ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

文字の大きさ
6 / 97

第6話:神童、現場に立つ

しおりを挟む
灌漑事業の許可が下りてからというもの、クラインフェルト領はにわかに活気づいた。
王都から派遣されてきた腕利きの技師たち。資材を運ぶためにひっきりなしに行き交う荷馬車。そして、農閑期を利用して集められた、数千人規模の領民たち。
ミル川上流の広大な土地は、一大工事現場と化していた。

俺自身も、屋敷に籠もっているわけにはいかなかった。
事業の総責任者として、毎日のように現場へ足を運んだ。もちろん、まだ十歳の俺に実務的な作業ができるわけではない。だが、責任者が現場にいるという事実が、人々の士気を高める上で重要だと、前世の経験から知っていた。

「アレン坊ちゃまが、またお見えになったぞ」
「まだお小さいのに、毎日ご苦労なこった」
現場の領民たちは、最初は遠巻きに俺を見て、そんな噂話を交わすだけだった。貴族の子供が物見遊山に来ている。その程度にしか思っていなかったのだろう。
無理もない。彼らにとって貴族とは、屋敷の奥でふんぞり返り、重税を取り立てるだけの存在だったはずだ。ましてや、公爵家の嫡男である俺が、汗と泥にまみれた工事現場にいること自体が、彼らにとっては信じられない光景だったに違いない。

俺は、そんな彼らの視線を気にすることなく、現場を歩き回った。
技師たちと図面を広げて進捗を確認し、時にはゲーム知識に基づいた細かな修正案を出す。その的確な指摘に、百戦錬磨の技師たちが驚愕の表情を浮かべることも一度や二度ではなかった。
現場監督には、資材の搬入ルートの効率化を提案し、作業員の休憩時間の確保と食事の質の向上を指示した。過酷な労働環境では、良い仕事はできない。これもまた、前世で学んだ教訓だ。

そして何より、俺は領民たちに直接声をかけることを日課としていた。
「ご苦労。体調はどうだ?無理はするなよ」
「素晴らしい働きだ。君たちのおかげで、工事は順調に進んでいる」
一人一人の目を見て、労いの言葉をかける。時には、屋敷から持ってきた冷たい飲み物や軽食を差し入れた。
原作のアレンが平民を見下す傲慢な貴族だったことを考えれば、これは百八十度違う行動だ。俺にとっては、ただの破滅回避のため、そして事業を円滑に進めるためのパフォーマンスに過ぎない。
しかし、領民たちの受け止め方は、まったく違っていた。

最初は戸惑っていた彼らも、毎日続く俺の行動に、少しずつ心を開き始めた。
「坊ちゃま直々に、お言葉を頂けるとは……」
「俺たちのことまで、気にかけてくださるとは……」
彼らの目に浮かぶのは、もはや単なる好奇心ではなかった。それは、純粋な感謝と、そして尊敬の念だった。
ある日、俺が現場を訪れると、数十人の領民たちが駆け寄ってきた。
「アレン様!本日は差し入れ、ありがとうございます!」
「このご恩は、一生忘れやしません!」
彼らは泥だらけの手で、しかし晴れやかな笑顔で、俺に頭を下げた。
その光景を見て、俺は少し戸惑った。俺はただ、自分の未来のために、彼らを利用しているに過ぎない。なのに、彼らは心からの忠誠を捧げようとしている。
少しだけ、胸が痛んだ。

この変化は、領民たちだけにとどまらなかった。
事業の監督役として、常に俺に付き従っていた宰相代行のグレイマン。白髪の、いかにも石頭といった風情の老人だ。彼も当初は、俺の計画に最も強く反対していた一人だった。
「坊ちゃま、本日の進捗報告にございます」
グレイマンは、今では毎日、恭しく俺に報告書を提出する。その態度は、以前の「子供を諭す」ようなものではなく、明確に「主君に仕える」ものへと変わっていた。
「グレイマン。君の補佐のおかげで、全てが順調だ。感謝する」
俺がそう言うと、彼は深く頭を下げた。
「……もったいないお言葉。ですが、わたくしはただ、坊ちゃまの描かれた未来図を形にしているに過ぎません。この老いぼれは、アレン様という稀代の天才が、このクラインフェルト領に生まれたという奇跡に立ち会えているだけで、幸せにございます」
その声は、心からの感嘆に満ちていた。
どうやら俺は、この頑固な老臣の心をも、完全に掴んでしまったらしい。

こうして、数ヶ月が過ぎた。
工事は驚くべき速さで進み、ミル川の上流には巨大なダムの基礎が姿を現し始めていた。
そして、俺の評判もまた、領内に確固たるものとして築かれていった。
現場で働く領民たちの口から、その家族へ、そして村から村へと噂は広まった。
――我らがアレン様は、神童であらせられる。
――いや、神童などという言葉では足りぬ。民を慈しむ、若き賢者様だ。
――あの方こそ、クライン-フェルト領の、いや、王国の未来を照らす光だ。

俺はまだ、自分の行動がどれほどの熱狂を生み出しているのか、その本当の意味を理解していなかった。
ただ、破滅の未来から逃れるために、必死に目の前の課題をこなすだけ。
その必死さが、周囲の目には「民を思う聖人」の姿として映っていることなど、知る由もなかったのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

主人公に殺されるゲームの中ボスに転生した僕は主人公とは関わらず、自身の闇落ちフラグは叩き折って平穏に勝ち組貴族ライフを満喫したいと思います

リヒト
ファンタジー
 不幸な事故の結果、死んでしまった少年、秋谷和人が転生したのは闇落ちし、ゲームの中ボスとして主人公の前に立ちふさがる貴族の子であるアレス・フォーエンス!?   「いや、本来あるべき未来のために死ぬとかごめんだから」  ゲームの中ボスであり、最終的には主人公によって殺されてしまうキャラに生まれ変わった彼であるが、ゲームのストーリーにおける闇落ちの運命を受け入れず、たとえ本来あるべき未来を捻じ曲げてても自身の未来を変えることを決意する。    何の対策もしなければ闇落ちし、主人公に殺されるという未来が待ち受けているようなキャラではあるが、それさえなければ生まれながらの勝ち組たる権力者にして金持ちたる貴族の子である。  生まれながらにして自分の人生が苦労なく楽しく暮らせることが確定している転生先である。なんとしてでも自身の闇落ちをフラグを折るしかないだろう。  果たしてアレスは自身の闇落ちフラグを折り、自身の未来を変えることが出来るのか!? 「欲張らず、謙虚に……だが、平穏で楽しい最高の暮らしを!」  そして、アレスは自身の望む平穏ライフを手にすることが出来るのか!?    自身の未来を変えようと奮起する少年の異世界転生譚が今始まる!

付きまとう聖女様は、貧乏貴族の僕にだけ甘すぎる〜人生相談がきっかけで日常がカオスに。でも、モテたい願望が強すぎて、つい……〜

咲月ねむと
ファンタジー
この乙女ゲーの世界に転生してからというもの毎日教会に通い詰めている。アランという貧乏貴族の三男に生まれた俺は、何を目指し、何を糧にして生きていけばいいのか分からない。 そんな人生のアドバイスをもらうため教会に通っているのだが……。 「アランくん。今日も来てくれたのね」 そう優しく語り掛けてくれるのは、頼れる聖女リリシア様だ。人々の悩みを静かに聞き入れ、的確なアドバイスをくれる美人聖女様だと人気だ。 そんな彼女だが、なぜか俺が相談するといつも様子が変になる。アドバイスはくれるのだがそのアドバイス自体が問題でどうも自己主張が強すぎるのだ。 「お母様のプレゼントは何を買えばいい?」 と相談すれば、 「ネックレスをプレゼントするのはどう? でもね私は結婚指輪が欲しいの」などという発言が飛び出すのだ。意味が分からない。 そして俺もようやく一人暮らしを始める歳になった。王都にある学園に通い始めたのだが、教会本部にそれはもう美人な聖女が赴任してきたとか。 興味本位で俺は教会本部に人生相談をお願いした。担当になった人物というのが、またもやリリシアさんで…………。 ようやく俺は気づいたんだ。 リリシアさんに付きまとわれていること、この頻繁に相談する関係が実は異常だったということに。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界帰還者の気苦労無双録~チートスキルまで手に入れたのに幼馴染のお世話でダンジョン攻略が捗らない~

虎柄トラ
ファンタジー
 下校帰りに不慮の事故に遭い命を落とした桜川凪は、女神から開口一番に異世界転生しないかと勧誘を受ける。  意味が分からず凪が聞き返すと、女神は涙ながらに異世界の現状について語り出す。  女神が管理する世界ではいま魔族と人類とで戦争をしているが、このままだと人類が負けて世界は滅亡してしまう。  敗色濃厚なその理由は、魔族側には魔王がいるのに対して、人類側には勇者がいないからだという。  剣と魔法が存在するファンタジー世界は大好物だが、そんな物騒な世界で勇者になんてなりたくない凪は断るが、女神は聞き入れようとしない。  一歩も引かない女神に対して凪は、「魔王を倒せたら、俺を元の身体で元いた世界に帰還転生させろ」と交換条件を提示する。  快諾した女神と契約を交わし転生した凪は、見事に魔王を打ち倒して元の世界に帰還するが――。

学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった

竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。 やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。 それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。

元・異世界一般人(Lv.1)、現代にて全ステータスカンストで転生したので、好き放題やらせていただきます

夏見ナイ
ファンタジー
剣と魔法の異世界で、何の才能もなくモンスターに殺された青年エルヴィン。死の間際に抱いたのは、無力感と後悔。「もし違う人生だったら――」その願いが通じたのか、彼は現代日本の大富豪の息子・神崎蓮(16)として転生を果たす。しかも、前世の記憶と共に授かったのは、容姿端麗、頭脳明晰、運動万能……ありとあらゆる才能がカンストした【全ステータスMAX】のチート能力だった! 超名門・帝聖学園に入学した蓮は、学業、スポーツ、果ては株や起業まで、その完璧すぎる才能で周囲を圧倒し、美少女たちの注目も一身に集めていく。 前世でLv.1だった男が、現代社会を舞台に繰り広げる、痛快無双サクセスストーリー! 今度こそ、最高に「好き放題」な人生を掴み取る!

処理中です...