異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第十五話 魔獣蹂躙

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黒鉄鉱山は、ガルダ公国の北部に位置する、険しい山岳地帯にあった。
首都アストリアから、馬を全力で走らせても半日はかかる距離。だが、カケルは、その道のりをわずか数時間で踏破した。
ガシャガシャガシャッ!
黒鉄のキャタピラは、街道を、森を、岩場を、一切の区別なく突き進む。木々はなぎ倒され、岩は砕かれ、彼の後には、まるで巨大な獣が通ったかのような、一本の道ができていた。その圧倒的な走破性は、ガルダ公国の誰もが想像し得ないものだった。

鉱山の入り口には、野営地が設営され、負傷した騎士や、不安げな顔をした鉱夫たちが集まっていた。彼らは、地響きと共に近づいてくる異様な存在に、最初は新たな魔獣の襲来かと身構えた。
しかし、闇の中から現れたのが、下半身を巨大な無限軌道に変えた、異形の「人間」であることに気づくと、彼らは恐怖よりも、ただただ唖然とするしかなかった。
「……あれが、リゼット様が遣わされた、救助隊……?」
「冗談だろう……あれは、人間なのか……?」
人々のざわめきを意に介さず、カケルは鉱山の入り口で停止した。ハインケル隊長が、数名の騎士と共に馬で駆けつけ、カケルの前に立つ。
「カケル殿! よく来てくれた!」
ハインケルの顔は、疲労と焦りでやつれている。
「状況は?」
カケルは、キャタピラの上から、簡潔に尋ねた。
「変わらん。魔獣は最下層の主坑道に居座ったまま、時折暴れている。落盤も、徐々にだが広がっているようだ。奥に取り残された鉱夫たちの安否も……」
ハインケルは、唇を噛んだ。時間は、一刻一刻と失われている。
「分かった。案内しろ」
カケルは、それ以上聞く必要はないとばかりに、坑道の入り口へと向かった。
「待ってくれ、カケル殿! 坑道内は、我々騎士団でも進むのが困難なほど崩落している! その巨体では……!」
「問題ない」
カケルは、ハインケルの心配を、一言で切り捨てた。
そして、彼は躊躇なく、暗い坑道の闇へとその身を進めていった。

坑道の中は、地獄のような有り様だった。
天井は崩れ、巨大な岩が道を塞ぎ、支柱はへし折れている。騎士たちが進むのを諦めたのも無理はない。常人ならば、一歩進むことすらままならないだろう。
だが、カケルのキャタピラは、その全てを「障害」として認識しなかった。
ガシャアアアン!
道を塞ぐ巨大な岩盤に、カケルは速度を緩めることなく突っ込む。黒鉄の車体が岩を砕き、履帯がその破片を踏みしめて、何事もなかったかのように前進する。
「な……」
後からついてきていたハインケルと騎士たちは、その光景に言葉を失った。彼らが数人がかりで、一日かけても動かせないような岩を、いともたやすく粉砕していく。
それは、もはや救助活動ではなかった。
ただの、蹂躙だ。
カケルは、脳内にインプットした坑道の見取り図と、実際の状況を照らし合わせながら、最短ルートを突き進む。時折、サスペンションが大きく軋み、車体が揺れるが、彼の操縦に一切の乱れはない。
やがて、坑道の奥から、地響きと共に、巨大な咆哮が聞こえてきた。
ゴオオオオオオッ!
空気が震え、壁からパラパラと土砂が落ちる。
「……来たか」
カケルは、キャタピラを停止させた。前方の闇の向こうに、二つの赤い光が、不気味に揺らめいている。魔獣の目だ。
カケルは、動力機関の出力を戦闘モードへと切り替えた。
「リゼットから、鹵獲した兵器の解析と、対抗装備の開発も依頼されているんだったな。なら、こいつはちょうどいい実験台だ」
彼の脳裏に、新たな改造プランが浮かび上がる。
腕を、ただのブレードから、さらに強力な打撃兵器へと。
そう、岩盤をも砕く、巨大な杭打ち機――『パイルバンカー』へと。
だが、それは後の話だ。今は、目の前のデカブツを、あり合わせの装備でどうにかするしかない。

闇の奥から、ついに魔獣がその巨体を現した。
報告通り、山のように巨大な、アルマジロと亀を合わせたような姿。全長は十メートルを超え、その全身は、黒鉄よりもさらに黒く、鈍い光沢を放つ甲殻で覆われている。
魔獣は、カケルという侵入者を認識すると、威嚇するように前脚で地面を掻き、再び咆哮した。
「実験開始だ」
カケルは、右腕のバイブロ・ブレードを展開した。
そして、キャタピラを駆動させ、魔獣に向かって突進した。
「まずは、甲殻の強度テストだ!」
魔獣も、カケルに向かって突進してくる。巨体と巨体が、狭い坑道の中で正面から激突する。
ゴオオオン!
凄まじい衝撃音と共に、坑道全体が激しく揺れた。
「ぐっ……!」
カケルは、衝撃で体勢を崩しそうになるのを、キャタピラのトルクで無理やり抑え込む。魔獣の突進力は、想像以上だった。
彼は、魔獣の甲殻に、バイブロ・ブレードを叩きつけた。
キンッ!
甲高い金属音。火花が散り、ブレードが弾かれる。
カケルの刃は、魔獣の甲殻に、わずか数センチの傷をつけただけだった。
「……硬えな、おい」
カケルは舌打ちした。自慢のブレードが、ほとんど通用しない。それどころか、刃の先端がわずかに欠けている。
魔獣は、カケルの攻撃を意にも介さず、その巨大な頭を振りかぶってきた。
「チッ!」
カケルは咄嗟に後退し、頭突きを回避する。魔獣の頭が、先程までカケルがいた場所の壁に激突し、轟音と共に岩盤を粉砕した。
とんでもないパワーだ。まともに食らえば、いくらカケルの体が頑丈でも無事では済まない。
「やはり、斬るんじゃダメか。叩き潰すしかねえ」
カケルは、戦術を切り替えた。
彼は、ブレードを収納すると、魔獣の周りを旋回するように動き始めた。狭い坑道だが、キャタピラの機動性があれば、小回りは効く。
魔獣は、その巨体ゆえに動きが鈍い。カケルの動きに翻弄され、苛立ったように尻尾を振り回す。
カケルはその隙を逃さなかった。
一瞬で魔獣の側面に回り込むと、キャタピラの出力を最大にした。
「もらった!」
彼は、キャタピラの側面を、そのまま魔獣の胴体に叩きつけた。体重と、キャタピラの質量、そして推進力の全てを乗せた、渾身の体当たりだ。
ゴッシャアアア!
鈍い、肉を叩き潰すような音。
「ギシャアアアアッ!」
魔獣が、苦痛に満ちた絶叫を上げた。硬い甲殻も、側面からの凄まじい衝撃までは防ぎきれなかったらしい。巨体がバランスを崩し、ぐらりと傾いだ。
「まだだ!」
カケルは、後退すると、今度は反対側から再び体当たりを敢行する。
何度も、何度も。右から、左から。
鋼鉄の塊と化したカケルの体が、巨大なハンマーのように、魔獣の体を打ち据えていく。
ガコン、ゴキン、と、魔獣の甲殻に亀裂が入る音が響き始めた。
勝機は見えた。
カケルは、最後の一撃のために、一度大きく距離を取った。そして、蒸気機関の圧力を、リミッターが振り切れる限界まで高める。
シューゴオオオオッ!
機体が、悲鳴のような蒸気音を上げた。
「これで、終わりだ!」
カケルは、魔獣の正面から、最後の突撃を敢行した。
狙うは、度重なる衝撃で亀裂が広がった、胴体の側面。
魔獣も、最後の力を振り絞ってカケルを迎え撃とうとする。だが、もう遅い。
カケルの黒鉄のキャタピラが、巨大な鉄槌となって、魔獣の亀裂に叩き込まれた。
バキィイイイイン!
甲殻が、ガラスのように砕け散った。
その下の、柔らかい肉を、キャタピラが抉り、引き裂く。
「ギ……ギ……ア……」
魔獣は、断末魔の悲鳴すら上げられず、その赤い瞳から光を失った。
山のような巨体が、地響きを立てて横倒しになり、ぴくりとも動かなくなる。

静寂が、坑道を支配した。
カケルは、蒸気機関の出力を落とし、荒い息を吐いた。機体のあちこちから蒸気が漏れ、装甲は傷だらけだ。だが、彼は確かに、たった一人で、騎士団ですら歯が立たなかった巨大魔獣を、討ち取ってみせたのだ。
「……ふぅ。なんとかなったか」
彼は、魔獣の死骸を乗り越え、坑道の奥へと進んだ。
そこには、絶望的な表情で寄り添う、三十人ほどの鉱夫たちの姿があった。彼らは、目の前で起きた信じがたい光景と、魔獣を倒した異形の救助者に、ただただ呆然としている。
カケルは、彼らに向かって、ぶっきらぼうに言った。
「怪我人はいるか。立てる奴から、俺の後についてこい。ここから出してやる」
その声は、彼らにとって、神の声のように聞こえた。
鉱夫たちの中から、嗚咽と、そして歓声が上がった。
鋼鉄の救世主は、その黒鉄の無限軌道で、絶望の淵にあった命を、確かに救い出したのだった。
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