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第17話 エルフの少女、リリア
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洞窟に戻った俺は、すぐに精鋭部隊を招集した。グレートボア戦を生き延びた者たちを中心に、キラーラビット戦で功績を上げた俊敏なゴブリンたちを加えた、総勢十名の混成部隊。今の俺の群れにおける、最強戦力だ。
俺は彼らに、人間の侵入と、これから行う迎撃作戦について簡潔に説明した。ゴブリンたちの目に、恐怖の色はなかった。むしろ、自分たちの縄張りを侵す者への明確な敵意と、王と共に戦えることへの誇りが宿っている。組織は、確実に成長していた。
「ボス、一つよろしいでしょうか」
部隊を編成していると、背後から控えめな声がかけられた。振り返ると、そこにはリリアが立っていた。彼女は資材管理係の手伝いをしながら、この洞窟での生活に少しずつ順応し始めていた。
「どうした」
「その……先ほど、人間の冒-険者という言葉が聞こえました。そして、シルヴァニア、と……」
彼女の顔は青ざめ、大きな瞳が不安げに揺れている。俺が冒険者と遭遇し、彼女を保護してから、もう随分と時間が経った。俺たちの前では気丈に振る舞ってはいたが、彼女の心の傷はまだ癒えていないのだ。
「ああ。お前の故郷の跡地を探している連中がいる」
「……そうですか」
リリアは俯き、ぎゅっとローブの裾を握りしめた。その小さな身体が、微かに震えている。
俺は少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「リリア。お前も来い」
「えっ……?」
リリアが、驚いて顔を上げる。ゴブリンたちからも、困惑の視線が俺に集まった。彼女は治癒魔法を使えるとはいえ、戦闘能力は皆無だ。危険な戦場に連れて行くなど、正気の沙汰とは思えなかったのだろう。
「足手まといになるだけです! 私は……」
「戦わせるためじゃない」俺は彼女の言葉を遮った。「これは、お前の問題でもある。奴らが何を探し、何をしようとしているのか、お前自身の目で確かめる必要がある。それに……」
俺は言葉を区切り、リリアの目を見つめた。
「お前の治癒魔法が、必要になるかもしれない」
グレートボア戦で、俺たちは多くの仲間を失った。もしあの時、リリアの治癒魔法があれば、助かった命があったかもしれない。俺は、もう二度と同じ過ちを繰り返すつもりはなかった。
俺の真剣な眼差しに、リリアは何かを悟ったようだった。彼女は数秒間逡巡した後、こくりと小さく頷いた。
「……分かりました。お供します」
その瞳には、まだ恐怖の色が残っている。だが、それ以上に、自分の過去と向き合おうとする強い意志の光が灯っていた。
俺たちはリリアを部隊の中心で守るように配置し、再び森の東へと向かった。リリアがいるため、移動速度は普段より落ちる。だが、今は確実性が何よりも重要だった。
人間のパーティがいた場所に戻ると、彼らは既に移動した後だった。だが、痕跡を辿るのは容易い。彼らは、森の地理に詳しくないのだろう。最短距離で、シルヴァニアがあったとされる方向へと真っ直ぐに進んでいた。それはつまり、俺たちにとって最も予測しやすいルートということだ。
「この先です」
しばらく進んだところで、リリアが声を潜めて言った。彼女の表情が、悲しみと懐かしさで歪んでいる。
木々の切れ間から、かつて集落があったであろう広大な空間が見えた。だが、そこに美しいエルフの街並みはない。あるのは、焼け落ちた家々の残骸と、無残に折れた白木の柱だけ。数年前の人間の襲撃が、全てを灰燼に帰したのだ。
そして、その廃墟の中心に、あの冒険者パーティの姿があった。彼らは瓦礫を掘り返し、何か価値のあるものを探しているようだった。
「チッ、何もねえじゃねえか。ガラクタばっかりだ」
「慌てなさんな。エルフは大事なものを地下に隠すっていうぜ」
彼らの下品な会話が、風に乗ってこちらまで届いてくる。リリアは、自分の故郷が土足で荒らされる光景に、唇を噛み締め、俯いていた。
俺は部隊に合図を送り、静かに包囲網を形成していく。
その時だった。
「おっ? おい、見ろよ!」
盗賊らしき男が、何かを見つけて声を上げた。彼が指差す先、半壊した神殿の陰に、小さな影がうずくまっていた。
「エルフだ! 生き残りがいたぞ!」
「マジかよ! こりゃ大当たりだ!」
冒険者たちの目が、ぎらりと欲望の色に染まった。彼らは武器を構え、じりじりとその影へと近づいていく。
影の正体は、まだ幼いエルフの子供だった。おそらく、襲撃の際に奇跡的に生き延び、この廃墟でずっと隠れ住んでいたのだろう。子供は、近づいてくる人間たちに怯えきっている。
「坊主、こっちへ来な。悪いようにはしねえからよ」
戦士の男が、作り笑いを浮かべて手を差し伸べる。だが、その目は笑っていなかった。
「嫌……来ないで!」
子供が、か細い声で叫んだ。その声に、リリアの身体がびくりと震える。
「駄目だ……!」
俺が制止するよりも早く、リリアが茂みから飛び出していた。
「その子から離れてください!」
リリアの突然の登場に、冒険者たちは驚いて足を止めた。そして、彼女が美しいエルフの女性であることに気づくと、その顔に下卑た笑みを浮かべた。
「おいおい、なんだよ。子供だけじゃなくて、極上の女までいやがった」
「こいつはツイてるぜ! ギルドに突き出せば、どっちも高く売れる!」
保護? 報奨金?
彼らの口から出てきたのは、あまりにも露骨な本音だった。
「リリア、戻れ!」
俺は叫び、部隊に突撃の合図を出した。ゴブリンたちが雄叫びを上げて、一斉に茂みから飛び出す。
「なっ、ゴブリンだと!?」
「ホブゴブリンまでいやがる! 囲まれてるぞ!」
冒険者たちは、俺たちの出現に狼狽した。だが、彼らが手練れであることに変わりはない。すぐに陣形を組み直し、戦士を先頭に、魔術師と弓使いが後方から俺たちを迎え撃つ態勢を整えた。
「リリア! 子供を連れて下がれ!」
俺は叫びながら、戦士の男に向かって突進した。リリアは我に返り、怯えるエルフの子供の手を引いて後方へと下がろうとする。
だが、それを見逃すほど、敵は甘くなかった。
「逃がすかよ!」
盗賊らしき男が、驚異的な速さでリリアの背後に回り込む。その手に握られた短剣が、月光を反射して煌めいた。
「させるか!」
俺は咄嗟に進路を変え、リリアと盗賊の間に割って入った。【硬質外皮】で背中を固める。
ガキン、という金属音。短剣は俺の硬い皮膚に阻まれた。だが、盗賊は舌打ちすると、即座に距離を取る。その動きには一切の無駄がない。
その一瞬の攻防が、戦端を開いた。
俺は、初めて衝動的に、誰かを守るために戦場に立った。
「あの子も、この場所も、お前たちのようなハイエナには渡さない」
俺の低い声が、戦場に響き渡った。ホブゴブリンの王と、人間の冒険者パーティ。異種族間の生存と尊厳を賭けた戦いが、今、始まった。
俺は彼らに、人間の侵入と、これから行う迎撃作戦について簡潔に説明した。ゴブリンたちの目に、恐怖の色はなかった。むしろ、自分たちの縄張りを侵す者への明確な敵意と、王と共に戦えることへの誇りが宿っている。組織は、確実に成長していた。
「ボス、一つよろしいでしょうか」
部隊を編成していると、背後から控えめな声がかけられた。振り返ると、そこにはリリアが立っていた。彼女は資材管理係の手伝いをしながら、この洞窟での生活に少しずつ順応し始めていた。
「どうした」
「その……先ほど、人間の冒-険者という言葉が聞こえました。そして、シルヴァニア、と……」
彼女の顔は青ざめ、大きな瞳が不安げに揺れている。俺が冒険者と遭遇し、彼女を保護してから、もう随分と時間が経った。俺たちの前では気丈に振る舞ってはいたが、彼女の心の傷はまだ癒えていないのだ。
「ああ。お前の故郷の跡地を探している連中がいる」
「……そうですか」
リリアは俯き、ぎゅっとローブの裾を握りしめた。その小さな身体が、微かに震えている。
俺は少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「リリア。お前も来い」
「えっ……?」
リリアが、驚いて顔を上げる。ゴブリンたちからも、困惑の視線が俺に集まった。彼女は治癒魔法を使えるとはいえ、戦闘能力は皆無だ。危険な戦場に連れて行くなど、正気の沙汰とは思えなかったのだろう。
「足手まといになるだけです! 私は……」
「戦わせるためじゃない」俺は彼女の言葉を遮った。「これは、お前の問題でもある。奴らが何を探し、何をしようとしているのか、お前自身の目で確かめる必要がある。それに……」
俺は言葉を区切り、リリアの目を見つめた。
「お前の治癒魔法が、必要になるかもしれない」
グレートボア戦で、俺たちは多くの仲間を失った。もしあの時、リリアの治癒魔法があれば、助かった命があったかもしれない。俺は、もう二度と同じ過ちを繰り返すつもりはなかった。
俺の真剣な眼差しに、リリアは何かを悟ったようだった。彼女は数秒間逡巡した後、こくりと小さく頷いた。
「……分かりました。お供します」
その瞳には、まだ恐怖の色が残っている。だが、それ以上に、自分の過去と向き合おうとする強い意志の光が灯っていた。
俺たちはリリアを部隊の中心で守るように配置し、再び森の東へと向かった。リリアがいるため、移動速度は普段より落ちる。だが、今は確実性が何よりも重要だった。
人間のパーティがいた場所に戻ると、彼らは既に移動した後だった。だが、痕跡を辿るのは容易い。彼らは、森の地理に詳しくないのだろう。最短距離で、シルヴァニアがあったとされる方向へと真っ直ぐに進んでいた。それはつまり、俺たちにとって最も予測しやすいルートということだ。
「この先です」
しばらく進んだところで、リリアが声を潜めて言った。彼女の表情が、悲しみと懐かしさで歪んでいる。
木々の切れ間から、かつて集落があったであろう広大な空間が見えた。だが、そこに美しいエルフの街並みはない。あるのは、焼け落ちた家々の残骸と、無残に折れた白木の柱だけ。数年前の人間の襲撃が、全てを灰燼に帰したのだ。
そして、その廃墟の中心に、あの冒険者パーティの姿があった。彼らは瓦礫を掘り返し、何か価値のあるものを探しているようだった。
「チッ、何もねえじゃねえか。ガラクタばっかりだ」
「慌てなさんな。エルフは大事なものを地下に隠すっていうぜ」
彼らの下品な会話が、風に乗ってこちらまで届いてくる。リリアは、自分の故郷が土足で荒らされる光景に、唇を噛み締め、俯いていた。
俺は部隊に合図を送り、静かに包囲網を形成していく。
その時だった。
「おっ? おい、見ろよ!」
盗賊らしき男が、何かを見つけて声を上げた。彼が指差す先、半壊した神殿の陰に、小さな影がうずくまっていた。
「エルフだ! 生き残りがいたぞ!」
「マジかよ! こりゃ大当たりだ!」
冒険者たちの目が、ぎらりと欲望の色に染まった。彼らは武器を構え、じりじりとその影へと近づいていく。
影の正体は、まだ幼いエルフの子供だった。おそらく、襲撃の際に奇跡的に生き延び、この廃墟でずっと隠れ住んでいたのだろう。子供は、近づいてくる人間たちに怯えきっている。
「坊主、こっちへ来な。悪いようにはしねえからよ」
戦士の男が、作り笑いを浮かべて手を差し伸べる。だが、その目は笑っていなかった。
「嫌……来ないで!」
子供が、か細い声で叫んだ。その声に、リリアの身体がびくりと震える。
「駄目だ……!」
俺が制止するよりも早く、リリアが茂みから飛び出していた。
「その子から離れてください!」
リリアの突然の登場に、冒険者たちは驚いて足を止めた。そして、彼女が美しいエルフの女性であることに気づくと、その顔に下卑た笑みを浮かべた。
「おいおい、なんだよ。子供だけじゃなくて、極上の女までいやがった」
「こいつはツイてるぜ! ギルドに突き出せば、どっちも高く売れる!」
保護? 報奨金?
彼らの口から出てきたのは、あまりにも露骨な本音だった。
「リリア、戻れ!」
俺は叫び、部隊に突撃の合図を出した。ゴブリンたちが雄叫びを上げて、一斉に茂みから飛び出す。
「なっ、ゴブリンだと!?」
「ホブゴブリンまでいやがる! 囲まれてるぞ!」
冒険者たちは、俺たちの出現に狼狽した。だが、彼らが手練れであることに変わりはない。すぐに陣形を組み直し、戦士を先頭に、魔術師と弓使いが後方から俺たちを迎え撃つ態勢を整えた。
「リリア! 子供を連れて下がれ!」
俺は叫びながら、戦士の男に向かって突進した。リリアは我に返り、怯えるエルフの子供の手を引いて後方へと下がろうとする。
だが、それを見逃すほど、敵は甘くなかった。
「逃がすかよ!」
盗賊らしき男が、驚異的な速さでリリアの背後に回り込む。その手に握られた短剣が、月光を反射して煌めいた。
「させるか!」
俺は咄嗟に進路を変え、リリアと盗賊の間に割って入った。【硬質外皮】で背中を固める。
ガキン、という金属音。短剣は俺の硬い皮膚に阻まれた。だが、盗賊は舌打ちすると、即座に距離を取る。その動きには一切の無駄がない。
その一瞬の攻防が、戦端を開いた。
俺は、初めて衝動的に、誰かを守るために戦場に立った。
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