【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした

夏見ナイ

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第14話 呪いの酵母と神の雫

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黒々とした大地に広がる、俺だけの農園。そこには、収穫を終えてもなお、次々と巨大な実をつける『呪晶果』の木々と、地面を覆い尽くさんばかりに蔓を伸ばす『紫怨イモ』の畑が広がっていた。農業の成功は、俺の生活に圧倒的な食料の安定をもたらした。だが同時に、新たな課題も生み出した。それは、有り余るほどの豊作という、なんとも贅沢な悩みだった。

拠点の片隅に増設した黒鉄製の冷蔵庫は、すでに巨大な『呪晶果』で満杯だ。毎日食べても、とても消費が追いつかない。このままでは、せっかくの極上の恵みが、ただ冷蔵庫の肥やしになるだけだ。

「何か、別の加工方法を考えないとな……」

俺は黒鉄の食卓につき、腕を組んで思案に暮れた。ジャムや干し果物もいいが、それだけでは根本的な解決にはならない。もっと大量に、そして長期保存が可能な形で、この有り余る果実を有効活用する方法はないだろうか。

その時、俺の脳裏に一つの言葉が閃光のようにきらめいた。

醸造。

この、糖度が異常に高い『呪晶果』を発酵させれば、きっととんでもない代物が出来上がるに違いない。そう、酒だ。一日の終わりに、暖炉の火を眺めながら、自らの手で作り上げた極上の酒を味わう。想像しただけで、口の中にじゅわりと唾が湧いてくる。これぞ、究極のスローライフではないか。

「よし、決まりだ。今日から俺は、醸造家になる!」

新たな目標が定まり、俺の創造意欲は再び燃え上がった。目指すは、この世のどんな美酒をも凌駕する、神々のための果実酒だ。

酒造りを始めるにあたり、まずは道具の準備からだ。家庭菜園レベルではない、本格的な醸造には、それなりの設備が必要になる。
第一に必要なのは、果汁を発酵させるための、巨大な醸造樽だ。俺は早速、森の作業場へと向かい、『黒鉄木』の加工に取り掛かった。今まで家具作りで培った木工技術を総動員し、分厚い側板を何枚も切り出し、それらを寸分の狂いもなく組み合わせていく。板同士の隙間は、『絞殺蔓』の繊維を詰め込んで完全に密閉した。数日をかけて完成したのは、俺の背丈ほどもある、黒光りする巨大な樽だった。もはや樽というより、小さなサイロのようだ。

次に必要なのは、巨大な『呪晶果』を効率よく搾るための圧搾機だ。これももちろん自作する。頑丈な『黒鉄木』で枠組みを作り、石臼のように、上下から力を加えて果実をすり潰す仕組みを考案した。てこの原理を応用し、少ない力で大きな圧力をかけられるように工夫も凝らした。我ながら、サバイバル生活で得た知識が、どんどん高度になっている気がする。

道具は揃った。いよいよ、酒造りの本番だ。
俺は畑から、ひときわ大きく、完熟した『呪晶果』をいくつか収穫してきた。それを自作の圧搾機にセットし、てこの柄を力いっぱい押し下げる。

ギギギ……と木が軋む音と共に、巨大な果実がゆっくりと圧迫されていく。やがて、その水晶のような果皮が破れ、中から信じられないほど大量の果汁が、滝のように流れ出してきた。果汁はどこまでも透き通り、まるで溶かした水晶そのもののようだ。周囲には、脳が蕩けてしまいそうなほど甘く、芳醇な香りが立ち込める。

俺はその果汁を『石化粘土』で作った壺に集め、黒鉄の醸造樽へと注ぎ込んでいった。樽が半分ほど満たされたところで、最後の、そして最も重要な工程が残っていた。

発酵を促す、酵母の投入だ。

普通のパン酵母など、この森にあるはずもない。だが、俺には確信があった。この呪われた森には、きっと酒造りに最適な、特殊な酵母が存在するはずだと。
俺は再び、森の深部へと探索に出かけた。発酵や腐敗に関わる菌類は、湿気が多く、有機物が豊富な場所にいる可能性が高い。俺は、以前『腐肉苔』を見つけたエリアへと向かった。

注意深く周囲を観察しながら歩いていると、ふと、ある木に目が留まった。その木の幹には、傷ついた部分から樹液が流れ出し、その周りに、白い粉のようなものがびっしりと付着している。風が吹くと、その粉はふわりと舞い上がり、吸い込むと、頭がくらりとするような、奇妙な感覚に襲われた。

「これだ……」

俺はその白い粉を指で少量すくい取り、舐めてみた。甘いような、それでいて、アルコールのようなツンとした刺激がある。そして、脳内に直接、陽気な音楽と、楽しげな笑い声が響き渡る幻聴が聞こえてきた。

「『酩酊菌』……とでも名付けようか」

食べた者を強制的に酩酊状態にし、現実と幻の区別がつかないほどの快楽的な幻覚を見せる、呪いの酵母。酒造りのパートナーとしては、これ以上ないほど頼もしい存在だ。

俺はその『酩酊菌』を、樹皮ごと慎重に剥がして持ち帰り、醸造樽の中へと投入した。白い粉は、水晶色の果汁の中に、ゆっくりと溶けていくように消えていった。
俺は樽に頑丈な蓋をし、念のため、『石化粘土』で隙間を完全に塞いだ。発酵の過程で発生するガスを逃がすため、蓋には『麻痺竹』で作った細い管を取り付け、その先端を水の入った壺に浸しておく。これで、簡易的なエアロックの完成だ。中の様子が見えないのは不安だったので、側面には『幻光石』をはめ込んだ小さな覗き窓も設置した。準備は、万全だった。

その夜から、樽の中では、凄まじい生命の活動が始まった。
覗き窓から中を見ると、水晶色の液体が、ぶくぶくと激しく泡立っているのが見えた。エアロックからは、コポコポとひっきりなしにガスが排出され、拠点の中には、甘い果実の香りと、アルコールのツンとした香りが混じり合った、独特の匂いが充満し始めた。

俺は毎日、樽の様子を観察した。それはまるで、新しい生命を育てているかのような、不思議な感覚だった。自分の知恵と、この森の恵みが融合し、全く新しい創造物が生まれようとしている。その過程を見守る時間は、何にも代えがたい喜びだった。

そして、酒を仕込んでから、およそ二週間後。
あれほど激しかった樽の中の泡立ちは、いつしか静かに収まっていた。エアロックから排出されるガスも、ほとんど止まっている。発酵が終わったのだ。

ごくり、と喉を鳴らし、俺は樽の蓋を開けた。
立ち上ってきたのは、もはやただの果実酒の香りではなかった。熟した果実の甘い香りに、華やかな花の香り、そして、森の木々を思わせるような、複雑で奥深い香りが、幾重にも重なり合っている。

俺は『石化粘土』で作ったお気に入りの杯を手に、樽から完成したばかりの液体を汲み出した。
それは、どこまでも澄み切った、美しい黄金色をしていた。杯の中でゆらめく液体は、まるで溶かした太陽そのもののようだ。

俺は厳かな気持ちで、その杯を口元へと運んだ。
そして、一口。

その瞬間、俺の全身を、今まで経験したことのない衝撃が駆け抜けた。

「…………なっ……!」

言葉にならない。
まず舌に触れたのは、蜂蜜のように濃厚で、それでいて気品のある、極上の甘み。だが、それはすぐに、爽やかで溌剌とした酸味へと姿を変え、口の中をリフレッシュさせる。そして、飲み込んだ後、鼻腔を抜けていくのは、数え切れないほどの花と果実が凝縮されたかのような、あまりにも芳醇な香り。

美味い。
そんな、ありきたりな言葉で表現することすら、この液体に対して失礼にあたる。これは、もはや飲み物ではない。液体化した、幸福そのものだ。

【状態異常無効】のスキルのおかげで、『酩酊菌』が持つ幻覚作用は完全にシャットアウトされ、純粋な旨味と香りのエッセンスだけが、俺の五感を完璧に満たしていく。

「……神の、雫だ……」

かろうじて絞り出した言葉は、震えていた。
俺は我を忘れて、杯を傾け続けた。アルコール度数はかなり高いはずなのに、悪酔いする気配は全くない。ただ、飲むほどに、体の中からじんわりと温まり、心が穏やかな幸福感で満たされていく。

一日の終わりに、暖炉の火を見ながら、この極上の酒を味わう。
俺の楽園での生活に、また一つ、最高の楽しみが加わった。

俺は、黄金色の液体が満たされた杯を掲げ、誰に言うでもなく、静かに呟いた。
「乾杯」

この素晴らしい楽園と、俺だけの自由な人生に。
揺らめく炎の向こうで、俺は次に作るべきものを思い描いていた。有り余る『紫怨イモ』。あれを蒸留すれば、きっと素晴らしいスピリッツが出来るに違いない。

醸造家としての俺の道は、今、始まったばかりだ。
今日もまた、この森は、俺に最高の恵みと、尽きることのない創造の喜びを与えてくれる。
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