【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした

夏見ナイ

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第5話 毒沼温泉と安眠の寝床

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『呪晶果』の未知なる美味に舌鼓を打ち、ひとまずの空腹を満たした俺は、今後の生活について思考を巡らせていた。水と食料は、この森にあるものを利用すれば問題ない。むしろ、外の世界にいた時よりも遥かに質の良いものが手に入るだろう。

となれば、次なる課題は衣食住の『住』。つまり、安全に休息できる拠点の確保だ。この森には大型の肉食獣のような気配はないが、夜の冷え込みや雨風をしのぐ場所は必要不可欠。洞窟のような地形でもあれば理想的だが、まずは森の全体像を把握するのが先決だろう。

「さて、どこへ行こうか」

俺は独りごち、周囲を見渡した。森はどこまで行っても同じような不気味な木々と紫の魔瘴に覆われている。方向感覚を失いやすい、厄介な環境だ。

だが、少し考えて、俺は一つの結論に達した。
この森で最も安全な場所は、おそらく、最も魔瘴が濃い場所だ。

普通の生物や魔物は、この魔瘴に耐えられない。だからこそ、この森は静かなのだ。ならば、魔瘴がより濃密な場所ほど、万が一生き残っているかもしれない外敵から身を遠ざけることができるはず。俺にとっては、魔瘴が濃かろうが薄かろうが関係ないのだから。

方針は決まった。目指すは、森の最深部。

俺は再び歩き始めた。ふかふかとした腐葉土を踏みしめる足取りは、驚くほど軽い。先ほど飲んだ緑色の水と、『呪晶果』のおかげだろうか。体力が回復しているのが実感できる。

森の奥へ進むにつれて、魔瘴の紫色は徐々に深みを増していくように感じられた。空気中に漂う甘い香りも、より濃厚になってくる。それはまるで、熟した果実と花の蜜を混ぜ合わせたような、人を酩酊させる香りだった。これもまた、強力な精神作用を持つ毒の一種なのかもしれない。もちろん、俺にはただ心地よいアロマにしか感じられなかったが。

しばらく進むと、開けた場所に出た。そして、俺は目の前に広がる光景に、思わず息を呑んだ。

そこには、巨大な沼が広がっていた。湖と言っても差し支えないほどの広さだ。しかし、その水面は、美しいエメラルドグリーンに輝き、所々から白い湯気がゆらゆらと立ち上っている。沼の周囲の木々は、他の場所のものよりさらに奇怪にねじくれ、まるで沼を守る番人のように立ち並んでいた。

「これは……『万溶の沼』か」

ギルドの資料で見た、この森で最も危険とされる場所の一つ。沼の水は超強力な酸性の毒素を含み、鉄だろうが岩だろうが、触れたものすべてを跡形もなく溶かし尽くすという。もし人が落ちれば、骨の一片すら残らないだろう。

だが、今の俺の目には、そのエメラルドグリーンの沼は、極上の秘湯にしか映らなかった。立ち上る湯気、神秘的な水の色、そして周囲の静寂。これ以上ないほどの、最高のロケーションだ。

追放されてからというもの、まともに風呂にも入れていない。体は泥と汗で汚れ、気分も滅入っていた。

「……入らない手はないよな」

誰に言うでもなく呟き、俺はにやりと笑った。
躊躇はなかった。俺は手早く着ていたボロボロの革鎧を脱ぎ捨て、汚れた服を放り投げると、全裸でゆっくりと沼へと足を踏み入れた。

ぴちゃり、と足が温かな液体に触れる。

「っ……! おお……!」

伝わってきたのは、想像を絶する心地よさだった。
熱すぎず、ぬるすぎず、まさに完璧な湯加減。肌を包み込むエメラルドグリーンの液体は、とろりとしていて、まるで美容液の中に体を浸しているかのようだ。

俺はゆっくりと体の重心を沈めていき、肩までどっぷりと浸かった。

「はぁ~~~~……」

体の芯から、じわじわと疲労が溶け出していくのがわかる。骨の髄まで温まるような、極上の感覚。パーティにいた頃に溜め込んだ心身のストレスが、すべて洗い流されていくようだった。

俺は沼の縁に頭を乗せ、大の字になって空を見上げた。紫色の魔瘴がフィルターの役割を果たしているのか、空は薄暗く、星は見えない。だが、それが逆に、このプライベートな空間の落ち着きを演出していた。

「最高だ……最高すぎる……」

これが、地獄だというのか。冗談じゃない。
毎日こんな極上の温泉に入れて、美味い果物が食べ放題。誰にも文句を言われず、自分のペースで生きていける。こんな贅沢、王侯貴族だって味わえないだろう。

「これだよ、これ! これが俺の求めていた生活だ!」

思わず叫んでいた。声は、静かな水面にこだまして消えていく。

俺はしばらくの間、夢見心地で温泉を満喫した。体の汚れはすっかり落ち、肌は心なしかすべすべになった気さえする。ここを俺の専用露天風呂にしよう。そう固く心に誓った。

すっかりリフレッシュした俺が沼から上がると、いつの間にか陽が傾き始めていた。紫色の魔瘴が、夕暮れの光を浴びて、より一層幻想的なグラデーションを描いている。

「さて、そろそろ寝床を探さないとな」

さっぱりした体で、俺は再び拠点探しを再開した。
温泉の近くにいい場所があれば、毎日通えて楽なのだが。そう思いながら周囲を散策していると、沼から少し離れた小高い場所に、理想的な空間を見つけた。

そこは、ビロードのように滑らかな、深緑色の苔が一面にびっしりと生えている場所だった。その苔は、まるで手入れの行き届いた高級絨毯のようにふかふかとしており、見るからに寝心地が良さそうだ。

「これはいいな」

資料によれば、この苔は『吸命苔』。上に乗った生物から生命力を吸い取り、数時間でミイラにしてしまうという、これまた凶悪な代物だ。だが、生命力を吸い取るというのも、ある種の状態異常と言えるだろう。俺には効かないはずだ。

俺は試しに、その苔の上に大の字に寝転がってみた。

「……うわ、気持ちいい……」

予想以上の快適さだった。
柔らかな弾力が体を優しく受け止め、まるで高級なベッドに横たわっているかのよう。ほんのりと温かく、苔から発せられる独特の青々しい香りが、心を落ち着かせてくれる。

もう、ここでいいや。
今日はここで野宿しよう。俺はそう決めた。

空を見上げると、夜の帳が完全に下りていた。だが、不思議と暗闇の恐怖はない。それどころか、夜になると魔瘴の靄や、周囲に生えているキノコ、植物などが、それぞれ淡い光を放ち始め、森全体が天然のイルミネーションのように輝いていた。

静かで、美しくて、心地よい。
パーティにいた頃は、野営の夜はいつも気が休まらなかった。いつ魔物に襲われるかという恐怖、仲間たちの冷たい視線、そして明日もまた理不尽な扱いを受けるのかという憂鬱。熟睡できたことなど、ほとんどなかった。

だが、今は違う。
俺は柔らかな苔のベッドに身を横たえ、心地よい魔瘴の空気を胸いっぱいに吸い込む。体の力は自然と抜け、まぶたがゆっくりと重くなってきた。

こんなに安らかな気持ちで眠りにつくのは、一体いつ以来だろうか。
俺の意識は、何の不安もない、穏やかで深い眠りの海へと、静かに沈んでいった。

翌朝。俺は、ここ数年で感じたことのないほどの爽快な気分で目を覚ました。
体は驚くほど軽く、頭もすっきりと冴えている。昨日の『吸命苔』のベッドと、森の空気がよほど体に合ったらしい。

「よし、今日こそは家を見つけるぞ」

俺は大きく伸びをすると、気合を入れた。
まずは朝風呂だ、と万溶の沼に立ち寄り、軽く体を温める。そして、朝食として『呪晶果』を二つほど食べた。なんて贅沢な朝だろうか。

腹ごしらえを済ませた俺は、本格的な拠点探しを開始した。
この森は、かつては普通の森だったはずだ。ギルドの資料によれば、大規模な地殻変動か何かの影響で、地下から魔瘴が噴出し、今の姿になったとされている。それが数百年も前の話だというから、もしかしたら、森が汚染される前の時代の遺物が、どこかに残っているかもしれない。狩人の小屋とか、開拓者の家とか。

そんな淡い期待を抱きながら、森を歩き回ること数時間。
俺は、ついにそれらしきものを発見した。

ひときわ巨大で、ねじくれた木々が密集するエリアを抜けた先。そこだけ、ぽっかりと空間が空いていた。そして、その中央に、それはあった。

蔦や、紫色の粘菌にびっしりと覆われた、古びた石造りの一軒家。
屋根の一部は崩れ、窓ガラスは割れていたが、建物の骨格はしっかりと残っているように見えた。二階建てで、煙突までついている。誰かが住んでいたことは間違いない。おそらく、俺が考えていた通り、森が汚染される前の時代の建物だろう。

「……あった」

思わず、声が漏れた。
俺は逸る心を抑えながら、その廃屋へと近づいた。扉は朽ちかけていたが、なんとか開けることができた。

ギギィ、と嫌な音を立てて開いた扉の先には、分厚い埃と蜘蛛の巣に覆われた、静寂の空間が広がっていた。だが、中は想像していたよりもずっと状態が良かった。床や壁は石造りのためか腐っておらず、暖炉や、テーブル、椅子といった最低限の家具も、かろうじて形を保っている。

「ここだ……ここを、俺の家にする」

追放されてから、わずか一日。
水、食料、極上の温泉、そして安眠できる寝床。ついに、雨風をしのげる家まで手に入れてしまった。

廃屋の中を見渡しながら、俺の頭の中には、すでにリフォーム計画が浮かび上がっていた。まずは徹底的な大掃除だ。それから、壊れた窓や扉を修理して、暖炉が使えるようにして……。考えるだけで、わくわくしてくる。

ガイアスたちは、今頃どうしているだろうか。俺という足手まといがいなくなり、聖女の力を得て、意気揚々と次のダンジョンにでも向かっているだろうか。

まあ、どうでもいい。
彼らへの復讐は、この楽園での生活を完璧に作り上げてから、ゆっくりと考えることにしよう。

俺は埃まみれの床に腰を下ろし、これから始まる新しい生活に胸を膨らませた。
無能と蔑まれ、荷物持ちとして虐げられてきた日々は終わった。ここから始まるのは、俺が主役の、俺だけの物語だ。その最初のページは、この廃屋の再生から始まる。
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