異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第十八話 鋼鉄の身体(からだ)と魔法の盾

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工房に満ちていた緊張感は、実験の成功によって、温かい達成感へと変わっていた。ティリアは、まだ興奮が冷めやらない様子で、カケルが作った盾を様々な角度から眺めたり、裏面の回路を指でなぞったりしている。
「すごいわ……本当に、魔法を弾くんじゃなくて、吸い取って消してるみたい。こんなこと、どうして思いつくの?」
「雷が木に落ちずに、地面に流れるのと同じ理屈だ。エネルギーには、流れやすい道ってのがある。それを作ってやっただけだ」
カケルは、道具を片付けながらぶっきらぼうに答える。だが、その口元は、わずかに緩んでいた。自分の技術が、誰かの純粋な賞賛と驚きに繋がった。それは、彼にとって何よりの報酬だった。

「この盾、量産はできるのかしら? みんながこれを持てば、ソレイユの騎士なんて怖くないわ!」
ティリアは目を輝かせる。
だが、カケルは首を横に振った。
「無理だ。グランド・アーマディロウの甲殻も、インプロージョン・オーブの水晶も、そう簡単に手に入る代物じゃねえ。それに、この回路は俺にしか描けん」
「そう……よね」
ティリアは少し残念そうに肩を落とした。
「だが、盾にする必要はねえ」
「え?」
カケルは、自分の胸をトン、と叩いた。
「俺の体に、直接組み込めばいい。この胸部装甲、背部装甲を、全部あの甲殻に置き換えて、対魔法障壁(マジック・アース)を実装する。俺自身が、歩く避雷針になればいいんだ」
「そ、そんなことしたら、あなたの体にまた……!」
ティリアの顔が、心配で曇る。脚をキャタピラに換装した時の、カケルの苦しむ姿が脳裏に蘇った。
「必要なことだ。俺が前線で敵の魔法を全部引きつけて無力化できれば、あんたや、ガルダの兵士たちが安全に戦える。そうだろ?」
カケルは、それが当然のことであるかのように言った。その言葉には、もはや彼自身の安全を顧みる響きはない。仲間を、そしてこの国を守るための、最適な手段。彼の思考は、常にその一点に収束していた。
ティリアは、何も言えなかった。彼の覚悟を前に、ただ心配だと言うだけでは、彼の足手まといになるだけだと感じたからだ。
(私も、強くならなきゃ。彼だけに、全てを背負わせないために)
彼女は、白く美しい義手を、ぎゅっと握りしめた。

カケルが、自身の装甲を換装するための準備を始めた、その時だった。
城全体に、けたたましい警鐘の音が鳴り響いた。それは、敵襲を告げる、最も高い警戒レベルを示す鐘の音だった。
「な、何!?」
ティリアが窓の外を見ると、城壁の上で兵士たちが慌ただしく動き回っているのが見えた。
すぐに、工房の扉が勢いよく開け放たれる。
「カケル殿!」
駆け込んできたのは、鎧姿のハインケルだった。その顔には、焦りと緊張が張り付いている。
「ソレイユの軍が、国境を越えた! 現在、東部の平原に向けて進軍中とのこと!」
「規模は!?」
カケルは、手を止めて鋭く問い返した。
「およそ五百! 魔法騎士を中心とした、精鋭部隊だ!」
「五百……!」
ティリアは息を呑んだ。ガルダ公国の総兵力は、二千に満たない。しかも、その大半は防衛のための兵士であり、野戦に長けた者は少ない。五百の精鋭魔法騎士というのは、国を傾けかねない、あまりに大きな戦力だった。
「リゼット様は、騎士団を率いて迎撃に向かわれるご準備をされている。カケル殿にも、出撃の要請が……!」
「分かった」
カケルは、ハインケルの言葉を遮るように、即答した。
「だが、少し時間をくれ。このままじゃ、出ても犬死にするだけだ」
彼は、作業台の上の甲殻と水晶インクを指さした。
「これから、俺の体の改造を行う。三時間。いや、二時間だ。それだけ時間を稼げ」
「に、二時間で改造を!? 無茶だ!」
ハインケルが叫ぶ。だが、カケルは取り合わなかった。
「無茶かどうかは、俺が決める。ティリア、手伝え。炉の温度を最大にしろ!」
「……分かったわ!」
ティリアは、一瞬の躊躇いの後、力強く頷いた。
ハインケルは、鬼気迫る二人の様子に、これ以上何も言えなかった。彼は、リゼットに状況を報告するため、踵を返して駆け出していった。
工房の扉が閉まると、カケルの、静かだが重い声が響いた。
「……やるぞ」

再び、工房は戦場と化した。
だが、今度の戦いは、時間との戦いだった。
グランド・アーマディロウの甲殻が、炉の炎で熱せられ、カケルの上半身のフォルムに合わせて、精密に叩き出されていく。
同時並行で、カケルは水晶インクを使い、新しい装甲の裏面に、対魔法回路を驚異的な速さで描き込んでいく。その集中力は、もはや人間業ではなかった。
ティリアは、カケルの指示に従い、炉の火力を管理し、冷却水を準備し、工具を手渡す。二人の間には、阿吽の呼吸が生まれていた。

そして、約束の二時間後。
出撃準備を整えたリゼットが工房を訪れた時、彼女は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、さらなる変貌を遂げたカケルだった。
彼の上半身は、黒曜石のように輝く、滑らかで力強い甲殻装甲で覆われていた。胸部と背部、そして両肩。それは、まるで彼のために誂えられたかのような、完璧なフィット感で彼の体を包んでいる。
「カケル殿……」
「待たせたな。いつでもいける」
カケルは、新しい装甲の感触を確かめるように、肩を軽く回しながら言った。その動きに、一切のぎこちなさはない。
「ティリアも、行きます」
彼の隣で、ティリアが弓を手に、決意の表情で言った。
「私にも、戦う力があります。カケルがくれた、この腕で、あなたたちを守ります」
リゼットは、二人の顔を交互に見つめた。一人は、人ならざる姿へとその身を変え続ける異世界の技師。もう一人は、彼の技術によって絶望から立ち上がったエルフの弓使い。
この二人が、今やガルダ公国の、最大の希望だった。
「……ええ。頼みます」
リゼットは、力強く頷いた。

東部平原。
ソレイユ魔法騎士団の五百の軍勢は、完璧な布陣を敷き、ガルダ軍を待ち構えていた。彼らの顔には、絶対的な自信と、弱小国に対する侮りが浮かんでいる。
やがて、地平線の向こうに、ガルダ軍の旗が見えてきた。その数、わずか三百。数でも、兵の質でも、ソレイユ側が圧倒的に有利だった。
「ふん、ネズミが罠にかかりに来たか」
ソレイユの指揮官が、鼻で笑う。
「魔道士部隊、準備! あの忌々しい鉄の化け物が出てきたら、一斉射撃で塵にしてしまえ!」
彼らは、カケルの情報を得ていた。だが、それは鉱山での戦闘データだけ。彼らはまだ、カケルがさらなる進化を遂げたことを知らない。

ガルダ軍の陣頭に、カケルの異形の姿が現れた。
キャタピラが大地を軋ませ、黒光りする装甲が、太陽の光を不気味に反射している。
「来たぞ! 構え!」
ソレイユの指揮官が叫ぶ。
「全魔道士、放てええええっ!」
その号令と共に、百名を超える魔道士たちが、一斉に杖を振り上げた。
無数のファイア・ボール、アイス・ランス、ライトニング・ボルト。色とりどりの、しかしその一つ一つが致命的な威力を持つ魔法の豪雨が、空を埋め尽くし、カケルただ一人に向かって降り注いだ。
ガルダの兵士たちが、息を呑む。あんなものを食らっては、ひとたまりもない。
だが、カケルは動かなかった。
キャタピラで大地にしっかりと根を張り、ただ天を仰ぐ。
「――《マジック・アース》、起動」
彼が心の中で呟いた、その瞬間。
彼の全身を覆う黒い装甲の表面に、青白い幾何学模様の回路が、一斉に浮かび上がった。
そして。
降り注ぐ魔法の雨が、カケルの体に触れた。
しかし、爆発も、衝撃も、一切起こらなかった。
全ての魔法は、カケルの体に吸い込まれるようにして、その輝きを失い、霧散していく。まるで、豪雨が、乾いた砂漠に吸い込まれて消えていくかのように。
カケルの体から、膨大な熱量が陽炎となって立ち上る。それが、無力化された魔法エネルギーの成れの果てだった。
「…………は?」
ソレイユの指揮官が、間抜けな声を上げた。
騎士も、魔道士も、目の前で起きたことが理解できず、呆然と立ち尽くしている。自分たちの全力全霊を込めた一斉攻撃が、全くの「無」に帰したのだ。
魔法の嵐が過ぎ去った後、カケルは、傷一つなく、そこに佇んでいた。
彼は、ソレイユ軍を見据え、静かに、しかし、平原全体に響き渡るような声で言った。
「……それが、お前らの切り札か?」
その声は、ソレイユの騎士たちにとって、世界の終わりを告げる悪魔の囁きのように聞こえた。
鋼鉄の体躯に、魔法を無効化する盾を実装した、鉄の救世主。
その絶望的なまでの存在感が、戦場の全ての人間を、支配していた。
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