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第8話:旅路での初戦闘
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辺境都市ラトナへの道は、想像以上に険しかった。王都周辺の石畳で舗装された街道はすぐに途切れ、あとは獣道に近い土の道が続くだけ。時折すれ違うのは、屈強な傭兵か、物々しい護衛を連れた商人くらいだった。
一人きりの旅は、寂しさよりもむしろ解放感の方が大きかった。誰の目も気にせず、自分のペースで歩ける。罵倒されることも、蔑まれることもない。それだけで、心が軽くなるようだった。
日が暮れると、街道から少し外れた森の中で野営の準備をする。焚き火を起こし、買っておいた干し肉を炙る。その傍らで、俺は先日手に入れた短剣の手入れをしていた。
砥石で丁寧に刃を研ぐと、錆びの下から驚くほど美しい刃紋が現れた。まるで、眠りから覚めた鋼が喜んでいるようだ。鑑定で見抜いた通り、これはただの鉄塊ではない。俺の新しい相棒であり、唯一の武器だった。
旅を始めて三日目の昼下がり。森が一段と深くなり、昼間だというのに薄暗い道を進んでいた時のことだ。
茂みがガサリと揺れ、緑色の醜い肌をした小鬼が飛び出してきた。ゴブリンだ。一体だけではない。背後から、さらに二体が姿を現す。合計三体。その濁った目には、飢えた獣の光が宿っていた。
「グルル……」
低い唸り声を上げ、錆びた棍棒を手にじりじりと距離を詰めてくる。まずい、完全に包囲されている。
全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。これが、本物の殺意。勇者パーティーにいた頃は、レオやガストンが常に前に立ってくれていた。俺はただ、安全な後方で震えているだけだった。だが今は、俺を守ってくれる者など誰もいない。
逃げるか? いや、無理だ。森の中では、彼らの方が圧倒的に動きが速い。
戦うしかない。
震える手で、腰に差した短剣を抜く。心臓が早鐘のように鳴り響き、冷や汗が背中を伝った。足がすくんで動かない。恐怖が、俺の体を金縛りにあわせる。
「ガアッ!」
一体のゴブリンが痺れを切らしたように雄叫びを上げ、棍棒を振りかぶって突進してきた。死ぬ。その言葉が、脳裏をよぎった。
その、絶体絶命の瞬間。俺は半ば無意識に、スキルを発動していた。
【万物解析】!
目の前のゴブリンの情報が、脳内に叩き込まれる。
【名称:ゴブリン・ウォリアー】
【レベル:5】
【状態:興奮、極度の空腹】
【次の行動予測:【棍棒による脳天への振り下ろし】。動作が大きく、攻撃後の隙も大きい】
【弱点:心臓(左胸)、喉、眼球】
行動予測。そして、弱点。
俺の体は、恐怖に支配されながらも、スキルの示した情報を信じて動いた。
ゴブリンが棍棒を振り下ろす。その動きは、俺の目にはまるでスローモーションのように見えた。予測通り、大振りで隙だらけの一撃。俺は倒れ込むようにして、右へ転がった。
ゴブリンの棍棒が、俺がさっきまで立っていた場所の地面を叩き、土をえぐる。空振りしたゴブリンの体勢が、一瞬だけ崩れた。
ここだ!
俺は地面を蹴って立ち上がると同時に、震える腕で短剣を突き出した。狙うはスキルが示した弱点、左胸。心臓の位置だ。
ブスリ、と鈍い手応え。短剣は驚くほど滑らかに、ゴブリンの硬い皮膚と肋骨を貫いた。伝説の職人が打ったという逸品は、伊達ではなかった。
「ギッ……!?」
ゴブリンが信じられないといった表情で俺を見下ろし、口から血の泡を吹く。俺は恐怖を振り払うように、さらに柄を押し込んだ。やがてゴブリンは力を失い、その場に崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ……!」
一体、倒した。だが、まだ二体残っている。仲間を殺されたゴブリンたちは、怒りで目を血走らせ、同時に襲いかかってきた。
俺は再びスキルを使い、二体の情報を読み取る。
【ゴブリンA:正面から斬りかかってくる】
【ゴブリンB:Aの死角になる左側へ回り込み、横から攻撃してくる】
完璧な連携。だが、俺にはそれが見えている。
俺は正面のゴブリンAに向かって走り、すれ違いざまにその腕を斬りつけた。肉を裂く感触に吐き気を催すが、足を止めない。狙いは、回り込んでくるゴブリンBだ。
「ギャッ!」
腕を斬られたゴブリンAが怯んだ隙に、俺はその背後に回り込む。そこには、ちょうど俺の死角を突こうとしていたゴブリンBの無防備な背中があった。
「―――ッ!」
俺は声を振り絞り、短剣を逆手に持ってBの首筋に突き立てた。頸動脈を断たれたゴブリンは、血を噴き出しながらその場に倒れ伏す。
残るは一体。腕を負傷したゴブリンAだけだ。彼は恐怖と怒りで我を忘れ、やみくもに棍棒を振り回してくる。もはや、そこに脅威はなかった。
俺はその攻撃を冷静にかいくぐり、がら空きになった胴体へ、最後の一撃を叩き込んだ。
静寂が森に戻ってきた。俺は荒い息を繰り返しながら、その場にへたり込む。返り血と泥にまみれた自分の姿が、ひどく現実離れしているように感じた。
初めて、自分の手で生き物の命を奪った。胃の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。だがそれ以上に、生き残ったという安堵感が、全身を支配していた。
俺は、戦えた。
戦闘経験ゼロの、レベル3の俺が、三体のゴブリンを相手に生き延びた。それは紛れもなく、【万物解析】の力のおかげだった。
敵の行動が見える。弱点が分かる。これさえあれば、俺はもう一方的に狩られるだけの存在ではない。この過酷な世界で、自分の力で生き抜いていけるかもしれない。
俺はよろよろと立ち上がり、ゴブリンの死体から魔石を回収した。かつてはパーティーの雑用として行っていた作業が、今は自分の命を繋ぐための糧になる。皮肉なものだ。
新しい相棒となった短剣の血を拭い、鞘に収める。そのずっしりとした重みが、今はとても頼もしく感じられた。
俺はラトナの方角を向き、再び歩き出す。その足取りは、ここに来た時よりも、ずっと確かで、力強いものになっていた。
一人きりの旅は、寂しさよりもむしろ解放感の方が大きかった。誰の目も気にせず、自分のペースで歩ける。罵倒されることも、蔑まれることもない。それだけで、心が軽くなるようだった。
日が暮れると、街道から少し外れた森の中で野営の準備をする。焚き火を起こし、買っておいた干し肉を炙る。その傍らで、俺は先日手に入れた短剣の手入れをしていた。
砥石で丁寧に刃を研ぐと、錆びの下から驚くほど美しい刃紋が現れた。まるで、眠りから覚めた鋼が喜んでいるようだ。鑑定で見抜いた通り、これはただの鉄塊ではない。俺の新しい相棒であり、唯一の武器だった。
旅を始めて三日目の昼下がり。森が一段と深くなり、昼間だというのに薄暗い道を進んでいた時のことだ。
茂みがガサリと揺れ、緑色の醜い肌をした小鬼が飛び出してきた。ゴブリンだ。一体だけではない。背後から、さらに二体が姿を現す。合計三体。その濁った目には、飢えた獣の光が宿っていた。
「グルル……」
低い唸り声を上げ、錆びた棍棒を手にじりじりと距離を詰めてくる。まずい、完全に包囲されている。
全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。これが、本物の殺意。勇者パーティーにいた頃は、レオやガストンが常に前に立ってくれていた。俺はただ、安全な後方で震えているだけだった。だが今は、俺を守ってくれる者など誰もいない。
逃げるか? いや、無理だ。森の中では、彼らの方が圧倒的に動きが速い。
戦うしかない。
震える手で、腰に差した短剣を抜く。心臓が早鐘のように鳴り響き、冷や汗が背中を伝った。足がすくんで動かない。恐怖が、俺の体を金縛りにあわせる。
「ガアッ!」
一体のゴブリンが痺れを切らしたように雄叫びを上げ、棍棒を振りかぶって突進してきた。死ぬ。その言葉が、脳裏をよぎった。
その、絶体絶命の瞬間。俺は半ば無意識に、スキルを発動していた。
【万物解析】!
目の前のゴブリンの情報が、脳内に叩き込まれる。
【名称:ゴブリン・ウォリアー】
【レベル:5】
【状態:興奮、極度の空腹】
【次の行動予測:【棍棒による脳天への振り下ろし】。動作が大きく、攻撃後の隙も大きい】
【弱点:心臓(左胸)、喉、眼球】
行動予測。そして、弱点。
俺の体は、恐怖に支配されながらも、スキルの示した情報を信じて動いた。
ゴブリンが棍棒を振り下ろす。その動きは、俺の目にはまるでスローモーションのように見えた。予測通り、大振りで隙だらけの一撃。俺は倒れ込むようにして、右へ転がった。
ゴブリンの棍棒が、俺がさっきまで立っていた場所の地面を叩き、土をえぐる。空振りしたゴブリンの体勢が、一瞬だけ崩れた。
ここだ!
俺は地面を蹴って立ち上がると同時に、震える腕で短剣を突き出した。狙うはスキルが示した弱点、左胸。心臓の位置だ。
ブスリ、と鈍い手応え。短剣は驚くほど滑らかに、ゴブリンの硬い皮膚と肋骨を貫いた。伝説の職人が打ったという逸品は、伊達ではなかった。
「ギッ……!?」
ゴブリンが信じられないといった表情で俺を見下ろし、口から血の泡を吹く。俺は恐怖を振り払うように、さらに柄を押し込んだ。やがてゴブリンは力を失い、その場に崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ……!」
一体、倒した。だが、まだ二体残っている。仲間を殺されたゴブリンたちは、怒りで目を血走らせ、同時に襲いかかってきた。
俺は再びスキルを使い、二体の情報を読み取る。
【ゴブリンA:正面から斬りかかってくる】
【ゴブリンB:Aの死角になる左側へ回り込み、横から攻撃してくる】
完璧な連携。だが、俺にはそれが見えている。
俺は正面のゴブリンAに向かって走り、すれ違いざまにその腕を斬りつけた。肉を裂く感触に吐き気を催すが、足を止めない。狙いは、回り込んでくるゴブリンBだ。
「ギャッ!」
腕を斬られたゴブリンAが怯んだ隙に、俺はその背後に回り込む。そこには、ちょうど俺の死角を突こうとしていたゴブリンBの無防備な背中があった。
「―――ッ!」
俺は声を振り絞り、短剣を逆手に持ってBの首筋に突き立てた。頸動脈を断たれたゴブリンは、血を噴き出しながらその場に倒れ伏す。
残るは一体。腕を負傷したゴブリンAだけだ。彼は恐怖と怒りで我を忘れ、やみくもに棍棒を振り回してくる。もはや、そこに脅威はなかった。
俺はその攻撃を冷静にかいくぐり、がら空きになった胴体へ、最後の一撃を叩き込んだ。
静寂が森に戻ってきた。俺は荒い息を繰り返しながら、その場にへたり込む。返り血と泥にまみれた自分の姿が、ひどく現実離れしているように感じた。
初めて、自分の手で生き物の命を奪った。胃の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。だがそれ以上に、生き残ったという安堵感が、全身を支配していた。
俺は、戦えた。
戦闘経験ゼロの、レベル3の俺が、三体のゴブリンを相手に生き延びた。それは紛れもなく、【万物解析】の力のおかげだった。
敵の行動が見える。弱点が分かる。これさえあれば、俺はもう一方的に狩られるだけの存在ではない。この過酷な世界で、自分の力で生き抜いていけるかもしれない。
俺はよろよろと立ち上がり、ゴブリンの死体から魔石を回収した。かつてはパーティーの雑用として行っていた作業が、今は自分の命を繋ぐための糧になる。皮肉なものだ。
新しい相棒となった短剣の血を拭い、鞘に収める。そのずっしりとした重みが、今はとても頼もしく感じられた。
俺はラトナの方角を向き、再び歩き出す。その足取りは、ここに来た時よりも、ずっと確かで、力強いものになっていた。
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