ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第6話:神童、現場に立つ

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灌漑事業の許可が下りてからというもの、クラインフェルト領はにわかに活気づいた。
王都から派遣されてきた腕利きの技師たち。資材を運ぶためにひっきりなしに行き交う荷馬車。そして、農閑期を利用して集められた、数千人規模の領民たち。
ミル川上流の広大な土地は、一大工事現場と化していた。

俺自身も、屋敷に籠もっているわけにはいかなかった。
事業の総責任者として、毎日のように現場へ足を運んだ。もちろん、まだ十歳の俺に実務的な作業ができるわけではない。だが、責任者が現場にいるという事実が、人々の士気を高める上で重要だと、前世の経験から知っていた。

「アレン坊ちゃまが、またお見えになったぞ」
「まだお小さいのに、毎日ご苦労なこった」
現場の領民たちは、最初は遠巻きに俺を見て、そんな噂話を交わすだけだった。貴族の子供が物見遊山に来ている。その程度にしか思っていなかったのだろう。
無理もない。彼らにとって貴族とは、屋敷の奥でふんぞり返り、重税を取り立てるだけの存在だったはずだ。ましてや、公爵家の嫡男である俺が、汗と泥にまみれた工事現場にいること自体が、彼らにとっては信じられない光景だったに違いない。

俺は、そんな彼らの視線を気にすることなく、現場を歩き回った。
技師たちと図面を広げて進捗を確認し、時にはゲーム知識に基づいた細かな修正案を出す。その的確な指摘に、百戦錬磨の技師たちが驚愕の表情を浮かべることも一度や二度ではなかった。
現場監督には、資材の搬入ルートの効率化を提案し、作業員の休憩時間の確保と食事の質の向上を指示した。過酷な労働環境では、良い仕事はできない。これもまた、前世で学んだ教訓だ。

そして何より、俺は領民たちに直接声をかけることを日課としていた。
「ご苦労。体調はどうだ?無理はするなよ」
「素晴らしい働きだ。君たちのおかげで、工事は順調に進んでいる」
一人一人の目を見て、労いの言葉をかける。時には、屋敷から持ってきた冷たい飲み物や軽食を差し入れた。
原作のアレンが平民を見下す傲慢な貴族だったことを考えれば、これは百八十度違う行動だ。俺にとっては、ただの破滅回避のため、そして事業を円滑に進めるためのパフォーマンスに過ぎない。
しかし、領民たちの受け止め方は、まったく違っていた。

最初は戸惑っていた彼らも、毎日続く俺の行動に、少しずつ心を開き始めた。
「坊ちゃま直々に、お言葉を頂けるとは……」
「俺たちのことまで、気にかけてくださるとは……」
彼らの目に浮かぶのは、もはや単なる好奇心ではなかった。それは、純粋な感謝と、そして尊敬の念だった。
ある日、俺が現場を訪れると、数十人の領民たちが駆け寄ってきた。
「アレン様!本日は差し入れ、ありがとうございます!」
「このご恩は、一生忘れやしません!」
彼らは泥だらけの手で、しかし晴れやかな笑顔で、俺に頭を下げた。
その光景を見て、俺は少し戸惑った。俺はただ、自分の未来のために、彼らを利用しているに過ぎない。なのに、彼らは心からの忠誠を捧げようとしている。
少しだけ、胸が痛んだ。

この変化は、領民たちだけにとどまらなかった。
事業の監督役として、常に俺に付き従っていた宰相代行のグレイマン。白髪の、いかにも石頭といった風情の老人だ。彼も当初は、俺の計画に最も強く反対していた一人だった。
「坊ちゃま、本日の進捗報告にございます」
グレイマンは、今では毎日、恭しく俺に報告書を提出する。その態度は、以前の「子供を諭す」ようなものではなく、明確に「主君に仕える」ものへと変わっていた。
「グレイマン。君の補佐のおかげで、全てが順調だ。感謝する」
俺がそう言うと、彼は深く頭を下げた。
「……もったいないお言葉。ですが、わたくしはただ、坊ちゃまの描かれた未来図を形にしているに過ぎません。この老いぼれは、アレン様という稀代の天才が、このクラインフェルト領に生まれたという奇跡に立ち会えているだけで、幸せにございます」
その声は、心からの感嘆に満ちていた。
どうやら俺は、この頑固な老臣の心をも、完全に掴んでしまったらしい。

こうして、数ヶ月が過ぎた。
工事は驚くべき速さで進み、ミル川の上流には巨大なダムの基礎が姿を現し始めていた。
そして、俺の評判もまた、領内に確固たるものとして築かれていった。
現場で働く領民たちの口から、その家族へ、そして村から村へと噂は広まった。
――我らがアレン様は、神童であらせられる。
――いや、神童などという言葉では足りぬ。民を慈しむ、若き賢者様だ。
――あの方こそ、クライン-フェルト領の、いや、王国の未来を照らす光だ。

俺はまだ、自分の行動がどれほどの熱狂を生み出しているのか、その本当の意味を理解していなかった。
ただ、破滅の未来から逃れるために、必死に目の前の課題をこなすだけ。
その必死さが、周囲の目には「民を思う聖人」の姿として映っていることなど、知る由もなかったのだ。
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