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第49話 辺境の聖者
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『静寂の神殿』から生還した【黎明の翼】がアークライトのギルドに姿を現した時、ロビーは水を打ったように静まり返った。誰もが、彼らが死んだか、あるいは這々の体で逃げ帰ってくると信じて疑っていなかったからだ。しかし、そこに立っていたのは、旅の疲れこそ見せるものの、誰一人欠けることなく、そして大きな傷一つ負っていない三人の姿だった。
「……依頼を、完了した」
アレンが受付に神殿の内部構造を記した地図を提出すると、その場にいた冒険者たちの間に、信じられないといったどよめきが広がった。あの魔境と名高い神殿を、本当に攻略したというのか。
すぐに、彼らはギルドマスターのダリウスの元へと呼び出された。
執務室で、アレンは淡々と報告を行った。神殿の内部構造、無数の罠、二体の強力な守護者、そして最深部にあった邪悪な祭壇と、『蛇の手』の幹部ザルガスとの遭遇。カイが一度死んだこと、そして【完全蘇生】を使ったことは、当然伏せられていた。
「……ザルガスを、撃退しただと?」
ダリウスは、アレンの報告を聞き終えると、しばらく絶句していた。その顔には、驚愕を通り越して、もはや畏怖の色さえ浮かんでいる。
「奴は、『蛇の手』の中でも指折りの呪術師だ。Aランクの上位パーティでも、相手にするのは難しい。それを、お前さんたち三人だけで……」
ダリウスは、まるで化物でも見るかのようにアレンたちを見つめた。特に、その中心にいるアレンというヒーラーの底知れなさに、彼は背筋が寒くなるのを感じていた。
「もはや、お前さんたちをBランクという枠に留めておくことはできん。近いうちに、Aランクへの昇格試験を推薦しよう。いや、もはや試験など不要かもしれんな」
その言葉は、彼らへの最大の賛辞だった。
ギルドマスター室から出た後、ダリウスは信頼する側近に、興奮冷めやらぬ様子でこう漏らしたという。
「あのヒーラーは、本物だ。奴がいれば、どんな窮地に陥っても必ず生還できる。まるで、死人でも生き返らせるような、奇跡の使い手だ」
それは、ダリウスなりの最大限の比喩表現だった。
だが、その言葉は、噂好きの冒険者たちの間で、瞬く間に尾ひれをつけて広まっていった。
「おい、聞いたか?黎明の翼のヒーラー、本当に死者を蘇らせるらしいぜ」
「馬鹿な。そんな魔法があるわけ……」
「だが、現に奴らは不死身だ。静寂の神殿からだって、無傷で帰ってきたんだぞ。何か秘密があるに決まってる」
「そういえば、ソフィアの名誉回復の一件で、王都でも彼らの噂がすごいらしい。特に、あのヒーラーの力は、奇跡だと……」
アークライトで生まれた噂は、王都で広まっていた評判と結びつき、熱を帯びて大陸を駆け巡り始めた。
アレンが辺境のクレリア村出身であることも、いつしか知られるようになっていた。そして、彼の奇跡的な治癒能力と、その出自が合わさり、いつしか彼は一つの異名で呼ばれるようになっていた。
――『辺境の聖者』。
死者さえ蘇らせるという、神の如き力を持つ、辺境から現れた奇跡のヒーラー。
その噂は、もはやアレンたちの手を離れ、一人歩きを始めていた。
「……聖者様ねえ。似合わねえったらありゃしねえな!」
宿屋の食堂で、ソフィアは街で仕入れてきた噂話を肴に、エールを飲み干して大笑いした。
「だが、悪い気はしない。俺の仲間が、それだけ認められてるってことだからな!」
「……的を射ているが、厄介なことになった」
カイは、壁際で短剣の手入れをしながら、冷静に分析した。
「『蛇の手』が、この噂を耳にしないはずがない。奴らは、アレンの力を危険視し、これまで以上に執拗に狙ってくるだろう」
その二人の間で、当のアレンは、テーブルに突っ伏して頭を抱えていた。
「やめてくれ……」
その声は、心底うんざりしているようだった。
「俺は、聖者なんかじゃない。ただのヒーラーだ。それに、こんなに目立ってしまったら、静かに暮らすなんて夢のまた夢じゃないか……」
彼は、リーナのいる故郷の村で、穏やかに過ごす未来を夢見ていた。だが、その噂は、彼を否応なく世界の中心へと押し出そうとしていた。
「まあ、今更だろ」
ソフィアは、アレンの肩をバンと叩いた。
「あんたほどの力を持っていれば、遅かれ早かれこうなる運命だったのさ。諦めな」
「そうではない」
カイが、短剣を拭う手を止めて言った。
「これは、俺たちが選んだ道だ。ソフィアの名誉を取り戻し、俺の復讐を果たす。そして、『蛇の手』という悪を討つ。そのためには、この名声も力に変える必要がある」
カイの言葉には、静かだが、強い覚悟が宿っていた。彼は、仲間の死を乗り越え、精神的に大きく成長していた。もはや、ただ復讐心に駆られるだけの獣ではない。パーティの一員として、大局を見据えることができるようになっていた。
その言葉に、アレンも顔を上げた。
そうだ。もう、後戻りはできない。自分が望むと望まざるとにかかわらず、運命の歯車は回り始めてしまったのだ。ならば、この力と名声を、仲間と、守るべき人々を守るために使うしかない。
「……分かっているさ。少し、弱音を吐いただけだ」
アレンは、ふっと息を吐くと、覚悟を決めた顔で仲間たちを見つめた。
「どんな異名で呼ばれようと、俺たちのやることは変わらない。一つ一つの依頼を確実にこなし、力をつけ、そして必ず『蛇の手』を叩き潰す」
三人の間に、再び強い結束が生まれる。
だが、彼らが思っている以上に、事態は急速に進展しようとしていた。
その数日後。
【黎明の翼】が、次の依頼を受けるためにギルドを訪れると、入り口が妙に騒がしいことに気づいた。冒険者たちが、誰かを遠巻きに囲んでいる。
その中心にいたのは、見慣れない男たちだった。高価な布地で作られた揃いの制服。腰に下げた、見事な装飾の剣。それは、王宮に仕える近衛騎士の装備だった。
近衛騎士の一人が、アレンたちの姿を認めると、駆け寄ってきて、恭しく片膝をついた。
「お待ちしておりました、『辺境の聖者』アレン殿、そして【黎明の翼】の皆様。我が主、ギルドマスター・ダリウス殿より、皆様にAランク昇格試験の推薦状が届いております」
彼は、国王の印章が押された、一通の豪華な羊皮紙をアレンに差し出した。
それは、もはや単なる昇格試験の推薦状ではなかった。
大陸を救う英雄となるための、未来への招待状。
アレンは、その重い羊皮紙を、静かに受け取った。
彼の、そして【黎明の翼】の伝説が、今、新たな章の幕を開けようとしていた。
「……依頼を、完了した」
アレンが受付に神殿の内部構造を記した地図を提出すると、その場にいた冒険者たちの間に、信じられないといったどよめきが広がった。あの魔境と名高い神殿を、本当に攻略したというのか。
すぐに、彼らはギルドマスターのダリウスの元へと呼び出された。
執務室で、アレンは淡々と報告を行った。神殿の内部構造、無数の罠、二体の強力な守護者、そして最深部にあった邪悪な祭壇と、『蛇の手』の幹部ザルガスとの遭遇。カイが一度死んだこと、そして【完全蘇生】を使ったことは、当然伏せられていた。
「……ザルガスを、撃退しただと?」
ダリウスは、アレンの報告を聞き終えると、しばらく絶句していた。その顔には、驚愕を通り越して、もはや畏怖の色さえ浮かんでいる。
「奴は、『蛇の手』の中でも指折りの呪術師だ。Aランクの上位パーティでも、相手にするのは難しい。それを、お前さんたち三人だけで……」
ダリウスは、まるで化物でも見るかのようにアレンたちを見つめた。特に、その中心にいるアレンというヒーラーの底知れなさに、彼は背筋が寒くなるのを感じていた。
「もはや、お前さんたちをBランクという枠に留めておくことはできん。近いうちに、Aランクへの昇格試験を推薦しよう。いや、もはや試験など不要かもしれんな」
その言葉は、彼らへの最大の賛辞だった。
ギルドマスター室から出た後、ダリウスは信頼する側近に、興奮冷めやらぬ様子でこう漏らしたという。
「あのヒーラーは、本物だ。奴がいれば、どんな窮地に陥っても必ず生還できる。まるで、死人でも生き返らせるような、奇跡の使い手だ」
それは、ダリウスなりの最大限の比喩表現だった。
だが、その言葉は、噂好きの冒険者たちの間で、瞬く間に尾ひれをつけて広まっていった。
「おい、聞いたか?黎明の翼のヒーラー、本当に死者を蘇らせるらしいぜ」
「馬鹿な。そんな魔法があるわけ……」
「だが、現に奴らは不死身だ。静寂の神殿からだって、無傷で帰ってきたんだぞ。何か秘密があるに決まってる」
「そういえば、ソフィアの名誉回復の一件で、王都でも彼らの噂がすごいらしい。特に、あのヒーラーの力は、奇跡だと……」
アークライトで生まれた噂は、王都で広まっていた評判と結びつき、熱を帯びて大陸を駆け巡り始めた。
アレンが辺境のクレリア村出身であることも、いつしか知られるようになっていた。そして、彼の奇跡的な治癒能力と、その出自が合わさり、いつしか彼は一つの異名で呼ばれるようになっていた。
――『辺境の聖者』。
死者さえ蘇らせるという、神の如き力を持つ、辺境から現れた奇跡のヒーラー。
その噂は、もはやアレンたちの手を離れ、一人歩きを始めていた。
「……聖者様ねえ。似合わねえったらありゃしねえな!」
宿屋の食堂で、ソフィアは街で仕入れてきた噂話を肴に、エールを飲み干して大笑いした。
「だが、悪い気はしない。俺の仲間が、それだけ認められてるってことだからな!」
「……的を射ているが、厄介なことになった」
カイは、壁際で短剣の手入れをしながら、冷静に分析した。
「『蛇の手』が、この噂を耳にしないはずがない。奴らは、アレンの力を危険視し、これまで以上に執拗に狙ってくるだろう」
その二人の間で、当のアレンは、テーブルに突っ伏して頭を抱えていた。
「やめてくれ……」
その声は、心底うんざりしているようだった。
「俺は、聖者なんかじゃない。ただのヒーラーだ。それに、こんなに目立ってしまったら、静かに暮らすなんて夢のまた夢じゃないか……」
彼は、リーナのいる故郷の村で、穏やかに過ごす未来を夢見ていた。だが、その噂は、彼を否応なく世界の中心へと押し出そうとしていた。
「まあ、今更だろ」
ソフィアは、アレンの肩をバンと叩いた。
「あんたほどの力を持っていれば、遅かれ早かれこうなる運命だったのさ。諦めな」
「そうではない」
カイが、短剣を拭う手を止めて言った。
「これは、俺たちが選んだ道だ。ソフィアの名誉を取り戻し、俺の復讐を果たす。そして、『蛇の手』という悪を討つ。そのためには、この名声も力に変える必要がある」
カイの言葉には、静かだが、強い覚悟が宿っていた。彼は、仲間の死を乗り越え、精神的に大きく成長していた。もはや、ただ復讐心に駆られるだけの獣ではない。パーティの一員として、大局を見据えることができるようになっていた。
その言葉に、アレンも顔を上げた。
そうだ。もう、後戻りはできない。自分が望むと望まざるとにかかわらず、運命の歯車は回り始めてしまったのだ。ならば、この力と名声を、仲間と、守るべき人々を守るために使うしかない。
「……分かっているさ。少し、弱音を吐いただけだ」
アレンは、ふっと息を吐くと、覚悟を決めた顔で仲間たちを見つめた。
「どんな異名で呼ばれようと、俺たちのやることは変わらない。一つ一つの依頼を確実にこなし、力をつけ、そして必ず『蛇の手』を叩き潰す」
三人の間に、再び強い結束が生まれる。
だが、彼らが思っている以上に、事態は急速に進展しようとしていた。
その数日後。
【黎明の翼】が、次の依頼を受けるためにギルドを訪れると、入り口が妙に騒がしいことに気づいた。冒険者たちが、誰かを遠巻きに囲んでいる。
その中心にいたのは、見慣れない男たちだった。高価な布地で作られた揃いの制服。腰に下げた、見事な装飾の剣。それは、王宮に仕える近衛騎士の装備だった。
近衛騎士の一人が、アレンたちの姿を認めると、駆け寄ってきて、恭しく片膝をついた。
「お待ちしておりました、『辺境の聖者』アレン殿、そして【黎明の翼】の皆様。我が主、ギルドマスター・ダリウス殿より、皆様にAランク昇格試験の推薦状が届いております」
彼は、国王の印章が押された、一通の豪華な羊皮紙をアレンに差し出した。
それは、もはや単なる昇格試験の推薦状ではなかった。
大陸を救う英雄となるための、未来への招待状。
アレンは、その重い羊皮紙を、静かに受け取った。
彼の、そして【黎明の翼】の伝説が、今、新たな章の幕を開けようとしていた。
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