48 / 79
第48話 用心棒のお仕事
しおりを挟む
三人での買い出しから数日後。工房には、すっかり定着した穏やかな午後が流れていた。
俺は依頼された鉈の刃こぼれを修理するため、カン、カン、とリズミカルに槌を振るっている。傍らの椅子ではリリアが静かに読書に耽り、ソファの上ではイグナが猫のように丸くなってうたた寝をしていた。
二人が身に着けている髪飾りとブローチは、すっかり彼女たちの体の一部のように馴染んでいた。
このまま、何事もなく一日が終わる。そう思っていた、その時だった。
町の中心にある市場の方角から、怒声と、何かが倒れるような物々しい音が響いてきたのだ。
普段は平和なこの町では、滅多に聞くことのない騒々しい音だった。
「ん……?」
ソファで眠っていたはずのイグナが、ぴくりと耳を動かして身を起こした。そのルビー色の瞳には、もう眠気の欠片もない。
「……騒がしいな。何事だ」
「何かあったのかしら……」
リリアも本から顔を上げ、心配そうに窓の外に視線を送る。
俺は手を止め、様子を窺う。騒ぎは収まるどころか、むしろ大きくなっているようだった。
すると、イグナがすっくと立ち上がり、ふん、と尊大に鼻を鳴らした。
「どうやら、用心棒の出番のようだな。我が主(アルト)の安眠を妨げる不届き者がいるらしい」
「え、ちょっとイグナ!?」
俺が止める間もなく、彼女は工房の扉を開け、騒ぎのする方へと歩き出してしまった。
「もう、あの子は!」
リリアと俺は顔を見合わせ、慌てて彼女の後を追った。
市場の広場には、人だかりができていた。その中心で、柄の悪い三人組の男が、八百屋の主人に絡んでいる。どうやら、流れ者のチンピラ冒険者のようだった。
「いいから金を出せって言ってんだよ、じじい!」
「ひいぃ、勘弁してください!」
男の一人が八百屋の主人を突き飛ばし、売り物の野菜が地面に散らばる。周囲の人々は、恐怖から遠巻きに見ているだけで、誰も割って入ることができない。
そこに、イグナがゆっくりと歩み寄った。
「おい、貴様ら」
鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声が響く。
チンピラたちが、なんだこのガキは、という顔でイグナを見た。
「なんだあ、嬢ちゃん。危ねえから向こうで遊んでな」
リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべて手を伸ばす。
その手がイグナに触れる寸前、彼女は静かに、しかし絶対的な声で言い放った。
「――我が主が住まうこの町で、狼藉は許さん」
その言葉と同時に、イグナの体から、ほんの少しだけ「気」が放たれた。それは竜王としての威圧の、百分の一にも満たない、ごくごく微量なもの。だが、生物としての格が違いすぎた。
チンピラ三人は、まるで天敵である竜の前に立たされた蛙のように、その場で完全に動きを止めた。顔から血の気が引き、がたがたと歯の根が合わないほどの恐怖に支配されている。
「ひ……」
「な、なんだ、こいつ……」
イグナは、そんな彼らを冷ややかに見下ろすと、地面に転がっていた小石を一つ、指先で弾いた。
シュッ、という鋭い音と共に、小石はリーダー格の男の頬をかすめ、背後の建物の壁に深々と突き刺さる。常人には到底不可能な、神業のような投擲だった。
「次に我の目に触れた時は、その首が飛ぶと思え。……失せろ」
その一言が、引き金だった。
チンピラたちは、我に返ったように悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。あっという間に、その姿はどこにも見えなくなった。
静まり返っていた広場から、やがて、わあっと歓声が上がった。
「すげえ!」
「あの嬢ちゃん、一体何者だ!?」
八百屋の主人が、震える足でイグナの元へ駆け寄り、何度も頭を下げた。
「あ、ありがとう、ありがとうお嬢ちゃん! あんたがいなけりゃ、どうなっていたことか……!」
イグナは、そんな賞賛と感謝の声を背に、ふんと一つ鼻を鳴らすと、くるりと踵を返した。そして、物陰で見ていた俺の元へ戻ってくると、得意げに胸を張ってみせた。
その顔には、「どうだ、褒めろ」と書いてある。
「……まあ、よくやった」
俺は、呆れ半分、感心半分で、彼女の銀髪の頭をくしゃりと撫でた。
「!?」
イグナは、びくりと肩を震わせ、顔を真っ赤にして固まってしまった。
「な、な、な……! 無礼者! 我の頭を撫でるとは、不敬であるぞ!」
口ではそう言いながらも、その手は俺の手を振り払おうとはしない。むしろ、どこか気持ちよさそうに目を細めている。
その様子を、リリアが少しだけ唇を尖らせて見ていた。
「まあ、アルトさんったら……」
町の人々は、俺たち三人の周りに集まり、口々にイグナを称賛している。
用心棒イグナの、最初で最後(?)の大手柄。
彼女は、ただの居候ではない、この町の頼れる守り手として、人々の心にその存在を確かに刻みつけたのだった。
俺は依頼された鉈の刃こぼれを修理するため、カン、カン、とリズミカルに槌を振るっている。傍らの椅子ではリリアが静かに読書に耽り、ソファの上ではイグナが猫のように丸くなってうたた寝をしていた。
二人が身に着けている髪飾りとブローチは、すっかり彼女たちの体の一部のように馴染んでいた。
このまま、何事もなく一日が終わる。そう思っていた、その時だった。
町の中心にある市場の方角から、怒声と、何かが倒れるような物々しい音が響いてきたのだ。
普段は平和なこの町では、滅多に聞くことのない騒々しい音だった。
「ん……?」
ソファで眠っていたはずのイグナが、ぴくりと耳を動かして身を起こした。そのルビー色の瞳には、もう眠気の欠片もない。
「……騒がしいな。何事だ」
「何かあったのかしら……」
リリアも本から顔を上げ、心配そうに窓の外に視線を送る。
俺は手を止め、様子を窺う。騒ぎは収まるどころか、むしろ大きくなっているようだった。
すると、イグナがすっくと立ち上がり、ふん、と尊大に鼻を鳴らした。
「どうやら、用心棒の出番のようだな。我が主(アルト)の安眠を妨げる不届き者がいるらしい」
「え、ちょっとイグナ!?」
俺が止める間もなく、彼女は工房の扉を開け、騒ぎのする方へと歩き出してしまった。
「もう、あの子は!」
リリアと俺は顔を見合わせ、慌てて彼女の後を追った。
市場の広場には、人だかりができていた。その中心で、柄の悪い三人組の男が、八百屋の主人に絡んでいる。どうやら、流れ者のチンピラ冒険者のようだった。
「いいから金を出せって言ってんだよ、じじい!」
「ひいぃ、勘弁してください!」
男の一人が八百屋の主人を突き飛ばし、売り物の野菜が地面に散らばる。周囲の人々は、恐怖から遠巻きに見ているだけで、誰も割って入ることができない。
そこに、イグナがゆっくりと歩み寄った。
「おい、貴様ら」
鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声が響く。
チンピラたちが、なんだこのガキは、という顔でイグナを見た。
「なんだあ、嬢ちゃん。危ねえから向こうで遊んでな」
リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべて手を伸ばす。
その手がイグナに触れる寸前、彼女は静かに、しかし絶対的な声で言い放った。
「――我が主が住まうこの町で、狼藉は許さん」
その言葉と同時に、イグナの体から、ほんの少しだけ「気」が放たれた。それは竜王としての威圧の、百分の一にも満たない、ごくごく微量なもの。だが、生物としての格が違いすぎた。
チンピラ三人は、まるで天敵である竜の前に立たされた蛙のように、その場で完全に動きを止めた。顔から血の気が引き、がたがたと歯の根が合わないほどの恐怖に支配されている。
「ひ……」
「な、なんだ、こいつ……」
イグナは、そんな彼らを冷ややかに見下ろすと、地面に転がっていた小石を一つ、指先で弾いた。
シュッ、という鋭い音と共に、小石はリーダー格の男の頬をかすめ、背後の建物の壁に深々と突き刺さる。常人には到底不可能な、神業のような投擲だった。
「次に我の目に触れた時は、その首が飛ぶと思え。……失せろ」
その一言が、引き金だった。
チンピラたちは、我に返ったように悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。あっという間に、その姿はどこにも見えなくなった。
静まり返っていた広場から、やがて、わあっと歓声が上がった。
「すげえ!」
「あの嬢ちゃん、一体何者だ!?」
八百屋の主人が、震える足でイグナの元へ駆け寄り、何度も頭を下げた。
「あ、ありがとう、ありがとうお嬢ちゃん! あんたがいなけりゃ、どうなっていたことか……!」
イグナは、そんな賞賛と感謝の声を背に、ふんと一つ鼻を鳴らすと、くるりと踵を返した。そして、物陰で見ていた俺の元へ戻ってくると、得意げに胸を張ってみせた。
その顔には、「どうだ、褒めろ」と書いてある。
「……まあ、よくやった」
俺は、呆れ半分、感心半分で、彼女の銀髪の頭をくしゃりと撫でた。
「!?」
イグナは、びくりと肩を震わせ、顔を真っ赤にして固まってしまった。
「な、な、な……! 無礼者! 我の頭を撫でるとは、不敬であるぞ!」
口ではそう言いながらも、その手は俺の手を振り払おうとはしない。むしろ、どこか気持ちよさそうに目を細めている。
その様子を、リリアが少しだけ唇を尖らせて見ていた。
「まあ、アルトさんったら……」
町の人々は、俺たち三人の周りに集まり、口々にイグナを称賛している。
用心棒イグナの、最初で最後(?)の大手柄。
彼女は、ただの居候ではない、この町の頼れる守り手として、人々の心にその存在を確かに刻みつけたのだった。
58
あなたにおすすめの小説
お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
学生学園長の悪役貴族に転生したので破滅フラグ回避がてらに好き勝手に学校を魔改造にしまくったら生徒たちから好かれまくった
竜頭蛇
ファンタジー
俺はある日、何の予兆もなくゲームの悪役貴族──マウント・ボンボンに転生した。
やがて主人公に成敗されて死ぬ破滅エンドになることを思い出した俺は破滅を避けるために自分の学園長兼学生という立場をフル活用することを決意する。
それからやりたい放題しつつ、主人公のヘイトを避けているといつ間にかヒロインと学生たちからの好感度が上がり、グレートティーチャーと化していた。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
俺の好きな人は勇者の母で俺の姉さん! パーティ追放から始まる新しい生活
石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが別に気にも留めていなかった。
ハーレムパーティ状態だったので元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、三人の幼馴染は確かに可愛いが、リヒトにとって恋愛対象にどうしても見られなかったからだ。
だから、ただ見せつけられても困るだけだった。
何故ならリヒトの好きなタイプの女性は…大人の女性だったから。
この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。
勿論ヒロインもチートはありません。
他のライトノベルや漫画じゃ主人公にはなれない、背景に居るような主人公やヒロインが、楽しく暮すような話です。
1~2話は何時もの使いまわし。
亀更新になるかも知れません。
他の作品を書く段階で、考えてついたヒロインをメインに純愛で書いていこうと思います。
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる