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第3話:地獄の自己改革
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アンナへの対応という最初の関門を突破した俺は、すぐさま次の計画に着手した。自己改革。それも、徹底的な肉体改造と魔力強化だ。
原作のアレンは、公爵家嫡男として最高の才能に恵まれていながら、それを全く活かせずにいた。努力を嫌い、驕り昂り、ひ弱なまま成長する。だからこそ嫉妬に狂い、安易に闇の力に手を出したのだ。
そんな脆弱な心身では、いずれ訪れるであろう破滅の運命に抗うことなどできはしない。生き残るためには、力がいる。誰にも文句を言わせない圧倒的な力が。
翌日の早朝。俺は夜明けと共に叩き起こしてもらい、クラインフェルト公爵家の広大な訓練場に立っていた。
剣術指南役のバルトロが、眠そうな目をこすりながら俺の前に立つ。筋骨隆々とした、歴戦の強者の雰囲気を漂わせる男だ。しかしその目には、面倒臭さがありありと浮かんでいた。
「……坊ちゃま。本日はどういった風の吹き回しで?」
無理もない。これまでアレンは、この剣術訓練を何かしら理由をつけてサボるのが常だった。たまに参加しても、五分もすれば飽きて帰ってしまう。バルトロにしてみれば、俺はただの面倒な仕事でしかないだろう。
「今日から本気で剣を学ぶ。よろしく頼む、バルトロ」
俺は木剣を手に取り、深く頭を下げた。
バルトロは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、すぐにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ほう、本気で、ですか。よろしいでしょう。ではまず、準備運動代わりに素振りを千回。それが終わったらお声がけください」
明らかに無理難題を吹っかけて、俺が根を上げるのを待っている。原作のアレンなら、ここで「無礼者!」と激昂していただろう。
だが、今の俺は違う。
「分かった」
俺は短く答え、すぐに素振りを開始した。
一振り、また一振り。
ひ弱な十歳の腕には、木剣ですら重い。十回も振れば腕が痺れ、五十回で肩が悲鳴を上げた。百回を越える頃には、全身から汗が噴き出し、呼吸が荒くなる。
だが俺は、手を止めなかった。
脳裏にちらつくのは、ギロチンの冷たい刃。民衆の嘲笑。あの絶望的な未来に比べれば、腕の一本がもげようと大したことではない。
死にたくない。その一心だけが、俺の体を突き動かしていた。
バルトロの表情から、揶揄の色が消えたのは三百回を越えたあたりだったか。彼は腕を組み、真剣な眼差しで俺の素振りを見つめ始めた。
五百回。足が震え、視界がかすむ。
七百回。手の皮が破れ、血が滲んだ。木剣の柄が滑る。
千回。最後の一振りを終えた瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。全身が鉛のように重く、指一本動かせない。
「……終わりました」
ぜえぜえと息を切らしながら告げると、バルトロはゆっくりと俺に近づき、無言で水筒を差し出した。
「……失礼いたしました、アレン様。俺の不明でございました」
その声には、先ほどまでの侮りは微塵もなかった。代わりに、戸惑いと純粋な驚き、そしてわずかな畏怖が混じっているように聞こえた。
剣術訓練だけではない。
午後は、魔法の家庭教師であるエリオット先生の指導を受けた。これも今までは退屈しのぎの遊び程度にしか考えていなかった分野だ。
「アレン様、まずは魔力の流れを体内で感じ取ることから……」
「先生。基礎理論は結構です。それよりも、効率的な魔力制御の訓練法を教えていただきたい」
俺は遮って本題に入る。エリオット先生は気弱そうな初老の魔術師で、俺の剣幕に少し怯んだようだった。
ゲーム知識によれば、クラインフェルト家の血筋は膨大な魔力量を誇るが、その制御が極めて難しいとされている。原作アレンが闇の力に惹かれたのも、制御しきれない自らの力を持て余したからだ。
ならば、やるべきことは一つ。この有り余る魔力を、完璧に掌握すること。
俺は、ゲームで描かれていた地味で過酷な基礎訓練を、自ら志願して始めた。ロウソクの火を揺らさずに魔力で消す。水面の波紋を魔力で止める。そんな神経がすり減るような作業を、日が暮れるまで延々と続けた。
そんな日々が、一週間続いた。
朝はバルトロとの地獄の剣術訓練。午後はエリオト先生との精神修行のような魔法訓練。夜は書斎に籠もり、領地の経営や王国の歴史、魔術理論に関する書物を読み漁る。睡眠時間は、毎日三時間程度だった。
前世のブラック企業で培った社畜根性が、こんなところで役に立つとは思わなかった。処刑の恐怖という最悪の締め切りに追われれば、人間の集中力は無限に湧き出てくるらしい。
当然、俺の変貌ぶりは屋敷中の噂になった。
「坊ちゃまが、まるで別人のようだ」
「あんなに熱心に訓練されるお姿、見たことがない」
「先日など、書斎で夜を明かされたらしい」
使用人たちは遠巻きに俺を見ながら、そんな囁きを交わしている。その視線に好奇だけでなく、少しずつ畏敬の念が混じり始めていることに、俺はまだ気づいていなかった。
特に、アンナの献身ぶりは目を見張るものがあった。
彼女は俺の訓練着を毎日完璧に洗い上げ、訓練後には必ず薬湯を用意してくれた。食事も、疲労回復に効果のあるメニューを料理長と相談してくれているらしい。
「アンナ、いつもすまないな」
ある夜、薬湯を受け取りながら礼を言うと、彼女は顔を赤らめ、ぶんぶんと首を横に振った。
「い、いえ!わたくしは、坊ちゃまのお役に立てるだけで幸せでございます!生まれ変わられたアレン様のためならば、この身などいくらでも捧げます!」
……生まれ変わった?
まあ、確かに間違ってはいないが、彼女の瞳に宿る熱狂的な光に、俺は少しだけ引いてしまった。
そして一月が過ぎた頃。
訓練を終えた俺は、自室の鏡の前に立っていた。
まだ幼い体つきではあるが、以前のような贅肉は消え、うっすらと筋肉の筋が見える。顔つきも、どこか精悍になった気がした。何より、その紫の瞳に宿る光は、以前の傲慢な少年のものでは決してなかった。
ギロチンを回避するための、必死の光だ。
「……これなら、少しはマシか」
呟きは、誰に聞かれるでもなく部屋の空気に溶けていく。
破滅の運命に抗うための力は、まだほんの僅かしか手に入っていない。だが、ゼロではなかった。
俺は鏡の中の自分に、強く頷いた。地獄は、まだ始まったばかりだ。
原作のアレンは、公爵家嫡男として最高の才能に恵まれていながら、それを全く活かせずにいた。努力を嫌い、驕り昂り、ひ弱なまま成長する。だからこそ嫉妬に狂い、安易に闇の力に手を出したのだ。
そんな脆弱な心身では、いずれ訪れるであろう破滅の運命に抗うことなどできはしない。生き残るためには、力がいる。誰にも文句を言わせない圧倒的な力が。
翌日の早朝。俺は夜明けと共に叩き起こしてもらい、クラインフェルト公爵家の広大な訓練場に立っていた。
剣術指南役のバルトロが、眠そうな目をこすりながら俺の前に立つ。筋骨隆々とした、歴戦の強者の雰囲気を漂わせる男だ。しかしその目には、面倒臭さがありありと浮かんでいた。
「……坊ちゃま。本日はどういった風の吹き回しで?」
無理もない。これまでアレンは、この剣術訓練を何かしら理由をつけてサボるのが常だった。たまに参加しても、五分もすれば飽きて帰ってしまう。バルトロにしてみれば、俺はただの面倒な仕事でしかないだろう。
「今日から本気で剣を学ぶ。よろしく頼む、バルトロ」
俺は木剣を手に取り、深く頭を下げた。
バルトロは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、すぐにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ほう、本気で、ですか。よろしいでしょう。ではまず、準備運動代わりに素振りを千回。それが終わったらお声がけください」
明らかに無理難題を吹っかけて、俺が根を上げるのを待っている。原作のアレンなら、ここで「無礼者!」と激昂していただろう。
だが、今の俺は違う。
「分かった」
俺は短く答え、すぐに素振りを開始した。
一振り、また一振り。
ひ弱な十歳の腕には、木剣ですら重い。十回も振れば腕が痺れ、五十回で肩が悲鳴を上げた。百回を越える頃には、全身から汗が噴き出し、呼吸が荒くなる。
だが俺は、手を止めなかった。
脳裏にちらつくのは、ギロチンの冷たい刃。民衆の嘲笑。あの絶望的な未来に比べれば、腕の一本がもげようと大したことではない。
死にたくない。その一心だけが、俺の体を突き動かしていた。
バルトロの表情から、揶揄の色が消えたのは三百回を越えたあたりだったか。彼は腕を組み、真剣な眼差しで俺の素振りを見つめ始めた。
五百回。足が震え、視界がかすむ。
七百回。手の皮が破れ、血が滲んだ。木剣の柄が滑る。
千回。最後の一振りを終えた瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。全身が鉛のように重く、指一本動かせない。
「……終わりました」
ぜえぜえと息を切らしながら告げると、バルトロはゆっくりと俺に近づき、無言で水筒を差し出した。
「……失礼いたしました、アレン様。俺の不明でございました」
その声には、先ほどまでの侮りは微塵もなかった。代わりに、戸惑いと純粋な驚き、そしてわずかな畏怖が混じっているように聞こえた。
剣術訓練だけではない。
午後は、魔法の家庭教師であるエリオット先生の指導を受けた。これも今までは退屈しのぎの遊び程度にしか考えていなかった分野だ。
「アレン様、まずは魔力の流れを体内で感じ取ることから……」
「先生。基礎理論は結構です。それよりも、効率的な魔力制御の訓練法を教えていただきたい」
俺は遮って本題に入る。エリオット先生は気弱そうな初老の魔術師で、俺の剣幕に少し怯んだようだった。
ゲーム知識によれば、クラインフェルト家の血筋は膨大な魔力量を誇るが、その制御が極めて難しいとされている。原作アレンが闇の力に惹かれたのも、制御しきれない自らの力を持て余したからだ。
ならば、やるべきことは一つ。この有り余る魔力を、完璧に掌握すること。
俺は、ゲームで描かれていた地味で過酷な基礎訓練を、自ら志願して始めた。ロウソクの火を揺らさずに魔力で消す。水面の波紋を魔力で止める。そんな神経がすり減るような作業を、日が暮れるまで延々と続けた。
そんな日々が、一週間続いた。
朝はバルトロとの地獄の剣術訓練。午後はエリオト先生との精神修行のような魔法訓練。夜は書斎に籠もり、領地の経営や王国の歴史、魔術理論に関する書物を読み漁る。睡眠時間は、毎日三時間程度だった。
前世のブラック企業で培った社畜根性が、こんなところで役に立つとは思わなかった。処刑の恐怖という最悪の締め切りに追われれば、人間の集中力は無限に湧き出てくるらしい。
当然、俺の変貌ぶりは屋敷中の噂になった。
「坊ちゃまが、まるで別人のようだ」
「あんなに熱心に訓練されるお姿、見たことがない」
「先日など、書斎で夜を明かされたらしい」
使用人たちは遠巻きに俺を見ながら、そんな囁きを交わしている。その視線に好奇だけでなく、少しずつ畏敬の念が混じり始めていることに、俺はまだ気づいていなかった。
特に、アンナの献身ぶりは目を見張るものがあった。
彼女は俺の訓練着を毎日完璧に洗い上げ、訓練後には必ず薬湯を用意してくれた。食事も、疲労回復に効果のあるメニューを料理長と相談してくれているらしい。
「アンナ、いつもすまないな」
ある夜、薬湯を受け取りながら礼を言うと、彼女は顔を赤らめ、ぶんぶんと首を横に振った。
「い、いえ!わたくしは、坊ちゃまのお役に立てるだけで幸せでございます!生まれ変わられたアレン様のためならば、この身などいくらでも捧げます!」
……生まれ変わった?
まあ、確かに間違ってはいないが、彼女の瞳に宿る熱狂的な光に、俺は少しだけ引いてしまった。
そして一月が過ぎた頃。
訓練を終えた俺は、自室の鏡の前に立っていた。
まだ幼い体つきではあるが、以前のような贅肉は消え、うっすらと筋肉の筋が見える。顔つきも、どこか精悍になった気がした。何より、その紫の瞳に宿る光は、以前の傲慢な少年のものでは決してなかった。
ギロチンを回避するための、必死の光だ。
「……これなら、少しはマシか」
呟きは、誰に聞かれるでもなく部屋の空気に溶けていく。
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