ゴブリンだって進化したい！～最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

第80話 迎撃準備

人間の前線基地建設。
その報は俺が築き上げた静寂の王国に、熱い鉄を突き立てたかのような衝撃を与えた。

「人間どもめ……！ 我らが王の慈悲を踏みにじる気か！」

王城の作戦室でガロンが怒りに拳を震わせていた。他のオークたちもかつての憎しみを再燃させたかのように殺気立った雰囲気を放っている。ゴブリンたちもまた、自分たちの聖域が脅かされることに不安と敵意を露わにしていた。

グラーヘイム全体が臨戦態勢へと移行していく。
大鍛冶場からは昼夜を問わず武具を鍛える音が響き渡り、練兵場では兵士たちがこれまで以上に厳しい訓練に明け暮れる。城壁には全てのバリスタが設置され、飛竜狩り部隊が交代で空の警戒にあたっていた。

都の空気は張り詰めた弓の弦のように緊張していた。
だがその中心にいる俺だけは、変わらず冷静だった。

怒りや憎しみは戦場において判断を鈍らせる最大の毒だ。
俺が今為すべきことは感情に流されることではない。敵の意図を正確に分析し、最も効率的で最も効果的な迎撃策を冷静に構築することだ。

俺は作戦室の巨大な地図の前に立ち、幹部たちに向き直った。
「落ち着け。敵の動きはある意味で俺たちの予想通りだ」

俺の静かな声に、昂っていた幹部たちがハッとして我に返る。

「彼らは我々の正体を知らない。森の奥に得体の知れない脅威がいる。だからまずは安全な場所に拠点を築き、そこから様子を探ろうとしている。これは軍事行動の定石だ。パニックになる必要はない」

俺は地図上の、人間が基地を建設している地点を指し示した。
「問題は彼らの次の行動だ。基地が完成すれば彼らは必ず小規模な偵察部隊を繰り返し送り込んでくるだろう。我々の戦力を探り、そして可能ならば我々の本拠地であるこのグラーヘイムの位置を特定するために」

「では、その偵察部隊をことごとく叩き潰しますか？」
鉄槌軍団のリーダーであるオークが好戦的に尋ねる。

「いや、それだけでは足りん」俺は首を横に振った。「ただ叩き潰すだけでは彼らはさらに警戒を強め、より大規模な部隊を送り込んでくるだけだ。鼬ごっこになる」

「我々がすべきは彼らに『誤った情報』を与えることだ」

俺の言葉に幹部たちが首を傾げる。

「我々は彼らの偵察部隊を意図的に『見逃す』。そして彼らを我々が用意した『偽の情報』へと誘導するんだ」

俺は地図上の、グラーヘイムから遥か東に離れた鬱蒼とした沼地帯を指差した。
「例えばここにオークだけの小規模な集落があるように見せかける。あるいはこの辺りの洞窟にゴブリンの群れが潜んでいるように、偽の痕跡を残しておく」

「なるほど……！」リリアが俺の意図を理解し、声を上げた。「敵に『森の脅威は統率の取れていない複数の魔物の群れが点在しているだけだ』と誤認させるのですね！」

「その通りだ」俺は頷いた。「彼らが我々を一つの強大な『国家』としてではなく、複数の対処可能な『魔物の群れ』だと侮ってくれればこちらの思う壺だ。彼らが戦力を分散させたところを、我々の主力で各個撃破する」

それは敵の目と耳を欺き、戦場そのものをこちらの望む形へと作り変える高度な情報戦だった。

「この作戦を成功させるためにはこれまで以上に緻密な連携が必要となる。斥候部隊『黒曜の爪』は敵の偵察部隊の動きを完全に捕捉し、その進路を予測しろ。疾風軍団はその予測ルート上に偽の痕跡を作り上げ、敵を誘導しろ。そして鉄槌軍団は敵が偽情報に食いついた瞬間に奇襲をかけ、適度な損害を与えて追い返す。殲滅はするな。あくまで『辛うじて撃退できた』と敵に思わせるんだ」

俺の指示は複雑で高度な判断力を要求するものだった。だが幹部たちの目にはもはや戸惑いはなかった。彼らは俺が描く知略の戦場を完全に信頼していた。

「そしてガロン」
俺は将軍に向き直った。
「お前には連合軍の地上部隊全ての指揮を任せる。現場での最終的な判断は全てお前に一任する。俺は王城から全体の戦況を俯瞰し、お前をサポートする」

「……はっ！ このガロン、我が王のご信頼に必ずや応えてみせます！」
ガロンは感極まったように力強く胸を叩いた。

「最後に竜翼軍団（ドラグーン）」
俺は空を見上げた。
「お前たちは俺の切り札だ。俺の合図があるまで決して姿を現すな。敵が我々をただの地上部隊だと完全に油断しきった、その瞬間。お前たちが空から地獄を見せてやれ」

迎撃の準備は整った。
それはもはや単なる防衛戦ではない。敵を欺き、誘い込み、そして殲滅する攻性防衛作戦。

俺たちは敵が用意した盤上で戦うつもりはない。
このグラーヴェ大森林という広大な盤上を使い、俺たちがこの戦争のルールそのものを作り上げるのだ。

人間たちが前線基地の完成に安堵し、最初の偵察部隊を送り出そうとしていた頃。
その遥か森の奥深くでは、彼らの想像を絶する巨大で狡猾な罠が、静かにその顎を開けて獲物が来るのを待ち構えていた。