ゴブリンだって進化したい！～最弱モンスターに転生したけど、スキル【弱肉強食】で食って食って食いまくったら、気づけば魔王さえ喰らう神になってた

第92話 警告

白銀騎士団の撤退。
その情報は俺の斥候網によって、すぐにグラーヘイムにもたらされた。
前線基地は放棄され、人間たちは国境の砦へと完全に引き上げていく。その動きは迅速で、一切の迷いがなかった。

「……やりましたな、ボス。我々の完全勝利です！」

王城の作戦室でガロンが興奮したように拳を握りしめた。他の幹部たちも口々に勝利を喜び、新たな王の知略を称賛している。

だが俺は、静かに地図を見つめていた。
その表情は晴れやかではなかった。

「……ボス？ 何か気にかかることでも？」
ガロンが訝しげに尋ねる。

「……甘いな、ガロン」
俺は小さく呟いた。「これは勝利ではない。ただの『停戦』だ」

俺の言葉に、部屋の空気が一瞬で引き締まる。

「人間という国家を侮るな。彼らは一度敗れたからといって全てを諦めるほど単純な生き物ではない。特にアークライト王国のような大国はな」

俺は地図上のアークライト王国の王都を指差した。
「アランを退かせたのはおそらくあの国の王の判断だろう。そしてそれは恐怖からではない。冷静な戦略的判断だ。彼らは今、俺たちの情報を分析し次の手を考えている。そして次に仕掛けてくる時は、今日のような中途半端な戦力ではない。国そのものの存亡を賭けた総力戦を挑んでくるだろう」

俺の分析に、幹部たちはゴクリと喉を鳴らした。
勝利の熱狂に浮かされていた彼らの頭は、急速に冷却されていく。

「俺たちが今回彼らに与えたのは『時間』だ。俺たちの存在を正しく認識し、対策を練るための貴重な時間をな。それはいずれ我々にとって最大の脅威となって跳ね返ってくるかもしれん」

「では、どうすれば……。追撃し完全に叩くべきでしたか？」
「いや、それも違う」俺は首を横に振った。「今の我々の国力では人間と全面戦争をすれば共倒れになる。俺が選んだのは最善の道ではない。だが現時点では最もマシな道だった。それだけだ」

俺は玉座から立ち上がった。
「いずれ来る。人間が、あるいは魔王軍がこの森に再び牙を剥く日が。その『Xデー』に備え、我々は一日たりとも歩みを止めることは許されない」

俺は幹部たちに、新たな指示を矢継ぎ早に出し始めた。

「ガロン！ 撤退した騎士団からさらに詳細な情報を引き出せ！ 彼らの装備、戦術、そしてあの騎士団長の弱点を徹底的に分析しろ！」
「リリア！ 人間たちの歴史と文化をさらに深く研究しろ！ 敵を知るにはまずその成り立ちを知る必要がある！」
「生産技術部隊！ バリスタの改良を急げ！ より速く、より遠くへ、より正確に！ そして新たな兵器の開発にも着手しろ！」
「農耕部隊！ 黒麦だけでなく他の作物の栽培も試せ！ 食料の多様化は国の安定に繋がる！」

俺の命令は連合軍全体を再び前へと突き動かした。
勝利に満足し停滞すること。それこそが最大の敗因となることを、俺は前世で嫌というほど学んでいたからだ。

俺は彼らに、一つの明確な「警告」を与えた。
この勝利は終わりではない。
本当の戦いは、これから始まるのだ、と。

そして俺自身もまた、次なる成長を求めていた。
アラン・フォン・ヴァイス。
あの男と渡り合ったことで、俺は自分の弱点を明確に認識した。
純粋な「武」の未熟さ。

スキルや奇策に頼るだけではいずれあのレベルの天才には届かない。
俺にはそれらを使いこなすための揺ぎない「基礎」がまだ足りていなかった。

その夜。
俺は一人練兵場に立っていた。
手にはアランとの戦いで折れた長剣。

俺は静かに目を閉じ、脳内に流れ込んできた人間の剣士の知識とオークの戦闘経験をゆっくりと反芻する。
そして無心で剣を振るい始めた。

素振り。
ただひたすらに剣を振るう。
一振り、また一振り。
汗が地面に滴り落ちる。

それは俺がこの世界に来てから初めて行う、地道で泥臭い「努力」だった。

【弱肉強食】というチートスキル。
それは俺に無限の可能性を与えてくれた。
だがその可能性を真の力へと変えるのは、結局のところ俺自身の意志と努力でしかない。

俺は夜が明けるまでただひたすらに剣を振り続けた。
まだ見ぬ次なる強敵と対等に渡り合うために。
そして俺が守ると決めたこの国を、仲間たちを、今度こそ絶対に失わないために。

月明かりが俺の影を長く、長く練兵場に映し出していた。
それは慢心を捨て、新たな覚悟を決めた王の孤独な影だった。