ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第35話:勝利の宴と恋の火花

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ラス対抗戦での優勝から数日後。Sクラスの教室は、珍しく和やかな空気に包まれていた。
「というわけで、優勝祝賀会を開こうと思うんだ!」
カイルが、満面の笑みでそう提案した。彼の提案に、セレスティーナとリリアーナはすぐに賛同の意を示す。ルナは興味なさそうに魔術書を読んでいたが、俺が行くなら行くと、無言の圧力をかけてきている。
そして、全員の視線が、自然と俺に集まった。

「素晴らしい提案だ、カイル。だが、幹事は君が務めるべきだ。優勝の立役者なのだから」
俺は即座に、面倒な役職を押し付けられるのを回避し、同時にカイルを立てるという完璧なムーブを繰り出した。
カイルは「ええっ、俺がですか!?」と戸惑っていたが、セレスティーナが「たまには良いんじゃない?アレンに頼りきりというのも感心しないわ」と援護射撃をしてくれたことで、彼は渋々ながらも幹事を引き受けた。
俺は内心でガッツポーズをした。これで俺は、ただの参加者として、壁の花に徹することができる。

だが、俺のそんな甘い期待は、準備段階で早くも打ち砕かれた。
「アレン様!会場の予約って、どうすればいいんでしょうか!」
「アレン様!料理の手配は、どんなものが喜ばれると思いますか!」
「アレン様!予算の計算が……!」
結局、カイルは何かにつけて俺に相談に来た。そして俺は、彼の純粋な瞳を前にして無下にもできず、前世の宴会幹事スキルを遺憾なく発揮して、完璧な段取りを組んでしまったのだ。
会場は学園の特別食堂を貸し切り、料理は王都で評判のレストランからケータリング、飲み物はクラインフェルト家秘蔵の高級ジュースとワイン。その完璧な手配に、カイルは「アレン様は、やっぱり神様です……!」と、さらに俺への心酔を深めていた。俺はただ、胃を痛めていただけなのだが。

そして、祝賀会の当日。
特別食堂には、俺たち五人だけのために、美しいテーブルセッティングと、食欲をそそる料理の数々が並んでいた。
「皆、今日は本当にお疲れ様。乾杯しよう」
俺が音頭を取り、グラスを掲げる。五つのグラスが合わさり、カチン、と心地よい音が響いた。
対抗戦を乗り越えたことで、俺たちの間には、奇妙な連帯感が生まれていた。いがみ合っていたセレスティーナとカイルも、今では軽口を叩き合う仲だ。ルナやリリアーナも、以前より少しだけ表情が柔らかくなったように見える。
(まあ、たまにはこういうのも、悪くない……か?)
俺の胃が、ほんの一瞬だけ、痛みを忘れた。
だが、その平穏は、本当に一瞬で終わりを告げた。

事件は、席に着く時に起こった。
俺が自分の席に向かおうとすると、三方向から同時に声がかかったのだ。
「アレン。私の隣に来なさい。総監督として、今日の勝因を改めて分析する必要があるわ」
セレスティーナが、腕を組んで当然のように言った。その瞳は、有無を言わさぬ王女のそれだ。
「待ってください。アレン、貴方とは古代魔法の応用戦術について、議論の続きがあります。私の隣が、最も合理的です」
ルナが、感情の読めない瞳で、しかし確固たる意志を持って俺を見つめる。
「あ、あの、アレン様……!もし、もしよろしければ、私がお酌を……。なので、その、お隣に……」
リリアーナが、顔を真っ赤にしながら、か細い声で、しかし一歩も引かずに俺の袖を掴んだ。

空気が、凍った。
俺の隣、たった二つの席を巡って、三人のヒロインによる静かだが、熾烈な戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
バチバチと、目に見えない火花が散っている。
カイルは、この異常な雰囲気についていけず「ま、まあまあ皆さん、席なんてどこでも……」と仲裁に入ろうとしたが、三人の殺気にも似た視線を浴びて「ひっ……!」と小さな悲鳴を上げて後ずさった。役に立たない主人公め。

三人の視線が、一斉に俺に突き刺さる。
さあ、誰を選ぶの?と。
俺の脳は、猛烈な勢いで回転を始めた。誰を選んでも、角が立つ。選ばなかった二人からの好感度が下がるだけでなく、嫉妬という新たな破滅フラグが芽生える危険性すらある。
胃が、悲鳴を上げた。全身から、冷や汗が噴き出す。
だが、その時。絶体絶命の窮地で、俺の社畜脳が、完璧な模範解答を弾き出した。

俺は、困ったように、しかし穏やかな笑みを浮かべた。
「皆、ありがとう。その気持ちは、とても嬉しい」
まず、三人を肯定する。
「だが、考えてみてほしい。今日のこの祝賀会は、誰のためのものかを」
俺は、ゆっくりとカイルの方に視線を移した。
「今日の主役は、我々Sクラスを優勝に導く、決勝打を決めたヒーロー。カイル、君だ」
「えっ!?俺!?」
突然話を振られたカイルが、素っ頓狂な声を上げる。
俺は、そんな彼に力強く頷いた。
「そうだ。だから、総監督である私の隣に座るべきは、今日のMVPである君しかいない。異論は、ないな?」
俺は、ヒロインたちに優しく、しかし有無を言わせぬ口調で問いかけた。

ぐっ……、と三人が息を呑むのが分かった。
完璧な正論。そして、今日のヒーローであるカイルを立てるという、非の打ち所のない気配り。
彼女たちは、反論の言葉を見つけられなかった。
セレスティーナは悔しそうに唇を噛み、ルナは「……非合理的ですが、納得せざるを得ません」と呟き、リリアーナは「……カイルさん、ずるいです」と、潤んだ瞳でカイルを睨んだ。

こうして、俺の右隣には、感激で打ち震えるカイルが座ることになった。
俺は内心で、安堵のため息をついた。
だが、俺の平穏は、まだ保証されていなかった。
「……仕方ないわね。なら、ヒーローの隣も、チームの主戦力である私が務めるのが筋というものだわ」
セレスティーナが、カイルの隣、つまり俺の正面の席にどっかりと腰を下ろした。
そして、その両隣を、ルナとリリアーナが当然のように固める。
結果として、俺はカイルを盾にしつつも、三人のヒロインに完全に包囲されるという、最悪のフォーメーションで宴に臨むことになった。

宴の間中、俺の皿には、三方向から次々と料理が置かれた。
「アレン、肉ばかり食べていないで、野菜も食べなさい」
「アレン、この魚料理は脳の活性化に良いそうです。分析によると」
「アレン様……!このスープ、私が心を込めて……!」
俺の胃は、一つしかない。
テーブルの下では、俺に飲み物を注ぐ権利を巡って、三人の足が静かに蹴り合っていた。

俺は、完璧な笑顔を浮かべながら、料理の味も、会話の内容も、全く頭に入ってこなかった。
ただ、窓の外の月を見上げ、先日の旧校舎での出来事を思い出していた。
闇の教団の紋章。
華やかな宴の裏で、確かに蠢いている、不穏な影。
恋愛騒動だけでなく、もっと深刻な問題も、この学園には潜んでいる。
「……平穏は、遠いな」
俺の小さな呟きは、祝賀会の喧騒に、虚しくかき消されていった。
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