ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第56話 卒業、そしてそれぞれの道へ

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テロ事件の激震から二年半という月日が、まるで嵐のように過ぎ去っていった。
俺、アレン・フォン・クラインフェルトは十八歳になった。
カイルが生徒会長、俺が副会長となってからの王立魔法学園は、歴史上最も平穏で最も輝かしい時代を迎えていた。カイルの太陽のようなカリスマ性が生徒たちを一つにまとめ、俺が裏で前世の社畜スキルを駆使して完璧な実務をこなす。その体制は学園に未曾有の黄金期をもたらした。
貴族と平民のくだらない対立は消え、学力水準は飛躍的に向上し、校内でのいざこざは根絶された。生徒たちの満足度は過去最高を記録し続けた。
だがその輝かしい功績の裏で、俺の評判は「影の生徒会長」「学園を実質的に支配する、慈愛に満ちた聖人」という、さらに面倒でさらに重苦しいものへと進化していた。俺の胃はもはや慢性的な痛みを通り越し、石のように固く感覚を失いつつあった。

そして、卒業の日が訪れた。
俺はまたしても卒業生総代として、大講堂の壇上に立たされていた。
もちろん三日三晩にわたって固辞した。だが全校生徒と全教師、果てはOB会や保護者会まで巻き込んだ嘆願書という名の脅迫状を突きつけられては、どうしようもなかったのだ。
俺は用意された当たり障りのない原稿を無視し、静かに三年間を振り返るスピーチを始めた。
仲間との出会い、共に乗り越えた困難、そして未来への希望。俺の言葉は時に力強く、時に優しく、講堂に集った全ての者たちの心を揺さぶった。
スピーチが終わる頃には、講堂は感動の涙で洪水になっていた。卒業生も在校生も教師たちも、誰もが涙を流していた。来賓席に座る父ルドルフに至っては、もはや嗚咽を漏らして号泣していた。
俺は万雷の拍手の中、完璧な貴公子の笑みを浮かべて一礼しながら、心の中で血の涙を流していた。
(もう、本当に、許してください……!)
俺が望む平穏は、最後の最後まで俺の手の届かない場所にあった。

式の後、俺たちSクラスの五人は誰に言うでもなく、思い出の詰まった教室に集まっていた。
窓から差し込む夕日が、俺たちの影を長く床に伸ばしている。
「……終わったな」
俺がぽつりと呟くと、隣でカイルが少し寂しそうに、しかし晴れやかに笑った。
「はい。でも、ここからが本当の始まりですよね」
彼の言葉に皆が静かに頷く。
俺たちの道は、ここからそれぞれの未来へと分かれていくのだ。

「俺、騎士団に入ることにしました」
カイルが決意を込めた瞳で、最初に口火を切った。ダンジョンでの一件、そして王都でのテロ事件を経験し、彼は力なき人々を守る強さの必要性を誰よりも痛感したのだ。ライナス団長から直々にスカウトされたらしい。
「王都での事件を見て改めて思ったんです。俺は民の盾となれる強い騎士になりたい。そして、いつかアレン様の隣に立っても恥ずかしくない男になります!」
その真っ直ぐすぎる瞳に、俺は「頼むから俺のことなど忘れて、自分の人生を生きてくれ」という本音を必死に飲み込んだ。

「私は父上の補佐役として、本格的に王政を学ぶわ」
セレスティーナが王女としての覚悟を口にする。
「そして、いずれは女王としてこの国を背負う。その時……私の隣に立つのは、貴方よ、アレン」
彼女の熱い視線が俺の胃を正確に貫いた。もちろん、俺たちの婚約はまだ破棄できていない。

「私は聖教会で、次期聖女としての務めを本格的に果たします」
リリアーナが穏やかな、しかし力強い声で言った。
「ですが、私の祈りは常にアレン様と共にあります。貴方様こそが私の信仰であり、私の導き手なのですから」
その言葉の重みに俺は眩暈を覚えた。それはもはや恋心というより、狂信者のそれだった。

「私は王宮魔導師に正式に復帰します。陛下から専用の新しい研究室も与えられました」
ルナが淡々と告げる。
「ですが、最高の研究対象が野にいる以上、そこに留まり続けるのは非合理的です。アレン、貴方という存在の観察と分析は、私が生涯をかけて行うべき最優先の研究テーマです。覚悟してください」
それはもはや未来予告の形をした脅迫だった。

それぞれの輝かしい未来。
そして、俺は。
「私はしばらく領地に戻って、父の跡を継ぐための準備を……」
俺がそう言ってこの場を穏便に締めくくろうとした、その時だった。
「何を言う、アレン」
教室の入り口から重々しい声が響いた。父ルドルフがいつの間にかそこに立っていた。
「準備など、もはや不要だ。お前には明日からでも公爵の座を譲る覚悟が、私にはできている。そして陛下は、お前をこの国の宰相として迎えたいと強く望んでおられるぞ」

宰相。
そのあまりにも重すぎる言葉が、俺の頭の中で木霊した。
仲間たちは「さすがアレン様だ!」「宰相!? 当然よ!」と、俺の意思などお構いなしに盛り上がっている。
俺はただ遠い目をした。
学園という比較的小さな檻から解放されたと思ったら、今度は国家という、さらに巨大で決して逃げ出すことのできない檻に放り込まれるというのか。
仲間たちの輝かしい未来と、俺の絶望的な未来。
そのあまりにも残酷なコントラストに、俺はもう乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
夕日に照らされた思い出の校舎を背に、俺は静かに思う。
俺の胃は、果たしていつになったら本当の意味での『卒業』を迎えることができるのだろうか、と。
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