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第16話 魔法の天板
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工房に戻った俺は、ベッカーさんから預かった古く、分厚い鉄の天板を金床の上に置いた。
ずしりと重く、表面には長年の使用による無数の傷と煤がついている。これが、ベッカーさんの苦悩の原因。そして、彼の店の未来を左右する素材だ。
「熱を、どこまでも均一に、寸分の狂いもなく伝える……」
俺は目を閉じ、完成形のイメージを頭の中に描く。
ただ強度を上げるだけでは意味がない。熱というエネルギーを、まるで水路を流れる水のように、淀みなく、偏りなく、隅々まで行き渡らせる必要がある。
これは、ただ鉄を打ち直すだけでは不可能だ。俺の【アイテム錬-成・神級】と、【神の涙】の力が不可欠だった。
炉に火を入れ、天板を真っ赤になるまで熱する。
そして、例の如く【神の涙】から削り出した微粉末を、パラパラと振りかけた。
「【アイテム錬成・神級】」
スキルを発動した瞬間、俺の意識は天板の内部、その分子構造レベルまで深く潜り込んでいくような感覚に陥った。
鉄の粒子一つ一つが、神の粉末と結びつき、再構築されていく。
俺は魔力を通して、その粒子たちの配列を完璧な格子状に整え、熱エネルギーが一切の抵抗なく伝わるための「道」を、天板の内部に無数に作り上げていった。
光が収まった時、金床の上にあったのは、以前とは全くの別物だった。
大きさや形は変わらない。だが、表面はまるで黒曜石のように滑らかで、深い光沢を放っている。煤や傷は完全に消え去り、新品以上の輝きを宿していた。
手に取ってみると、以前よりも心なしか軽く感じる。内部構造が最適化された影響だろうか。
俺はその天板を抱え、再びベッカーさんの店へと向かった。
「ベッカーさん、できましたよ」
「お、おお……! なんて綺麗なんだ……これがわしの店の、あの天板か?」
ベッカーさんは生まれ変わった天板を見て、驚きのあまり言葉を失っている。
二人で古い天板と新しい天板を入れ替え、窯に設置する。まるで誂えたかのように、寸分の狂いもなくぴったりと収まった。
「よし、早速焼いてみよう!」
ベッカーさんは腕まくりをすると、慣れた手つきでパン生地をこね、成形していく。その表情には、不安と期待が入り混じっていた。
生地が並べられた天板を、窯の中へ滑り込ませる。
あとは、焼き上がりを待つだけだ。
窯の小窓から中を覗くと、いつもとは明らかに違う光景が広がっていた。
全てのパン生地が、まるで呼吸を合わせるかのように、同じ速度で、同じようにふっくらと膨らんでいく。焦げ始める部分も、生焼けのままの部分もない。完璧な熱の対流が、窯の中で起こっていた。
そして、焼き上がりの時間を告げるベルが鳴った。
ベッカーさんはごくりと唾を飲み込むと、大きなシャベルで窯の中から天板を取り出す。
そこに並んでいたのは、奇跡のようなパンだった。
全てが、寸分違わぬ完璧なきつね色。表面はパリッとしていて、豊かな小麦の香りが作業場いっぱいに広がる。
ベッカーさんは、その中の一つを手に取ると、震える手で二つに割った。
ふわっ、と湯気が立ち上り、中身は気泡が均一に入った、理想的な白さだった。
「……焼けてる。完璧に、焼けてる……!」
一口食べたベッカーさんの目から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うめえ……俺のパンの味だ。いや、今までで一番うめえ……!」
その日から、ベッカーさんのパン屋は息を吹き返した。
「ベッカーさんの店のパン、最近味が神がかってる」という噂は瞬く間に広がり、店先には王都の人気店も顔負けの長蛇の列ができるようになった。
俺は報酬として、「好きなだけ持っていってくれ!」というベッカーさんから、山のようなパンを受け取った。
工房に戻り、焼きたての温かいパンを頬張る。
外はサクサク、中はふんわりと柔らかい。優しい小麦の甘さが口いっぱいに広がった。
自分の力が、また一つ、誰かの笑顔を生み出した。
その事実が、どんな高級料理よりも、俺の心を温かく満たしてくれた。
ずしりと重く、表面には長年の使用による無数の傷と煤がついている。これが、ベッカーさんの苦悩の原因。そして、彼の店の未来を左右する素材だ。
「熱を、どこまでも均一に、寸分の狂いもなく伝える……」
俺は目を閉じ、完成形のイメージを頭の中に描く。
ただ強度を上げるだけでは意味がない。熱というエネルギーを、まるで水路を流れる水のように、淀みなく、偏りなく、隅々まで行き渡らせる必要がある。
これは、ただ鉄を打ち直すだけでは不可能だ。俺の【アイテム錬-成・神級】と、【神の涙】の力が不可欠だった。
炉に火を入れ、天板を真っ赤になるまで熱する。
そして、例の如く【神の涙】から削り出した微粉末を、パラパラと振りかけた。
「【アイテム錬成・神級】」
スキルを発動した瞬間、俺の意識は天板の内部、その分子構造レベルまで深く潜り込んでいくような感覚に陥った。
鉄の粒子一つ一つが、神の粉末と結びつき、再構築されていく。
俺は魔力を通して、その粒子たちの配列を完璧な格子状に整え、熱エネルギーが一切の抵抗なく伝わるための「道」を、天板の内部に無数に作り上げていった。
光が収まった時、金床の上にあったのは、以前とは全くの別物だった。
大きさや形は変わらない。だが、表面はまるで黒曜石のように滑らかで、深い光沢を放っている。煤や傷は完全に消え去り、新品以上の輝きを宿していた。
手に取ってみると、以前よりも心なしか軽く感じる。内部構造が最適化された影響だろうか。
俺はその天板を抱え、再びベッカーさんの店へと向かった。
「ベッカーさん、できましたよ」
「お、おお……! なんて綺麗なんだ……これがわしの店の、あの天板か?」
ベッカーさんは生まれ変わった天板を見て、驚きのあまり言葉を失っている。
二人で古い天板と新しい天板を入れ替え、窯に設置する。まるで誂えたかのように、寸分の狂いもなくぴったりと収まった。
「よし、早速焼いてみよう!」
ベッカーさんは腕まくりをすると、慣れた手つきでパン生地をこね、成形していく。その表情には、不安と期待が入り混じっていた。
生地が並べられた天板を、窯の中へ滑り込ませる。
あとは、焼き上がりを待つだけだ。
窯の小窓から中を覗くと、いつもとは明らかに違う光景が広がっていた。
全てのパン生地が、まるで呼吸を合わせるかのように、同じ速度で、同じようにふっくらと膨らんでいく。焦げ始める部分も、生焼けのままの部分もない。完璧な熱の対流が、窯の中で起こっていた。
そして、焼き上がりの時間を告げるベルが鳴った。
ベッカーさんはごくりと唾を飲み込むと、大きなシャベルで窯の中から天板を取り出す。
そこに並んでいたのは、奇跡のようなパンだった。
全てが、寸分違わぬ完璧なきつね色。表面はパリッとしていて、豊かな小麦の香りが作業場いっぱいに広がる。
ベッカーさんは、その中の一つを手に取ると、震える手で二つに割った。
ふわっ、と湯気が立ち上り、中身は気泡が均一に入った、理想的な白さだった。
「……焼けてる。完璧に、焼けてる……!」
一口食べたベッカーさんの目から、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うめえ……俺のパンの味だ。いや、今までで一番うめえ……!」
その日から、ベッカーさんのパン屋は息を吹き返した。
「ベッカーさんの店のパン、最近味が神がかってる」という噂は瞬く間に広がり、店先には王都の人気店も顔負けの長蛇の列ができるようになった。
俺は報酬として、「好きなだけ持っていってくれ!」というベッカーさんから、山のようなパンを受け取った。
工房に戻り、焼きたての温かいパンを頬張る。
外はサクサク、中はふんわりと柔らかい。優しい小麦の甘さが口いっぱいに広がった。
自分の力が、また一つ、誰かの笑顔を生み出した。
その事実が、どんな高級料理よりも、俺の心を温かく満たしてくれた。
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