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第八十話 炎の協奏曲と父の覚悟
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ゴウエンザンが怒りの咆哮を上げ、真っ赤な溶岩が奔流となってカグツチの街へと迫る。人々が絶望に叫ぶ中、【ノアの箱舟】の仲間たちは、巨大な天災の前に立ちはだかった。
「ジン! 防壁を! 一滴たりとも街に入れるな!」
ルナの檄に応え、ジンが大地に拳を叩きつけた。
「『万理の城壁(バベル・ウォール)』!」
街の目の前に、天を突くほどの巨大な岩の壁が隆起する。溶岩流は城壁に激突し、凄まじい水蒸気を上げながらその勢いを止められた。
「ミオ! カイ! 溶岩を冷やせ!」
「はい!」「分かった!」
ミオが巻き起こした極低温の旋風と、カイが生み出した大波のような水流が、城壁を乗り越えようとする溶岩に襲いかかる。灼熱の溶岩は、冷たい風と水に触れ、次々と黒い岩塊へと姿を変えていった。
「火山弾が来るぞ!」
クロエが空を見上げ、叫んだ。火口から、家ほどもある巨大な火山弾が何発も放物線を描いて飛んでくる。クロエは、ジンの作った岩の足場を駆け上がり、空中でその身を躍らせた。
「邪魔だ!」
赤い閃光が一閃するたびに、巨大な火山弾は、まるで果物のようにあっけなく斬り捨てられ、無害な小石となって降り注いだ。
仲間たちの、人間業とは思えない連携。それは、まるで絶望の中で奏でられる、希望の協奏曲だった。街の人々は、逃げるのも忘れ、その光景にただ圧倒されていた。
一方、神殿の祭壇では、ノアとエリオの戦いが続いていた。
「見つけたぞ、ノア! 呪いの回路の中枢は、彼女の心臓のすぐ側にある! 精密な魔力で編まれた、極めて悪質な術式だ!」
エリオが、アカリの魔力の流れを解析し、叫ぶ。
「これを破壊するには、同じくらい精密な、対消滅の呪いをぶつけるしかない!」
「分かった!」
ノアは、アカリの暴走する炎を受け止めながら、意識を集中させた。対消滅の呪いを作り出すには、彼女自身の「本当の願い」を触媒にする必要がある。
「アカリさん! 聞こえるかい!? 君が、本当に望むものは何だ!」
ノアの問いかけに、苦しみの中でもがいていたアカリの意識が、わずかに反応した。
「……私は……ただ、父様に、褒めて……もらいたかった……。一族の誇りじゃなく、ただの私を……見て、ほしかった……」
か細い、心の声。それこそが、彼女の本当の願いだった。
その時だった。
「……私が、間違っていた」
呆然と立ち尽くしていたリョウマが、震える声で呟いた。彼は、娘を苦しめ、街を危機に陥れたのが、自らの歪んだ誇りであったことを、ようやく悟ったのだ。
彼は、ノアの前に膝をつき、深く頭を下げた。
「頼む……。この愚かな父親のせいで、苦しんでいる娘を、救ってやってくれ」
リョウマは、懐から古びた勾玉を取り出した。それは、シノノメ家に代々伝わる、初代火の巫女の魂が宿るとされる宝具だった。
「これを使ってくれ。これには、あの子の母の想いも、そして、この愚かな父の、贖罪の念も込められている。どうか……!」
ノアは、その勾玉を受け取った。アカリの願いと、父の贖罪。最高の触媒が、揃った。
「【呪物錬成】!」
ノアは、勾玉に全ての想いを込めた。暴走する炎の力、アカリの悲しみ、リョウマの後悔。それら全てを、一つの力へと昇華させる。
勾玉は、禍々しい黒い紋様ではなく、まるで陽炎のように揺らめく、美しい緋色の紋様を宿し始めた。
「『心炎の勾玉』……。行け!」
ノアは、完成した勾玉を、アカリの胸にそっと押し当てた。
勾玉は、眩いほどの温かい光を放ち、アカリの体の中へと吸い込まれていく。そして、彼女の心臓の側で、悪質な呪いの回路を、優しく、しかし確実に焼き切った。
「あ……」
アカリの体から、力の枷が外れる。彼女の瞳に、強い意志の光が戻った。彼女の周りに渦巻いていた炎は、もはや暴走する破壊の力ではない。彼女の意思通りに動く、神聖で、そして力強い、本当の『火の呪い』の姿だった。
アカリは、ゆっくりと立ち上がると、天に向かって両手を広げた。
「鎮まりなさい。私の愛する、ゴウエンザン」
彼女の穏やかな声に呼応するように、今まで怒りの咆哮を上げていた火山が、ぴたりと、その活動を止めた。噴煙は収まり、溶岩の流れも止まる。
嘘のような静寂が、街を包み込んだ。
天災は、去った。一人の巫女が、自らの力で、街を救ったのだ。
人々は、しばらくの沈黙の後、爆発的な歓声を上げた。それは、ノアたち異邦人へ向けられたものではない。自らの街の巫女、アカリへと向けられた、心からの賞賛と感謝の声だった。
リョウマは、娘の成長した姿を見て、ただ静かに涙を流していた。
事件が解決した後、シノノノメ家の屋敷で、黒幕の正体が明らかになった。呪いの回路を仕掛けたのは、リョウマの弟であり、アカリの叔父にあたるタケオだった。彼は、アカリを力の制御できない巫女に仕立て上げ、その失態の責任をリョウマに取らせ、自分が当主の座に就こうと企んでいたのだ。
タケオは捕らえられ、シノノメ家の内紛は、一つの決着を見た。
数日後。旅立ちの日。アカリは、巫女の装束ではなく、動きやすい旅人の服を着て、ノアたちの前に立った。
「私も、連れて行ってください。この力は、もう私だけのものではありません。ノアさんたちのように、世界のために使いたい」
彼女の瞳には、もう迷いはなかった。
こうして、『火の呪い』の継承者アカリが、六人目の仲間となった。
「ありがとう、アカリ」とカイが言った。「君の炎の力が加わったおかげで、残りの二つの力の場所が、より鮮明になった」
「一人は……とても暗く、冷たい場所。まるで、この世界の裏側のような……」
「そして、もう一人は……」
カイは、アンナからの手紙の内容を思い出し、確信を持って言った。
「やはり、王都にいる。力を失い、誰にも気づかれず、静かに消えようとしている、『光』の継承者が」
一行は、顔を見合わせた。
世界の裏側に潜む『闇』と、王都の光の中で消えかけている『光』。
彼らの旅は、最終局面へと向けて、大きく舵を切ることになる。箱舟は、再び仲間を増やし、世界の夜明けを目指して、次なる港へと進み始めた。
「ジン! 防壁を! 一滴たりとも街に入れるな!」
ルナの檄に応え、ジンが大地に拳を叩きつけた。
「『万理の城壁(バベル・ウォール)』!」
街の目の前に、天を突くほどの巨大な岩の壁が隆起する。溶岩流は城壁に激突し、凄まじい水蒸気を上げながらその勢いを止められた。
「ミオ! カイ! 溶岩を冷やせ!」
「はい!」「分かった!」
ミオが巻き起こした極低温の旋風と、カイが生み出した大波のような水流が、城壁を乗り越えようとする溶岩に襲いかかる。灼熱の溶岩は、冷たい風と水に触れ、次々と黒い岩塊へと姿を変えていった。
「火山弾が来るぞ!」
クロエが空を見上げ、叫んだ。火口から、家ほどもある巨大な火山弾が何発も放物線を描いて飛んでくる。クロエは、ジンの作った岩の足場を駆け上がり、空中でその身を躍らせた。
「邪魔だ!」
赤い閃光が一閃するたびに、巨大な火山弾は、まるで果物のようにあっけなく斬り捨てられ、無害な小石となって降り注いだ。
仲間たちの、人間業とは思えない連携。それは、まるで絶望の中で奏でられる、希望の協奏曲だった。街の人々は、逃げるのも忘れ、その光景にただ圧倒されていた。
一方、神殿の祭壇では、ノアとエリオの戦いが続いていた。
「見つけたぞ、ノア! 呪いの回路の中枢は、彼女の心臓のすぐ側にある! 精密な魔力で編まれた、極めて悪質な術式だ!」
エリオが、アカリの魔力の流れを解析し、叫ぶ。
「これを破壊するには、同じくらい精密な、対消滅の呪いをぶつけるしかない!」
「分かった!」
ノアは、アカリの暴走する炎を受け止めながら、意識を集中させた。対消滅の呪いを作り出すには、彼女自身の「本当の願い」を触媒にする必要がある。
「アカリさん! 聞こえるかい!? 君が、本当に望むものは何だ!」
ノアの問いかけに、苦しみの中でもがいていたアカリの意識が、わずかに反応した。
「……私は……ただ、父様に、褒めて……もらいたかった……。一族の誇りじゃなく、ただの私を……見て、ほしかった……」
か細い、心の声。それこそが、彼女の本当の願いだった。
その時だった。
「……私が、間違っていた」
呆然と立ち尽くしていたリョウマが、震える声で呟いた。彼は、娘を苦しめ、街を危機に陥れたのが、自らの歪んだ誇りであったことを、ようやく悟ったのだ。
彼は、ノアの前に膝をつき、深く頭を下げた。
「頼む……。この愚かな父親のせいで、苦しんでいる娘を、救ってやってくれ」
リョウマは、懐から古びた勾玉を取り出した。それは、シノノメ家に代々伝わる、初代火の巫女の魂が宿るとされる宝具だった。
「これを使ってくれ。これには、あの子の母の想いも、そして、この愚かな父の、贖罪の念も込められている。どうか……!」
ノアは、その勾玉を受け取った。アカリの願いと、父の贖罪。最高の触媒が、揃った。
「【呪物錬成】!」
ノアは、勾玉に全ての想いを込めた。暴走する炎の力、アカリの悲しみ、リョウマの後悔。それら全てを、一つの力へと昇華させる。
勾玉は、禍々しい黒い紋様ではなく、まるで陽炎のように揺らめく、美しい緋色の紋様を宿し始めた。
「『心炎の勾玉』……。行け!」
ノアは、完成した勾玉を、アカリの胸にそっと押し当てた。
勾玉は、眩いほどの温かい光を放ち、アカリの体の中へと吸い込まれていく。そして、彼女の心臓の側で、悪質な呪いの回路を、優しく、しかし確実に焼き切った。
「あ……」
アカリの体から、力の枷が外れる。彼女の瞳に、強い意志の光が戻った。彼女の周りに渦巻いていた炎は、もはや暴走する破壊の力ではない。彼女の意思通りに動く、神聖で、そして力強い、本当の『火の呪い』の姿だった。
アカリは、ゆっくりと立ち上がると、天に向かって両手を広げた。
「鎮まりなさい。私の愛する、ゴウエンザン」
彼女の穏やかな声に呼応するように、今まで怒りの咆哮を上げていた火山が、ぴたりと、その活動を止めた。噴煙は収まり、溶岩の流れも止まる。
嘘のような静寂が、街を包み込んだ。
天災は、去った。一人の巫女が、自らの力で、街を救ったのだ。
人々は、しばらくの沈黙の後、爆発的な歓声を上げた。それは、ノアたち異邦人へ向けられたものではない。自らの街の巫女、アカリへと向けられた、心からの賞賛と感謝の声だった。
リョウマは、娘の成長した姿を見て、ただ静かに涙を流していた。
事件が解決した後、シノノノメ家の屋敷で、黒幕の正体が明らかになった。呪いの回路を仕掛けたのは、リョウマの弟であり、アカリの叔父にあたるタケオだった。彼は、アカリを力の制御できない巫女に仕立て上げ、その失態の責任をリョウマに取らせ、自分が当主の座に就こうと企んでいたのだ。
タケオは捕らえられ、シノノメ家の内紛は、一つの決着を見た。
数日後。旅立ちの日。アカリは、巫女の装束ではなく、動きやすい旅人の服を着て、ノアたちの前に立った。
「私も、連れて行ってください。この力は、もう私だけのものではありません。ノアさんたちのように、世界のために使いたい」
彼女の瞳には、もう迷いはなかった。
こうして、『火の呪い』の継承者アカリが、六人目の仲間となった。
「ありがとう、アカリ」とカイが言った。「君の炎の力が加わったおかげで、残りの二つの力の場所が、より鮮明になった」
「一人は……とても暗く、冷たい場所。まるで、この世界の裏側のような……」
「そして、もう一人は……」
カイは、アンナからの手紙の内容を思い出し、確信を持って言った。
「やはり、王都にいる。力を失い、誰にも気づかれず、静かに消えようとしている、『光』の継承者が」
一行は、顔を見合わせた。
世界の裏側に潜む『闇』と、王都の光の中で消えかけている『光』。
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