ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第36話:林間学校の罠

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祝賀会の後、学園はしばしの平穏を取り戻した。
いや、正確に言えば、俺の胃を取り巻く環境は何も変わっていない。相変わらず三方向からの猛攻は続いている。だが、大きなイベントがないだけマシだった。俺は授業では存在感を消し、休み時間はカイルを盾にし、どうにかこうにか日々をやり過ごしていた。
そんなある日、学園に新たな嵐の到来を告げる告知が張り出された。
恒例行事、一年生の林間学校。
行き先は、学園から馬車で半日ほどの距離にある「妖精の森」。豊かな自然の中で、野外活動やサバイバル技術を学ぶのが目的だ。そして、その最終日には、森の奥にある低級ダンジョン「試練の洞窟」での実地訓練が行われるという。

「林間学校……!」
告知の掲示板の前で、カイルが目を輝かせた。
「すごいですね、アレン様!森でキャンプなんて、初めてです!」
彼の純粋な興奮とは対照的に、俺の胃はズキリと鈍い痛みを訴えた。
林間学校。ダンジョン探索。
原作ゲームにも、確かにそんなイベントがあった。それは、カイルとヒロインたちの仲を深めるための、和やかで心温まるイベントのはずだった。魔物も低級なものしか出ず、ちょっとしたトラブルを協力して乗り越えることで、彼らの絆が育まれる。
本来なら、俺はその他大勢のモブ生徒として、遠くから彼らの青春を微笑ましく見守るだけの、最高のイベントのはずだった。

だが、今の状況は原作とはまるで違う。
Sクラスという名の隔離病棟に閉じ込められた俺たち五人は、当然のように団体行動を強いられる。カイルとヒロインたちの間に、俺が強制的に割り込む形になるのだ。
「アレン、貴方がいるなら安心ね。森での野営など、王宮では経験できないもの。楽しみだわ」
セレスティーナが、楽しそうに微笑む。
「森の生態系とダンジョンの魔力流動。サンプル採取の良い機会です。アレン、貴方の見解も聞きたい」
ルナが、研究計画を立て始めている。
「アレン様と、ご一緒に……。お弁当、腕によりをかけて作りますね!」
リリアーナが、頬を染めて拳を握っている。
俺の胃は、林間学校が始まる前から、すでにクライマックスを迎えていた。

数日後。俺たち一年生は、馬車に揺られて妖精の森の入り口にあるキャンプ場に到着した。
豊かな緑、澄んだ空気、鳥のさえずり。都会の喧騒から離れた美しい自然に、生徒たちの間から歓声が上がる。
テントの設営、火起こし、野外炊飯。慣れない作業に悪戦苦闘する生徒たちを尻目に、俺は前世の数少ないアウトドア経験と、貴族としてのサバイバル知識を融合させ、完璧なキャンプサイトをあっという間に作り上げてしまった。
その手際の良さに、引率の教師たちですら感嘆の声を漏らし、俺はまたしても無駄に評価を上げてしまった。

そして、運命の最終日。
俺たちは、目的地のダンジョン「試練の洞窟」の前に立っていた。
不気味なほど黒い口を開けた洞窟は、ひんやりとした空気を吐き出している。
「よし、皆。ここからは実地訓練だ。内部はいくつかのグループに分かれて探索する。Sクラスは、その実力に鑑み、最難関とされる中央ルートの調査を任せる」
引率の教師が、そう告げた。
やはり、単独行動か。俺は諦めの境地で頷いた。
「アレン様、行きましょう!」
カイルが、松明を片手に意気揚々と洞窟へと足を踏み入れる。俺たちも、その後に続いた。

洞窟の内部は、湿った土と苔の匂いがした。壁には発光性の鉱物が点在し、ぼんやりと周囲を照らしている。
道中、スライムや巨大コウモリといった、いかにも低級な魔物が現れたが、カイルとセレスティーナの剣技の前では敵ではなかった。
「ふん、雑魚ばかりね。手応えがないわ」
セレスティーナが、つまらなそうに剣を振るう。
「原作通りなら、この先にちょっとした謎解きがあって、それで終わりのはずなんだが……」
俺は内心で呟きながら、周囲への警戒だけは怠らなかった。
祝賀会の夜に感じた、あの不穏な気配。闇の教団の紋章。
あの事件以来、俺の感覚は常に研ぎ澄まされていた。そして今、この洞窟の奥から、あの時と同じ、微かだが明確な魔力の澱みを感じ取っていた。

俺たちがダンジョンの中腹あたりに差し掛かった、その時だった。
ぐらり、と。
足元が、大きく揺れた。
「な、なんだ!?地震か!?」
カイルが叫ぶ。
だが、これはただの地震ではなかった。
ゴゴゴゴゴ……という地響きと共に、洞窟の壁や天井が、まるで生き物のように蠢き始めたのだ。
通路が塞がり、新たな道が開く。天井が下がり、床が隆起する。
ダンジョンの構造そのものが、リアルタイムで変貌していく。
「きゃあっ!」
リリアーナが悲鳴を上げた。
俺は咄嗟に彼女の腕を掴み、崩れ落ちてくる岩盤から引き離す。
「皆、俺から離れるな!」
俺は叫んだ。
数分後、ようやく地響きは収まった。
だが、俺たちの目の前に広がる光景は、先ほどまでとは全く違うものに成り果てていた。
来た道は完全に岩で塞がれ、帰り道はどこにも見当たらない。まるで、巨大な迷宮の只中に放り込まれたようだった。

「……どうなっているの……?」
セレスティーティーナが、愕然とした表情で呟く。
「これは、自然現象ではありません」
ルナが、鋭い目で周囲を見渡した。
「ダンジョン全体が、巨大な古代魔法の術式によって制御されている。何者かが、意図的にこの状況を引き起こしたのです」
その言葉に、カイルとリリアーナが息を呑んだ。
俺は、静かに頷いた。ルナの言う通りだ。そして、その『何者か』が誰なのか、俺には確信があった。
闇の教団。
このダンジョンに、罠を仕掛けたのだ。

「うわああああ!」
「助けてくれ!」
遠くから、他の生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。
どうやら、この構造変化はダンジョン全体で起こっているらしい。他のグループも、俺たちと同じように閉じ込められ、バラバラに分断されてしまったのだ。
さらに、不味いことに、周囲の魔物の気配が、急速に凶暴化していくのが分かった。本来この洞窟にいるはずのない、強力な魔力の波動が、あちこちから感じられる。
これは、ただの悪戯ではない。
明確な殺意を持って、俺たち一年生全員を、このダンジョンに閉じ込め、抹殺しようとしている。

「落ち着け、皆」
パニックになりかける仲間たちを、俺の静かな声が制した。
絶望的な状況。だが、俺の心は不思議なほど冷静だった。
ギロチンで処刑される未来に比べれば、ダンジョンに閉じ込められることなど、些細なトラブルに過ぎない。
俺は、この状況を打開するために、自分が動くしかないと覚悟を決めた。
引率の教師たちも、おそらくこの混乱の渦中にいるだろう。彼らに頼ることはできない。
ならば、俺がリーダーになるしかない。
俺はゆっくりと息を吸い込み、仲間たちに向き直った。その瞳には、もはや胃痛に悩む小市民の色はなく、絶対的な指揮官としての、冷徹な光が宿っていた。
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