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第96話:決着
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勝利の歓声が響き渡る玉座の間。
その喧騒の中心で、俺はヴァルザーが遺した小さな鍵を、じっと見つめていた。
この鍵が開ける扉の向こうに、この長い戦いの、本当の『決着』が待っているような気がした。
「アッシュ殿。それは?」
バルガスが、俺の手元に気づき、尋ねてきた。
「……ヴァルザーの、置き土産かもしれません」
俺は、そう答えた。
「少し、一人で調べてきてもいいですか」
「うむ。だが、無理はするな。もう、お主一人が背負う必要はないのだぞ」
バルガスの温かい言葉に、俺は頷いて応えた。
俺は、歓喜に沸く仲間たちに後を託し、一人、王城の奥深くへと足を踏み入れた。
目指すは、宰相執務室。
城内の兵士たちは、既に降伏しているか、あるいは解放軍によって拘束されていた。長い廊下は、静まり返っている。
やがてたどり着いた宰相執務室の扉は、豪華な装飾が施され、ヴァルザーの権勢を物語っていた。
俺は、手にした鍵を、鍵穴に差し込んだ。
カチャリ、と軽い音を立てて、扉は開いた。
中は、ヴァルザーの性格を映したかのように、完璧なまでに整然としていた。壁一面の本棚、巨大な執務机、そして、窓の外には王都の街並みが一望できる。
一見すると、ただの優秀な政治家の仕事部屋だ。
だが、俺の『幸運』が、この部屋に隠された、異様な気配を告げていた。
俺は、部屋の中を注意深く調べ始めた。
本棚、机の引き出し、絨毯の下。
どこにも、怪しいものはない。
だが、違和感は消えない。
俺は、ふと、部屋の隅に置かれた、何の変哲もない地球儀に目をやった。
なぜか、その地球儀だけが、俺の注意を強く引く。
俺は、それに近づき、そっと手を触れた。
そして、何気なく、それを少しだけ回転させてみた。
すると、地球儀の特定の場所――辺境のアルカディア村があるあたり――を指した時、カチリ、と小さな音がした。
ゴゴゴゴゴ……。
執務室の壁の一部が、音を立ててスライドし、隠し部屋への入り口が現れた。
やはり、何かあったのだ。
俺は、松明を手に、その暗い闇の中へと、慎重に足を踏み入れた。
隠し部屋の中は、ヴァルザーの狂気の研究室だった。
壁には、不気味な魔法陣や、解読不能な古代文字がびっしりと書き込まれている。机の上には、魔族の体の一部と思われる標本や、禁断の魔術に関する書物が、山のように積まれていた。
そして、部屋の中央。
そこには、巨大な水晶玉が鎮座していた。
その水晶玉の中には、黒い渦のようなものが、ゆっくりと渦巻いている。
そして、その渦の中心から、俺は、絶望的なほどの、邪悪な気配を感じ取った。
『……ククク。ようやく、来たか。運命の子よ』
水晶玉の中から、直接、俺の脳内に声が響き渡った。
それは、ヴァルザーの声ではなかった。
もっと、古く、もっと根源的な、邪悪な存在の声。
「……お前は、誰だ」
俺は、問いかけた。
『我は、ザイザード。魔族を統べる、真の王なり』
魔王。
ヴァルザーの背後にいた、全ての元凶。
『ヴァルザーは、優秀な駒であった。我に、この世界への扉を開かせる、な。だが、奴は、貴様というイレギュラーに敗れた。実に、滑稽よ』
魔王ザイザードは、どこまでも楽しそうだった。
「あんたが、ヴァルザーに力を?」
『そうだ。我が力の、ほんの欠片を、くれてやったまで。だが、それさえも、奴には過ぎた力であったようだな』
水晶玉の中の闇が、蠢く。
『だが、礼を言おう、アッシュよ。貴様のおかげで、ヴァルザーが築いた礎は、完成した。この王城の地下深くに、我が本体を召喚するための、巨大なゲートが、もうすぐ開く。もはや、誰にも止められん』
つまり、ヴァルザーは、魔王を操っていたのではなく、逆に、利用されていただけだったのだ。
このクーデターそのものが、魔王をこの世界に降臨させるための、壮大な儀式だったというのか。
俺たちは、ヴァルザーを倒した。だが、それは、本当の脅威の、幕開けに過ぎなかった。
『さあ、見るがいい。世界の終わりを!』
水晶玉の闇が、ひときわ強く輝きを放った。
王城全体が、激しく揺れ始める。
地下から、大地が裂けるような、凄まじい轟音が響き渡る。
魔王降臨の儀式が、最終段階に入ったのだ。
絶望。
ヴァルザーを倒した安堵感は、一瞬で吹き飛んだ。
俺は、またしても、間に合わなかったのか。
俺が、そう思い、立ち尽くした、その時だった。
「―――一人で、格好つけてんじゃねえよ、アッシュ!」
隠し部屋の入り口から、聞き慣れた、力強い声が響いた。
フレアだった。
彼女の後ろには、リリア、バルガス、サラ、そして武装したレジスタンスたちが、決意の顔で立っていた。
「あんたが、一人でふらふらとどっか行くから、心配で見に来てみりゃあ、案の定、とんでもねえことになってやがる!」
「アッシュ様、もう一人で抱え込むのは、およしなさい。わたくしたちは、仲間ですわ」
リリアが、優しく、しかし強く言った。
仲間たち。
そうだ。俺は、もう一人じゃない。
俺は、彼らの顔を見て、再び、心の底から力が湧き上がってくるのを感じた。
「……へっ。魔王、だか何だか知らねえが」
俺は、水晶玉に向かって、不敵に笑ってみせた。
「あんたの計画は、残念ながら、ここで終わりだ」
俺は、腰の『星屑』を、ゆっくりと引き抜いた。
そして、最後の力を、この一振りに込める。
俺の『幸運』は、世界の『正常性』を維持する力。
魔王の降臨などという、世界にとって最大の『異常』を、この俺が、許すはずがない。
「この世界は、あんたなんかの、おもちゃじゃないんだよ!」
俺は、叫びと共に、『星屑』を、水晶玉に向かって、振り下ろした。
だが、その切っ先は、水晶玉には向かっていなかった。
それは、何もない、虚空を斬った。
ただ、俺が『斬りたい』と願った、この儀式の『核』そのものを。
その瞬間。
俺が振り下ろした剣の軌跡に沿って、空間そのものに、亀裂が走った。
それは、この世界と、魔界を繋いでいた、見えない『道』を、断ち切る一撃だった。
『なっ……!? 馬鹿な、ゲートへの接続が……!?』
魔王ザイザードの、焦った声が響く。
水晶玉の中の闇は、急速にその力を失い、収縮していく。
地下からの轟音も、ぴたりと止んだ。
魔王降臨の儀式は、その成就まで、あと一歩というところで、完全に、そして永遠に、中断されたのだ。
「……おのれ……おのれ、アッシュ……! 我は、必ず……いつか、必ず……!」
ザイザードの怨嗟の声は、徐々に小さくなり、やがて、完全に聞こえなくなった。
水晶玉は、その輝きを失い、ただのガラス玉となって、パリン、と音を立てて砕け散った。
静寂。
今度こそ、本当の静寂が、訪れた。
全ての元凶は、消え去った。
俺は、膝から崩れ落ちそうになるのを、駆け寄ってきたフレアとバルガスに、力強く支えられた。
「……やったな、アッシュ」
フレアが、俺の背中を叩いた。
「ああ……やったんだ。俺たち、みんなで」
俺は、仲間たちの顔を見渡し、心の底から、そう答えた。
真の決着。
それは、一人の英雄がもたらしたものではない。
仲間を信じ、未来を諦めなかった、俺たち全員の、勝利だった。
その喧騒の中心で、俺はヴァルザーが遺した小さな鍵を、じっと見つめていた。
この鍵が開ける扉の向こうに、この長い戦いの、本当の『決着』が待っているような気がした。
「アッシュ殿。それは?」
バルガスが、俺の手元に気づき、尋ねてきた。
「……ヴァルザーの、置き土産かもしれません」
俺は、そう答えた。
「少し、一人で調べてきてもいいですか」
「うむ。だが、無理はするな。もう、お主一人が背負う必要はないのだぞ」
バルガスの温かい言葉に、俺は頷いて応えた。
俺は、歓喜に沸く仲間たちに後を託し、一人、王城の奥深くへと足を踏み入れた。
目指すは、宰相執務室。
城内の兵士たちは、既に降伏しているか、あるいは解放軍によって拘束されていた。長い廊下は、静まり返っている。
やがてたどり着いた宰相執務室の扉は、豪華な装飾が施され、ヴァルザーの権勢を物語っていた。
俺は、手にした鍵を、鍵穴に差し込んだ。
カチャリ、と軽い音を立てて、扉は開いた。
中は、ヴァルザーの性格を映したかのように、完璧なまでに整然としていた。壁一面の本棚、巨大な執務机、そして、窓の外には王都の街並みが一望できる。
一見すると、ただの優秀な政治家の仕事部屋だ。
だが、俺の『幸運』が、この部屋に隠された、異様な気配を告げていた。
俺は、部屋の中を注意深く調べ始めた。
本棚、机の引き出し、絨毯の下。
どこにも、怪しいものはない。
だが、違和感は消えない。
俺は、ふと、部屋の隅に置かれた、何の変哲もない地球儀に目をやった。
なぜか、その地球儀だけが、俺の注意を強く引く。
俺は、それに近づき、そっと手を触れた。
そして、何気なく、それを少しだけ回転させてみた。
すると、地球儀の特定の場所――辺境のアルカディア村があるあたり――を指した時、カチリ、と小さな音がした。
ゴゴゴゴゴ……。
執務室の壁の一部が、音を立ててスライドし、隠し部屋への入り口が現れた。
やはり、何かあったのだ。
俺は、松明を手に、その暗い闇の中へと、慎重に足を踏み入れた。
隠し部屋の中は、ヴァルザーの狂気の研究室だった。
壁には、不気味な魔法陣や、解読不能な古代文字がびっしりと書き込まれている。机の上には、魔族の体の一部と思われる標本や、禁断の魔術に関する書物が、山のように積まれていた。
そして、部屋の中央。
そこには、巨大な水晶玉が鎮座していた。
その水晶玉の中には、黒い渦のようなものが、ゆっくりと渦巻いている。
そして、その渦の中心から、俺は、絶望的なほどの、邪悪な気配を感じ取った。
『……ククク。ようやく、来たか。運命の子よ』
水晶玉の中から、直接、俺の脳内に声が響き渡った。
それは、ヴァルザーの声ではなかった。
もっと、古く、もっと根源的な、邪悪な存在の声。
「……お前は、誰だ」
俺は、問いかけた。
『我は、ザイザード。魔族を統べる、真の王なり』
魔王。
ヴァルザーの背後にいた、全ての元凶。
『ヴァルザーは、優秀な駒であった。我に、この世界への扉を開かせる、な。だが、奴は、貴様というイレギュラーに敗れた。実に、滑稽よ』
魔王ザイザードは、どこまでも楽しそうだった。
「あんたが、ヴァルザーに力を?」
『そうだ。我が力の、ほんの欠片を、くれてやったまで。だが、それさえも、奴には過ぎた力であったようだな』
水晶玉の中の闇が、蠢く。
『だが、礼を言おう、アッシュよ。貴様のおかげで、ヴァルザーが築いた礎は、完成した。この王城の地下深くに、我が本体を召喚するための、巨大なゲートが、もうすぐ開く。もはや、誰にも止められん』
つまり、ヴァルザーは、魔王を操っていたのではなく、逆に、利用されていただけだったのだ。
このクーデターそのものが、魔王をこの世界に降臨させるための、壮大な儀式だったというのか。
俺たちは、ヴァルザーを倒した。だが、それは、本当の脅威の、幕開けに過ぎなかった。
『さあ、見るがいい。世界の終わりを!』
水晶玉の闇が、ひときわ強く輝きを放った。
王城全体が、激しく揺れ始める。
地下から、大地が裂けるような、凄まじい轟音が響き渡る。
魔王降臨の儀式が、最終段階に入ったのだ。
絶望。
ヴァルザーを倒した安堵感は、一瞬で吹き飛んだ。
俺は、またしても、間に合わなかったのか。
俺が、そう思い、立ち尽くした、その時だった。
「―――一人で、格好つけてんじゃねえよ、アッシュ!」
隠し部屋の入り口から、聞き慣れた、力強い声が響いた。
フレアだった。
彼女の後ろには、リリア、バルガス、サラ、そして武装したレジスタンスたちが、決意の顔で立っていた。
「あんたが、一人でふらふらとどっか行くから、心配で見に来てみりゃあ、案の定、とんでもねえことになってやがる!」
「アッシュ様、もう一人で抱え込むのは、およしなさい。わたくしたちは、仲間ですわ」
リリアが、優しく、しかし強く言った。
仲間たち。
そうだ。俺は、もう一人じゃない。
俺は、彼らの顔を見て、再び、心の底から力が湧き上がってくるのを感じた。
「……へっ。魔王、だか何だか知らねえが」
俺は、水晶玉に向かって、不敵に笑ってみせた。
「あんたの計画は、残念ながら、ここで終わりだ」
俺は、腰の『星屑』を、ゆっくりと引き抜いた。
そして、最後の力を、この一振りに込める。
俺の『幸運』は、世界の『正常性』を維持する力。
魔王の降臨などという、世界にとって最大の『異常』を、この俺が、許すはずがない。
「この世界は、あんたなんかの、おもちゃじゃないんだよ!」
俺は、叫びと共に、『星屑』を、水晶玉に向かって、振り下ろした。
だが、その切っ先は、水晶玉には向かっていなかった。
それは、何もない、虚空を斬った。
ただ、俺が『斬りたい』と願った、この儀式の『核』そのものを。
その瞬間。
俺が振り下ろした剣の軌跡に沿って、空間そのものに、亀裂が走った。
それは、この世界と、魔界を繋いでいた、見えない『道』を、断ち切る一撃だった。
『なっ……!? 馬鹿な、ゲートへの接続が……!?』
魔王ザイザードの、焦った声が響く。
水晶玉の中の闇は、急速にその力を失い、収縮していく。
地下からの轟音も、ぴたりと止んだ。
魔王降臨の儀式は、その成就まで、あと一歩というところで、完全に、そして永遠に、中断されたのだ。
「……おのれ……おのれ、アッシュ……! 我は、必ず……いつか、必ず……!」
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水晶玉は、その輝きを失い、ただのガラス玉となって、パリン、と音を立てて砕け散った。
静寂。
今度こそ、本当の静寂が、訪れた。
全ての元凶は、消え去った。
俺は、膝から崩れ落ちそうになるのを、駆け寄ってきたフレアとバルガスに、力強く支えられた。
「……やったな、アッシュ」
フレアが、俺の背中を叩いた。
「ああ……やったんだ。俺たち、みんなで」
俺は、仲間たちの顔を見渡し、心の底から、そう答えた。
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