鑑定スキルで万物を見抜く俺、実は女の子の好感度も丸見えです

夏見ナイ

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第87話:最後の聖女

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王都アヴァロンは、もはや死の都と化していた。

街の至る所で炎が上がり、黒い煙が空を覆っている。破壊された家屋、打ち捨てられた馬車。道にはおびただしい数の死体が転がり、カラスの群れがその肉をついばんでいた。

そんな地獄のような光景の中を、一体の巨大な魔物が悠々と闊歩していた。それはキメラだった。獅子の体に山羊の頭、そして蛇の尾を持つ伝説の合成獣。その口からは絶えず炎が吐き出され、残された建物を容赦なく破壊していく。

そのキメラの前に、一人の少女がたった一人で立ちはだかっていた。

純白のローブは血と泥で汚れ、ところどころが焼け焦げている。艶やかだった金色の髪は乱れ、その美しい顔には深い疲労と絶望の色が刻まれていた。

聖女リリア。

彼女は手に持った聖なる錫杖を、震える手で、しかし固く握りしめていた。

「……まだです……。私がいる限り……この先へは行かせません……!」

彼女の背後には、王宮へと続く最後の避難通路があった。その中にはまだ逃げ遅れた数百人の民たちが息を潜めている。彼女は三日三晩、たった一人でこの場所を守り続けていたのだ。

【名称:リリア・アークライト】
【職業:聖女】
【レベル:35】
【状態:極度の魔力枯渇、致命的な疲労、精神的限界】
【スキル:上級治癒魔法、広範囲聖属性結界、神罰の光】

彼女のステータスは、もはや風前の灯火だった。魔力はほぼ底をつき、その体は立っているのがやっとの状態。それでも、彼女の瞳からはまだ聖女としての最後の誇りの光が消えてはいなかった。

「グルオオオオ!」

キメラが苛立ちの咆哮を上げた。目の前のちっぽけな人間の女が、何度倒しても何度でも立ち上がってくる。その粘り強さに、獣の理性も限界に達しつつあった。

キメラは、その三つの口を大きく開け、灼熱の炎、凍てつく吹雪、そして猛毒の霧を同時にリリアへと向かって吐き出した。

「【ホーリー・フィールド】!」

リリアが最後の力を振り絞って叫ぶ。彼女の体から淡い、しかし神々しい光の障壁が展開され、三つの属性攻撃をかろうじて防ぎきった。

だが、その代償は大きかった。結界は激しい音を立てて砕け散り、リリアはその場にがくりと膝をついた。

「……うっ……!」

口から血がこぼれ落ちる。もう限界だった。

キメラは好機とばかりに、その巨大な鉤爪をリリアの頭上へと振り下ろした。

(……ああ……ここまで、なのですね……)

リリアの脳裏に、走馬灯のように様々な光景が浮かび上がる。
民から聖女として称えられた日々。
勇者と共に魔王軍と戦った栄光の日々。

そして。

一人の不器用で優しい幼馴染の笑顔。

(……アレン……)

もし、もう一度あなたに会えるのなら。
私はただ一言。

「ごめんなさい」と、伝えたい。

リリアは迫り来る死を前に、静かに目を閉じた。

その、瞬間だった。

空気を切り裂くような鋭い音が二つ。

「ギャウッ!?」

キメラが苦痛の叫びを上げた。その両目に二本の銀色のダガーが深々と突き刺さっていたのだ。

視力を奪われたキメラが苦し紛れに暴れ狂う。

そして、リリアの目の前に一つの影が音もなく舞い降りた。

銀色の髪を風になびかせ、その手には血に濡れたダガーを逆手に握りしめている。

「……あなたは……」

リリアがかすれた声で尋ねる。

「大丈夫ですか。もう心配いりません」

その少女――ルナは、振り返りもせずに、しかし力強い声でそう告げた。

「な、なぜ……あなたが、ここに……」

「アレン様が、あなたを助けろって」

ルナのその一言。

その言葉に含まれた愛しい名前。

『アレン』。

その名前を聞いた瞬間、リリアの心の中で張り詰めていた最後の糸がぷつりと切れた。

「……アレン……アレン……!」

彼女は子供のように彼の名前を呼びながら、声を上げて泣きじゃくった。

その涙は安堵か、後悔か。それとも喜びか。
彼女自身にも、もう分からなかった。

暴れ狂うキメラの前に、さらに二つの人影が立ちはだかる。

一人は緑の髪のエルフ。その手には月光のように輝く美しい魔剣が握られている。
もう一人はピンクブロンドの髪の令嬢。その杖の先には天罰の雷が渦を巻いていた。

「……さて、と。でかいだけの雑種だな。一瞬で塵にしてやる」

「この聖なる都を汚した罪、その身をもって償っていただきましょう!」

シルフィとフィオナが同時に動いた。

シルフィの魔剣がキメラの足を断ち切り、フィオナの雷がその翼を焼き尽くす。

そして、リリアが倒れ込んだその場所に、最後の人影がゆっくりと、しかし確かな足取りで歩み寄ってきた。

それは、彼女が夢にまで見た男の姿だった。

以前よりもずっと逞しくなった背中。
自信に満ちた穏やかな表情。

彼は泣きじゃくるリリアの前に静かに膝をついた。そして、何も言わずにその肩に自分のマントをそっとかけた。

「……リリア」

彼の声が聞こえる。

「……よく、頑張ったな」

その、あまりにも優しい声。

その、あまりにも温かい温もり。

リリアは彼の姿を見て、涙で霞む視界の中、ただただ彼の名前を呼び続けることしかできなかった。

絶望の淵に立たされていた最後の聖女は、辺境から来た英雄とその仲間たちによって、ついに救い出されたのだった。
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