ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第81話:術式ハッキング

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俺の意識は光の粒子となって、教皇が作り出した巨大な儀式の術式へと溶け込んでいった。
そこは情報の奔流だった。
無数の古代ルーンが複雑な幾何学模様を描きながら、超高速で駆け巡っている。一つ一つのルーンが、魔神ザルガードを構成するための膨大な設計図の一部を担っていた。
魂の構造、肉体の組成、魔力の循環経路。
常人ならこの情報の濁流に触れただけで、その精神は一瞬にして崩壊するだろう。

だが、俺の精神は耐えた。
前世の記憶を持つ歪な魂。五年間、常に死の恐怖と隣り合わせで鍛え上げられた鋼の意志。そして何より、この術式の根幹を俺が『ゲーム知識』としてすでに理解していたからだ。
(……見つけたぞ、メインフレームを)
俺は情報の奔流の中から、この巨大な術式を制御している中核となるプログラム…いや、基幹術式を発見した。
そこへ俺は自らの意識を、一本の鋭い楔のように打ち込んだ。

「なっ……!?」
現実世界で教皇が驚愕の声を上げたのが、遠くに聞こえた。
「儀式にノイズが……!?何者だ!何者が、我らが神の御体に干渉しておるのだ!」
彼は俺が何をしているのか正確には理解できていない。だが、神聖なる儀式に異物(バグ)が混入したことには気づいたようだった。

俺は構わずハッキングを続けた。
基幹術式に侵入した俺は、そこから魔神の設計図を片っ端から書き換え始めた。
まず、魔力の循環経路。本来なら体内で完結し無限に増幅されるはずだったその経路に、意図的にエネルギーを外部へ放出する『排熱ポート』を無理やり追加する。
次に、肉体の組成データ。完璧なはずだったその構造に、ごく微小な、しかし致命的な『欠陥』をウィルスのように埋め込んでいく。
最後に、魂の構造。その核となる精神に、俺の前世の記憶の断片――平和な日本の風景、家族との思い出、そして社畜として生きた日々の悲哀――といった、魔神とはおよそ相容れない『異物』をノイズとして混入させた。

「や、やめろ……!やめろおおおおっ!」
教皇が血を吐くような絶叫を上げた。
彼の目の前で完璧だったはずの神の設計図が、正体不明の侵入者によってズタズタに書き換えられていく。それは彼にとって、自らの信仰そのものを汚されるに等しい冒涜行為だった。

(……そろそろ限界か)
俺の意識もまた限界に近づいていた。
神の領域へのハッキングは、俺の精神力をごっそりと削り取っていく。脳が沸騰しそうだ。
だが、やるべきことはやった。
俺は最後の力を振り絞り、基幹術式から自らの意識を引き剥がした。
そして、現実世界へと帰還する。

俺が目を開けた時、目の前の光景は一変していた。
脈打っていた巨大な心臓は、その鼓動を止め、代わりにその中から禍々しい紫色の光と共に、一つの『人影』がゆっくりと姿を現そうとしていた。
儀式は止められなかった。
だが、それはもはや教皇が望んだ『完璧な神』ではなかった。
俺というウィルスによってその設計図を汚染された、不完全で歪な何か。

「……おのれ……。おのれ、小僧……!」
教皇は震える指で俺を指差した。その顔は怒りと絶望、そして恐怖で醜く歪んでいた。
「貴様……!神の御体に何をした……!」
「さあな」
俺は引きつった笑みを浮かべながら答えた。
「ただ、少しだけお前の神様に人間味を加えてやっただけだ」

紫の光が収束していく。
そしてその中から現れたのは、神々しい神の姿ではなかった。
それはまるで未完成の彫刻のように、体のあちこちが崩れ、歪み、そして不自然な継ぎ接ぎだらけの異形の巨人だった。
その瞳には神としての理性や威厳はなく、ただ生まれたての獣のような純粋な破壊衝動だけが燃え盛っていた。
儀式は不完全に終わった。
魔神は弱体化した。
だが、それでもなおその存在が放つ魔力の奔流は、人知を遥かに絶していた。
俺の最後の賭け。
それは最悪の未来を回避するための唯一の希望。
そして新たな、そして本当の地獄の始まりを告げるゴングの音でもあった。
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