異世界転移した俺のスキルは【身体魔改造】でした ~腕をドリルに、脚はキャタピラ、脳はスパコン。 追放された機械技師は、神をも超える魔導機兵~

夏見ナイ

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第五十話 星を堕とす日

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アストリアの空が、青白い光に覆われた。
カケルの体から放たれる、重力制御フィールドの輝きだ。それは、もはや翼の形ではなく、街全体を包み込む、巨大なドームへと変わっていた。
彼の心臓――グラビティ・コアと、ナナを介して接続されたゼロポイント・リアクターが、凄まじい咆哮を上げ、無限のエネルギーを、ただ一点へと、供給していく。

「……カケル……あなた、何を……」
空中で、ティリアが、その異常なまでのエネルギーの高まりに、肌を粟立たせた。
『マスターの、グラビティ・コアが、オーバーロードします! これ以上は、危険です!』
ナナの警告も、もはや、カケルの耳には届いていなかった。
彼の、演算ユニットと化した脳は、ただ一つの、壮大で、そして、無謀な、計算を、完了させようとしていた。
(……足りない。まだ、足りない……!)
彼は、歯を食いしばり、さらに、出力を上げた。
彼の視線は、眼下の、巨大な怪物ではない。
その、遥か、遥か、上空。
宇宙空間へと、向けられていた。

『――目標オブジェクト、ロックオン。……軌道計算、完了』
カケルの脳内に、無機質な、システム音声が響く。
彼は、自らの重力制御能力を、アストリアの上空、数万キロに浮かぶ、一つの、巨大な「岩塊」へと、伸ばしていたのだ。
それは、この星の、二つの月の、どちらでもない。
ただ、太古の昔から、この星の、衛星軌道上を、漂い続けていた、直径、数百メートルに及ぶ、小惑星(アステロイド)。
彼は、それを、地上に、引きずり降ろすつもりだった。
「……正気か……?」
カケル自身、自らの、狂気的な発想に、一瞬、我を忘れた。
こんなことをすれば、アストリアの街どころか、ガルダ公国そのものが、地上から、消し飛ぶかもしれない。
だが、彼の、超高速演算は、それを、否定した。
完璧な、突入角度。
完璧な、速度制御。
そして、完璧な、着弾地点。
その全てを、制御できる、と。
自分の、この、神の力ならば、可能だ、と。

「……ティリア、ナナ」
カケルは、通信を入れた。その声は、極限の集中によって、静まり返っていた。
「今すぐ、リゼットの元へ、戻れ。そして、俺が作り出した、この、重力ドームの中に、民と、兵士を、一人残らず、避難させろ。……これは、命令だ」
「……カケル! あなた、まさか……!」
ティリアの、悲痛な声。
「いいから、行け!」
カケルの、絶叫に近い、命令。
ティリアは、唇を、血が滲むほど、噛みしめた。そして、彼女は、ナナと共に、地上の、リゼットの元へと、急降下していった。
彼女は、信じるしかない。
カケルという、男の、その、常軌を逸した、ロジックを。

「……さあ、始めようぜ」
カケルは、一人、空の、頂点で、呟いた。
「……最終兵器の、お披露目だ」
彼の、重力の腕が、天に、伸ばされる。
宇宙空間に浮かぶ、小惑星の、軌道が、ゆっくりと、しかし、確実に、変わり始めた。
それは、地球という、引力の檻から、解き放たれ、地上という、奈落へと、その身を、投じ始めたのだ。

地上の、人々は、気づいた。
空に、もう一つの、星が、生まれたことに。
最初は、小さな、光の点だった。
だが、その点は、みるみるうちに、大きくなっていく。
そして、それが、星ではなく、燃え盛る、巨大な、岩の塊であることに、気づいた時。
人々の顔から、色が、消えた。
「……そ、空が……」
「空が、落ちてくる……!」
絶望。
混沌の怪物たちに、蹂躙されるよりも、さらに、根源的な、世界の終わりを、誰もが、予感した。
巨大な怪物の、ボス個体ですら、その、天から迫る、圧倒的な、質量の前には、ただ、呆然と、空を見上げるだけだった。
それは、アリの巣に、鉄槌が、振り下ろされるかのようだった。

「……リゼット! カケルの、言う通りに!」
ティリアが、城の中庭に、降り立ち、リゼットに、叫んだ。
リゼットは、空を見上げ、その、あまりに、非現実的な光景に、一瞬、思考を停止させた。
だが、彼女は、すぐに、我に返った。
カケルが、何かを、しようとしている。
そして、そのために、この、街全体を覆う、ドームを、張ってくれている。
ならば、自分に、できることは、一つ。
彼を、信じること。
「全軍に、告ぐ! 全ての民を、城壁の内側へ! 急げ! これは、公国の、存亡を賭けた、戦いだ!」
彼女の、凛とした声が、響き渡る。
兵士たちは、恐怖を、振り払い、民衆を、必死に、ドームの内側へと、誘導し始めた。

そして、その時は、来た。
燃え盛る、小惑星は、大気圏を、突破し、灼熱の、炎の塊となって、アストリアの、真上へと、迫る。
その、目標地点は、ただ、一点。
巨大な、怪物の、ボス個体がいる、その場所。
「……座標、固定」
カケルは、最後の、微調整を行う。
彼の、グラビティ・コアが、悲鳴を上げる。無限のエネルギーを供給する、ゼロポイント・リアクターですら、この、神の御業の、膨大な、エネルギー消費には、追いつかない。
だが、彼は、やり遂げた。
「――堕ちろ」
彼の、静かな、呟きと共に。
星が、地に、堕ちた。

―――世界から、音が、消えた。

閃光。
全てを、白く、染め上げる、絶対的な、光。
その、数秒後。
遅れて、轟音が、やってきた。
大地が、裂け、空が、割れる。
凄まじい、衝撃波が、全てを、なぎ払う。
だが、その、破壊の奔流は、カケルが作り出した、青白い、重力のドームに、ぶつかり、その流れを、逸らされていく。
ドームの内側にいる、人々は、ただ、世界の終わりのような、光景を、固唾を呑んで、見守るだけだった。

やがて、衝撃が、収まった時。
アストリアの、東側の、平原だった場所には。
直径、数キロに及ぶ、巨大な、灼熱の、クレーターが、生まれていた。
そこにいたはずの、混沌の怪物たちは、ボス個体もろとも、その、一体、残らず、跡形もなく、蒸発し、消滅していた。
空間の裂け目もまた、その、あまりに、巨大な、エネルギーの、衝撃によって、完全に、閉じられていた。
後に残されたのは、静寂と。
そして、ゆっくりと、晴れていく、元の、青い空だけだった。

空の、頂点で。
カケルは、その光景を、見下ろしていた。
彼の、光の翼は、消え、体は、エネルギーを、使い果たし、限界を超えた、反動で、ボロボロになっていた。
(……やり、すぎたか……)
彼は、自嘲気味に、笑った。
だが、彼は、世界を、救ったのだ。
自らの、手で、星を、堕として。
彼の意識が、遠のいていく。
だが、その、薄れゆく視界の、端に、彼は、見た。
地上で、空を見上げ、涙を流しながら、自分の名を、呼んでいる、仲間たちの、姿を。
(……ああ……俺の、帰る場所は……あそこだ……)
彼は、安堵の、息を漏らすと、その意識を、深い、深い、眠りの中へと、手放した。
鉄の救世主は、星を堕とし、神の領域へと、到達した。
だが、その代償は、あまりに、大きい。
そして、彼が、本当に、戦うべき、本当の『敵』は、まだ、その姿を、現してすらいないことを、彼は、まだ、知らなかった。

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