ゴブリンだって進化したい!~最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

夏見ナイ

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第81話 最初の衝突

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人間の前線基地が完成してから数日後、予測通り最初の偵察部隊が森へと送り込まれてきた。
その数、五名。軽装の鎧に身を包み、剣と弓で武装した機動力重視の編成。おそらく白銀騎士団の中でも斥候としての腕を見込まれた者たちだろう。

彼らの動きは極めて練度が高かった。
無駄口を叩かず、互いに手信号で意思疎通を図りながら森の中を慎重に進んでいく。彼らは俺たちが意的に残した「道」を警戒し、あえて獣道を選んで慎重に距離を稼いでいた。

「……手強いな」

王城の作戦室で、俺は『黒曜の爪』から送られてくる報告をリアルタイムで地図上に反映させながら静かに呟いた。俺の隣ではガロンとリリアが固唾を飲んで戦況を見守っている。

「ボス。このままでは奴らは我々が仕掛けた偽の痕跡に気づかず、さらに深部へと侵入してくる可能性があります」
ガロンが懸念を口にした。

「ああ。少し軌道修正が必要だな」

俺は疾風軍団のリーダーに、魔法の通信機を通して新たな指示を出した。
「敵部隊の進路予測を変更する。彼らが次に向かうであろう泉の周辺に、今からオークの『巨大な足跡』と『食べ散らかした獣の骨』を偽装しろ。やりすぎは禁物だ。あくまで偶然そこにオークが立ち寄ったかのように見せかけろ」

「了解!」
通信機の向こうから短い返事が返ってくる。

数時間後。
人間の偵察部隊は案の定、その泉へとたどり着いた。そしてそこで偽装されたオークの痕跡を発見する。

「……隊長! これは……」
「オークの足跡……。それもかなり新しい。近くにいるぞ」

斥候たちの間に緊張が走った。
彼らは自分たちが追っている脅威の正体がオークであることを確信し始めた。そしてその痕跡が向かう先――俺たちが意図的に誘導しようとしている東の沼地帯へと、慎重に追跡を開始した。

「……食いついたな」

俺の口元に笑みが浮かんだ。
罠は作動し始めた。

人間の斥候部隊が沼地帯へと深く足を踏み入れた、その時だった。
ガロン率いる鉄槌軍団の精鋭十名が、満を持してその姿を現した。

「グルオオオオオ!」

オークたちはあえて知性の低い獣のように咆哮し、統率の取れていない動きで四方八方から斥候部隊に襲いかかった。これは俺が指示した「演技」だった。

「来たか! 囲まれ…いや、違う! 敵の連携がバラバラだ! 各個撃破するぞ!」

偵察部隊の隊長は、敵の数が自分たちの倍であるにも関わらず冷静に状況を判断した。彼はオークたちの動きがただの獣の襲撃と変わらないことを見抜き、即座に迎撃態勢を整える。

人間の騎士たちは強かった。
彼らは背中合わせに円陣を組み、オークたちの猛攻を巧みな剣技と盾捌きでいなしていく。オークの戦斧が振り下ろされればそれを盾で受け流し、生まれた隙に仲間が剣で反撃する。その動きは無駄がなく洗練されていた。

ガロンの部下たちは手加減をしながらも、本気でかかってくる人間の騎士たちに徐々に押され始めていた。

「な、なんて奴らだ……! こっちの攻撃が全然当たらん!」
若いオークの一人が焦りの声を上げる。

これが白銀騎士団の実力。
個々の戦闘能力もさることながら、その組織的な戦闘術は俺のオークたちがまだ持ち得ない高度なものだった。

戦況は膠着していた。
いや、むしろ数で劣る人間側がわずかに優勢でさえあった。

「……頃合いか」

作戦室で俺は静かに呟いた。
これ以上戦わせればオーク側に本物の死者が出かねない。

俺はガロンに通信で指示を送った。
「第二段階へ移行しろ。敵を深追いさせるな」
「承知!」

ガロンは苦戦している部下たちに向かって、わざとらしく撤退の雄叫びを上げた。
「グルオオオ! 引くぞ! こいつら手強い!」

オークたちはその号令に従い、一斉に森の奥へと退却していく。その背中はまるで敗走者のようだった。

「待て! 逃がすな! 奴らの巣が近いはずだ! 追うぞ!」

偵察部隊の隊長は勝利を確信し、追撃を命じた。
だがその時、彼の部下の一人が冷静に彼を制止した。
「いけません、隊長! これは罠かもしれません! 深追いは危険です!」

「……むぅ」
隊長は悔しそうに唇を噛んだが、ダリウス司令の命令を思い出し追撃を断念した。

「……よし、撤退する。今回の目的は達成した。敵の正体はやはりオークの群れだった。それも統率は取れていないが、個々の戦闘力は非常に高い。この情報を基地へ持ち帰るぞ」

人間の偵察部隊はオークの死体を一つも確認することなく、そして自分たちが「辛うじて勝利した」と信じ込んだまま森を後にしていった。

最初の衝突は俺たちの、完全な情報戦における勝利で終わった。

だが作戦室の空気は晴れやかではなかった。

「……ボス。奴ら、強いです」
ガロンが厳しい表情で言った。
「正直、手加減をしていなければうちの若いのが何人かやられていました。あれがたった五人とは信じられません」

俺も同感だった。
白銀騎士団。その戦闘力は俺の想像を上回っていた。
小手先の情報操作だけでは、いずれこちらの本質を見抜かれるだろう。

そして俺たちの前に、いずれあの五人とは比較にならないほどの本物の脅威が立ちはだかるであろうことを、俺は予感していた。

数日後。
偵察部隊からの報告を受けた前線基地の司令部。
その中央に立つ白銀騎士団長アラン・フォン・ヴァイスは、部下の報告を聞きながら地図上の森を冷たい蒼い瞳で見つめていた。

「……オークの、群れ、か」
彼は静かに呟いた。
「だが腑に落ちんな。なぜ彼らは決定的な場面で撤退した? なぜ一体の死体も残さずに? まるで我々の戦力を値踏みしていたかのようだ……」

彼の天才的な戦術眼は、この小さな衝突の裏に隠された作為的な何かを既に見抜き始めていた。

「――面白い。相手にとって不足はないようだ」

アランは、その美しい顔に初めて獰猛な戦士の笑みを浮かべた。

「全軍に告ぐ。次はこちらから本格的に仕掛ける。――私自身が出陣する、と」

本当の戦いは、まだ始まってもいなかった。
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