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第八十一話 王都への帰路と闇の兆し
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極東火山列島カグツチの港は、旅立つ英雄たちを見送る人々の熱気に包まれていた。新たに仲間となった『火の呪い』の継承者アカリは、故郷の人々に力強く手を振り、その別れを惜しんでいた。
「父様、行ってまいります!」
「うむ。お前の信じる道を行け。だが、いつでも帰ってくるのだぞ」
頑固だった父リョウマも、今では娘の成長を誰よりも誇らしげに見守っている。
【ノアの箱舟】の一行は、六人の継承者を乗せ、再び大海原へと乗り出した。目指すは、全ての始まりの場所、王都アルカディア。
「見てください、ノア様! 私の炎があれば、こんなことも!」
船上では、アカリがその明るい性格で、パーティの新たなムードメーカーとなっていた。彼女が手のひらに炎を灯すと、釣ったばかりの魚が一瞬で香ばしい焼き魚に早変わりする。
「便利だな、それ」
「ジンさんの土があれば、塩も作れるかもしれませんね!」
アカリの快活さに、無口なジンも少しずつ心を開き、ミオも楽しそうに笑っている。火と土と風。それぞれの力が、旅の食卓を豊かに彩った。
そんな和やかな雰囲気の中、カイだけは時折、遠い水平線を見つめて、難しい顔をしていた。
「カイ、どうしたんだい?」
ノアが声をかけると、カイは眉をひそめた。
「『光』の力が、さらに弱まっている。まるで、大きな影に覆われて、その光が少しずつ喰われているようだ」
「影……?」
「うん。『闇の呪い』の気配も、以前より強く感じる。それは、世界の特定の場所にあるわけじゃない。まるで、この世界の光あるところ全てに、その影が潜んでいるかのように……不気味に脈動している」
カイの言葉に、エリオが古文書の記述を重ね合わせた。
「『光あるところに影は生まれ、影は光を喰らって成長する』……。もしかしたら、『光の呪い』と『闇の呪い』は、表裏一体の存在なのかもしれない。光が弱まれば、闇が強まる」
その仮説は、一行の心に重い影を落とした。自分たちの旅は、時間との戦いであると同時に、光と闇の根源的な闘争に巻き込まれているのかもしれない。
その夜、ノアは悪夢にうなされた。
深い、深い闇の中。顔も形もない、ただ純粋な『無』としか言いようのない存在が、彼に囁きかけてくる。
『光は消える……。そして、お前たちの希望もまた、我が闇に飲み込まれるだろう……』
それは、今まで感じたどんな敵意とも違う、冷たく、絶対的な虚無感だった。ノアは、飛び起きた。全身は、冷や汗でぐっしょりと濡れている。
「今の、は……」
あれは、ただの夢ではない。『闇の呪い』の継承者、あるいはその背後にいる魔王からの、明確な干渉。ノアは、旅の真の脅威が、すぐそこまで迫っていることを肌で感じ取っていた。
長い船旅の末、一行はついに王都アルカディアへと帰還した。彼らの帰還は、英雄の凱旋として、街を挙げて歓迎された。魔王軍の幹部を討ち、天災を鎮め、二人の継承者を仲間に加えた彼らの功績は、もはや伝説となっていた。
王城に赴き、国王アルトリウスに旅の成果を報告すると、国王は満足げに頷き、彼らの労をねぎらった。
「見事であった。よくぞ、これだけの力を集めたものだ」
報告の後、ノアは国王に、アンナからの手紙にあった『魔力を持たない貴族の娘』について尋ねた。
「陛下。王都に、ルーメン家という貴族の一族がいると伺いました。その家に、力を失った娘がいるというのは、本当でしょうか」
その名を聞いた瞬間、国王の表情がわずかに曇った。
「……知っておったか。そうだ。その娘の名は、セレスティア・ルーメン。我が国で最も神聖な光の魔術を継承するはずだった、最後の末裔だ」
国王の話によれば、ルーメン家は代々、王家の血筋と並ぶほどの、強力な光の力を継承してきた一族だった。だが、セレスティアが生まれた時から、その力はなぜか完全に失われ、一族は急速に没落。今では他の貴族から蔑まれ、日陰の存在となっているという。
「彼女に、会わせていただけますか」
ノアの真剣な申し出に、国王はしばらく沈黙した後、静かに言った。
「よかろう。だが、心せよ。光の力は、あまりにも純粋で、そして何よりも脆い。その光が消える時、代わりに生まれる闇は、何よりも深いぞ」
意味深な忠告を残し、国王は彼らに接触の許可を与えた。
一行は、久しぶりに【ノアの箱舟】の拠点である邸宅へと戻った。そこでは、アンナが満面の笑みで彼らを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、皆さん!」
仲間たちとの再会を喜び合う、温かい時間。だが、それも束の間だった。
アンナは、皆が席に着くと、真剣な表情で切り出した。
「セレスティア様のこと、私も調べてみました。ですが、あまり良い噂はありません。彼女は、一族の恥として、屋敷の北にある古い塔に、ずっと幽閉されているそうです。誰とも会うことを許されず、食事さえも、扉の前に置かれるだけだと……」
アンナは、そこで一度言葉を切ると、声を潜めて続けた。
「そして……。近隣の住民たちの間で、奇妙な噂が立っているのです。その塔の周りでは、夜になると、人の形をした不可解な『影』が、うろついているのが目撃される、と……」
光の継承者が幽閉された塔に現れる、謎の影。その言葉に、ノアたちは背筋が凍るような、不吉な予感を覚えた。
王都という光の舞台で、最後の仲間を探す彼らの旅は、すでに、見えざる闇との戦いの真っ只中にあったのだ。
「父様、行ってまいります!」
「うむ。お前の信じる道を行け。だが、いつでも帰ってくるのだぞ」
頑固だった父リョウマも、今では娘の成長を誰よりも誇らしげに見守っている。
【ノアの箱舟】の一行は、六人の継承者を乗せ、再び大海原へと乗り出した。目指すは、全ての始まりの場所、王都アルカディア。
「見てください、ノア様! 私の炎があれば、こんなことも!」
船上では、アカリがその明るい性格で、パーティの新たなムードメーカーとなっていた。彼女が手のひらに炎を灯すと、釣ったばかりの魚が一瞬で香ばしい焼き魚に早変わりする。
「便利だな、それ」
「ジンさんの土があれば、塩も作れるかもしれませんね!」
アカリの快活さに、無口なジンも少しずつ心を開き、ミオも楽しそうに笑っている。火と土と風。それぞれの力が、旅の食卓を豊かに彩った。
そんな和やかな雰囲気の中、カイだけは時折、遠い水平線を見つめて、難しい顔をしていた。
「カイ、どうしたんだい?」
ノアが声をかけると、カイは眉をひそめた。
「『光』の力が、さらに弱まっている。まるで、大きな影に覆われて、その光が少しずつ喰われているようだ」
「影……?」
「うん。『闇の呪い』の気配も、以前より強く感じる。それは、世界の特定の場所にあるわけじゃない。まるで、この世界の光あるところ全てに、その影が潜んでいるかのように……不気味に脈動している」
カイの言葉に、エリオが古文書の記述を重ね合わせた。
「『光あるところに影は生まれ、影は光を喰らって成長する』……。もしかしたら、『光の呪い』と『闇の呪い』は、表裏一体の存在なのかもしれない。光が弱まれば、闇が強まる」
その仮説は、一行の心に重い影を落とした。自分たちの旅は、時間との戦いであると同時に、光と闇の根源的な闘争に巻き込まれているのかもしれない。
その夜、ノアは悪夢にうなされた。
深い、深い闇の中。顔も形もない、ただ純粋な『無』としか言いようのない存在が、彼に囁きかけてくる。
『光は消える……。そして、お前たちの希望もまた、我が闇に飲み込まれるだろう……』
それは、今まで感じたどんな敵意とも違う、冷たく、絶対的な虚無感だった。ノアは、飛び起きた。全身は、冷や汗でぐっしょりと濡れている。
「今の、は……」
あれは、ただの夢ではない。『闇の呪い』の継承者、あるいはその背後にいる魔王からの、明確な干渉。ノアは、旅の真の脅威が、すぐそこまで迫っていることを肌で感じ取っていた。
長い船旅の末、一行はついに王都アルカディアへと帰還した。彼らの帰還は、英雄の凱旋として、街を挙げて歓迎された。魔王軍の幹部を討ち、天災を鎮め、二人の継承者を仲間に加えた彼らの功績は、もはや伝説となっていた。
王城に赴き、国王アルトリウスに旅の成果を報告すると、国王は満足げに頷き、彼らの労をねぎらった。
「見事であった。よくぞ、これだけの力を集めたものだ」
報告の後、ノアは国王に、アンナからの手紙にあった『魔力を持たない貴族の娘』について尋ねた。
「陛下。王都に、ルーメン家という貴族の一族がいると伺いました。その家に、力を失った娘がいるというのは、本当でしょうか」
その名を聞いた瞬間、国王の表情がわずかに曇った。
「……知っておったか。そうだ。その娘の名は、セレスティア・ルーメン。我が国で最も神聖な光の魔術を継承するはずだった、最後の末裔だ」
国王の話によれば、ルーメン家は代々、王家の血筋と並ぶほどの、強力な光の力を継承してきた一族だった。だが、セレスティアが生まれた時から、その力はなぜか完全に失われ、一族は急速に没落。今では他の貴族から蔑まれ、日陰の存在となっているという。
「彼女に、会わせていただけますか」
ノアの真剣な申し出に、国王はしばらく沈黙した後、静かに言った。
「よかろう。だが、心せよ。光の力は、あまりにも純粋で、そして何よりも脆い。その光が消える時、代わりに生まれる闇は、何よりも深いぞ」
意味深な忠告を残し、国王は彼らに接触の許可を与えた。
一行は、久しぶりに【ノアの箱舟】の拠点である邸宅へと戻った。そこでは、アンナが満面の笑みで彼らを出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、皆さん!」
仲間たちとの再会を喜び合う、温かい時間。だが、それも束の間だった。
アンナは、皆が席に着くと、真剣な表情で切り出した。
「セレスティア様のこと、私も調べてみました。ですが、あまり良い噂はありません。彼女は、一族の恥として、屋敷の北にある古い塔に、ずっと幽閉されているそうです。誰とも会うことを許されず、食事さえも、扉の前に置かれるだけだと……」
アンナは、そこで一度言葉を切ると、声を潜めて続けた。
「そして……。近隣の住民たちの間で、奇妙な噂が立っているのです。その塔の周りでは、夜になると、人の形をした不可解な『影』が、うろついているのが目撃される、と……」
光の継承者が幽閉された塔に現れる、謎の影。その言葉に、ノアたちは背筋が凍るような、不吉な予感を覚えた。
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