ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第67話:聖女と迷いの森

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アシュフォード領での激闘を終え、俺たちは最初のアーティファクト『星詠みの宝珠』を手に急いで王都へと帰還した。
城の防衛にあたっていたカイルたちと合流した時には、戦闘はすでに終結していた。俺たちが塔の結界を破りアーティファクトを確保したことで、敵の陽動部隊は目的を失い撤退していったのだ。カイルたちの奮戦のおかげで、城の被害は最小限に抑えられていた。
「アレン様! ご無事で……!」
俺の姿を見つけたカイルが、満身創痍の体で駆け寄ってくる。その顔には安堵と、自らの役目を果たした誇りが浮かんでいた。俺はそんな彼の肩を力強く叩き、その労をねぎらった。

王都に戻った俺たちを待っていたのは、束の間の休息と、そしてすぐに始まる次の任務だった。
『星詠みの宝珠』がもたらしたビジョンによれば、闇の教団はすでに他のアーティファクトにも手を伸ばし始めている。一刻の猶予もなかった。
対策本部で開かれた緊急会議。俺は王国地図の上に、次の目標地点を示す駒を置いた。
「――西の辺境、『迷いの森』です」

その名を聞いただけで、会議室にいた何人かの貴族が顔を青ざめさせた。
「迷いの森だと……!? あそこは一度足を踏み入れれば、二度と戻ってはこれぬと噂の呪われた森……!」
「その通りです」
俺は静かに頷いた。
「森全体が強力な幻惑の魔法に包まれている。方位磁針も魔力探知も一切が機能しない。精神力の弱い者ならば、森に入っただけで発狂するとも言われています」
俺の言葉に、会議室は重苦しい沈黙に包まれた。
そんな魔境に、どうやって足を踏み入れろというのか。

「ですが、その幻惑を打ち破る方法が一つだけあります」
俺は会議室の隅で静かに佇んでいた一人の少女に視線を向けた。
リリアーナだ。
全ての視線が彼女に集中する。
「リリアーナの持つ聖なる力。その浄化の波動だけが、森に満ちる邪悪な幻惑を中和し我々に道を示してくれます。この任務は彼女なくしては成し遂げられません」
俺の言葉に、リリアーリはハッとしたように顔を上げた。
自分がこの国の運命を左右する重要な鍵である。その事実に彼女は戸惑いながらも、その瞳に強い決意の光を宿した。
「……はい! アレン様のお役に立てるのなら、私、参ります!」

こうして、次の遠征部隊が編成された。
今回は森での活動に適したさらに少数のメンバー。俺、カイル、セレスティーナ、ルナ、そしてこの任務の要であるリリアーナ。Sクラスの五人に、隠密行動を得意とする騎士団のレンジャー部隊数名を加えた構成だ。
俺たちは再び王都を後にし、西の果てへと馬を走らせた。

数日後。俺たちは目的の『迷いの森』の入り口に立っていた。
一見すればただの深い森だ。だが一歩足を踏み入れようとすると、まるで見えざる壁に阻まれるかのように強烈な不快感と眩暈に襲われる。これが幻惑の魔法か。
「……すごい邪気です。胸が苦しくなります……」
リリアーナが顔をしかめて呟いた。
「行くぞ、リリアーナ。君を信じている」
俺は彼女の肩にそっと手を置いた。
俺の言葉に彼女はこくりと頷くと、一歩前へと進み出た。
そして胸の前で静かに祈りを捧げ始めた。

「――おお、女神よ。我らに聖なる光の導きを」
彼女の全身から、温かくそして清らかな光が柔らかな波紋となって広がっていく。
その光に触れた瞬間、俺たちを苛んでいた不快感が嘘のように消え去った。目の前にあった見えざる壁が霧散していくのが分かる。
森の木々の間から、まるで道案内をするかのように一筋の光の道が奥へと伸びていた。
「……すごい。これが聖女の力……」
カイルが息を呑んで呟いた。
俺たちはリリアーナが作り出した光の道を頼りに、慎重に森の奥深くへと足を踏み入れた。

森の中は不気味なほど静かだった。
鳥の声も獣の気配も一切しない。ただ時折、木の陰から人の囁き声のようなものが聞こえたり、ありえないはずの幻影が視界の端をよぎったりした。
リリアーナの聖なる光がなければ、俺たちも一瞬で方向感覚を失い精神を蝕まれていたことだろう。
「リリアーナ、大丈夫か? 魔力の消耗が激しいだろう」
俺は額に汗を浮かべる彼女を気遣った。
「だ、大丈夫です、アレン様……! 貴方様のお役に立てるのなら、私は……!」
彼女は健気に微笑むが、その顔色は明らかに悪くなっていた。
このままでは彼女がもたない。

俺たちは森の中の比較的開けた場所で、一度休息を取ることにした。
リリアーリを休ませ、周囲を警戒する。
その時だった。
「――アレン様、危ない!」
カイルの鋭い声が響いた。
見ると、俺たちの頭上の木の枝から巨大な蜘蛛の魔物が音もなく飛びかかってくるところだった。幻惑の森に潜む狡猾な捕食者だ。
俺は咄嗟に剣を抜こうとしたが、それよりも早く一筋の閃光が走った。
セレスティーナの剣だ。
彼女の放った鋭い斬撃が、蜘蛛の魔物を空中で一刀両断にした。
「……油断しないことね、アレン」
彼女は剣を鞘に納めながら静かに言った。その瞳は、俺を案じる色を隠そうともしていなかった。

闇の教団の気配はまだない。
だがこの森そのものが、俺たちにとっての敵だった。
俺は疲弊していくリリアーナと仲間たちの緊張した顔を見ながら、この任務がアシュフォード領での戦いとはまた違う種類の困難さを伴うものであることを改めて実感していた。
俺の胃は、見えざる敵の幻惑と仲間たちからの過剰なまでの信頼と心配の板挟みになり、静かに、しかし確実にその限界へと近づいていた。
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