ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第79話:教団幹部との決着

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層は第一階層の混沌とした戦場とは打って変わって、不気味なほど静まり返っていた。
そこはまるで巨大な神殿のような空間だった。高い天井をいくつもの太い石柱が支え、壁には魔神ザルガードの功績を称えるかのような、禍々しいレリーフがびっしりと刻まれている。
そして、その神殿の中央。
玉座のような場所に五つの人影が静かに佇んでいた。
いずれも他の教団員とは違う、豪奢な装飾が施された黒ローブを纏っている。その身から放たれる魔力の質と量は、第一階層の雑魚どもとは比較にならない。
闇の教団の最高幹部たち。
彼らはまるで俺が来るのを待ち構えていたかのように、そこにいた。

「――ようこそ、おいでくださいました。『王国の至宝』、アレン・フォン・クラインフェルト殿」
中央に立つひときわ威圧感のある男が、芝居がかった口調で言った。
その顔は銀の仮面で隠されているが、その声には歪んだ愉悦の色が滲んでいる。
「貴殿の活躍はかねがね。我らが壮大なる計画を、ことごとく一人で台無しにしてくださった」
その言葉には皮肉と、そして純粋な賞賛が奇妙な形で同居していた。

「我らは貴殿に敬意を表する。そして、その敬意の証として、この我ら教団が誇る最強の五幹部が、直々に貴殿を地獄へとお送りしよう」
仮面の男が片手を上げる。
それを合図に他の四人の幹部が、一斉に俺を取り囲むように散開した。
一人は巨大な戦斧を携えた筋骨隆々の巨漢。
一人は二本の毒の短剣を構えた素早い動きの暗殺者風の女。
一人は不気味な呪文を呟き続ける骸骨のような仮面をつけた呪術師。
そしてもう一人は、強力な元素魔法を操る老獪な魔術師。
それぞれが、一つの分野を極めたスペシャリストたち。

「……五対一か。ずいぶんと手厚い歓迎だな」
俺は静かに魔剣を抜き放った。
「光栄に思うがいい。貴様はそれだけの価値があると我らが認めたのだ」
仮面の男が高らかに宣言する。
「さあ、始めようか。我らが神の降誕を祝う、血の祝宴を!」

戦闘は瞬時に始まった。
最初に動いたのは巨漢だった。
「オオオオオッ!」
雄叫びと共にその巨大な戦斧が、俺めがけて振り下ろされる。それは地面を砕き、空気を震わせる圧倒的な破壊の一撃。
だが、俺はその攻撃を真正面から受け止めた。
俺の魔剣が戦斧と激突し、甲高い金属音と衝撃波が神殿全体を揺るがした。
「なっ……!?」
巨漢が信じられないといった顔で目を見開く。
子供の腕一本で自分の渾身の一撃をびくともせずに受け止められた。その事実が彼の常識を破壊した。

その隙を暗殺者の女が見逃さなかった。
彼女は幻影のように俺の背後に回り込み、その毒の短剣を俺の首筋めがけて突き出してきた。
だが、俺の背中には目がついているかのように、その攻撃を完全に読んでいた。
俺は巨漢の戦斧を弾き返すと同時に体を反転させる。
そして女の突き出してきた腕を掴み、その勢いを利用して彼女の体を宙に舞わせた。
そのまま地面に叩きつける。
「ぐっ……!」
短い悲鳴を上げ、女は身動きが取れなくなった。

「小賢しい!」
老魔術師が詠唱を完成させる。
俺の頭上に巨大な火球が出現した。
同時に骸骨の呪術師が、俺の足元に動きを封じる呪いの魔法陣を展開する。
前後左右、そして上下。全ての逃げ場を塞ぐ完璧な連携攻撃。
だが、俺はその全てを嘲笑うかのように打ち破った。

「――遅い」
俺は静かに呟いた。
俺の体から黒い魔力が奔流のように溢れ出す。
それは俺が星辰の騎士を打ち破った、あの『無』の力。
俺の周囲の空間が歪む。
頭上から降り注ぐはずだった火球は歪んだ空間に吸い込まれ、消滅した。
足元を縛るはずだった呪いの魔法陣は、その力を失い霧散した。
俺はただそこに立っているだけ。
だが、その存在そのものが彼らの全ての攻撃を無に帰していた。

「ば、馬鹿な……。なんだ、その力は……!?」
仮面の男が初めて狼狽の声を上げた。
「闇ではない……。聖でもない……。あれは一体……!」
幹部たちの間に明らかな動揺と恐怖が走る。
彼らが自分たちの常識では計れない、規格外の存在と対峙していることにようやく気づいたのだ。

俺は静かに歩き出した。
一歩、また一歩と仮面の男へと近づいていく。
「お、お前は……!何者だ……!」
「俺か?」
俺は彼の目の前で立ち止まった。
そして、この五年間俺の心を支配し続けた一つの感情を、静かに口にした。
「俺はただ……平穏に生きたいだけなんだよ」
その言葉は彼らには理解できないだろう。
だが、俺にとってはそれが俺の全てを突き動かす唯一の原動力だった。
「だから……邪魔をするな」

俺の姿が掻き消えた。
次の瞬間、俺は仮面の男の背後に立っていた。
そして俺の魔剣の切っ先が、彼の仮面を弾き飛ばしていた。
カラン、と銀の仮面が床に落ちて乾いた音を立てる。
その下から現れたのは、恐怖と驚愕に歪んだ見覚えのある顔だった。
それは数年前、俺に完膚なきまでに叩きのめされ、そして俺の信奉者となったはずの、あの男の父親。
バルガス子爵、その人だった。

「……やはり、貴方でしたか」
俺は静かに呟いた。
貴族の中に内通者がいる。俺はずっとそう睨んでいた。
「な……ぜ……」
バルガス子爵は震える声で、ただそれだけを言った。
俺は答えなかった。
ただ、彼の首筋に魔剣の柄頭を、静かに、そして強く叩き込んだ。
彼は白目を剥き、崩れ落ちた。
リーダーを失い、そして俺の圧倒的な力の前に完全に戦意を喪失した他の幹部たちも、次々とその場に膝をついた。

第二階層の静寂。
俺は一人、その中央に佇んでいた。
因縁の敵。
その全てを俺はたった一人で打ち破った。
俺は気絶した幹部たちを一瞥すると、最後の戦場となる最深部へと続く扉へと静かに歩を進めた。
胃の痛みはもうなかった。
ただ、長きにわたる戦いがようやく終わるかもしれないという、かすかな、そして甘い予感だけが俺の心をを満たしていた。
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