ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第9話 組織的狩りの成果

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翌朝、洞窟内に俺の声が響き渡った。

「狩りヲ始メル! 各部隊、準備シロ!」

その号令に、ゴブリンたちは戸惑いながらも動き出す。狩り部隊のリーダーが隊員たちに檄を飛ばし、探索部隊は身軽な装備を再確認している。資材管理係のゴブリンたちは、広場の一角に獲物を置くためのスペースを確保し、その時を待っていた。

昨日までとは明らかに違う。そこには、ただ飢えを凌ぐために惰性で動く獣の群れではなく、一つの目的に向かって動く組織の萌芽があった。

「探索部隊、先行セヨ。目標ハ、キバネズミ。巣ヲ見ツケロ。危険ガアレバ、スグニ報告」

「ハッ!」

探索部隊のリーダーが短く応え、五体の部下を率いて洞窟の外へと駆け出していった。彼らの動きは統率が取れているとは言い難いが、明確な役割を与えられたことで、その足取りにはこれまでになかった目的意識が宿っていた。

俺は残った狩り部隊と共に、洞窟の入り口で待機する。時間はゆっくりと流れた。狩り部隊のゴブリンたちは、どこか落ち着かない様子で棍棒を握りしめている。彼らの頭には、まだ疑念があるのだろう。こんなやり方で、本当にうまくいくのか、と。

俺は黙って目を閉じ、神経を研ぎ澄ましていた。ボスの座に就いたとはいえ、俺はまだこの群れを完全に掌握したわけではない。今日の結果が、俺の支配を盤石にするか、あるいは瓦解させるかを決める。失敗は許されない。

一時間ほど経っただろうか。洞窟の外から、一人の探索部隊員が息を切らして駆け込んできた。

「ボス! ホウコク!」

そのゴブリンは、俺の前にひざまずき、興奮した様子で早口にまくしたてた。

「キバネズミ……巣、見ツケタ! デカイ! 十匹以上イル! 周リ、他ノ魔物、イナイ!」

完璧な報告だ。獲物の種類、規模、そして周辺のリスク情報。俺が求めていたものが全て含まれている。俺は頷き、報告者の肩を軽く叩いた。

「良イ仕事ダ」

たったそれだけの言葉に、ゴブリンは感極まったような顔で再び頭を下げた。認められる喜び。それは、ゴブリンのような原始的な生物でさえ、行動を促進させる強力な報酬なのだ。

俺は立ち上がり、待機していた狩り部隊に向き直った。その数、十五体。俺を含めて十六。対する敵は十数匹のキバネズミ。数では有利だが、奴らはすばしっこく、牙は鋭い。従来のやり方で正面からぶつかれば、数体の負傷は免れないだろう。

「作戦ヲ伝エル」

俺は地面に簡単な図を描きながら、リーダーに指示を与えた。

「オマエタチ五人ハ、巣穴ノ裏ニ回レ。逃ゲ道ヲ塞グ」
「残リノ十人ハ、俺ト共ニ正面カラ攻撃スル」
「合図ハ、俺ノ雄叫ビダ。イイナ」

狩り部隊のリーダーは、戸惑いながらも必死に俺の言葉を理解しようとしていた。裏に回る? 逃げ道を塞ぐ? 彼にとって、狩りとは正面から殴りかかること以外の何物でもなかったのだ。

「……ワカッタ」

リーダーは力強く頷いた。俺への恐怖か、あるいは未知の戦術への期待か。いずれにせよ、命令は伝わった。

俺たちは探索部隊の案内に従い、キバネズミの巣へと向かった。そこは、巨大な岩の根元にぽっかりと口を開けた洞穴だった。周囲には獣の糞や食べかすが散乱しており、間違いなくここが奴らの本拠地だ。

俺はリーダーに目配せし、別動隊を静かに裏手へと向かわせる。彼らの気配が完全に消えるのを待ってから、俺は正面部隊と共にゆっくりと巣穴へとにじり寄った。

巣穴の中から、キィキィという甲高い鳴き声と、何かを齧る音が聞こえてくる。

俺は深く息を吸い込み、そして、腹の底から雄叫びを上げた。

「ウォオオオオ!」

それが、開戦の狼煙だった。

俺の雄叫びに驚いたキバネズミたちが、巣穴から雪崩のように飛び出してくる。その数は、報告通り十数匹。先頭に立つ一際大きな個体が、リーダーだろう。

「突撃!」

俺の号令で、ゴブリンたちが棍棒を構えて一斉に襲いかかった。だが、キバネズミたちは素早い。ゴブリンたちの攻撃をひらりとかわし、四方八方へと散開しようとする。

これまでの狩りなら、ここで陣形は崩壊し、各個撃破されていただろう。だが、今日は違う。

散開したキバネズミたちの何匹かが、巣穴の裏手へと逃げようとする。しかし、そこには既に別動隊が待ち構えていた。

「逃ガスナ!」

別動隊リーダーの怒号と共に、ゴブリンたちが棍棒を振るう。逃げ道を失ったキバネズミたちは混乱し、再び巣穴の正面へと押し戻されてきた。

包囲は、完成した。

「ヤレ!」

俺はリーダー格のキバネズミに狙いを定め、棍棒を振り下ろした。【怪力】スキルを得た俺の一撃は、ボスゴブリンには及ばないものの、並のゴブリンの比ではない。リーダー格のキバネズミは、その一撃で頭蓋を砕かれ、即死した。

王を失った群れは、さらに混乱を深める。ゴブリンたちは、逃げ惑うキバネズミを確実に、そして効率的に仕留めていった。

戦闘は、あっという間に終わった。

広場には、十五匹のキバネズミの死体が転がっていた。そして、俺たちゴブリン部隊の被害は、軽傷者二名のみ。死者は、一人もいない。

「……スゴイ」

狩り部隊のリーダーが、呆然と呟いた。他のゴブリンたちも、目の前の光景が信じられないといった顔で立ち尽くしている。これほど一方的で、これほど完璧な狩りは、彼らの人生で一度も経験したことがないのだ。

やがて、誰からともなく歓声が上がった。それは洞窟中に響き渡り、新しい時代の到来を告げる凱歌のようだった。

俺たちは、誇らしげに獲物を担ぎ、洞窟へと帰還した。

俺たちの帰りを待っていた資材管理係や他のゴブリンたちは、山と積まれた獲物の量を見て目を見開いた。そして、狩り部隊に死者が一人もいないことに、さらに驚愕していた。

資材管理係のリーダーが、震える声で俺に報告する。
「ボス……獲物、十五匹。負傷者、二名。死者、ゼロデス」

俺は頷き、全てのゴブリンに聞こえるように言った。

「コレガ、組織ノ力ダ。全員ニ、肉ヲ配レ。働イタ者モ、働ケナカッタ者モ、今日ハ全員デ勝利ヲ祝ウ」

その言葉に、弱いゴブリンたちの中から嗚咽のような声が漏れた。自分たちが虐げられることなく、群れの一員として食料を与えられる。その当たり前のことが、彼らにとっては奇跡だった。

分配が終わった後、俺はリーダー格だったキバネズミの死体の前に座った。そして、その肉を喰らう。

【ユニークスキル『弱肉強食』が発動しました】
【キバネズミ(リーダー)の捕食に成功】
【スキル『嗅覚強化 Lv1』を獲得しました】

新たなスキルは、俺の索敵能力をさらに向上させるだろう。

俺は肉を咀嚼しながら、歓喜に沸くゴブリンたちを見渡した。彼らの俺に対する視線は、もはや恐怖だけではない。そこには、明確な信頼と、絶対的な忠誠心が芽生え始めていた。

組織の有効性は示された。忠誠心も手に入れた。

だが、これだけでは足りない。キバネズミを効率的に狩れるようになったところで、俺たちはまだこの洞窟の周辺から一歩も出ていないのだ。

俺の視線は、洞窟の外、その先に広がる未知の森へと向けられていた。

グラーヴェ大森林。

そこには、キバネズミなど比較にならないほどの強大な魔物が、無数に生息しているという。

俺の腹は、まだ満たされていない。この小さな洞窟は、俺の食欲を満たすにはあまりにも狭すぎる。

「次ハ、森ダ」

俺の呟きは、ゴブリンたちの歓声の中に静かに溶けていった。
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