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第8話 元社畜、組織を作る
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俺が新たなボスになってから、洞窟の時間は奇妙な静けさと共に流れていた。前のボスが支配していた頃の、怒号と暴力に満ちた空気はない。ゴブリンたちはただ、俺の一挙手一投足を恐怖に満ちた目で見守っていた。彼らは次に何が起こるのか、新しいボスが何を望むのかを測りかねているのだ。
俺は玉座と化した岩に腰掛け、満身創痍の身体を休めていた。ボスとの戦いで負った傷は深い。砕けた肩は使い物にならず、全身の打撲が熱を持っている。だが、ボスゴブリンを捕食したことで得た経験値によるレベルアップと、ユニークスキルによるものか、驚異的な速度で身体が回復していくのを感じていた。骨が繋がり、肉が盛り上がる。この異常な治癒力もまた、俺が王たる所以をゴブリンたちに無言で示していた。
数時間後、動けるまでに回復した俺は、全てのゴブリンを広場に集めた。その数は、およそ三十体。予想より少ない。おそらく、これまでの無謀な狩りで命を落としたり、群れから逃げ出したりしたのだろう。
ひれ伏すゴブリンたちを見下ろし、俺はこの群れが抱える根本的な問題を再認識する。
食料不足。無計画な狩り。不衛生な環境。そして、弱者の切り捨て。
このままでは、いずれジリ貧になるだけだ。暴力で支配し、奪うだけのシステムはあまりにも脆い。前世の会社がそうだったように、搾取される側が疲弊しきれば、組織そのものが崩壊する。
俺が目指すのは、そんな行き当たりばったりの野盗の集団ではない。もっと強く、もっと効率的で、継続的に成長していける組織だ。
「聞ケ」
俺が発した一言で、ゴブリンたちの身体がびくりと震えた。
「コレカラ、コノ群レノ仕組ミヲ変エル」
ゴブリンたちの間に、困惑の空気が広がった。彼らの貧弱な脳では、俺の言葉の意味を理解できないのだろう。仕組ミ? ナンダソレハ。強いヤツが弱いヤツから奪う。それが全て。彼らの世界は、それだけで構成されていた。
俺は構わず続けた。前世の知識を、この原始的な生き物たちにも理解できるよう、極限まで単純化した言葉で説明する。
「戦イガ強イ者。コレカラ『狩リ部隊』ト呼ブ。仕事ハ、獲物ヲ狩ルコトダ」
俺は群れの中でも特に体格が良く、傷跡の多いゴブリンを数体指差した。指名されたゴブリンは、驚きと誇りが入り混じったような顔をしている。
「次。足ガ速イ者。目ガ良イ者。オマエタチハ『探索部隊』ダ。獲物ヲ探セ。危険ヲ見ツケロ。狩リ部隊ヲ助ケルノガ仕事ダ」
次に、身のこなしが軽く、常に周囲を警戒しているような素振りを見せていたゴブリンたちを指名した。彼らは戦闘力では劣るかもしれないが、その索敵能力は組織にとって重要な資源だ。
そして、最後に残ったのは、戦いで傷を負った者、年老いて弱った者、生まれつき身体の小さい者たち。これまで群れのお荷物として、常に虐げられてきたゴブリンたちだ。彼らは自分たちが何をさせられるのかと、怯えきった目で俺を見ていた。
俺は彼らに向かって言った。
「戦エナイ者。オマエタチニモ仕事ヲヤル。『資材管理係』ダ」
資材、管理。ゴブリンたちには全く馴染みのない言葉だろう。案の定、広場は再び困惑のざわめきに包まれた。
「洞窟ヲ掃除シロ。汚イ水、食イ残シ、捨テロ。武器ヲ手入レシロ。俺タチガ持チ帰ッタ獲物ヲ、管理シロ。誰ガ食ッタカ、残リハドレクライカ、俺ニ報告スル。ソレガオマエタチノ戦イダ」
その言葉は、洞窟に静かな衝撃を与えた。特に、資材管理係に任命された弱いゴブリンたちは、信じられないという顔で呆然としていた。戦えない自分たちにも、役割がある。お荷物ではなく、群れの一員として認められた。その事実が、彼らの濁った瞳に微かな光を灯していた。
「各部隊ニ、リーダーヲ置ク」
俺は狩り部隊の中から最も屈強な一体を、探索部隊から最も抜け目なさそうな一体を、そして資材管理係から最も年長の一体を、それぞれのリーダーに任命した。
「リーダーハ、俺ニ報告シロ。部隊ノ者ハ、リーダーニ従エ。命令ヲ聞カナイ者、仕事ヲサボッタ者ハ……俺ガ殺ス」
最後の言葉に、ゴブリンたちの身体が再び震えた。希望を与えるだけでは組織は動かない。明確なルールと、それを破った者への罰。アメとムチ。組織運営の基本だ。
俺の言葉は、単純明快な命令系統をこの原始的な社会に初めてもたらした。
俺 → 各部隊リーダー → 隊員。
報告と命令。この二つを徹底させるだけで、組織の効率は劇的に変わるはずだ。
もちろん、すぐに全てがうまくいくとは思っていない。ゴブリンたちは愚かで、すぐに忘れるだろう。反発する者も出てくるかもしれない。だが、その都度教え込み、従わせる。俺にはその力がある。
俺の狙いは、この群れの全員を戦力化することだ。直接戦闘に参加する者だけが戦力ではない。後方支援、情報収集、環境整備。それら全てが組み合わさって初めて、組織は真の力を発揮する。
前世の俺は、ただの歯車だった。理不尽な命令に従い、すり減るだけの存在。だが、今は違う。俺が歯車を動かす側だ。そして、俺が作る組織は、誰も使い捨てになどしない。全ての歯車に意味と役割を与え、組織という巨大なエンジンを回していく。
「動ケ」
俺の号令で、ゴブリンたちは戸惑いながらも、それぞれの役割に従って動き始めた。狩り部隊は武器の点検を始め、探索部隊はリーダーを中心に何やら話し合っている。そして資材管理係のゴブリンたちは、おそるおそる洞窟のゴミを拾い始めた。
その光景は、まだぎこちなく、頼りない。
だが、間違いなく何かが変わり始めていた。暴力と奪い合いだけが全てだったこの洞窟に、組織という新たな概念が産声を上げたのだ。
元社畜のゴブリン王による組織改革。その歯車は、静かに、しかし確実に回り始めていた。
俺は玉座と化した岩に腰掛け、満身創痍の身体を休めていた。ボスとの戦いで負った傷は深い。砕けた肩は使い物にならず、全身の打撲が熱を持っている。だが、ボスゴブリンを捕食したことで得た経験値によるレベルアップと、ユニークスキルによるものか、驚異的な速度で身体が回復していくのを感じていた。骨が繋がり、肉が盛り上がる。この異常な治癒力もまた、俺が王たる所以をゴブリンたちに無言で示していた。
数時間後、動けるまでに回復した俺は、全てのゴブリンを広場に集めた。その数は、およそ三十体。予想より少ない。おそらく、これまでの無謀な狩りで命を落としたり、群れから逃げ出したりしたのだろう。
ひれ伏すゴブリンたちを見下ろし、俺はこの群れが抱える根本的な問題を再認識する。
食料不足。無計画な狩り。不衛生な環境。そして、弱者の切り捨て。
このままでは、いずれジリ貧になるだけだ。暴力で支配し、奪うだけのシステムはあまりにも脆い。前世の会社がそうだったように、搾取される側が疲弊しきれば、組織そのものが崩壊する。
俺が目指すのは、そんな行き当たりばったりの野盗の集団ではない。もっと強く、もっと効率的で、継続的に成長していける組織だ。
「聞ケ」
俺が発した一言で、ゴブリンたちの身体がびくりと震えた。
「コレカラ、コノ群レノ仕組ミヲ変エル」
ゴブリンたちの間に、困惑の空気が広がった。彼らの貧弱な脳では、俺の言葉の意味を理解できないのだろう。仕組ミ? ナンダソレハ。強いヤツが弱いヤツから奪う。それが全て。彼らの世界は、それだけで構成されていた。
俺は構わず続けた。前世の知識を、この原始的な生き物たちにも理解できるよう、極限まで単純化した言葉で説明する。
「戦イガ強イ者。コレカラ『狩リ部隊』ト呼ブ。仕事ハ、獲物ヲ狩ルコトダ」
俺は群れの中でも特に体格が良く、傷跡の多いゴブリンを数体指差した。指名されたゴブリンは、驚きと誇りが入り混じったような顔をしている。
「次。足ガ速イ者。目ガ良イ者。オマエタチハ『探索部隊』ダ。獲物ヲ探セ。危険ヲ見ツケロ。狩リ部隊ヲ助ケルノガ仕事ダ」
次に、身のこなしが軽く、常に周囲を警戒しているような素振りを見せていたゴブリンたちを指名した。彼らは戦闘力では劣るかもしれないが、その索敵能力は組織にとって重要な資源だ。
そして、最後に残ったのは、戦いで傷を負った者、年老いて弱った者、生まれつき身体の小さい者たち。これまで群れのお荷物として、常に虐げられてきたゴブリンたちだ。彼らは自分たちが何をさせられるのかと、怯えきった目で俺を見ていた。
俺は彼らに向かって言った。
「戦エナイ者。オマエタチニモ仕事ヲヤル。『資材管理係』ダ」
資材、管理。ゴブリンたちには全く馴染みのない言葉だろう。案の定、広場は再び困惑のざわめきに包まれた。
「洞窟ヲ掃除シロ。汚イ水、食イ残シ、捨テロ。武器ヲ手入レシロ。俺タチガ持チ帰ッタ獲物ヲ、管理シロ。誰ガ食ッタカ、残リハドレクライカ、俺ニ報告スル。ソレガオマエタチノ戦イダ」
その言葉は、洞窟に静かな衝撃を与えた。特に、資材管理係に任命された弱いゴブリンたちは、信じられないという顔で呆然としていた。戦えない自分たちにも、役割がある。お荷物ではなく、群れの一員として認められた。その事実が、彼らの濁った瞳に微かな光を灯していた。
「各部隊ニ、リーダーヲ置ク」
俺は狩り部隊の中から最も屈強な一体を、探索部隊から最も抜け目なさそうな一体を、そして資材管理係から最も年長の一体を、それぞれのリーダーに任命した。
「リーダーハ、俺ニ報告シロ。部隊ノ者ハ、リーダーニ従エ。命令ヲ聞カナイ者、仕事ヲサボッタ者ハ……俺ガ殺ス」
最後の言葉に、ゴブリンたちの身体が再び震えた。希望を与えるだけでは組織は動かない。明確なルールと、それを破った者への罰。アメとムチ。組織運営の基本だ。
俺の言葉は、単純明快な命令系統をこの原始的な社会に初めてもたらした。
俺 → 各部隊リーダー → 隊員。
報告と命令。この二つを徹底させるだけで、組織の効率は劇的に変わるはずだ。
もちろん、すぐに全てがうまくいくとは思っていない。ゴブリンたちは愚かで、すぐに忘れるだろう。反発する者も出てくるかもしれない。だが、その都度教え込み、従わせる。俺にはその力がある。
俺の狙いは、この群れの全員を戦力化することだ。直接戦闘に参加する者だけが戦力ではない。後方支援、情報収集、環境整備。それら全てが組み合わさって初めて、組織は真の力を発揮する。
前世の俺は、ただの歯車だった。理不尽な命令に従い、すり減るだけの存在。だが、今は違う。俺が歯車を動かす側だ。そして、俺が作る組織は、誰も使い捨てになどしない。全ての歯車に意味と役割を与え、組織という巨大なエンジンを回していく。
「動ケ」
俺の号令で、ゴブリンたちは戸惑いながらも、それぞれの役割に従って動き始めた。狩り部隊は武器の点検を始め、探索部隊はリーダーを中心に何やら話し合っている。そして資材管理係のゴブリンたちは、おそるおそる洞窟のゴミを拾い始めた。
その光景は、まだぎこちなく、頼りない。
だが、間違いなく何かが変わり始めていた。暴力と奪い合いだけが全てだったこの洞窟に、組織という新たな概念が産声を上げたのだ。
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