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第19話 聖女来訪の噂
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町長が訪れてから数日が経った。俺の工房での生活は、すっかり軌道に乗っていた。
修理の依頼が絶え間なく舞い込むようになり、俺は金床に向かう充実した毎日を送っていた。稼いだ金で新しい作業着を買い、少しずつ食生活も豊かになってきた。追放された日のことを思えば、夢のような日々だった。
その日も、俺は農具の刃を研ぎながら、穏やかな時間を過ごしていた。
すると、工房の外が何やら騒がしいことに気がついた。普段は静かなこの通りに、多くの人の声が響いている。何かあったのだろうか。
俺が不思議に思って手を止めた、その時だった。
「アルトさん、聞いたかい!?」
勢いよく工房の扉を開けて入ってきたのは、パン屋のベッカーさんだった。その顔は興奮で紅潮している。
「どうしたんですか、ベッカーさん。そんなに慌てて」
「慌てもするさ! こりゃ、エルフリーデン始まって以来の一大事だよ!」
ベッカーさんは大きな体を揺らしながら、声を潜めて俺に告げた。
「王都から、聖女様がお見えになるんだと!」
「聖女様……?」
俺の頭に、一人の女性の名前が浮かんだ。聖女リリア。
王国の民であれば、その名を知らぬ者はいない。教会に所属し、神の奇跡を代行する特別な存在。彼女の癒しの力は、どんな難病もたちどころに治し、呪いさえも浄化すると言われている。その慈悲深い人柄と、絵画から抜け出してきたような美しさから、民衆の絶大な崇敬を集めている、まさに雲の上の人物だ。
王都にいた頃、俺もその噂は何度も耳にしていた。だが、Sランクパーティの雑用係だった俺が、彼女の姿を目にする機会などあるはずもなかった。
「なぜ、そんな方がこの辺境の町に?」
「なんでも、地方の教会を巡回視察する公務の一環らしい。それにしても、こんな辺鄙な町まで来られるとは……。町長さんなんか、朝から大慌てで、大掃除の指示を出して回ってるよ」
ベッカーさんの言う通り、外の喧騒は聖女来訪の噂で持ちきりになっているようだった。
人々はそわそわと落ち着かない様子で、誰もが「聖女様を一目拝みたい」と口々に話している。まるでお祭りの前日のような、浮き足立った空気が町全体を包んでいた。
聖女リリアか……。
俺は、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。
住む世界が違いすぎる。俺のような、薄汚れた工房で鉄を叩いている男とは、一生交わることのない存在だろう。
彼女が来ることで、町が綺麗になったり、活気づいたりするのは良いことだ。俺の感想は、その程度のものだった。
「アルトさんも、一目見に行ったらどうだい? きっとご利益があるぞ!」
そう言って笑うベッカーさんに、俺は曖昧に頷いて返す。
「そうですね。機会があれば」
ベッカーさんは、パンの配達の途中だったらしく、すぐに慌ただしく去っていった。
一人になった工房に、再び静寂が戻る。外のざわめきが、まるで別の世界の音のように聞こえた。
俺は肩をすくめると、研ぎかけだった刃に向き直った。
聖女様が来ようと、俺のやることは変わらない。目の前の依頼に応え、最高の物を作ること。それが、今の俺の全てだった。
シュッ、シュッ、と砥石が金属を削る乾いた音だけが、工房に響き続ける。
その聖女が、数日後に自分の工房の扉を叩くことになるとは、この時の俺は想像すらしていなかった。
修理の依頼が絶え間なく舞い込むようになり、俺は金床に向かう充実した毎日を送っていた。稼いだ金で新しい作業着を買い、少しずつ食生活も豊かになってきた。追放された日のことを思えば、夢のような日々だった。
その日も、俺は農具の刃を研ぎながら、穏やかな時間を過ごしていた。
すると、工房の外が何やら騒がしいことに気がついた。普段は静かなこの通りに、多くの人の声が響いている。何かあったのだろうか。
俺が不思議に思って手を止めた、その時だった。
「アルトさん、聞いたかい!?」
勢いよく工房の扉を開けて入ってきたのは、パン屋のベッカーさんだった。その顔は興奮で紅潮している。
「どうしたんですか、ベッカーさん。そんなに慌てて」
「慌てもするさ! こりゃ、エルフリーデン始まって以来の一大事だよ!」
ベッカーさんは大きな体を揺らしながら、声を潜めて俺に告げた。
「王都から、聖女様がお見えになるんだと!」
「聖女様……?」
俺の頭に、一人の女性の名前が浮かんだ。聖女リリア。
王国の民であれば、その名を知らぬ者はいない。教会に所属し、神の奇跡を代行する特別な存在。彼女の癒しの力は、どんな難病もたちどころに治し、呪いさえも浄化すると言われている。その慈悲深い人柄と、絵画から抜け出してきたような美しさから、民衆の絶大な崇敬を集めている、まさに雲の上の人物だ。
王都にいた頃、俺もその噂は何度も耳にしていた。だが、Sランクパーティの雑用係だった俺が、彼女の姿を目にする機会などあるはずもなかった。
「なぜ、そんな方がこの辺境の町に?」
「なんでも、地方の教会を巡回視察する公務の一環らしい。それにしても、こんな辺鄙な町まで来られるとは……。町長さんなんか、朝から大慌てで、大掃除の指示を出して回ってるよ」
ベッカーさんの言う通り、外の喧騒は聖女来訪の噂で持ちきりになっているようだった。
人々はそわそわと落ち着かない様子で、誰もが「聖女様を一目拝みたい」と口々に話している。まるでお祭りの前日のような、浮き足立った空気が町全体を包んでいた。
聖女リリアか……。
俺は、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。
住む世界が違いすぎる。俺のような、薄汚れた工房で鉄を叩いている男とは、一生交わることのない存在だろう。
彼女が来ることで、町が綺麗になったり、活気づいたりするのは良いことだ。俺の感想は、その程度のものだった。
「アルトさんも、一目見に行ったらどうだい? きっとご利益があるぞ!」
そう言って笑うベッカーさんに、俺は曖昧に頷いて返す。
「そうですね。機会があれば」
ベッカーさんは、パンの配達の途中だったらしく、すぐに慌ただしく去っていった。
一人になった工房に、再び静寂が戻る。外のざわめきが、まるで別の世界の音のように聞こえた。
俺は肩をすくめると、研ぎかけだった刃に向き直った。
聖女様が来ようと、俺のやることは変わらない。目の前の依頼に応え、最高の物を作ること。それが、今の俺の全てだった。
シュッ、シュッ、と砥石が金属を削る乾いた音だけが、工房に響き続ける。
その聖女が、数日後に自分の工房の扉を叩くことになるとは、この時の俺は想像すらしていなかった。
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