27 / 75
第27話:遺跡の変容、招かれざる再会
しおりを挟む
ギルドの掲示板に張り出された「古代遺跡の異常活性化に関する調査」の依頼書。それは、リオの心に小さな、しかし無視できない波紋を広げた。巫女が語った災厄の前兆と、この現象が結びついている可能性。そして、未知の古代遺跡から、「星詠みの民」や他の古代魔法に関する手がかりが得られるかもしれないという期待。
「この依頼、受けてみるべきだと思います」
リオは研究室に戻り、リリアナと、情報交換のために訪れていたグレイに切り出した。依頼書の内容と、自身の懸念を伝える。
「古代遺跡の異常活性化……。やはり、巫女様の言っていた通り、何かが始まっているのかもしれないわね……」リリアナは顔を曇らせた。「調査は必要だと思うけれど、危険も伴うわ。推奨ランクもE級以上……今の私たちだけで大丈夫かしら?」
「複数パーティでの調査が推奨されているな」グレイも冷静に指摘した。「他の冒険者と足並みを揃えるのは、我々の秘密を探られるリスクもある。だが、単独で乗り込むのも無謀かもしれん」
三人はしばし考え込んだ。活性化した遺跡の危険度は未知数だ。しかし、他のパーティと行動を共にすれば、リオの【言語魔法】や古代魔法、そしてアストライオスの存在が露見してしまう可能性が高い。
「……まずは、我々だけで初期調査を行ってみるのはどうでしょうか?」リオが提案した。「活性化が報告されている遺跡の中から、比較的規模が小さく、フロンティアに近い場所を選んで、状況を確認する。もし手に負えないほどの危険があれば、一旦引き返し、ギルドに詳細を報告して増援を要請する、という形で」
「なるほど……。それなら、リスクを抑えつつ、情報を得られるかもしれないわね」リリアナは頷いた。「活性化が報告されている遺跡はいくつかあるけれど……フロンティア西側の丘陵地帯にある『風鳴りの丘』の遺跡はどうかしら? 比較的小規模で、以前から奇妙な風切り音がするという噂があった場所よ」
「『風鳴りの丘』か……。あそこなら、街からもそれほど遠くない。初期調査には適しているかもしれんな」グレイも同意した。
調査対象は決まった。三人は再びギルドへ赴き、「風鳴りの丘」遺跡の初期調査依頼として受理してもらった。サラは「くれぐれも無理はしないでくださいね!」と念を押しながらも、彼らの実力を信じて送り出してくれた。
***
翌日、三人はフロンティアの西門から、丘陵地帯を目指して出発した。東の森とは違い、西側は比較的開けた土地が広がっているが、起伏が激しく、岩場も多い。時折、強い風が吹き抜け、奇妙な音を立てて岩の間を通り過ぎていく。
「この辺りから、少し魔物の気配が変わってきたような気がしますね」
リオが【言語魔法】で周囲を探りながら言った。以前、この方面の依頼で来た時よりも、凶暴な肉食獣や、見慣れない飛行型の魔物の気配が増えているように感じられる。
「ああ。活性化した遺跡の魔力が、周囲の生態系にも影響を与えているのかもしれん」
グレイも、油断なく周囲に視線を配っている。
いくつかの小規模な魔物との遭遇はあったが、三人の連携は以前よりもさらに洗練されており、危なげなく撃退していく。グレイが前衛で敵を引きつけ、リオが【言語魔法】で弱点や敵の次の行動を伝え、リリアナが補助魔法でグレイを支援し、時には精霊魔法で直接攻撃を加える。リオ自身も、【プロテクト・ウォール】による防御だけでなく、練習中の【リペア・フラグメント】の応用(相手の武器や防具を一時的に脆くするなど)で、戦闘を有利に進めるための小技を試していた。
やがて、目的地の「風鳴りの丘」が見えてきた。その名の通り、丘の頂上付近では常に風が渦巻いており、ヒューヒューと甲高い音が鳴り響いている。丘の斜面には、風化した石材が散乱しており、かつて何らかの建造物があったことを示していた。
「ここが『風鳴りの丘』の遺跡……。確かに、以前よりも魔力の波動が強くなっているわ。不安定で、どこか……荒れているような感じ……」
リリアナが眉をひそめた。
三人は丘を登り、遺跡の中心部と思われる場所へと近づいていく。そこには、半壊した祭壇のようなものと、いくつかの石柱が残されていた。そして、地面には、以前は存在しなかったはずの、深い亀裂がいくつも走っていた。亀裂の奥からは、淀んだ魔力の気配が漏れ出ている。
「これは……。地盤が変動しているのか? 遺跡の構造そのものが変化しているのかもしれんな」
グレイが険しい表情で呟いた。
「入り口らしき場所を探しましょう。内部の状況を確認しないと」
リオが提案し、三人は周囲を探索し始めた。やがて、丘の側面にある岩壁に、人工的に作られたと思われる洞窟の入り口を発見した。入り口は狭く、内部は暗闇に包まれている。そして、その入り口からも、不安定な魔力の波動が強く感じられた。
「ここが、遺跡の内部への入り口のようですね」
「気をつけろ。何が潜んでいるか分からんぞ」
グレイを先頭に、三人は松明代わりに【ルミナ・スフィア】を灯し、洞窟の中へと慎重に足を踏み入れた。内部は通路になっており、壁には風化しかけた古代文字や模様が刻まれている。しかし、その多くは最近できたと思われる亀裂によって断ち切られていた。
通路を進むにつれて、淀んだ魔力の気配はさらに強まっていく。そして、前方から、微かに人の話し声のようなものが聞こえてきた。
(……誰かいるのか? 他の調査パーティか……?)
リオは【言語魔法】で気配を探る。複数の人間の気配。そして、その中の一つに、嫌というほど聞き覚えのある、傲慢で自己中心的な思考の波動を感じ取った。
(……まさか!)
リオの顔色が変わる。グレイとリリアナも、前方の気配に気づき、警戒して足を止めた。
通路の角を曲がると、少し開けた空間に出た。そこには、松明の明かりと共に、数人の人影があった。そして、その中心に立つ人物の姿を認めた瞬間、リオの全身に怒りと嫌悪感が走った。
「……バルカス……!」
そこにいたのは、リオを無能と罵り、宮廷から追放した張本人、バルカス・レインだった。彼は数人の部下(宮廷魔術師団の制服を着ている者もいる)を引き連れ、遺跡の壁を調べているようだった。その手には、魔力測定器のようなものが握られている。
「ん……? なんだ、貴様らは……?」
バルカスは物音に気づき、不機嫌そうに振り返った。そして、リオの姿を認めると、驚きと、それ以上の侮蔑に満ちた表情を浮かべた。
「……リオ・アシュトン!? なぜ貴様のような無能が、こんな場所にいる!?」
「それはこちらのセリフだ、バルカス。お前こそ、宮廷魔術師がこんな辺境の遺跡で何をしている?」
リオは努めて冷静に、しかし抑えきれない怒りを込めて言い返した。
「フン! 王国の命により、古代遺跡の調査に来ているのだ! 貴様のような追放された落ちこぼれとは違う!」バルカスは嘲るように言った。「それにしても、しぶとい奴だ。辺境で野垂れ死んでいるものとばかり思っていたが……。まあ、せいぜいゴブリン退治でもして日銭を稼いでいるのが関の山だろうがな!」
バルカスの言葉に、彼の部下たちからクスクスと笑い声が漏れる。
「……相変わらず、口だけは達者なようだな」
リオの隣で、グレイが低い声で呟いた。彼の視線は、バルカスではなく、その部下たち――特に、見覚えのある宮廷魔術師の制服を着た者たち――に向けられていた。彼が騎士団を追われたことと、何か関係があるのだろうか。
「なんだ貴様は? 見ない顔だな。こいつの仲間か? 類は友を呼ぶ、というわけか。落ちこぼれには落ちこぼれの仲間がお似合いだ」
バルカスは、グレイの威圧感にも気づかず、相変わらず傲慢な態度を崩さない。
「おい、リオ。貴様、最近『賢者』などと呼ばれて調子に乗っているそうじゃないか」バルカスはにやりと笑みを浮かべた。「どんなインチキを使ったのか知らんが、貴様のような無能が賢者とは片腹痛い! 今日はちょうどいい機会だ。貴様の化けの皮を剥いでやろう!」
バルカスはそう言うと、杖を構え、魔力を高め始めた。明らかに戦闘を仕掛けるつもりだ。
「やめろ、バルカス! ここで争う意味はない!」
リオは制止しようとしたが、バルカスは聞く耳を持たない。
「問答無用! 無能は無能らしく、ここで消えろ! 【ファイアボール】!」
バルカスは得意の火炎魔法を放った。灼熱の火球が、リオたちに向かって一直線に飛んでくる。通路の狭い空間では、回避は困難だ。
「【プロテクト・ウォール】!」
リオは即座に防御魔法を展開する。光の壁が火球を受け止め、激しい爆発音と共に炎が四散した。壁には衝撃でヒビが入るが、なんとか持ちこたえた。
「ほう……? ただの防御魔法ではないようだな。少しは成長したか? だが、この程度!」
バルカスは嘲笑し、さらに強力な魔法を放とうとする。
「邪魔だ!」
しかし、その前にグレイが動いた。彼はバルカスの部下たちが動き出すよりも早く、驚異的な速度で間合いを詰め、彼らの前に立ちはだかった。
「お前たちの相手は俺だ」
グレイはロングソードを抜き放ち、低い声で言い放った。その瞳には、冷たい殺気すら宿っている。
「な、なんだと!?」
「やれ! そいつを片付けろ!」
バルカスの部下たちが、慌ててグレイに襲いかかる。宮廷魔術師の放つ氷の矢や風の刃、そして従騎士らしき男の剣撃が、グレイを襲う。
「リリアナさん、援護を!」
「ええ!」
リリアナも杖を構え、グレイを補助するための精霊魔法を唱え始めた。風がグレイの身を軽くし、地面が彼の足場を固める。
リオはバルカスと対峙しながらも、【言語魔法】でグレイの戦いを支援する。
『右から魔術師、氷! 左の騎士、突き!』
『足元注意、トラップ設置の気配!』
リオの警告が、グレイの意識に直接届く。グレイは驚くべき反応速度で攻撃を回避し、的確なカウンターで敵を翻弄していく。彼の剣技は、宮廷の訓練された魔術師や騎士たちですら、容易には止められない。
「くそっ! なぜ動きが読まれる!?」
「こいつ、本当に人間か!?」
バルカスの部下たちが、次々とグレイの剣(峰打ちだが、急所を的確に打たれている)によって打ち倒されていく。
一方、リオもバルカスの猛攻を防ぎ続けていた。【プロテクト・ウォール】を維持しながら、時には【リペア・フラグメント】の応用でバルカスの杖に干渉したり、足元の地面を一時的に脆くしたりして、彼の詠唱を妨害する。派手な攻撃魔法こそ使わないものの、その的確な防御と妨害は、バルカスを確実に苛立たせていた。
「小賢しい真似を……! いい加減にしろ、落ちこぼれがぁ!」
バルカスは怒りに顔を歪ませ、これまで以上の魔力を杖に込めた。明らかに、大技を放つつもりだ。
(まずい……! あれは防ぎきれないかもしれない……!)
リオの【プロテクト・ウォール】も、度重なる攻撃で限界に近い。
「グレイさん!」
リオが助けを求めようとした、その時だった。
「そこまでだ、バルカス!」
通路の奥から、別の声が響いた。声と共に、数人の王国騎士らしき者たちが姿を現した。その中心には、威厳のある壮年の騎士――おそらく隊長クラス――が立っていた。
「む……!? 騎士団!? なぜ貴官らがここに……!」
バルカスは驚き、魔法の発動を中断した。
「我々も王命により、この遺跡の調査に来ている。内部での戦闘行為は禁止されているはずだ。何をしている?」
隊長騎士は、厳しい目でバルカスを睨みつけた。
バルカスは一瞬言葉に詰まったが、すぐにいつもの傲慢な態度を取り戻した。
「こ、こいつらが先に手を出してきたのだ! 正当防衛だ!」
「嘘をつくな!」
リオが反論しようとしたが、隊長騎士はそれを手で制した。
「どちらに非があるかは、後で判断する。今は、武器を収めろ。これは命令だ」
隊長騎士の言葉には、逆らうことを許さない重みがあった。バルカスは忌々しげに舌打ちし、杖を下ろした。グレイも、無言で剣を鞘に納める。
「……ふん。運のいい奴らめ。だが、覚えていろ、リオ・アシュトン。次はないぞ」
バルカスは憎悪に満ちた目でリオを睨みつけると、まだ動ける部下を連れて、騎士団に促されるように通路の奥へと引き上げていった。倒れた部下たちは、他の騎士たちによって運ばれていく。
後に残されたのは、リオ、リリアナ、グレイ、そして状況を見守っていた隊長騎士とその部下数名だった。
「……君たちは?」
隊長騎士が、リオたちに視線を向けた。その目は、探るようにリオの顔を見ている。
「俺たちは、冒険者ギルドから依頼を受けて調査に来た者です」
リオは当たり障りなく答えた。
隊長騎士はしばらく黙ってリオを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「そうか……。この遺跡は、現在危険な状態にある。調査は我々騎士団に任せ、君たちは速やかにここから立ち去るように」
「……分かりました」
リオは反論せず、従うことにした。これ以上、騎士団と事を構えるのは得策ではない。それに、バルカスがここにいる以上、調査を続けるのは危険だろう。
リオたちが踵を返そうとした時、隊長騎士が再び口を開いた。
「……君、名前は?」
その問いは、明らかにリオに向けられていた。
「……リオ・アシュトンと申します」
「リオ……アシュトン……」
隊長騎士は、その名前を反芻するように呟き、何かを思い出すような、あるいは確認するような複雑な表情を浮かべた。そして、それ以上は何も言わず、部下たちと共に遺跡の奥へと向かっていった。
リオたちは、重い沈黙の中で遺跡を後にした。バルカスとの予期せぬ再会。そして、意味深な態度を見せた騎士団長。
(なぜ、俺の名前に反応したんだ……? 王都で何かあったのか……?)
リオの胸には、新たな疑問と不安が渦巻いていた。追放された過去は、まだ彼を追いかけ続けている。そして、王国の権力の中枢も、辺境で起こっている異変と、そこに現れた「賢者」と呼ばれる存在に、気づき始めているのかもしれない。
風鳴りの丘に吹き付ける風の音が、まるで不吉な未来を告げるかのように、ヒューヒューと鳴り響いていた。
「この依頼、受けてみるべきだと思います」
リオは研究室に戻り、リリアナと、情報交換のために訪れていたグレイに切り出した。依頼書の内容と、自身の懸念を伝える。
「古代遺跡の異常活性化……。やはり、巫女様の言っていた通り、何かが始まっているのかもしれないわね……」リリアナは顔を曇らせた。「調査は必要だと思うけれど、危険も伴うわ。推奨ランクもE級以上……今の私たちだけで大丈夫かしら?」
「複数パーティでの調査が推奨されているな」グレイも冷静に指摘した。「他の冒険者と足並みを揃えるのは、我々の秘密を探られるリスクもある。だが、単独で乗り込むのも無謀かもしれん」
三人はしばし考え込んだ。活性化した遺跡の危険度は未知数だ。しかし、他のパーティと行動を共にすれば、リオの【言語魔法】や古代魔法、そしてアストライオスの存在が露見してしまう可能性が高い。
「……まずは、我々だけで初期調査を行ってみるのはどうでしょうか?」リオが提案した。「活性化が報告されている遺跡の中から、比較的規模が小さく、フロンティアに近い場所を選んで、状況を確認する。もし手に負えないほどの危険があれば、一旦引き返し、ギルドに詳細を報告して増援を要請する、という形で」
「なるほど……。それなら、リスクを抑えつつ、情報を得られるかもしれないわね」リリアナは頷いた。「活性化が報告されている遺跡はいくつかあるけれど……フロンティア西側の丘陵地帯にある『風鳴りの丘』の遺跡はどうかしら? 比較的小規模で、以前から奇妙な風切り音がするという噂があった場所よ」
「『風鳴りの丘』か……。あそこなら、街からもそれほど遠くない。初期調査には適しているかもしれんな」グレイも同意した。
調査対象は決まった。三人は再びギルドへ赴き、「風鳴りの丘」遺跡の初期調査依頼として受理してもらった。サラは「くれぐれも無理はしないでくださいね!」と念を押しながらも、彼らの実力を信じて送り出してくれた。
***
翌日、三人はフロンティアの西門から、丘陵地帯を目指して出発した。東の森とは違い、西側は比較的開けた土地が広がっているが、起伏が激しく、岩場も多い。時折、強い風が吹き抜け、奇妙な音を立てて岩の間を通り過ぎていく。
「この辺りから、少し魔物の気配が変わってきたような気がしますね」
リオが【言語魔法】で周囲を探りながら言った。以前、この方面の依頼で来た時よりも、凶暴な肉食獣や、見慣れない飛行型の魔物の気配が増えているように感じられる。
「ああ。活性化した遺跡の魔力が、周囲の生態系にも影響を与えているのかもしれん」
グレイも、油断なく周囲に視線を配っている。
いくつかの小規模な魔物との遭遇はあったが、三人の連携は以前よりもさらに洗練されており、危なげなく撃退していく。グレイが前衛で敵を引きつけ、リオが【言語魔法】で弱点や敵の次の行動を伝え、リリアナが補助魔法でグレイを支援し、時には精霊魔法で直接攻撃を加える。リオ自身も、【プロテクト・ウォール】による防御だけでなく、練習中の【リペア・フラグメント】の応用(相手の武器や防具を一時的に脆くするなど)で、戦闘を有利に進めるための小技を試していた。
やがて、目的地の「風鳴りの丘」が見えてきた。その名の通り、丘の頂上付近では常に風が渦巻いており、ヒューヒューと甲高い音が鳴り響いている。丘の斜面には、風化した石材が散乱しており、かつて何らかの建造物があったことを示していた。
「ここが『風鳴りの丘』の遺跡……。確かに、以前よりも魔力の波動が強くなっているわ。不安定で、どこか……荒れているような感じ……」
リリアナが眉をひそめた。
三人は丘を登り、遺跡の中心部と思われる場所へと近づいていく。そこには、半壊した祭壇のようなものと、いくつかの石柱が残されていた。そして、地面には、以前は存在しなかったはずの、深い亀裂がいくつも走っていた。亀裂の奥からは、淀んだ魔力の気配が漏れ出ている。
「これは……。地盤が変動しているのか? 遺跡の構造そのものが変化しているのかもしれんな」
グレイが険しい表情で呟いた。
「入り口らしき場所を探しましょう。内部の状況を確認しないと」
リオが提案し、三人は周囲を探索し始めた。やがて、丘の側面にある岩壁に、人工的に作られたと思われる洞窟の入り口を発見した。入り口は狭く、内部は暗闇に包まれている。そして、その入り口からも、不安定な魔力の波動が強く感じられた。
「ここが、遺跡の内部への入り口のようですね」
「気をつけろ。何が潜んでいるか分からんぞ」
グレイを先頭に、三人は松明代わりに【ルミナ・スフィア】を灯し、洞窟の中へと慎重に足を踏み入れた。内部は通路になっており、壁には風化しかけた古代文字や模様が刻まれている。しかし、その多くは最近できたと思われる亀裂によって断ち切られていた。
通路を進むにつれて、淀んだ魔力の気配はさらに強まっていく。そして、前方から、微かに人の話し声のようなものが聞こえてきた。
(……誰かいるのか? 他の調査パーティか……?)
リオは【言語魔法】で気配を探る。複数の人間の気配。そして、その中の一つに、嫌というほど聞き覚えのある、傲慢で自己中心的な思考の波動を感じ取った。
(……まさか!)
リオの顔色が変わる。グレイとリリアナも、前方の気配に気づき、警戒して足を止めた。
通路の角を曲がると、少し開けた空間に出た。そこには、松明の明かりと共に、数人の人影があった。そして、その中心に立つ人物の姿を認めた瞬間、リオの全身に怒りと嫌悪感が走った。
「……バルカス……!」
そこにいたのは、リオを無能と罵り、宮廷から追放した張本人、バルカス・レインだった。彼は数人の部下(宮廷魔術師団の制服を着ている者もいる)を引き連れ、遺跡の壁を調べているようだった。その手には、魔力測定器のようなものが握られている。
「ん……? なんだ、貴様らは……?」
バルカスは物音に気づき、不機嫌そうに振り返った。そして、リオの姿を認めると、驚きと、それ以上の侮蔑に満ちた表情を浮かべた。
「……リオ・アシュトン!? なぜ貴様のような無能が、こんな場所にいる!?」
「それはこちらのセリフだ、バルカス。お前こそ、宮廷魔術師がこんな辺境の遺跡で何をしている?」
リオは努めて冷静に、しかし抑えきれない怒りを込めて言い返した。
「フン! 王国の命により、古代遺跡の調査に来ているのだ! 貴様のような追放された落ちこぼれとは違う!」バルカスは嘲るように言った。「それにしても、しぶとい奴だ。辺境で野垂れ死んでいるものとばかり思っていたが……。まあ、せいぜいゴブリン退治でもして日銭を稼いでいるのが関の山だろうがな!」
バルカスの言葉に、彼の部下たちからクスクスと笑い声が漏れる。
「……相変わらず、口だけは達者なようだな」
リオの隣で、グレイが低い声で呟いた。彼の視線は、バルカスではなく、その部下たち――特に、見覚えのある宮廷魔術師の制服を着た者たち――に向けられていた。彼が騎士団を追われたことと、何か関係があるのだろうか。
「なんだ貴様は? 見ない顔だな。こいつの仲間か? 類は友を呼ぶ、というわけか。落ちこぼれには落ちこぼれの仲間がお似合いだ」
バルカスは、グレイの威圧感にも気づかず、相変わらず傲慢な態度を崩さない。
「おい、リオ。貴様、最近『賢者』などと呼ばれて調子に乗っているそうじゃないか」バルカスはにやりと笑みを浮かべた。「どんなインチキを使ったのか知らんが、貴様のような無能が賢者とは片腹痛い! 今日はちょうどいい機会だ。貴様の化けの皮を剥いでやろう!」
バルカスはそう言うと、杖を構え、魔力を高め始めた。明らかに戦闘を仕掛けるつもりだ。
「やめろ、バルカス! ここで争う意味はない!」
リオは制止しようとしたが、バルカスは聞く耳を持たない。
「問答無用! 無能は無能らしく、ここで消えろ! 【ファイアボール】!」
バルカスは得意の火炎魔法を放った。灼熱の火球が、リオたちに向かって一直線に飛んでくる。通路の狭い空間では、回避は困難だ。
「【プロテクト・ウォール】!」
リオは即座に防御魔法を展開する。光の壁が火球を受け止め、激しい爆発音と共に炎が四散した。壁には衝撃でヒビが入るが、なんとか持ちこたえた。
「ほう……? ただの防御魔法ではないようだな。少しは成長したか? だが、この程度!」
バルカスは嘲笑し、さらに強力な魔法を放とうとする。
「邪魔だ!」
しかし、その前にグレイが動いた。彼はバルカスの部下たちが動き出すよりも早く、驚異的な速度で間合いを詰め、彼らの前に立ちはだかった。
「お前たちの相手は俺だ」
グレイはロングソードを抜き放ち、低い声で言い放った。その瞳には、冷たい殺気すら宿っている。
「な、なんだと!?」
「やれ! そいつを片付けろ!」
バルカスの部下たちが、慌ててグレイに襲いかかる。宮廷魔術師の放つ氷の矢や風の刃、そして従騎士らしき男の剣撃が、グレイを襲う。
「リリアナさん、援護を!」
「ええ!」
リリアナも杖を構え、グレイを補助するための精霊魔法を唱え始めた。風がグレイの身を軽くし、地面が彼の足場を固める。
リオはバルカスと対峙しながらも、【言語魔法】でグレイの戦いを支援する。
『右から魔術師、氷! 左の騎士、突き!』
『足元注意、トラップ設置の気配!』
リオの警告が、グレイの意識に直接届く。グレイは驚くべき反応速度で攻撃を回避し、的確なカウンターで敵を翻弄していく。彼の剣技は、宮廷の訓練された魔術師や騎士たちですら、容易には止められない。
「くそっ! なぜ動きが読まれる!?」
「こいつ、本当に人間か!?」
バルカスの部下たちが、次々とグレイの剣(峰打ちだが、急所を的確に打たれている)によって打ち倒されていく。
一方、リオもバルカスの猛攻を防ぎ続けていた。【プロテクト・ウォール】を維持しながら、時には【リペア・フラグメント】の応用でバルカスの杖に干渉したり、足元の地面を一時的に脆くしたりして、彼の詠唱を妨害する。派手な攻撃魔法こそ使わないものの、その的確な防御と妨害は、バルカスを確実に苛立たせていた。
「小賢しい真似を……! いい加減にしろ、落ちこぼれがぁ!」
バルカスは怒りに顔を歪ませ、これまで以上の魔力を杖に込めた。明らかに、大技を放つつもりだ。
(まずい……! あれは防ぎきれないかもしれない……!)
リオの【プロテクト・ウォール】も、度重なる攻撃で限界に近い。
「グレイさん!」
リオが助けを求めようとした、その時だった。
「そこまでだ、バルカス!」
通路の奥から、別の声が響いた。声と共に、数人の王国騎士らしき者たちが姿を現した。その中心には、威厳のある壮年の騎士――おそらく隊長クラス――が立っていた。
「む……!? 騎士団!? なぜ貴官らがここに……!」
バルカスは驚き、魔法の発動を中断した。
「我々も王命により、この遺跡の調査に来ている。内部での戦闘行為は禁止されているはずだ。何をしている?」
隊長騎士は、厳しい目でバルカスを睨みつけた。
バルカスは一瞬言葉に詰まったが、すぐにいつもの傲慢な態度を取り戻した。
「こ、こいつらが先に手を出してきたのだ! 正当防衛だ!」
「嘘をつくな!」
リオが反論しようとしたが、隊長騎士はそれを手で制した。
「どちらに非があるかは、後で判断する。今は、武器を収めろ。これは命令だ」
隊長騎士の言葉には、逆らうことを許さない重みがあった。バルカスは忌々しげに舌打ちし、杖を下ろした。グレイも、無言で剣を鞘に納める。
「……ふん。運のいい奴らめ。だが、覚えていろ、リオ・アシュトン。次はないぞ」
バルカスは憎悪に満ちた目でリオを睨みつけると、まだ動ける部下を連れて、騎士団に促されるように通路の奥へと引き上げていった。倒れた部下たちは、他の騎士たちによって運ばれていく。
後に残されたのは、リオ、リリアナ、グレイ、そして状況を見守っていた隊長騎士とその部下数名だった。
「……君たちは?」
隊長騎士が、リオたちに視線を向けた。その目は、探るようにリオの顔を見ている。
「俺たちは、冒険者ギルドから依頼を受けて調査に来た者です」
リオは当たり障りなく答えた。
隊長騎士はしばらく黙ってリオを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「そうか……。この遺跡は、現在危険な状態にある。調査は我々騎士団に任せ、君たちは速やかにここから立ち去るように」
「……分かりました」
リオは反論せず、従うことにした。これ以上、騎士団と事を構えるのは得策ではない。それに、バルカスがここにいる以上、調査を続けるのは危険だろう。
リオたちが踵を返そうとした時、隊長騎士が再び口を開いた。
「……君、名前は?」
その問いは、明らかにリオに向けられていた。
「……リオ・アシュトンと申します」
「リオ……アシュトン……」
隊長騎士は、その名前を反芻するように呟き、何かを思い出すような、あるいは確認するような複雑な表情を浮かべた。そして、それ以上は何も言わず、部下たちと共に遺跡の奥へと向かっていった。
リオたちは、重い沈黙の中で遺跡を後にした。バルカスとの予期せぬ再会。そして、意味深な態度を見せた騎士団長。
(なぜ、俺の名前に反応したんだ……? 王都で何かあったのか……?)
リオの胸には、新たな疑問と不安が渦巻いていた。追放された過去は、まだ彼を追いかけ続けている。そして、王国の権力の中枢も、辺境で起こっている異変と、そこに現れた「賢者」と呼ばれる存在に、気づき始めているのかもしれない。
風鳴りの丘に吹き付ける風の音が、まるで不吉な未来を告げるかのように、ヒューヒューと鳴り響いていた。
14
あなたにおすすめの小説
「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。
夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。
もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。
純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく!
最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!
Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティ【熾天の剣】で《ヒール》しか使えないアレンは、「無能」と蔑まれ追放された。絶望の淵で彼が覚醒したのは、死者さえ完全に蘇らせる禁忌のユニークスキル【完全蘇生】だった。
故郷の辺境で、心に傷を負ったエルフの少女や元女騎士といった“真の仲間”と出会ったアレンは、新パーティ【黎明の翼】を結成。回復魔法の常識を覆す戦術で「死なないパーティ」として名を馳せていく。
一方、アレンを失った元パーティは急速に凋落し、高難易度ダンジョンで全滅。泣きながら戻ってきてくれと懇願する彼らに、アレンは冷たく言い放つ。
「もう遅い」と。
これは、無能と蔑まれたヒーラーが最強の英雄となる、痛快な逆転ファンタジー!
竜騎士の俺は勇者達によって無能者とされて王国から追放されました、俺にこんな事をしてきた勇者達はしっかりお返しをしてやります
しまうま弁当
ファンタジー
ホルキス王家に仕えていた竜騎士のジャンはある日大勇者クレシーと大賢者ラズバーによって追放を言い渡されたのだった。
納得できないジャンは必死に勇者クレシーに訴えたが、ジャンの意見は聞き入れられずにそのまま国外追放となってしまう。
ジャンは必ずクレシーとラズバーにこのお返しをすると誓ったのだった。
そしてジャンは国外にでるために国境の町カリーナに向かったのだが、国境の町カリーナが攻撃されてジャンも巻き込まれてしまったのだった。
竜騎士ジャンの無双活劇が今始まります。
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい
夏見ナイ
ファンタジー
「お荷物」――それが、Sランク勇者パーティーで雑用係をするリアムへの評価だった。戦闘能力ゼロの彼は、ある日ついに追放を宣告される。
しかし、パーティーの誰も知らなかった。彼らの持つ強力なスキルには、使用者を蝕む”代償”が存在したことを。そして、リアムの持つ唯一のスキル【代償転嫁】が、その全てを人知れず引き受けていたことを。
リアムを失い、スキルの副作用に蝕まれ崩壊していく元仲間たち。
一方、辺境で「呪われた聖女」を救ったリアムは自らの力の真価を知る。魔剣に苦しむエルフ、竜の血に怯える少女――彼は行く先々で訳ありの美少女たちを救い、彼女たちと安住の地を築いていく。
これは、心優しき”お荷物”が最強の仲間と居場所を見つけ、やがて伝説となる物語。
地味スキル? いいえ、『法則操作』です。 ~落ちこぼれ探索者が現代科学でダンジョンをハックする話~
夏見ナイ
ファンタジー
ダンジョンが出現して10年。元物理学徒の神崎譲(かんざきゆずる)は、『状態保存』『現象観測』という地味スキルしか持てず、落ちこぼれ探索者として燻っていた。ある日、パーティーに見捨てられ死に瀕した彼は、土壇場でスキルの真髄――物理法則への限定的干渉力――に覚醒する。「時間停止もエネルギー固定も可能…これは『法則操作』だ!」譲は忘れかけた科学知識を総動員し、地味スキルを最強の武器へと昇華させる。状態保存で敵の攻撃を無効化し、現象観測で弱点を精密分析、化学知識で即席兵器を生成!常識外れの科学的ダンジョン攻略で、世界の法則(ルール)すらハックする!落ちこぼれからの知"的"成り上がり譚、ここに開幕!
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる