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第四十六話 神殺しのロジック
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「……ティリア、ナナ。作戦を伝える」
カケルの声は、絶望的な状況下とは思えないほど、冷静で、そして自信に満ちていた。
「俺が、奴の注意を引きつける。その隙に、二人は、この闘技場の、天井まで飛んでくれ」
「天井……?」
ティリアは、いぶかしげに聞き返した。闘技場の天井は、滑らかな金属で覆われているだけで、何もないように見える。
「ああ。ナナ、この闘技場の構造データを、表示できるか?」
『……了解しました、マスター』
ナナの瞳が、わずかに光る。ティリアとカケルの視界に、闘技場の三次元の透視図が、直接、ホログラムのように投影された。
「……なんだ、これは……」
ティリアは、その光景に、驚きを隠せない。ナナの能力は、彼女の理解を、また一つ、超えていた。
「注目すべきは、天井の、中央部分だ」
カケルは、透視図の一点を指さした。
「この闘技場は、ゴーレムの戦闘データを収集し、分析するための、巨大な実験施設でもある。そして、天井の中央には、そのデータを、サンクチュアリのメインフレームへと転送するための、巨大なデータポートが、隠されている」
「データポート……?」
『はい』と、ナナが補足した。『外部との、唯一の、物理的な接続点です。普段は、厚い装甲で、完全に、シールドされていますが……』
「ゴーレムが、あの対消滅エネルギー砲を、最大出力で撃つ瞬間」と、カケルは続けた。「その、コンマ数秒の間だけ、冷却と、データ転送のために、そのポートが、開くはずだ」
彼の演算ユニットと化した脳は、ゴーレムの、わずかなエネルギーの流れのパターンから、その、設計上の「仕様」を、完全に見抜いていたのだ。
「……ティリア。お前にしか、できない仕事だ」
カケルは、ティリアの目を、真っ直ぐに見つめた。
「ポートが開く、その、一瞬を狙って、お前の矢を、撃ち込んでくれ」
「でも、ただの矢を撃っても……」
「ただの矢じゃねえ」
カケルは、自分の胸――グラビティ・コアが埋め込まれた、心臓部――に、手を当てた。
「俺の、重力制御能力の、一部を、お前の矢に、付与する。矢の先端に、超小規模な、しかし、極めて不安定な、マイクロ・ブラックホールを、生成させるんだ」
「……ブラックホール……!?」
もはや、ティリアの口からは、驚きの言葉しか出てこない。
「その矢が、データポートの内部で、崩壊すれば、どうなるか……。ゴーレムの、あの無敵のシールドを、内側から、食い破ることができるかもしれん」
それは、あまりに、荒唐無稽で、そして、神をも畏れぬ、悪魔的な作戦だった。
「でも、そんなことをしたら、あなたの体に、どんな負担が……!」
「今は、考えるな。やるしか、ねえんだ」
カケルの、決意は、揺るがなかった。
「ナナ。お前は、ティリアを、天井まで運び、ポートが開く、正確なタイミングを、彼女に伝えろ。そして、俺の重力制御と、ティリアの魔力を、同調(シンクロ)させるための、補助を」
『……了解。作戦成功確率、3.7パーセント。……ですが、マスターの論理(ロジック)を、信じます』
ナナは、静かに、頷いた。
「――作戦開始だ!」
カケルの号令と共に、三人は、三方向に、一斉に散開した。
ナナは、ティリアを抱え、闘技場の天井へと、一直線に上昇していく。
そして、カケルは、ただ一人、巨大なゴーレムと、対峙した。
「……おい、ポンコツ。こっちだぜ」
カケルは、挑発するように、ゴーレムの周囲を、高速で飛び回った。
『……ターゲット、補足。……殲滅する』
ゴーレムの、単眼のカメラアイが、カケルを、正確に捉える。
そして、その掌から、再び、純白の、対消滅エネルギー砲が、放たれた。
シュオオオオッ!
空間そのものを消し去る光線が、カケルを追尾し、幾筋もの、死の軌跡を、空中に描いていく。
カケルは、全方位スラスターと、重力制御を駆使し、紙一重で、その攻撃を、躱し続ける。
それは、もはや、戦闘ではなかった。
死と、戯れる、命懸けの、ダンスだった。
だが、カケルの目的は、ただ、時間を稼ぐこと。
そして、ゴーレムに、最大出力の攻撃を、撃たせること。
一方、闘技場の天井に到達した、ナナとティリアは、最後の準備を、進めていた。
「……ティリア。準備は、いいですか?」
「……ええ」
ティリアは、弓を構え、その弦に、一本の、特別な矢を、つがえた。
それは、カケルが、事前に、星辰鋼の、微細な粉末を練り込んで作った、重力制御能力を、最も効率よく伝達するための、特製の矢だった。
ナナは、ティリアの義手と、自分の体を、ケーブルで接続した。
『……これより、マスターの、グラビティ・コアと、貴女の魔力回路を、強制的に、リンクさせます。……凄まじい、フィードバックが、あるでしょう。……耐えてください』
「……望むところよ!」
ティリアの瞳に、決意の光が宿る。
彼女は、矢じりを、真下に広がる、闘技場の、天井の中央部分に、狙いを定めた。
(……まだか……!)
カケルは、暴風雨のような光線を、必死に、躱し続けていた。機体の、あちこちが、光線に掠められ、装甲が、少しずつ、蒸発していく。
エネルギーの消耗も、激しい。
だが、彼は、信じていた。
仲間たちのことを。
そして、自らが導き出した、神殺しのための、ロジックを。
ゴーレムは、なかなか、決定打を撃てないことに、苛立ったのか。あるいは、それが、プログラムされた行動だったのか。
ついに、その、両腕を、天に掲げた。
両の掌に、これまでとは比較にならない、巨大な、エネルギーが、凝縮されていく。
闘技場全体が、そのエネルギーに呼応し、激しく、震動した。
『――対存在消滅砲(アンチ・マター・キャノン)、最大出力。……ターゲットを、完全に、消去する』
(……来た!)
カケルは、その瞬間を、見逃さなかった。
そして、天井のティリアたちも、また。
『……ティリア! 今です! データポート、開きます!』
ナナの、絶叫に近い、声が響く。
天井の中央部分の装甲が、スライドし、内部の、青白い光を放つ、データポートが、剥き出しになった。
その時間は、おそらく、一秒にも、満たない。
「はああああああっ!」
ティリアは、全ての想いと、力を込めて、その矢を、放った。
同時に、カケルの、重力制御の力が、矢に、注ぎ込まれる。
矢の先端に、空間が、歪む。
漆黒の、小さな、点が、生まれた。
マイクロ・ブラックホール。
矢は、緑と、黒の、螺旋を描きながら、光速に近い速度で、データポートへと、吸い込まれていった。
矢が、ポートの内部に、到達した、その瞬間。
ゴーレムが、放とうとしていた、最大出力の対消滅砲が、暴発した。
いや、違う。
マイクロ・ブラックホールが、ゴーレムの、内部の、エネルギー回路そのものを、食い荒らし、その存在を、内側から、崩壊させていたのだ。
「ギ……ギ……ギ……ガガガ……」
ゴーレムの、合成音声が、ノイズを発し、途切れ始める。
その、無敵を誇った、液体金属のような装甲に、亀裂が走り、そこから、内部の光が、溢れ出してくる。
空間断層シールドが、砂上の楼閣のように、消え去った。
そして。
ゴーレムは、その、完璧なまでの、美しいフォルムを、保つことができず、まるで、溶け落ちる、ロウ細工のように、その場に、崩れ落ちていった。
最後に、その単眼のカメラアイが、カケルを、一瞥した。
その瞳に、最後に、宿ったのは、憎悪でも、恐怖でもなく。
ただ、自らの、完璧なロジックを、打ち破った、未知の存在に対する、純粋な、『畏怖』の色だった。
―――轟音。
巨大なゴーレムは、大爆発を起こし、その破片を、闘技場全体に、撒き散らした。
後に残されたのは、静寂と。
そして、爆発の中心で、静かに輝く、一つの、小さな、球体だけだった。
それは、ゴーレムの心臓部。
無限のエネルギーを生み出すという、人工の、永久機関。
『アーティフィシャル・ゼロポイント・リアクター』。
カケルは、ゆっくりと、その、神の心臓の前に、舞い降りた。
彼は、勝ったのだ。
神が作りたもうた、完璧な、守護者を、打ち破った。
人間の、知恵と、勇気と、そして、仲間との、絆の力で。
だが、これは、まだ、始まりに過ぎない。
この、神の心臓を、その身に宿した時、彼は、一体、何になるのか。
その答えを、今はまだ、誰も、知らなかった。
カケルの声は、絶望的な状況下とは思えないほど、冷静で、そして自信に満ちていた。
「俺が、奴の注意を引きつける。その隙に、二人は、この闘技場の、天井まで飛んでくれ」
「天井……?」
ティリアは、いぶかしげに聞き返した。闘技場の天井は、滑らかな金属で覆われているだけで、何もないように見える。
「ああ。ナナ、この闘技場の構造データを、表示できるか?」
『……了解しました、マスター』
ナナの瞳が、わずかに光る。ティリアとカケルの視界に、闘技場の三次元の透視図が、直接、ホログラムのように投影された。
「……なんだ、これは……」
ティリアは、その光景に、驚きを隠せない。ナナの能力は、彼女の理解を、また一つ、超えていた。
「注目すべきは、天井の、中央部分だ」
カケルは、透視図の一点を指さした。
「この闘技場は、ゴーレムの戦闘データを収集し、分析するための、巨大な実験施設でもある。そして、天井の中央には、そのデータを、サンクチュアリのメインフレームへと転送するための、巨大なデータポートが、隠されている」
「データポート……?」
『はい』と、ナナが補足した。『外部との、唯一の、物理的な接続点です。普段は、厚い装甲で、完全に、シールドされていますが……』
「ゴーレムが、あの対消滅エネルギー砲を、最大出力で撃つ瞬間」と、カケルは続けた。「その、コンマ数秒の間だけ、冷却と、データ転送のために、そのポートが、開くはずだ」
彼の演算ユニットと化した脳は、ゴーレムの、わずかなエネルギーの流れのパターンから、その、設計上の「仕様」を、完全に見抜いていたのだ。
「……ティリア。お前にしか、できない仕事だ」
カケルは、ティリアの目を、真っ直ぐに見つめた。
「ポートが開く、その、一瞬を狙って、お前の矢を、撃ち込んでくれ」
「でも、ただの矢を撃っても……」
「ただの矢じゃねえ」
カケルは、自分の胸――グラビティ・コアが埋め込まれた、心臓部――に、手を当てた。
「俺の、重力制御能力の、一部を、お前の矢に、付与する。矢の先端に、超小規模な、しかし、極めて不安定な、マイクロ・ブラックホールを、生成させるんだ」
「……ブラックホール……!?」
もはや、ティリアの口からは、驚きの言葉しか出てこない。
「その矢が、データポートの内部で、崩壊すれば、どうなるか……。ゴーレムの、あの無敵のシールドを、内側から、食い破ることができるかもしれん」
それは、あまりに、荒唐無稽で、そして、神をも畏れぬ、悪魔的な作戦だった。
「でも、そんなことをしたら、あなたの体に、どんな負担が……!」
「今は、考えるな。やるしか、ねえんだ」
カケルの、決意は、揺るがなかった。
「ナナ。お前は、ティリアを、天井まで運び、ポートが開く、正確なタイミングを、彼女に伝えろ。そして、俺の重力制御と、ティリアの魔力を、同調(シンクロ)させるための、補助を」
『……了解。作戦成功確率、3.7パーセント。……ですが、マスターの論理(ロジック)を、信じます』
ナナは、静かに、頷いた。
「――作戦開始だ!」
カケルの号令と共に、三人は、三方向に、一斉に散開した。
ナナは、ティリアを抱え、闘技場の天井へと、一直線に上昇していく。
そして、カケルは、ただ一人、巨大なゴーレムと、対峙した。
「……おい、ポンコツ。こっちだぜ」
カケルは、挑発するように、ゴーレムの周囲を、高速で飛び回った。
『……ターゲット、補足。……殲滅する』
ゴーレムの、単眼のカメラアイが、カケルを、正確に捉える。
そして、その掌から、再び、純白の、対消滅エネルギー砲が、放たれた。
シュオオオオッ!
空間そのものを消し去る光線が、カケルを追尾し、幾筋もの、死の軌跡を、空中に描いていく。
カケルは、全方位スラスターと、重力制御を駆使し、紙一重で、その攻撃を、躱し続ける。
それは、もはや、戦闘ではなかった。
死と、戯れる、命懸けの、ダンスだった。
だが、カケルの目的は、ただ、時間を稼ぐこと。
そして、ゴーレムに、最大出力の攻撃を、撃たせること。
一方、闘技場の天井に到達した、ナナとティリアは、最後の準備を、進めていた。
「……ティリア。準備は、いいですか?」
「……ええ」
ティリアは、弓を構え、その弦に、一本の、特別な矢を、つがえた。
それは、カケルが、事前に、星辰鋼の、微細な粉末を練り込んで作った、重力制御能力を、最も効率よく伝達するための、特製の矢だった。
ナナは、ティリアの義手と、自分の体を、ケーブルで接続した。
『……これより、マスターの、グラビティ・コアと、貴女の魔力回路を、強制的に、リンクさせます。……凄まじい、フィードバックが、あるでしょう。……耐えてください』
「……望むところよ!」
ティリアの瞳に、決意の光が宿る。
彼女は、矢じりを、真下に広がる、闘技場の、天井の中央部分に、狙いを定めた。
(……まだか……!)
カケルは、暴風雨のような光線を、必死に、躱し続けていた。機体の、あちこちが、光線に掠められ、装甲が、少しずつ、蒸発していく。
エネルギーの消耗も、激しい。
だが、彼は、信じていた。
仲間たちのことを。
そして、自らが導き出した、神殺しのための、ロジックを。
ゴーレムは、なかなか、決定打を撃てないことに、苛立ったのか。あるいは、それが、プログラムされた行動だったのか。
ついに、その、両腕を、天に掲げた。
両の掌に、これまでとは比較にならない、巨大な、エネルギーが、凝縮されていく。
闘技場全体が、そのエネルギーに呼応し、激しく、震動した。
『――対存在消滅砲(アンチ・マター・キャノン)、最大出力。……ターゲットを、完全に、消去する』
(……来た!)
カケルは、その瞬間を、見逃さなかった。
そして、天井のティリアたちも、また。
『……ティリア! 今です! データポート、開きます!』
ナナの、絶叫に近い、声が響く。
天井の中央部分の装甲が、スライドし、内部の、青白い光を放つ、データポートが、剥き出しになった。
その時間は、おそらく、一秒にも、満たない。
「はああああああっ!」
ティリアは、全ての想いと、力を込めて、その矢を、放った。
同時に、カケルの、重力制御の力が、矢に、注ぎ込まれる。
矢の先端に、空間が、歪む。
漆黒の、小さな、点が、生まれた。
マイクロ・ブラックホール。
矢は、緑と、黒の、螺旋を描きながら、光速に近い速度で、データポートへと、吸い込まれていった。
矢が、ポートの内部に、到達した、その瞬間。
ゴーレムが、放とうとしていた、最大出力の対消滅砲が、暴発した。
いや、違う。
マイクロ・ブラックホールが、ゴーレムの、内部の、エネルギー回路そのものを、食い荒らし、その存在を、内側から、崩壊させていたのだ。
「ギ……ギ……ギ……ガガガ……」
ゴーレムの、合成音声が、ノイズを発し、途切れ始める。
その、無敵を誇った、液体金属のような装甲に、亀裂が走り、そこから、内部の光が、溢れ出してくる。
空間断層シールドが、砂上の楼閣のように、消え去った。
そして。
ゴーレムは、その、完璧なまでの、美しいフォルムを、保つことができず、まるで、溶け落ちる、ロウ細工のように、その場に、崩れ落ちていった。
最後に、その単眼のカメラアイが、カケルを、一瞥した。
その瞳に、最後に、宿ったのは、憎悪でも、恐怖でもなく。
ただ、自らの、完璧なロジックを、打ち破った、未知の存在に対する、純粋な、『畏怖』の色だった。
―――轟音。
巨大なゴーレムは、大爆発を起こし、その破片を、闘技場全体に、撒き散らした。
後に残されたのは、静寂と。
そして、爆発の中心で、静かに輝く、一つの、小さな、球体だけだった。
それは、ゴーレムの心臓部。
無限のエネルギーを生み出すという、人工の、永久機関。
『アーティフィシャル・ゼロポイント・リアクター』。
カケルは、ゆっくりと、その、神の心臓の前に、舞い降りた。
彼は、勝ったのだ。
神が作りたもうた、完璧な、守護者を、打ち破った。
人間の、知恵と、勇気と、そして、仲間との、絆の力で。
だが、これは、まだ、始まりに過ぎない。
この、神の心臓を、その身に宿した時、彼は、一体、何になるのか。
その答えを、今はまだ、誰も、知らなかった。
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