異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第十四話 黒鉄の無限軌道

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カケルの工房は、戦場と化した。
運び込まれた黒鉄鉱のインゴットが、炉の業火で真っ赤に熱せられる。リゼットの命令で集められた公国最高の技師たちが、カケルの指示の下、汗だくになって働いていた。だが、彼らはもはや指示を受けるというより、目の前で繰り広げられる神業に、ただただ圧倒されていた。

「そこのおっさん! 炉の温度をあと五十上げろ! 黒鉄は融点が高い、中途半端な熱じゃ強度が落ちる!」
「そっちの若いの! ハンマーの振りが遅い! もっと腰を入れろ!」
「その歯車! 遊びが大きすぎる! 設計図通りに削れんのか!」

カケルの怒声が飛び交う。彼が技師たちに渡したのは、キャタピラの駆動部に使う、たった一枚の歯車の設計図だけ。それ以外の、履帯(りたい)、転輪、サスペンション機構といった主要パーツは、全て彼の頭の中にしかなかった。
彼は、設計図を描く時間すら惜しいとばかりに、自らハンマーを振るい、赤熱した黒鉄の塊を叩き、鍛え、驚異的な速さで部品を成形していく。
カン! カン! と響く金属音は、もはや単なる鍛冶の音ではなかった。それは、カケルの思考が、寸分の狂いもなく現実を創り変えていく、創造の交響曲だった。

「す、すごい……」
工房の隅で、ティリアは息を呑んでいた。
カケルの動きには、一切の無駄がない。熱した金属を掴み、叩き、冷やし、削る。その一連の流れが、まるで精密機械のように、完璧なタイミングで繰り返される。
公国の技師たちも、最初はカケルの年若い風貌と傲慢な態度に反発していた。だが、彼の仕事ぶりを目の当たりにして、誰もが言葉を失った。
「あの履帯の連結部……なんて複雑な構造なんだ。しかし、力学的には完璧だ」
「蒸気機関のピストンを、直接、駆動輪の動力にするだと? そんな発想、どこから……」
彼らは、自分たちの知識が、カケルの持つ巨大な技術体系の、ほんの入口に過ぎないことを思い知らされていた。いつしか、反発は畏敬へと変わり、彼らはカケルの弟子のように、その一挙手一投足から何かを学ぼうと必死になっていた。

製作は、不眠不休で続けられた。
黒鉄の板が、連結され、無限軌道のベルトである「履帯」となる。
頑丈な車輪、「転輪」がいくつも作られ、衝撃を吸収するための「サスペンション」が組み付けられていく。
そして、動力源となる蒸気機関のピストンとシリンダーが、駆動輪と直結する形でフレームに固定された。
製作開始から、丸二日。
工房の中央には、黒鉄の塊としか言いようのない、二対の巨大なキャタピラユニットが、その威容を現していた。それは、もはや「脚」というより、「戦車の足回り」そのものだった。

「……できた」
カケルは、汗を拭いもせず、満足げに呟いた。
工房にいた全員が、ゴクリと喉を鳴らす。誰もが、この異様な機械が、これからカケルの「脚」になるという事実を、まだ信じられずにいた。
「カケル……本当に、これを……?」
ティリアが、心配そうに尋ねる。
カケルは、彼女に視線を向けた。その瞳は、疲労で赤く充血している。だが、その奥には、揺るぎない決意の光が宿っていた。
「ああ。こいつがなきゃ、始まらん」
彼は、工房の中央に進み出ると、自分の両脚を見下ろした。サイズマンティスとの戦いで手に入れた素材で作った、頑丈な金属の脚。だが、次の戦いでは、これは足手まといになる。
彼は、深呼吸を一つした。
「【自己魔改造(セルフ・リビルド)】――実行」
その言葉と共に、カケルの全身から膨大な生命力が引き抜かれる。くらり、と眩暈が襲うが、彼は歯を食いしばって耐えた。
彼の両脚が、淡い青白い光に包まれる。
「……っ!」
ティリアは、思わず目を覆いそうになった。だが、彼女はそれをしなかった。カケルの覚悟を、最後まで見届けると決めたからだ。
光の中で、カケルの金属の脚が、まるで砂の城のように、粒子となって崩壊していく。そして、その粒子は、新たに作られた二対のキャタピラユニットへと吸い込まれていった。
「ぐ……うううっ……!」
カケルの口から、抑えきれない呻きが漏れる。
痛い。
腕を換装した時とは、比較にならないほどの激痛。自分の体を、根底から作り変える。それは、神経を引きちぎられ、骨を砕かれ、肉を削ぎ落とされるような、想像を絶する苦痛だった。
だが、彼は耐えた。ここで倒れるわけにはいかない。鉱山では、まだ多くの人間が、救助を待っている。
光が、徐々に収束していく。
カケルの下半身があった場所と、黒鉄のキャタピラユニットが、完全に融合する。腰から下は、もはや人間のそれではない。無骨な黒鉄の装甲に覆われた、巨大な無限軌道。その側面からは、蒸気機関のピストンが突き出し、パイプが複雑に絡み合っている。
やがて、光が完全に消え去った。
工房には、静寂が戻った。
後に残されたのは、荒い息を繰り返すカケルと、言葉を失って立ち尽くす人々。
カケルの姿は、異様、という言葉では生ぬるかった。
上半身は、人間の面影を残した技師。
下半身は、大地を踏みしめる、重戦車。
人間と機械が、歪に、しかし完璧に融合した、異形の魔導機兵が、そこに誕生していた。

「……はぁ……はぁ……」
カケルは、しばらくその場で呼吸を整えていた。そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……起動」
彼が心の中で命じると、下半身の蒸気機関が、ゴウン、と低い唸りを上げた。炉に火が入る。圧力計の針が、ゆっくりと上昇を始めた。
シュー、と高温の蒸気がパイプの隙間から漏れる。
そして。
ガション!
黒鉄の履帯が、地響きを立てて、わずかに動いた。
「……動いた……」
技師の一人が、呆然と呟く。
カケルは、新しい「脚」の感触を確かめるように、ゆっくりと前進を始めた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
重々しい金属音が、工房に響き渡る。石の床が、その重量にミシミシと軋んだ。
彼は、その場でゆっくりと旋回した。左右の履帯の回転数を変えることで、その巨体は、信じられないほど滑らかに方向転換する。
「……よし。問題ない」
カケルは、満足げに頷いた。
その時、執務室から報告を受けたリゼットとハインケルが、工房に駆け込んできた。
「カケル殿! 完成したのですか……!?」
リゼットは、カケルの変わり果てた姿を見て、息を呑んだ。もはや、彼を「人間」と呼んでいいのか、彼女には分からなかった。だが、その姿から放たれる圧倒的な存在感と力強さは、ガルダの未来を託すに足るものだと、彼女に確信させた。
「ああ。今、試運転をするところだ」
カケルは、工房の奥にある、分厚い石の壁を指さした。
「リゼット。あの壁、もう使ってねえんだろ? 少し、壊させてもらうぞ」
「え、ええ……構いませんが……」
リゼットが答えるより早く、カケルはアクセルを踏み込むように、動力機関の出力を上げた。
ゴオオオオオッ!
蒸気機関が咆哮を上げる。ピストンが、激しく往復運動を始めた。
黒鉄のキャタピラが、猛烈な勢いで回転し、その巨体が、壁に向かって突進した。
「危ない!」
ハインケルが叫ぶ。
だが、その心配は杞憂に終わった。
轟音。
カケルの体が壁に激突した瞬間、城の壁が、まるで豆腐のように、いともたやすく砕け散った。石と土煙が舞い上がる中、カケルは何事もなかったかのように、壁の向こう側へと突き抜けていた。
壁には、彼の体の形をした、巨大な穴がぽっかりと空いている。
「…………」
その場にいた全員が、開いた口が塞がらなかった。
あれは、城壁だ。並の破城槌でも、そう簡単には壊せない。それを、ただの体当たりで……。
土煙の中から、カケルがゆっくりと後進してくる。
「……上出来だ。これなら、落盤なんざ、ただの小石と変わらんな」
彼は、自分の新たな力を確認し、確かな手応えを感じていた。
彼は、リゼットに向き直った。
「時間はねえ。今すぐ、鉱山へ向かう」
その言葉には、絶対的な自信が満ちていた。
リゼットは、こくりと頷いた。
「……お願いします、カケル殿。私の……いえ、ガルダの民の命を、貴方に託します」
カケルは、何も答えなかった。
ただ、その異形の体を翻し、夜の闇が迫るアストリアの街へと、その重々しい一歩を踏み出した。
黒鉄のキャタピラが、石畳を軋ませる。その音は、絶望の淵にある鉱山へと向かう、鋼鉄の救世主の足音だった。
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