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第18話 町長の感謝
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狩人カイルの依頼を終えてから、俺の日常は少しだけ変わった。
工房を訪ねてくる人の数が増えたのだ。といっても、依頼が殺到するわけではない。「パン屋の帰りに寄ったよ」と顔を見せてくれるベッカーさんや、「この前の牙、高く売れたぜ」と報告に来るカイル。時には、ゴードン爺さんが採れたての野菜を籠いっぱいに入れて持ってきてくれることもあった。
彼らは依頼人というより、友人か、近所の親戚のように俺に接してくれる。王都では感じたことのなかった、人と人との温かい繋がりがそこにはあった。
町全体も、心なしか活気づいているように感じられた。
ベッカーさんのパン屋には、今日も朝から人の列ができている。ゴードン爺さんの畑では、以前よりずっと多くの作物が実っているのが遠目にも見えた。カイルを始めとする狩人たちが、質の良い毛皮や肉を市場に卸すようになったおかげで、町の経済も少し潤っているらしい。
自分のやってきたことが、少しずつこの町を変えている。その事実は、俺の胸を静かな満足感で満たしてくれた。
そんな穏やかな午後、工房の前に一台の馬車が停まった。
降りてきたのは、俺にこの工房を貸してくれた、エルフリーデンの町長その人だった。
「やあ、アルト君。元気にやっているかね」
町長は、初めて会った時と変わらない、人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「町長、わざわざどうかなさいましたか?」
「君の顔を見に来たんだよ。いやはや、君がこの町に来てくれてから、良いことずくめでね。その礼を言っておきたくて」
町長は工房の中に入ると、俺が作った道具や金床を興味深そうに眺めながら、ゆっくりと話し始めた。
「ゴードンさんからは、もう何年も手つかずだった土地を開墾できたと、嬉しそうに報告があった。今年の収穫は、例年の倍以上になるかもしれんそうだ」
「ベッカー君のパンは、今や町の名物だ。噂を聞きつけて、隣村からわざわざ買いに来る者もいるほどだよ」
「狩人たちの活躍も目覚ましい。おかげで、森の脅威も減り、町の安全にも繋がっている」
町長は一つ一つの出来事を、まるで自分のことのように嬉しそうに語った。
そして、俺に向き直ると、その柔和な表情を引き締めて、深々と頭を下げた。
「アルト君。君は、この寂れゆく町に、再び活気という名の光を灯してくれた。町を代表して、心から感謝する。本当に、ありがとう」
その言葉と、真摯な態度に、俺は思わず息をのんだ。
パーティにいた頃、俺がどれだけ貢献しても、感謝の言葉一つかけられたことはなかった。それどころか、全てはガイアスの手柄にされ、俺の存在などないものとして扱われてきた。
だが、今。この町の長が、俺一人のために、頭を下げてくれている。
胸の奥から、熱いものが込み上げてくるのがわかった。
追放され、王都を逃げ出し、誰にも必要とされていないと思っていた。そんな俺を、この町の人々は受け入れ、頼り、そして感謝してくれている。
「顔を上げてください、町長。俺は、ただ自分のやりたいことをやっただけですから」
「それでも、だ。君の仕事が、この町の人々の笑顔に繋がっている。それは紛れもない事実だよ」
町長は顔を上げると、にっこりと笑った。
「家賃のことなど、気にせんでいいからな。これからも、君の思うように、この町で腕を振るってくれたまえ。我々は、君を町の一員として、心から歓迎する」
町の一員。
その言葉が、すとんと俺の心に落ちてきた。
そうだ。ここが、今の俺の居場所なんだ。
町長が帰った後も、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
工房の中を、穏やかな西日が満たしている。
俺は、この光景を、この温かい場所を守っていきたいと、心の底から思った。
「よし、やるか」
次の依頼はまだない。
だが、いつ誰が来ても最高の仕事ができるように。
俺は気持ちを新たに、金床と槌を丁寧に磨き始めた。
カン、と布が金属を擦る乾いた音が、希望に満ちた工房に静かに響いていた。
工房を訪ねてくる人の数が増えたのだ。といっても、依頼が殺到するわけではない。「パン屋の帰りに寄ったよ」と顔を見せてくれるベッカーさんや、「この前の牙、高く売れたぜ」と報告に来るカイル。時には、ゴードン爺さんが採れたての野菜を籠いっぱいに入れて持ってきてくれることもあった。
彼らは依頼人というより、友人か、近所の親戚のように俺に接してくれる。王都では感じたことのなかった、人と人との温かい繋がりがそこにはあった。
町全体も、心なしか活気づいているように感じられた。
ベッカーさんのパン屋には、今日も朝から人の列ができている。ゴードン爺さんの畑では、以前よりずっと多くの作物が実っているのが遠目にも見えた。カイルを始めとする狩人たちが、質の良い毛皮や肉を市場に卸すようになったおかげで、町の経済も少し潤っているらしい。
自分のやってきたことが、少しずつこの町を変えている。その事実は、俺の胸を静かな満足感で満たしてくれた。
そんな穏やかな午後、工房の前に一台の馬車が停まった。
降りてきたのは、俺にこの工房を貸してくれた、エルフリーデンの町長その人だった。
「やあ、アルト君。元気にやっているかね」
町長は、初めて会った時と変わらない、人の良さそうな笑顔を浮かべている。
「町長、わざわざどうかなさいましたか?」
「君の顔を見に来たんだよ。いやはや、君がこの町に来てくれてから、良いことずくめでね。その礼を言っておきたくて」
町長は工房の中に入ると、俺が作った道具や金床を興味深そうに眺めながら、ゆっくりと話し始めた。
「ゴードンさんからは、もう何年も手つかずだった土地を開墾できたと、嬉しそうに報告があった。今年の収穫は、例年の倍以上になるかもしれんそうだ」
「ベッカー君のパンは、今や町の名物だ。噂を聞きつけて、隣村からわざわざ買いに来る者もいるほどだよ」
「狩人たちの活躍も目覚ましい。おかげで、森の脅威も減り、町の安全にも繋がっている」
町長は一つ一つの出来事を、まるで自分のことのように嬉しそうに語った。
そして、俺に向き直ると、その柔和な表情を引き締めて、深々と頭を下げた。
「アルト君。君は、この寂れゆく町に、再び活気という名の光を灯してくれた。町を代表して、心から感謝する。本当に、ありがとう」
その言葉と、真摯な態度に、俺は思わず息をのんだ。
パーティにいた頃、俺がどれだけ貢献しても、感謝の言葉一つかけられたことはなかった。それどころか、全てはガイアスの手柄にされ、俺の存在などないものとして扱われてきた。
だが、今。この町の長が、俺一人のために、頭を下げてくれている。
胸の奥から、熱いものが込み上げてくるのがわかった。
追放され、王都を逃げ出し、誰にも必要とされていないと思っていた。そんな俺を、この町の人々は受け入れ、頼り、そして感謝してくれている。
「顔を上げてください、町長。俺は、ただ自分のやりたいことをやっただけですから」
「それでも、だ。君の仕事が、この町の人々の笑顔に繋がっている。それは紛れもない事実だよ」
町長は顔を上げると、にっこりと笑った。
「家賃のことなど、気にせんでいいからな。これからも、君の思うように、この町で腕を振るってくれたまえ。我々は、君を町の一員として、心から歓迎する」
町の一員。
その言葉が、すとんと俺の心に落ちてきた。
そうだ。ここが、今の俺の居場所なんだ。
町長が帰った後も、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
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俺は、この光景を、この温かい場所を守っていきたいと、心の底から思った。
「よし、やるか」
次の依頼はまだない。
だが、いつ誰が来ても最高の仕事ができるように。
俺は気持ちを新たに、金床と槌を丁寧に磨き始めた。
カン、と布が金属を擦る乾いた音が、希望に満ちた工房に静かに響いていた。
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