ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第16話 森を侵す者たち

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ホブゴブリンへの進化は、俺の組織に絶対的な安定をもたらした。俺の身長は屈強なゴブリンたちを優に見下ろすほどになり、その身体から発せられる威圧感は、もはや言葉を介さずとも群れの隅々まで支配を及ぼした。

種族スキル【指揮】は、俺が傍にいるだけでゴブリンたちの能力を底上げする強力な効果を発揮した。狩りにおける連携はより洗練され、以前なら苦戦したであろう魔物の群れも、今では負傷者を出すことなく狩れるようになった。グレートボアから得た【突進】と【頑強】スキルは、俺自身の戦闘力を飛躍的に向上させ、単独で森の危険地帯を偵察することさえ可能にした。

洞窟はもはや、ただの住処ではなかった。資材管理係によって食料が備蓄され、武器が整備される。それはさながら、要塞の兵站拠点と化していた。俺たちは、グラーヴェ大森林という広大な世界において、確かな地盤を築きつつあった。

平穏。
前世では常に求め、けれど決して手に入らなかったものが、今ここにはあった。

だが、俺はこの平穏が永遠に続くとは思っていなかった。森は常に変化する。そして、俺たちの存在が大きくなればなるほど、外からの干渉を招く危険性もまた増大していく。

その予感は、ある日の探索部隊からの報告によって現実のものとなった。

「ボス、森の東側で奇妙な痕跡を発見しました」

報告に来たのは、探索部隊のリーダーだった。彼はキラーラビット戦やグレートボア戦を生き延びた古参兵で、その判断力は俺も信頼を置いている。

「奇妙な痕跡?」
「はい。魔物のものではありません。木が、鋭い何かで断ち切られていました。それに、火を使った跡も。我々が知らない、何者かの痕跡です」

火。その単語に、俺の思考は一瞬停止した。
この森で、火を扱える生物。それは極めて限られる。いくつかの特殊なスキルを持つ魔物を除けば、残る可能性は一つしかない。

人間だ。

俺はすぐに精鋭部隊の招集を命じた。メンバーは、グレートボア戦を生き延びた者たち。彼らは多くを語らずとも、俺の意図を正確に汲み取ってくれる。

「俺が直接確認に行く。お前たちは洞窟の守りを固めろ。俺の許可なく、誰も外へ出すな」

リーダーたちにそう命じ、俺は単独で森の東へと向かった。ホブゴブリンの身体能力と【跳躍】スキルを駆使すれば、部隊で移動するより遥かに速く、そして隠密に行動できる。

報告にあった地点に到着すると、そこには確かに文明の痕跡があった。斧で切り倒されたであろう木の切り株。石で組まれた簡易的な竈の跡。そして、地面にはっきりと残る、靴の跡。

間違いない。人間が、この森に入り込んでいる。

俺は【嗅覚強化】スキルを発動させた。汗の匂い、鉄の匂い、そして、焼いた肉の微かな香り。匂いはまだ新しい。彼らは、そう遠くにはいないはずだ。

俺は痕跡と匂いを頼りに、追跡を開始した。気配を完全に殺し、木々の梢を渡りながら、音もなく進んでいく。ホブゴブリンの身体は、こうした立体的な機動にも完璧に対応してくれた。

数十分ほど追跡しただろうか。前方の開けた場所から、複数の話し声が聞こえてきた。俺は巨大な木の幹に身を潜め、息を殺してその様子を窺う。

そこにいたのは、五人組のパーティだった。

全身を金属鎧で固めた大柄な戦士。革鎧に身を包み、弓を背負った軽装の斥候。ローブを纏い、杖を持つ魔術師。そして、神官と思われる服装のヒーラーと、短剣を両手に下げた盗賊らしき男。

その装備は、俺がかつて殺した冒険者たちのそれとは比較にならないほど質が良い。使い古されてはいるが、手入れの行き届いた鋼鉄の鎧。魔力を帯びていることが遠目にも分かる杖。彼らが、ただのゴブリン狩りに来た素人ではないことは一目瞭然だった。

彼らは地図のようなものを広げ、何やら議論している。

「おい、本当にこっちで合ってるのか? もう三日も彷徨ってるぞ」
「間違いありません。古文書によれば、滅びたエルフの集落『シルヴァニア』はこの森の東部にあったはずです」
「だが、見ろよこの森の静けさを。魔物一匹出やしねぇ。気味が悪いぜ」

エルフの集落。シルヴァニア。

その単語に、俺の記憶の片隅が疼いた。そういえば、リリアがそんな名前を口にしていたような気がする。彼女がいた集落の名前だったか。

「静かなのは、この森の主が変わったからかもしれません。最近、この森一帯を支配する強力なホブゴブリンの王がいるという噂ですから」
「ハッ、ホブゴブリンだろ? 所詮は魔物だ。俺たちの敵じゃねえよ。それより、お宝は本当にあるんだろうな? エルフの秘宝とか、魔法のアイテムとか」
「ええ。それに、もしかしたら生き残りがいるかもしれません。エルフは長命ですから。もし保護できれば、ギルドからの報奨金は相当な額になるはずです」

下卑た笑い声が、森に響いた。

俺の中で、何かが音を立てて変わった。
郷愁など、欠片もなかった。彼らは、俺が前世で属していた人間という種族。だが、今の俺にとって、彼らはただの侵入者でしかなかった。

俺の縄張りを土足で踏み荒らし、俺が守るべき仲間(リリア)の故郷を物色し、金儲けの種にしようとしている、不快な害虫。

彼らが探している「生き残り」が誰のことなのか、俺にはすぐに分かった。そして、彼らがリリアを見つければどうなるか。保護? 報奨金? その言葉を額面通りに受け取れるほど、俺は純粋ではなかった。

排除しなければならない。

俺の思考は、即座にその結論に達した。

だが、相手は手練れの冒険者パーティだ。戦士、斥候、魔術師、ヒーラー、盗賊。見事なまでにバランスの取れた構成。正面からぶつかれば、グレートボア戦の二の舞になりかねない。

俺は静かに木の上から後退した。怒りや憎しみで我を忘れるほど、俺は愚かではない。

彼らを狩る。だが、それは俺のやり方で。
この森は、俺の庭だ。そして、ここでは俺がルールだ。

俺は一度洞窟に戻り、最強の部隊を編成することにした。
人間対ホブゴブリン。異種族間の生存競争の火蓋が、今、静かに切って落とされようとしていた。
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