護符に注がれている。
「あれは、想いの力だ。術者の『守りたい』という強い意志が、空間を超えて奇跡を具現化させた。俺たち獣人族の古い伝承に、そういう話がある」
カイの言葉に、アレンは胸が熱くなるのを感じた。リーナの純粋な想いが、自分たちを救ってくれた。その事実が、どんな強力な魔法よりも、彼の心を強く支えていた。
休息を終え、三人は再び神殿の奥へと進み始めた。ガーディアンが守っていたドームの奥には、これまでとは違う、下り階段が現れていた。その先からは、ひやりとした、そしてどこか邪悪な気配が漂ってくる。
「……いよいよ、核心部に近づいているようだな」
アレンは松明の火を強め、慎重に階段を降りていった。
階段を降りきった先は、広大な地下空間だった。天井は高く、まるで自然の洞窟をそのまま利用したかのようだ。そして、その空間の中央に、それはあった。
直径二十メートルはあろうかという、巨大な円形の祭壇。黒曜石のような、艶のある黒い石でできており、その表面には無数の禍々しいルーン文字と、絡み合う蛇の紋様がびっしりと刻まれている。
祭壇の中央からは、濃密な瘴気が、黒い煙のように立ち上っていた。
「……『蛇の祭壇』」
カイが、憎悪に満ちた声で呟いた。
古文書に記されていた、邪教の民が儀式を行ったとされる場所。ここが、『蛇の手』の活動に関わる、重要な拠点の一つであることは間違いなかった。
祭壇の周囲には、いくつもの燭台が置かれ、不気味な緑色の炎を揺らめかせている。その炎に照らされて、一人の男の姿が浮かび上がった。
祭壇の前に、背を向けて立つ、一人の男。
漆黒のローブを身に纏い、その顔は深いフードで隠れていて見えない。だが、その痩身の体からは、これまでのどんな敵とも比較にならない、底知れない邪悪な魔力が放たれていた。
男は、アレンたちの存在に気づいているはずなのに、振り返ろうともしない。ただ、祭壇を恍惚とした様子で見上げているだけだ。
その男の姿を認めた瞬間、カイの全身から、凄まじい殺気が迸った。
「……見つけた」
彼の声は、地獄の底から響いてくるかのように、低く、冷たかった。
「あいつだ……あいつが、俺の里を襲った時の、指揮官だ……!」
忘れもしない。あの夜、燃え盛る故郷の中心で、この男は静かに佇み、同胞たちがなぶり殺されていくのを、まるで美しい絵画でも鑑賞するかのように眺めていた。その姿は、カイの脳裏に悪夢として焼き付いていた。
「待て、カイ!冷静になれ!」
アレンが制止の声をかける。だが、もはやその声はカイには届かない。
復讐という、長年彼を突き動かしてきた唯一の目的が、今、目の前にあった。彼の理性の箍は、完全に外れていた。
「うおおおおおおっ!」
カイは獣のような雄叫びを上げ、アレンたちの制止を振り切り、影となって男へと殺到した。その動きは、これまでのどんな時よりも速く、鋭い。まさに、復讐のためだけに研ぎ澄まされた牙だった。
しかし、フードの男は、振り返りもしなかった。
カイの必殺の刃が、その背中に突き立てられる寸前、男の周囲の空間がぐにゃりと歪み、黒い障壁が現れた。
キィン!という甲高い音と共に、カイの短剣は障壁に弾かれ、彼は後方へと大きく吹き飛ばされた。
「……騒がしい蝿が来たものだ」
男は、ようやくゆっくりと振り返った。
フードの奥から現れたのは、病人のように青白い肌をした、若い男の顔だった。その唇は不気味な紫色で、瞳は蛇のように縦に長い瞳孔を持っていた。その顔には、一切の感情が浮かんでいない。
「……黒豹族の生き残りか。まだ、そんなものがいたとはな。まあ、いい。ここで始末すれば、同じことだ」
男は、カイをまるで虫けらでも見るかのような目で見下した。
「てめえ……!」
カイは、受け身を取ると同時に再び突進しようとする。
「待てと言っているだろう、カイ!」
今度は、ソフィアが彼の前に立ちはだかった。
「一人で突っ込むな!こいつは、これまでの奴らとは格が違う!」
ソフィアの言う通りだった。男から放たれる魔力の圧は、尋常ではない。Bランク冒険者が束になっても、敵わないであろう絶対的な強者の気配。
『蛇の手』の、幹部クラス。間違いない。
「ほう。少しは道理の分かる者もいるようだ」
男は、くつくつと喉の奥で笑った。
「我が名はザルガス。大いなる『蛇』に仕える神官の一人だ。貴様らのような下賤の輩が、この聖域に足を踏み入れることは許されん。ここで、我が糧となるがいい」
ザルガスと名乗った男が、すっと右手を上げた。すると、彼の足元の影が生き物のように蠢き、そこから何体もの黒い影の兵士(シャドウ・ソルジャー)が這い出てきた。その数は、瞬く間に十体を超えた。
「さあ、始めようか。貴様らの絶望の叫びを、我が主への捧げものとさせてもらおう」
ザルガスの言葉を合図に、影の兵士たちが一斉にアレンたちへと襲いかかってきた。
「ちっ、面倒な!」
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アレンの必死の叫びに、カイはようやく我に返った。彼は歯を食いしばり、目の前の雑魚を片付けることに集中しようとする。だが、その目は常に、憎き仇であるザルガスを捉えていた。
影の兵士は、実体がないため物理攻撃が効きにくい。ソフィアの剣も、カイの短剣も、手応えなくその体をすり抜けてしまうことがある。
「アレン!こいつら、どうすれば!」
「光だ!奴らは影でできている!強い光を当てれば、実体化するはずだ!」
アレンは、自身の魔力を光のエネルギーに変換し、閃光弾のように放った。まばゆい光に照らされた影の兵士たちは、一瞬だけ動きを止め、その体が黒い実体へと変わる。
「今だ!」
その隙を、ソフィアとカイは見逃さない。二人の刃が、実体化した兵士たちを次々と切り裂いていく。
だが、影の兵士は倒しても倒しても、ザルガスの足元から無限に湧き出てくる。このままではキリがない。
そして、その乱戦の中で、ザルガスは静かに詠唱を始めていた。彼の周囲に、禍々しい紫色の魔力が渦を巻き始める。
「まずい!大魔法が来る!」
アレンが警告する。
カイは、その詠唱を阻止しようと、再びザルガスへと突進した。
だが、その行動こそが、ザルガスの狙いだった。
「愚かな獣め」
ザルガスは、冷たい笑みを浮かべた。
彼の手に、漆黒の呪いを纏った、一本の短剣が現れる。
カイが懐に飛び込んだ、その瞬間。
ザルガスの短剣が、神速の動きでカイの胸を貫いた。
それは、魔法の詠唱など、最初から陽動に過ぎなかったのだ。
「――が、はっ……!」
カイの口から、おびただしい量の血が噴き出した。
ただの刺し傷ではない。短剣に込められた呪いが、彼の体中の生命力を、猛烈な勢いで蝕んでいく。
アレンのヒールも、その呪いの前では効果が薄い。傷は塞がっても、生命力が失われていくのを止められない。
「カイ!」
ソフィアが悲鳴を上げる。
カイの体は、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。その瞳から、急速に光が失われていく。
復讐は、果たせなかった。
無念の思いだけを胸に、彼の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。
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