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第43話 恩返しは用心棒
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月下の空中散歩から、どれくらいの時間が経っただろうか。
イグニールはゆっくりと高度を下げ、俺たちは再びエルフリーデンの町外れの草原へと舞い降りた。
俺がその巨大な背中から降りると、彼女は再び眩い光に包まれ、あっという間に元の銀髪の少女の姿へと戻った。
「……ふう。久方ぶりに竜の姿に戻ったせいか、少し疲れたな」
少女の姿に戻ったイグナは、そう言いながらも、その表情はどこか満足げだった。
草原には、俺たちの帰りを待っていたリリアが、興奮冷めやらぬといった様子で駆け寄ってくる。
「すごかった……本当に、夢のようでした……!」
俺たちは、夜風に吹かれながら、ゆっくりと工房への道を歩き始めた。
先ほどまでの壮大な体験が嘘のように、今はただ、穏やかで静かな時間が流れている。
工房に戻り、俺がお茶を淹れる準備をしていると、イグナが改めて俺の前に立った。
その表情は、先ほどの竜王としての威厳とも、これまでの尊大な少女のそれとも違う、真剣で、どこか少し照れくさそうなものだった。
「アルト。先ほどの問いの答えを、まだ聞いておらぬな」
「問い?」
「我が、貴様の望みを何でも一つ叶えてやると言ったであろう」
ああ、そんなこともあったな、と俺は思い出す。
「金か、名誉か、それともどこかの国の王にしてやろうか、と」
俺はケトルを火にかけながら、苦笑して首を振った。
「そんなもの、いらないよ」
「では、何が望みだ?」
イグナの赤い瞳が、真剣な光を帯びて俺を見つめている。
俺は少し考える。
そして、正直な気持ちを、そのまま口にした。
「俺が望むのは……この、いつもの日常かな」
「日常、だと?」
「ああ。この工房で、俺を必要としてくれる人のために物を作って、時々リリアがお茶を飲みに来て、そして……君が、そこにいてくれる。そんな毎日が、俺にとっては一番の宝物なんだ」
俺の言葉に、イグナはきょとんとした顔で目を瞬かせた。リリアも、隣で頬を赤らめている。
やがて、イグナはふっと息を吐き、呆れたような、しかし嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……貴様は、本当に欲のない男だな。だから、見ていて飽きぬのかもしれん」
彼女は、何かを決心したように、胸を張って宣言した。
「よかろう。ならば、貴様のそのちっぽけで、温かい日常とやらを、この我が守護してやる」
「え?」
「貴様は、我が魂の恩人だ。この恩に報いるには、貴様が死ぬまで、その傍で守り続けてやるのが一番であろう。つまり、だ」
彼女は、少し照れを隠すように、そっぽを向きながら言った。
「今日から、我が貴様の用心棒になってやる、ということだ。光栄に思え」
それは、彼女なりの、最大限の恩返しの申し出だった。
最強の竜王が、用心棒。世界広しといえど、これほど贅沢で、心強い用心棒はいないだろう。
「それと」
彼女は、ちらりと俺の戸棚に視線を送り、付け加えた。
「この工房の食事は、まあまあ我の口に合う。貴様が作る甘い菓子も、悪くない。用心棒の報酬として、それらを毎日提供することを、貴様に命じる」
結局、最後はいつもの尊大な口調に戻ってしまうあたりが、彼女らしい。
だが、その言葉には、もう俺を拒絶するような響きはない。
「用心棒」という名目で、これからもずっと、この工房に、俺のそばにいたいのだという、彼女の素直な気持ちが透けて見えた。
「わかったよ。これから、よろしくな。用心棒殿」
俺が笑いながら言うと、イグナは「うむ」と満足げに頷いた。
その隣で、リリアが少しだけ複雑そうな、しかし嬉しそうな表情で微笑んでいる。
こうして、俺の工房には、聖女の常連客に加えて、竜王の居候兼用心棒という、とんでもないメンバーが正式に加わることになった。
俺の穏やかだったはずの日常は、ますます賑やかで、かけがえのないものになっていく。
そんな予感が、湯気の立つケトルのように、俺の心を温かく満たしていた。
イグニールはゆっくりと高度を下げ、俺たちは再びエルフリーデンの町外れの草原へと舞い降りた。
俺がその巨大な背中から降りると、彼女は再び眩い光に包まれ、あっという間に元の銀髪の少女の姿へと戻った。
「……ふう。久方ぶりに竜の姿に戻ったせいか、少し疲れたな」
少女の姿に戻ったイグナは、そう言いながらも、その表情はどこか満足げだった。
草原には、俺たちの帰りを待っていたリリアが、興奮冷めやらぬといった様子で駆け寄ってくる。
「すごかった……本当に、夢のようでした……!」
俺たちは、夜風に吹かれながら、ゆっくりと工房への道を歩き始めた。
先ほどまでの壮大な体験が嘘のように、今はただ、穏やかで静かな時間が流れている。
工房に戻り、俺がお茶を淹れる準備をしていると、イグナが改めて俺の前に立った。
その表情は、先ほどの竜王としての威厳とも、これまでの尊大な少女のそれとも違う、真剣で、どこか少し照れくさそうなものだった。
「アルト。先ほどの問いの答えを、まだ聞いておらぬな」
「問い?」
「我が、貴様の望みを何でも一つ叶えてやると言ったであろう」
ああ、そんなこともあったな、と俺は思い出す。
「金か、名誉か、それともどこかの国の王にしてやろうか、と」
俺はケトルを火にかけながら、苦笑して首を振った。
「そんなもの、いらないよ」
「では、何が望みだ?」
イグナの赤い瞳が、真剣な光を帯びて俺を見つめている。
俺は少し考える。
そして、正直な気持ちを、そのまま口にした。
「俺が望むのは……この、いつもの日常かな」
「日常、だと?」
「ああ。この工房で、俺を必要としてくれる人のために物を作って、時々リリアがお茶を飲みに来て、そして……君が、そこにいてくれる。そんな毎日が、俺にとっては一番の宝物なんだ」
俺の言葉に、イグナはきょとんとした顔で目を瞬かせた。リリアも、隣で頬を赤らめている。
やがて、イグナはふっと息を吐き、呆れたような、しかし嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……貴様は、本当に欲のない男だな。だから、見ていて飽きぬのかもしれん」
彼女は、何かを決心したように、胸を張って宣言した。
「よかろう。ならば、貴様のそのちっぽけで、温かい日常とやらを、この我が守護してやる」
「え?」
「貴様は、我が魂の恩人だ。この恩に報いるには、貴様が死ぬまで、その傍で守り続けてやるのが一番であろう。つまり、だ」
彼女は、少し照れを隠すように、そっぽを向きながら言った。
「今日から、我が貴様の用心棒になってやる、ということだ。光栄に思え」
それは、彼女なりの、最大限の恩返しの申し出だった。
最強の竜王が、用心棒。世界広しといえど、これほど贅沢で、心強い用心棒はいないだろう。
「それと」
彼女は、ちらりと俺の戸棚に視線を送り、付け加えた。
「この工房の食事は、まあまあ我の口に合う。貴様が作る甘い菓子も、悪くない。用心棒の報酬として、それらを毎日提供することを、貴様に命じる」
結局、最後はいつもの尊大な口調に戻ってしまうあたりが、彼女らしい。
だが、その言葉には、もう俺を拒絶するような響きはない。
「用心棒」という名目で、これからもずっと、この工房に、俺のそばにいたいのだという、彼女の素直な気持ちが透けて見えた。
「わかったよ。これから、よろしくな。用心棒殿」
俺が笑いながら言うと、イグナは「うむ」と満足げに頷いた。
その隣で、リリアが少しだけ複雑そうな、しかし嬉しそうな表情で微笑んでいる。
こうして、俺の工房には、聖女の常連客に加えて、竜王の居候兼用心棒という、とんでもないメンバーが正式に加わることになった。
俺の穏やかだったはずの日常は、ますます賑やかで、かけがえのないものになっていく。
そんな予感が、湯気の立つケトルのように、俺の心を温かく満たしていた。
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