ログインしたら人外でした。 ~VRMMOで最恐の魔物になる~

夏見ナイ

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第一話 人外へのログイン

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アスファルトに照りつける初夏の陽光が、むわりとした熱気を孕んで立ち昇る。大学の講義棟からぞろぞろと吐き出される学生たちの喧噪が、神代湊(かみしろ みなと)の耳には不快なノイズとして届いていた。彼は人混みが苦手だった。無意味なお喋り、過剰な同調圧力、視線が交錯する気まずさ。それら全てが、湊にとっては精神的な負担でしかない。

今日も今日とて、彼は集団から逃れるように足早にキャンパスを後にする。友人、と呼べる存在は皆無ではないが、積極的に関係を維持しようとは思わない。彼らに合わせるよりも、一人でいる方が遥かに気楽だった。そんな湊にとって、唯一と言っていい心の拠り所が、間もなくサービスを開始する最新のフルダイブ型VRMMO――『Elysian Realms Online』、通称『ERO』だった。

「…あと、三時間か」

自室の安っぽいアパートへ戻る道すがら、湊はスマートフォンでEROの公式サイトを確認する。カウントダウンタイマーが正確に残り時間を示していた。事前情報は可能な限り読み込んだ。美麗なグラフィック、広大な世界、自由度の高いゲームシステム。どれも魅力的だったが、湊の心を最も捉えて離さなかったのは、「魔物種族」でプレイできるという点だった。

人間、エルフ、ドワーフといった王道ファンタジー種族だけでなく、ゴブリンやオーク、果てはアンデッドやスライムといった、通常であれば討伐対象となるモンスターとして世界に降り立てる。それは、湊にとって非常に魅力的な響きを持っていた。人間として、また集団に属し、似たようなクエストをこなすのは、現実の延長線上でしかない気がしたのだ。どうせ仮想世界に飛び込むなら、全く異なる視点、異なるルールで世界を体験したい。

「スライム…最弱候補、か。でも、面白そうだ」

事前情報で公開されていたスライムの初期スキル。【捕食吸収】と【擬態】。名前からして、他の種族にはない特殊な能力であることは明らかだった。詳細は不明な部分も多いが、使い方次第では化けるのではないか。そんな予感が、湊の探求心を強く刺激していた。誰とも群れず、誰にも縛られず、未知の力で世界を渡り歩く。そんなプレイスタイルが、自分には合っているはずだ。

アパートに帰り着くと、湊はシャワーを浴びて身を清め、買ってきたコンビニ弁当を味気なく胃に収めた。そして、部屋の中央に鎮座するフルダイブ用VRギア「NerveLinker」の前に座る。流線形の白いヘルメット。これを被れば、意識は五感と共に仮想世界へと旅立つ。

午後八時。カウントダウンがゼロになる瞬間を、湊は固唾を飲んで見守っていた。

『Elysian Realms Online - Service Start!』

公式サイトの表示が変わると同時に、湊はNerveLinkerを装着し、起動シーケンスを開始した。目を閉じると、脳に直接流れ込んでくる感覚信号。意識が現実の肉体からゆっくりと乖離していくような浮遊感。

やがて、目の前に光の粒子が集まり、一つの空間を形成していく。それは無数の選択肢が浮かぶ、キャラクタークリエイトのインターフェースだった。

【種族を選択してください】

ヒューマン、エルフ、ドワーフ、ビーストマン…王道の種族が並ぶ。アバターのプレビューも表示され、それぞれが緻密なモデリングで再現されているのが分かる。だが、湊は迷わず「その他」のタブをタップし、さらにその奥にある「魔物」のカテゴリを選択した。

ゴブリン、オーク、コボルト、スケルトン…様々な魔物種族がリストアップされる。どれも個性的で面白そうではあったが、湊の心は既に決まっていた。スクロールし、リストの底辺近くにある「スライム」を選択する。

【種族:スライム】
『最も原始的な魔物の一種。定まった形を持たず、物理的な攻撃に対する高い耐性を持つ。固有スキル【捕食吸収】【擬態】により、環境への適応能力と成長潜在性は未知数。ただし、初期能力は極めて低く、扱いは難しい。上級者向け』

説明文を読み返し、湊は口元に微かな笑みを浮かべた。「上級者向け」という言葉が、むしろ彼の挑戦心を煽る。

次に外見設定。スライムの外見と言っても、大まかな色と、内部に見える「核」の色や形状くらいしかカスタマイズできないようだ。湊は体色を、光を吸い込むような深い「黒」に設定した。黒曜石(オブシディアン)のような、鈍い光沢を放つ黒。そして、内部の核は、わずかに赤みがかった暗い色を選んだ。なんとなく、それが一番「自分らしい」気がした。

最後にプレイヤーネームの入力。これも迷うことはなかった。

【プレイヤーネーム:Obsidian】

黒曜石の名を冠したスライム。悪くない。決定ボタンを押すと、最終確認のウィンドウが表示された。

【種族:スライム(名無し)】
【名前:Obsidian】
【称号:なし】
【所属:未定義】

【能力値】
体力: 2
魔力容量: 2
物理攻撃力: 0
物理防御力: 1
魔法攻撃力: 0
魔法防御力: 1
素早さ: 2

【スキル】
・捕食 Lv.1
・自己修復 Lv.1
・擬態 Lv.1
・微光 Lv.1
・物理耐性(微) ※種族特性

表示された初期ステータスは、予想通り、いや予想以上に低い。特に攻撃力はゼロ。どうやって戦うのか、という疑問すら浮かぶ。だが、それがどうした。ここから育て上げていくのが、このゲームの醍醐味のはずだ。

「これで、よし」

湊…いや、オブシディアンは、最後の決定ボタンを押した。

瞬間、視界が真っ白な光に包まれる。全身が引っ張られるような感覚の後、ふっと意識が現実感を伴って定着した。

最初に感じたのは、ひんやりとした湿気と、黴臭いような土の匂い。そして、完全な暗闇。

「…ここが、スタート地点か」

オブシディアンは呟こうとしたが、声帯がないため音にはならない。思考がそのまま意思として伝わる感覚だ。視界は極端に低い。地面すれすれから見上げるようなアングル。自分の体を見下ろすと、設定した通りの、ぬらりとした黒いスライムの身体がそこにあった。ぷるぷるとした感触が、意識を通じて伝わってくる。

移動は、どうするんだ? 思考すると、体がわずかに蠕動し、ゆっくりと前進した。なるほど、思った方向に体を動かすイメージで移動できるようだ。速度は…遅い。亀の歩み、という表現がしっくりくる。

周囲は本当に真っ暗で何も見えない。スキルリストを開き、【微光】を選択してみる。

『スキル【微光】を発動』

システムメッセージと共に、オブシディアンの体そのものが、ぼんやりとした淡い光を発し始めた。洞窟のランタンのような強い光ではなく、蛍の光を少し強くした程度。それでも、周囲の様子がおぼろげながら見えるようになった。

そこは、岩肌が剥き出しになった洞窟の中だった。天井は低く、地面には小石や砂利が転がっている。空気は淀み、水滴が滴る音が反響していた。「忘れられた洞窟」という初期スポーン地点の名にふさわしい、陰鬱な場所だ。他のプレイヤーの気配はない。魔物種族のスタート地点は、人間種族とは隔離されているのだろう。好都合だ。

まずは、この身体に慣れる必要がある。オブシディアンは、ゆっくりと洞窟内を移動し始めた。低い視点、独特の移動感覚。現実の身体とは全く違う。だが、不思議と不快感はなかった。むしろ、この異質な感覚が新鮮で面白い。

しばらく進むと、前方から微かな物音が聞こえてきた。カサカサ、という何かを引きずるような音。そして、キィ、キィ、という甲高い鳴き声。

獲物だろうか?

オブシディアンは、その場で動きを止めた。初めての戦闘になるかもしれない。攻撃力ゼロのスライムが、どうやって戦うのか。スキル【捕食吸収】が鍵になるはずだが、その具体的な効果はまだ分からない。

緊張と、それ以上の好奇心。オブシディアンは、音のする方向へと、ゆっくりと体を滑らせ始めた。この暗い洞窟の中で、黒曜石のスライムは、静かにその活動を開始した。何が待ち受けているのか、今はまだ、何も分からない。ただ、胸の高鳴りだけが、仮想世界の現実感を強く伝えていた。

名前: オブシディアン
種族: スライム(名無し)
称号: なし
所属: 未定義

【能力値】
体力: 2
魔力容量: 2
物理攻撃力: 0
物理防御力: 1
魔法攻撃力: 0
魔法防御力: 1
素早さ: 2

【スキル】
・捕食 Lv.1
・自己修復 Lv.1
・擬態 Lv.1
・微光 Lv.1
・物理耐性(微) ※種族特性
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