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第17話 狩人の弓
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ベッカーさんのパン屋が行列店になってからというもの、俺の工房には時折、パンのおすそ分けが届けられるようになった。
「アルトさんのおかげで、今日も大忙しだよ!」
そう言って笑うベッカーさんの顔は、以前の悩んでいた姿が嘘のように晴れやかだ。俺は焼きたてのパンを受け取りながら、人の役に立つことの喜びを改めて噛みしめていた。
ゴードン爺さんのクワに、ベッカーさんの天板。
俺の仕事の噂は、どうやら町の人々の間で少しずつ確実に広まっているようだった。
そんなある日の午後、工房に一人の若者が訪ねてきた。歳は俺と同じくらいだろうか。日に焼け、引き締まった体つきをしており、背中には大きな弓を背負っている。狩人だ。
「ここが、アルトの工房か?」
彼は単刀直入に尋ねてきた。その目は真剣で、俺の腕を値踏みしているようだ。
「はい、そうですが」
「俺はカイル。この辺りの森で狩りをして生計を立てている」
カイルと名乗った若者は、工房の中を見渡すと、俺の前に一つの袋を置いた。中にはずしりと重い金属が入っている。上質な鉄鉱石だった。
「これで、最高の矢尻を作ってほしい」
彼の依頼内容は、明確だった。
「森の奥には、アイアンボアって呼ばれる魔物がいる。猪の化け物なんだが、その名の通り、皮が鉄みたいに硬くてな。並大抵の矢じゃ、傷一つ付けられずに弾かれちまうんだ」
話を聞けば、彼はそのアイアンボアの毛皮と牙を狙っているらしかった。高値で売れるため、一頭仕留められれば大きな稼ぎになる。だが、これまで何度も挑戦しては、矢を全て無駄にするだけで終わっているという。
「噂で聞いた。あんたなら、岩をも砕く道具を作れるってな。俺の弓の腕は確かだ。あとは、獲物の硬い皮を貫通できる、最高の矢尻さえあれば……」
彼の目には、切実な願いが宿っていた。この依頼は、彼の生活そのものがかかっているのだ。
俺は黙って頷き、彼の差し出した鉄鉱石を受け取った。
「わかりました。最高の矢尻を、お作りします」
自室に戻った俺は、預かった鉄鉱石を炉で溶かし、不純物を取り除いていく。ただ硬いだけでは、かつて俺がガイアスのために作っていた矢尻と変わらない。
【アイテム錬成・神級】の力を使えば、もっと上の次元のものが作れるはずだ。
貫通力はもちろん、空気抵抗を極限まで減らした形状。そして、もう一つ。
「目標に、吸い寄せられるような……」
そうだ、必中の効果を付与してみよう。
俺は完成形をイメージし、精錬した鉄に【神の涙】の粉末を混ぜ込み、錬成を開始した。
流線形の鋭い矢尻が形作られていく。
そして仕上げに、俺は完成間近の矢尻に意識を集中させた。
『的を射抜け。決して外すな』
その強い意志を、魔力と共に矢尻の芯へと注ぎ込んでいく。矢尻に込められた神の素材が、俺の魔力に呼応し、その意志を魔術的な効果として定着させていくのが分かった。
完成したのは、十二本の矢尻。
一見、ただの黒鉄の矢尻にしか見えない。だが、その先端は恐ろしいほどの鋭さを持ち、全体からは微かな魔力のオーラが放たれていた。
翌日、矢尻を受け取りに来たカイルは、完成品をまじまじと見つめていた。
「……見た目は、普通の矢尻と変わらないな」
「使ってみれば、わかります」
俺が自信を持って言うと、カイルは少し怪訝な顔をしながらも、代金を支払い、矢尻を受け取って帰っていった。
それから三日後の夕暮れ。
工房の扉が勢いよく開け放たれ、カイルが息を切らして駆け込んできた。
その肩には、巨大な猪の毛皮と、見事な二本の牙が担がれている。アイアンボアだ。
「やったぞ、アルト! あんた、すげえ!」
カイルは興奮を隠せない様子でまくし立てた。
「森で奴を見つけて、狙いを定めて矢を放ったんだ。少し的がずれたかと思ったんだが、矢が……矢が勝手に軌道を変えて、奴の眉間に吸い込まれていったんだ! まるで、矢自身に意志があるみたいだった!」
彼は、まるで魔法のような出来事を語り終えると、俺の肩を力強く叩いた。
「感謝する! これでしばらくは家族に美味いものを食わせてやれる。あんたの腕は本物だ。俺の仲間にも、宣伝しておくぜ!」
満面の笑みを浮かべたカイルは、報酬の一部だと言って大きな牙を一本、俺に手渡すと、意気揚々と去っていった。
一人残された工房で、俺は手の中にあるアイアンボアの牙を眺める。
俺の作った道具が、誰かの生活を支え、喜びに繋がっていく。
その手応えが、俺の心に確かな自信を根付かせてくれた。
どうやら、この町での俺の仕事は、まだまだ始まったばかりのようだ。
「アルトさんのおかげで、今日も大忙しだよ!」
そう言って笑うベッカーさんの顔は、以前の悩んでいた姿が嘘のように晴れやかだ。俺は焼きたてのパンを受け取りながら、人の役に立つことの喜びを改めて噛みしめていた。
ゴードン爺さんのクワに、ベッカーさんの天板。
俺の仕事の噂は、どうやら町の人々の間で少しずつ確実に広まっているようだった。
そんなある日の午後、工房に一人の若者が訪ねてきた。歳は俺と同じくらいだろうか。日に焼け、引き締まった体つきをしており、背中には大きな弓を背負っている。狩人だ。
「ここが、アルトの工房か?」
彼は単刀直入に尋ねてきた。その目は真剣で、俺の腕を値踏みしているようだ。
「はい、そうですが」
「俺はカイル。この辺りの森で狩りをして生計を立てている」
カイルと名乗った若者は、工房の中を見渡すと、俺の前に一つの袋を置いた。中にはずしりと重い金属が入っている。上質な鉄鉱石だった。
「これで、最高の矢尻を作ってほしい」
彼の依頼内容は、明確だった。
「森の奥には、アイアンボアって呼ばれる魔物がいる。猪の化け物なんだが、その名の通り、皮が鉄みたいに硬くてな。並大抵の矢じゃ、傷一つ付けられずに弾かれちまうんだ」
話を聞けば、彼はそのアイアンボアの毛皮と牙を狙っているらしかった。高値で売れるため、一頭仕留められれば大きな稼ぎになる。だが、これまで何度も挑戦しては、矢を全て無駄にするだけで終わっているという。
「噂で聞いた。あんたなら、岩をも砕く道具を作れるってな。俺の弓の腕は確かだ。あとは、獲物の硬い皮を貫通できる、最高の矢尻さえあれば……」
彼の目には、切実な願いが宿っていた。この依頼は、彼の生活そのものがかかっているのだ。
俺は黙って頷き、彼の差し出した鉄鉱石を受け取った。
「わかりました。最高の矢尻を、お作りします」
自室に戻った俺は、預かった鉄鉱石を炉で溶かし、不純物を取り除いていく。ただ硬いだけでは、かつて俺がガイアスのために作っていた矢尻と変わらない。
【アイテム錬成・神級】の力を使えば、もっと上の次元のものが作れるはずだ。
貫通力はもちろん、空気抵抗を極限まで減らした形状。そして、もう一つ。
「目標に、吸い寄せられるような……」
そうだ、必中の効果を付与してみよう。
俺は完成形をイメージし、精錬した鉄に【神の涙】の粉末を混ぜ込み、錬成を開始した。
流線形の鋭い矢尻が形作られていく。
そして仕上げに、俺は完成間近の矢尻に意識を集中させた。
『的を射抜け。決して外すな』
その強い意志を、魔力と共に矢尻の芯へと注ぎ込んでいく。矢尻に込められた神の素材が、俺の魔力に呼応し、その意志を魔術的な効果として定着させていくのが分かった。
完成したのは、十二本の矢尻。
一見、ただの黒鉄の矢尻にしか見えない。だが、その先端は恐ろしいほどの鋭さを持ち、全体からは微かな魔力のオーラが放たれていた。
翌日、矢尻を受け取りに来たカイルは、完成品をまじまじと見つめていた。
「……見た目は、普通の矢尻と変わらないな」
「使ってみれば、わかります」
俺が自信を持って言うと、カイルは少し怪訝な顔をしながらも、代金を支払い、矢尻を受け取って帰っていった。
それから三日後の夕暮れ。
工房の扉が勢いよく開け放たれ、カイルが息を切らして駆け込んできた。
その肩には、巨大な猪の毛皮と、見事な二本の牙が担がれている。アイアンボアだ。
「やったぞ、アルト! あんた、すげえ!」
カイルは興奮を隠せない様子でまくし立てた。
「森で奴を見つけて、狙いを定めて矢を放ったんだ。少し的がずれたかと思ったんだが、矢が……矢が勝手に軌道を変えて、奴の眉間に吸い込まれていったんだ! まるで、矢自身に意志があるみたいだった!」
彼は、まるで魔法のような出来事を語り終えると、俺の肩を力強く叩いた。
「感謝する! これでしばらくは家族に美味いものを食わせてやれる。あんたの腕は本物だ。俺の仲間にも、宣伝しておくぜ!」
満面の笑みを浮かべたカイルは、報酬の一部だと言って大きな牙を一本、俺に手渡すと、意気揚々と去っていった。
一人残された工房で、俺は手の中にあるアイアンボアの牙を眺める。
俺の作った道具が、誰かの生活を支え、喜びに繋がっていく。
その手応えが、俺の心に確かな自信を根付かせてくれた。
どうやら、この町での俺の仕事は、まだまだ始まったばかりのようだ。
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