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第57話 帝国の脅威
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学園を卒業してから半年。俺は父ルドルフからの強引な説得と、国王陛下からの再三にわたる勅命に屈し、結局、宰相代理という若さには不相応すぎる役職に就任していた。
もちろん全力で抵抗した。胃痛を理由に病欠を申し出たり、未熟さを盾に辞退を懇願したりもした。だがその度に「貴殿ほどの男が、何を謙遜なさる」「宰相代理の激務をこなせば、その奇妙な胃痛も忘れるであろう」などと、周囲からのポジティブすぎる勘違いによって全ての逃げ道を塞がれたのだ。
俺の平穏な隠居生活計画は、もはや風前の灯火どころか完全に灰燼に帰していた。
宰相代理としての俺の仕事は多岐にわたった。
内政、外交、軍事。王国の中枢に関わるあらゆる情報が俺の元へと集まってくる。俺は前世の知識とゲームのシナリオという反則技を使い、山積する問題をまるでパズルを解くかのように次々と処理していった。
俺の的確すぎる判断と未来を見通しているかのような政策は、老獪な大臣たちをも唸らせ、「若き賢者」の名は今や「若き聖宰相」へと、微妙だが致命的なランクアップを遂げていた。
俺の胃は国家の重圧という新たなストレス源を得て、もはや限界を超えた静かな死を迎えていた。
そんなある日、王国を揺るがす一報が北の国境からもたらされた。
「緊急報告! 隣国ガルニア帝国が、国境付近にて大規模な軍事演習を開始! その数、およそ五万!」
王城の会議室に、伝令兵の切羽詰まった声が響いた。
ガルニア帝国。
大陸の北方を支配する強大な軍事国家。原作ゲームにおいては、中盤以降のエルドラド王国にとって最大の脅威となる存在だ。
ついに、来たか。
俺は冷静にその報告を聞いていた。
「帝国め……! 我らを威嚇するつもりか!」
「これは明らかな侵略行為への布石! 黙って見過ごすわけにはいかん!」
会議室に集まった将軍や貴族たちが一斉に色めき立つ。
特にタカ派の筆頭である父ルドルフは、その目を怒りに燃やしていた。
「陛下! 今こそ決断の時です! 帝国が本格的に動く前に、こちらから先制攻撃を仕掛けるべきです!」
父の言葉に多くの主戦派貴族たちが同調する。会議室の空気は一気に開戦へと傾いていった。
国王アルベルトは難しい顔で腕を組み、玉座からその様子を見下ろしている。
彼の視線が、ふと俺の方へと向けられた。
「……アレン。其方はどう思う?」
その問いに全ての視線が俺に集中する。
俺はゆっくりと立ち上がり、静かに口を開いた。
「――戦争は、避けるべきです」
俺の言葉に会議室がざわめいた。
「弱気なことを申されるな、アレン殿! ここで奴らの好きにさせれば王国は舐められる一方だぞ!」
一人の将軍が声を荒げた。
だが俺は動じなかった。
「将軍。お言葉ですが、今の王国に帝国と全面戦争を行う余力はありません。勝てる見込みは限りなくゼロに近いでしょう」
俺は冷徹な事実を突きつけた。
「ですが私は、帝国に戦争をする意思はないと見ています」
「なに?」
俺は会議室の中央へと歩み出た。
「皆様、考えてみてください。もし帝国が本気で我が国を侵略するつもりなら、軍事演習などという回りくどい手を使うでしょうか? 彼らはもっと迅速に、そして奇襲に近い形で国境を越えてくるはずです」
俺の言葉に、主戦派の貴族たちが押し黙る。
「この演習は見せかけです。彼らの真の狙いは別にあります」
俺は北方の地図を指差した。
「帝国の内情に詳しい筋からの情報によれば、彼らは今、深刻な食糧不足に陥っている。数年にわたる凶作が、その国力を内側から蝕んでいるのです。彼らが欲しいのは我々の領土ではない。我々の食料です」
「つまり……」
国王が俺の言葉の先を促す。
「彼らの狙いは、この軍事演習で我々に圧力をかけ、有利な条件で食料援助の協定を結ぶこと。それが私の読みです」
俺の分析に、会議室は水を打ったように静まり返った。
それは誰もが思いもよらなかった、しかし言われてみればあまりにも理にかなった、驚くべき結論だった。
もちろん、これも全てゲームのシナEリオに書いてあったことだ。
父ルドルフが信じられないといった顔で俺を見ていた。
「……アレン。それは確かなのか?」
「はい、父上。この賭け、私には勝算があります」
俺は真っ直ぐに父の目を見つめ返した。
俺の、その揺るぎない自信に満ちた瞳を見て、父は、そして会議室にいた全ての者たちは納得せざるを得なかった。
この『王国の至宝』が言うのなら、それが真実に違いない、と。
「……分かった」
長い沈黙の後、国王アルベルトが重々しく口を開いた。
「戦争は回避する。アレン、其方の策に乗ろう」
国王は玉座から立ち上がると、厳かに宣言した。
「これより帝国との和平交渉に入る! その全権を、宰相代理アレン・フォン・クラインフェルトに委任する! アレンを我が国の全権大使として、帝国へ派遣する!」
その言葉は俺の新たな地獄の始まりを告げるファンファーレだった。
帝国へ俺が行く。
それは原作ゲームにはなかった、完全にイレギュラーな展開だ。
俺の行動が、またしても歴史を大きく変えようとしていた。
俺はただ平穏に生きたいだけなのに、なぜか国家の命運そのものをその双肩に背負うことになってしまった。
俺の胃はもはや痛みすら感じなかった。
そこにあるのは、国家というあまりにも重すぎる重圧に潰された、巨大な空っぽの穴だけだった。
もちろん全力で抵抗した。胃痛を理由に病欠を申し出たり、未熟さを盾に辞退を懇願したりもした。だがその度に「貴殿ほどの男が、何を謙遜なさる」「宰相代理の激務をこなせば、その奇妙な胃痛も忘れるであろう」などと、周囲からのポジティブすぎる勘違いによって全ての逃げ道を塞がれたのだ。
俺の平穏な隠居生活計画は、もはや風前の灯火どころか完全に灰燼に帰していた。
宰相代理としての俺の仕事は多岐にわたった。
内政、外交、軍事。王国の中枢に関わるあらゆる情報が俺の元へと集まってくる。俺は前世の知識とゲームのシナリオという反則技を使い、山積する問題をまるでパズルを解くかのように次々と処理していった。
俺の的確すぎる判断と未来を見通しているかのような政策は、老獪な大臣たちをも唸らせ、「若き賢者」の名は今や「若き聖宰相」へと、微妙だが致命的なランクアップを遂げていた。
俺の胃は国家の重圧という新たなストレス源を得て、もはや限界を超えた静かな死を迎えていた。
そんなある日、王国を揺るがす一報が北の国境からもたらされた。
「緊急報告! 隣国ガルニア帝国が、国境付近にて大規模な軍事演習を開始! その数、およそ五万!」
王城の会議室に、伝令兵の切羽詰まった声が響いた。
ガルニア帝国。
大陸の北方を支配する強大な軍事国家。原作ゲームにおいては、中盤以降のエルドラド王国にとって最大の脅威となる存在だ。
ついに、来たか。
俺は冷静にその報告を聞いていた。
「帝国め……! 我らを威嚇するつもりか!」
「これは明らかな侵略行為への布石! 黙って見過ごすわけにはいかん!」
会議室に集まった将軍や貴族たちが一斉に色めき立つ。
特にタカ派の筆頭である父ルドルフは、その目を怒りに燃やしていた。
「陛下! 今こそ決断の時です! 帝国が本格的に動く前に、こちらから先制攻撃を仕掛けるべきです!」
父の言葉に多くの主戦派貴族たちが同調する。会議室の空気は一気に開戦へと傾いていった。
国王アルベルトは難しい顔で腕を組み、玉座からその様子を見下ろしている。
彼の視線が、ふと俺の方へと向けられた。
「……アレン。其方はどう思う?」
その問いに全ての視線が俺に集中する。
俺はゆっくりと立ち上がり、静かに口を開いた。
「――戦争は、避けるべきです」
俺の言葉に会議室がざわめいた。
「弱気なことを申されるな、アレン殿! ここで奴らの好きにさせれば王国は舐められる一方だぞ!」
一人の将軍が声を荒げた。
だが俺は動じなかった。
「将軍。お言葉ですが、今の王国に帝国と全面戦争を行う余力はありません。勝てる見込みは限りなくゼロに近いでしょう」
俺は冷徹な事実を突きつけた。
「ですが私は、帝国に戦争をする意思はないと見ています」
「なに?」
俺は会議室の中央へと歩み出た。
「皆様、考えてみてください。もし帝国が本気で我が国を侵略するつもりなら、軍事演習などという回りくどい手を使うでしょうか? 彼らはもっと迅速に、そして奇襲に近い形で国境を越えてくるはずです」
俺の言葉に、主戦派の貴族たちが押し黙る。
「この演習は見せかけです。彼らの真の狙いは別にあります」
俺は北方の地図を指差した。
「帝国の内情に詳しい筋からの情報によれば、彼らは今、深刻な食糧不足に陥っている。数年にわたる凶作が、その国力を内側から蝕んでいるのです。彼らが欲しいのは我々の領土ではない。我々の食料です」
「つまり……」
国王が俺の言葉の先を促す。
「彼らの狙いは、この軍事演習で我々に圧力をかけ、有利な条件で食料援助の協定を結ぶこと。それが私の読みです」
俺の分析に、会議室は水を打ったように静まり返った。
それは誰もが思いもよらなかった、しかし言われてみればあまりにも理にかなった、驚くべき結論だった。
もちろん、これも全てゲームのシナEリオに書いてあったことだ。
父ルドルフが信じられないといった顔で俺を見ていた。
「……アレン。それは確かなのか?」
「はい、父上。この賭け、私には勝算があります」
俺は真っ直ぐに父の目を見つめ返した。
俺の、その揺るぎない自信に満ちた瞳を見て、父は、そして会議室にいた全ての者たちは納得せざるを得なかった。
この『王国の至宝』が言うのなら、それが真実に違いない、と。
「……分かった」
長い沈黙の後、国王アルベルトが重々しく口を開いた。
「戦争は回避する。アレン、其方の策に乗ろう」
国王は玉座から立ち上がると、厳かに宣言した。
「これより帝国との和平交渉に入る! その全権を、宰相代理アレン・フォン・クラインフェルトに委任する! アレンを我が国の全権大使として、帝国へ派遣する!」
その言葉は俺の新たな地獄の始まりを告げるファンファーレだった。
帝国へ俺が行く。
それは原作ゲームにはなかった、完全にイレギュラーな展開だ。
俺の行動が、またしても歴史を大きく変えようとしていた。
俺はただ平穏に生きたいだけなのに、なぜか国家の命運そのものをその双肩に背負うことになってしまった。
俺の胃はもはや痛みすら感じなかった。
そこにあるのは、国家というあまりにも重すぎる重圧に潰された、巨大な空っぽの穴だけだった。
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