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第4話:父との対峙
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地獄の自己改革を始めて一月が過ぎたある日のこと。俺の元に、一人の執事がやってきた。
「アレン坊ちゃま。今宵、旦那様がご一緒の夕食を、と」
旦那様。つまり、この家の主であり俺の父、ルドルフ・フォン・クラインフェルト公爵だ。
来たか。俺は内心で身構えた。
原作における父ルドルフは、冷徹で厳格な完璧主義者だ。彼はアレンを跡継ぎとしてではなく、クラインフェルト家の汚点としか見ていなかった。才能に恵まれながら努力を怠り、傲慢な振る舞いを繰り返す息子に、心底失望しきっていたのだ。
親子間の会話などほとんどなく、たまに顔を合わせれば、一方的な叱責が飛んでくるだけ。そんな冷え切った関係だった。
今夜の夕食も、原作では一つのイベントとして存在していた。俺の最近の奇行、つまり急に訓練に励みだしたことについて、その真意を問いただすための場だ。そして原作のアレンは、そこで父の期待を裏切る幼稚な返答をし、親子の溝を決定的なものにしてしまう。
「……分かった。必ず伺うと伝えてくれ」
俺は平静を装って答えた。執事は深く一礼し、静かに去っていく。
これは試練だ。だが、見方を変えれば絶好の機会でもある。
父に認められれば、俺の行動の自由度は格段に増す。今後の破滅回避計画を進める上で、公爵家の後ろ盾は不可欠だ。この夕食は、絶対に失敗できない戦いだった。
夜。重厚な扉を開けると、そこには長いテーブルの向こうに座る父の姿があった。
白銀の髪を後ろに流し、精悍な顔には深い皺が刻まれている。その紫水晶の瞳は、俺のものよりもずっと鋭く、全てを見透かすような光を宿していた。年の功などという言葉では片付けられない、圧倒的な威圧感。
「……来たか。座れ」
低い声が響く。俺は音を立てないように席に着き、背筋を伸ばした。
メイドたちが次々と料理を運んでくるが、ナイフとフォークが皿に触れる音しか聞こえない、息の詰まるような沈黙が続く。
先に口火を切ったのは、父だった。
「アレン。最近、妙な噂を耳にする」
ナイフを置き、父は真っ直ぐに俺を見た。
「剣術のバルトロが、お前は人が変わったようだと褒めていた。魔法のエリオットも、その集中力と理解力は末恐ろしいと。一体、どういう心変わりだ?」
探るような視線が、俺に突き刺さる。
ここで下手な言い訳は通用しない。この一月、俺が夜な夜な書斎で何をしていたのかも、父は全て把握しているはずだ。
「心変わりなどではございません、父上。ただ、己の未熟さと愚かさに気づいただけです」
俺はゆっくりと、言葉を選ぶように話した。
「クラインフェルト家の嫡男として、このままではいけないと。その当然の事実に、今更ながら思い至った次第です」
完璧な模範解答。だが、父の猜疑心に満ちた瞳は、少しも揺らがなかった。
「殊勝な心がけだな。だが、お前がそんな柄でないことは、この俺が一番よく知っている。何か魂胆でもあるのか?」
やはり、小手先の誤魔化しは通じないか。ならば、こちらも踏み込むしかない。
俺は意を決し、カトラリーを置いた。
「魂胆、というわけではございません。ですが、父上に一つお伺いしたい儀がございます」
「……何だ」
「我が領地の西方、ミルフィの森周辺の農地についてです」
その言葉を発した瞬間、父の眉がぴくりと動いた。今まで領地経営に一切興味を示さなかった息子が、具体的な地名を口にしたのだ。当然の反応だろう。
俺は構わず続けた。
「あの地域の水源であるミル川は、過去の記録を紐解くと、数年周期で水量が大きく変動する傾向にあります。ここ数年は幸いにも安定しておりますが、もし大規模な干ばつが起きた場合、あの地域の農地は壊滅的な被害を受けるのではないでしょうか」
「……」
「書斎の資料を拝見し、考察いたしました。現状の税収システムでは、一度凶作に見舞われれば、多くの領民が立ち行かなくなる恐れがあります。それは、ひいてはクラインフェルト領全体の経済を揺るがしかねない、重大な問題かと」
俺は淀みなく言い切った。もちろん、これは全てゲームで得た知識だ。数年後に起こる大干ばつというイベントの存在を知っているからこそ言えること。だが、それを裏付けるために、この一月で俺は領地の過去数十年の治水記録と税収データを全て頭に叩き込んでいた。
長い沈黙が、ダイニングルームを支配した。
父は何も言わず、ただじっと俺の顔を見つめている。その鋭い視線に、俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。やりすぎたか?十歳の子供が生意気に語る内容ではなかったかもしれない。
だが、次の瞬間。父の口から発せられた言葉は、俺の予想を裏切るものだった。
「……アレン」
父の声から、先ほどまでの刺々しさが消えていた。
「お前の考えを聞かせろ。その問題を、お前ならばどうする?」
その問いは、叱責でも詰問でもなかった。
それは、対等な相手に対する、純粋な問いかけ。
父ルドルフが、初めて俺を「出来の悪い息子」としてではなく、「クラインフェルト家の人間」として認めた瞬間だった。
俺は込み上げる安堵を表情に出さないよう、必死で堪えた。そして、この一月で練り上げた計画を、自信を持って口にする。
「はい、父上。私には、一つの腹案がございます」
その夜、俺と父は、夜が更けるまで領地の未来について語り合った。
それは、俺がこの世界で初めて、誰かに一人の人間として認められた夜でもあった。
「アレン坊ちゃま。今宵、旦那様がご一緒の夕食を、と」
旦那様。つまり、この家の主であり俺の父、ルドルフ・フォン・クラインフェルト公爵だ。
来たか。俺は内心で身構えた。
原作における父ルドルフは、冷徹で厳格な完璧主義者だ。彼はアレンを跡継ぎとしてではなく、クラインフェルト家の汚点としか見ていなかった。才能に恵まれながら努力を怠り、傲慢な振る舞いを繰り返す息子に、心底失望しきっていたのだ。
親子間の会話などほとんどなく、たまに顔を合わせれば、一方的な叱責が飛んでくるだけ。そんな冷え切った関係だった。
今夜の夕食も、原作では一つのイベントとして存在していた。俺の最近の奇行、つまり急に訓練に励みだしたことについて、その真意を問いただすための場だ。そして原作のアレンは、そこで父の期待を裏切る幼稚な返答をし、親子の溝を決定的なものにしてしまう。
「……分かった。必ず伺うと伝えてくれ」
俺は平静を装って答えた。執事は深く一礼し、静かに去っていく。
これは試練だ。だが、見方を変えれば絶好の機会でもある。
父に認められれば、俺の行動の自由度は格段に増す。今後の破滅回避計画を進める上で、公爵家の後ろ盾は不可欠だ。この夕食は、絶対に失敗できない戦いだった。
夜。重厚な扉を開けると、そこには長いテーブルの向こうに座る父の姿があった。
白銀の髪を後ろに流し、精悍な顔には深い皺が刻まれている。その紫水晶の瞳は、俺のものよりもずっと鋭く、全てを見透かすような光を宿していた。年の功などという言葉では片付けられない、圧倒的な威圧感。
「……来たか。座れ」
低い声が響く。俺は音を立てないように席に着き、背筋を伸ばした。
メイドたちが次々と料理を運んでくるが、ナイフとフォークが皿に触れる音しか聞こえない、息の詰まるような沈黙が続く。
先に口火を切ったのは、父だった。
「アレン。最近、妙な噂を耳にする」
ナイフを置き、父は真っ直ぐに俺を見た。
「剣術のバルトロが、お前は人が変わったようだと褒めていた。魔法のエリオットも、その集中力と理解力は末恐ろしいと。一体、どういう心変わりだ?」
探るような視線が、俺に突き刺さる。
ここで下手な言い訳は通用しない。この一月、俺が夜な夜な書斎で何をしていたのかも、父は全て把握しているはずだ。
「心変わりなどではございません、父上。ただ、己の未熟さと愚かさに気づいただけです」
俺はゆっくりと、言葉を選ぶように話した。
「クラインフェルト家の嫡男として、このままではいけないと。その当然の事実に、今更ながら思い至った次第です」
完璧な模範解答。だが、父の猜疑心に満ちた瞳は、少しも揺らがなかった。
「殊勝な心がけだな。だが、お前がそんな柄でないことは、この俺が一番よく知っている。何か魂胆でもあるのか?」
やはり、小手先の誤魔化しは通じないか。ならば、こちらも踏み込むしかない。
俺は意を決し、カトラリーを置いた。
「魂胆、というわけではございません。ですが、父上に一つお伺いしたい儀がございます」
「……何だ」
「我が領地の西方、ミルフィの森周辺の農地についてです」
その言葉を発した瞬間、父の眉がぴくりと動いた。今まで領地経営に一切興味を示さなかった息子が、具体的な地名を口にしたのだ。当然の反応だろう。
俺は構わず続けた。
「あの地域の水源であるミル川は、過去の記録を紐解くと、数年周期で水量が大きく変動する傾向にあります。ここ数年は幸いにも安定しておりますが、もし大規模な干ばつが起きた場合、あの地域の農地は壊滅的な被害を受けるのではないでしょうか」
「……」
「書斎の資料を拝見し、考察いたしました。現状の税収システムでは、一度凶作に見舞われれば、多くの領民が立ち行かなくなる恐れがあります。それは、ひいてはクラインフェルト領全体の経済を揺るがしかねない、重大な問題かと」
俺は淀みなく言い切った。もちろん、これは全てゲームで得た知識だ。数年後に起こる大干ばつというイベントの存在を知っているからこそ言えること。だが、それを裏付けるために、この一月で俺は領地の過去数十年の治水記録と税収データを全て頭に叩き込んでいた。
長い沈黙が、ダイニングルームを支配した。
父は何も言わず、ただじっと俺の顔を見つめている。その鋭い視線に、俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。やりすぎたか?十歳の子供が生意気に語る内容ではなかったかもしれない。
だが、次の瞬間。父の口から発せられた言葉は、俺の予想を裏切るものだった。
「……アレン」
父の声から、先ほどまでの刺々しさが消えていた。
「お前の考えを聞かせろ。その問題を、お前ならばどうする?」
その問いは、叱責でも詰問でもなかった。
それは、対等な相手に対する、純粋な問いかけ。
父ルドルフが、初めて俺を「出来の悪い息子」としてではなく、「クラインフェルト家の人間」として認めた瞬間だった。
俺は込み上げる安堵を表情に出さないよう、必死で堪えた。そして、この一月で練り上げた計画を、自信を持って口にする。
「はい、父上。私には、一つの腹案がございます」
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それは、俺がこの世界で初めて、誰かに一人の人間として認められた夜でもあった。
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