捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

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第四話 辺境への道

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王都の喧騒が完全に背後へ消え去ると、私たちの旅は本格的な厳しさを増していった。整備された街道はすぐに途切れ、馬車の轍がかすかに残るだけの荒れた道がどこまでも続いている。

ガタガタと絶え間なく揺れる馬車の中で、私は硬い座席に身を縮こまらせていた。王宮での生活しか知らない私の体は、この過酷な旅に悲鳴を上げていた。日に日に腰は痛み、全身が鉛のように重い。

数日が過ぎた頃、ついに馬車がぬかるみにはまり、車軸が折れてしまった。御者は舌打ちをすると、わずかな報酬を受け取ってさっさと引き返していった。彼にとって、これ以上不毛の地へ近づくのはごめんだったのだろう。

こうして、私たちは広大な荒野に二人きりで取り残された。見渡す限り、茶色い大地と低い灌木が地平線まで続いている。空はどこまでも高く、青い。しかし、その広大さが逆に私たちの孤独を際立たせていた。

「ここからは、歩いていくしかありませんね」
ギルバートは冷静に状況を判断すると、馬車に残されていたわずかな水と食料を背負った。そして、私の小さな革鞄を軽々と肩にかける。

「申し訳ありません。私の荷物まで……」
「とんでもない。これくらい、どうということはありませんよ」
彼はそう言って、力強く微笑んだ。その笑顔に、私はどれだけ勇気づけられたことだろう。

歩き始めてすぐに、私は自分の甘さを思い知らされた。ごつごつした岩場、ぬかるんだ湿地、そして肌を刺すような冷たい風。一歩進むごとに体力が奪われ、息が上がる。

その日の夕暮れ、私はついに力尽きて、その場に座り込んでしまった。
「すみません……もう、一歩も……」
情けなさで涙が滲む。追放された身の上だというのに、私はまだ誰かの助けがなければ生きていけないのか。

ギルバートは何も言わず、私の隣に屈み込むと、水筒を差し出してくれた。
「無理もないことです。今夜はここで野営しましょう」
彼は手早く周囲の枯れ木を集めると、慣れた手つきで火をおこした。パチパチと音を立てて燃え上がる炎が、冷えた体に温もりをくれる。

夜の荒野は、底知れない闇と静寂に包まれていた。時折聞こえる獣の遠吠えが、私の不安を煽る。
「怖いですか」
火の向こう側で、ギルバートが静かに尋ねた。彼の黄金の瞳が、炎の光を映して揺れている。

「……少しだけ」
私が正直に答えると、彼は立ち上がって私の隣に座った。そして、自分の外套を私の肩にそっとかけてくれる。
「私がついています。どんな魔獣が現れようと、貴女様には指一本触れさせません」
その力強い言葉と、肩にかかる確かな重み。それだけで、私の心から恐怖がすうっと消えていくのを感じた。

彼は私のために、狩りで仕留めた兎で温かいスープを作ってくれた。塩だけの素朴な味付けだったが、冷え切った体に染み渡るように美味しかった。王宮で食べたどんな豪華な料理よりも、ずっと心が満たされる味だった。

「どうして……」
スープを飲み干したあと、私はずっと胸の中にあった疑問を口にした。
「どうして、ここまでしてくださるのですか。あなたの輝かしい未来を全て捨ててまで」

ギルバートは少しの間、燃え盛る炎を見つめていた。やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「未来、ですか。私にとっての輝かしい未来とは、地位や名誉のことではありません」

彼の視線が、私に向けられる。その真摯な眼差しに、私は心臓が小さく跳ねるのを感じた。

「私はずっと、貴女様を見ておりました。書庫で古い本を熱心に読まれる姿を。庭の隅で、誰にも気づかれずに枯れかけていた花に、そっと力を与えていた姿を。そして、厨房でつまみ食いをしたと濡れ衣を着せられた幼い侍女を、身を挺して庇った姿を」

それは、私自身も忘れかけていたような、ささやかな出来事だった。誰も見ていないと思っていた。誰にも、評価されることのない行いだと思っていた。

「アリシア様。貴女様の優しさと気高さを、私は知っています。それこそが、この世界で最も尊いものだと信じています。だから、私は貴女様にお仕えすると決めたのです。地位も名誉も、貴女様という存在に比べれば、塵芥にも等しい」

彼の言葉は、乾いた大地に染み込む雨のように、私の固く閉ざされた心に優しく浸透していった。十七年間、誰からも認められず、『雑草』と蔑まれてきた私。その私を、ずっと見ていてくれた人がいた。私の価値を、信じてくれる人がいた。

その事実が、凍てついていた私の心をゆっくりと溶かしていく。頬を、温かい雫が伝った。それは、情けなさや悲しみから流れる涙ではなかった。

「ありがとう……ございます」
私は、ようやくそれだけを言うのが精一杯だった。

その夜、私はギルバートの隣で、久しぶりに穏やかな眠りについた。
旅の過酷さは変わらない。けれど、私の心は少しずつ変わっていった。絶望だけが支配していた世界に、ギルバートという名の温かな光が灯ったのだ。

彼と二人で歩むこの道が、たとえどれほど険しくとも。
もう、私は一人ではない。
その確信が、私に前を向いて歩き続ける力を与えてくれた。
辺境の地は、もうすぐそこまで迫っていた。
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