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第五話 絶望の地と希望の光
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終わりの見えない旅路は、ある日を境にその様相を変えた。空の色がくすみ、風は乾いた砂埃を運んでくる。植物の姿はほとんど見えなくなり、ごつごつとした岩肌が剥き出しになった大地が広がっていた。
「もうすぐです、アリシア様」
ギルバートが前方を指差して言った。彼の声には、旅の終わりを告げる安堵と、これから始まる生活への緊張が混じっている。
私も頷いた。長い旅は私の身体を鍛え、心を少しだけ強くしてくれた。どんな場所であろうと、ギルバートと一緒ならきっと乗り越えられる。そう信じ始めていた。
やがて、私たちは小高い丘を越えた。そして、目の前に広がった光景に、私は全ての言葉を失った。
そこは、死の世界だった。
見渡す限り、岩と枯れ草だけの荒野が広がっている。大地はひび割れ、生命の潤いを失っていた。時折吹く風が、カラカラと乾いた音を立てて枯れ草を揺らすだけ。鳥の声も、虫の音も聞こえない。
ここが、辺境。父王が私を追いやった、世界の果て。
「……ひどい場所だ」
ギルバートが、思わずといった様子で呟いた。彼の表情は険しく、想像を絶する荒れ地に愕然としているのが分かった。
旅の中で芽生え始めていた、か細い希望の光。それが目の前の絶望的な光景によって、無慈悲に吹き消されていく。父の言葉は真実だったのだ。彼は私に、ここで静かに死ねと言っているのだ。
足から力が抜けていく。私はその場に崩れ落ち、ひび割れた大地に手をついた。指先に触れる土は、砂のように乾ききっていて、温もりのかけらもなかった。
「ここが……私が、生きていく場所……」
絞り出した声は、風にかき消されそうなくらい弱々しかった。涙さえも、この乾いた大地に吸い取られてしまいそうだ。
「アリシア様!」
ギルバートが駆け寄り、私の肩を支えてくれる。
「大丈夫です。私がいます。どんな土地であろうと、必ずや私たちが安心して暮らせる場所を切り拓いてみせます。ですから、どうか心を強く」
彼の言葉は温かい。けれど、目の前に広がる死の大地が、その言葉を空虚なものに聞こえさせてしまう。こんな場所で、どうやって生きていけというのだろうか。
私が絶望に打ちひしがれていた、その時だった。
クゥン……。
風の音に混じって、か細い鳴き声が聞こえたような気がした。私は顔を上げる。ギルバートも何かを察知したのか、素早く剣の柄に手をかけていた。
クゥン、クゥン……。
今度ははっきりと聞こえた。それは、苦痛に満ちた、助けを求めるような声だった。私たちは顔を見合わせ、音のする方へと慎重に歩を進めた。
声は、大きな岩の陰から聞こえてくる。ギルバートが私を背後に庇いながら、ゆっくりと岩の向こう側を覗き込んだ。
そこにいたのは、一匹の小さな生き物だった。
子犬ほどの大きさだろうか。全身が美しい銀色の毛皮で覆われている。しかし、その毛皮は土と血で汚れ、ところどころが赤黒く染まっていた。後ろ足には深い傷があり、ぐったりと横たわって、か細い息を繰り返している。
「狼…の子か?」
ギルバートが警戒しながら呟いた。魔獣かもしれない。親が近くにいる可能性もある。
だが、私にはそんな警戒心など微塵も湧いてこなかった。
その銀色の子狼の姿が、打ち捨てられ、傷ついた自分自身の姿と重なって見えたのだ。
「待ってください、アリシア様」
ギルバートの制止も耳に入らなかった。私はふらふらと子狼に駆け寄り、その前に膝をついた。
「可哀想に……痛かったでしょう」
私がそっと声をかけると、子狼は苦しげに目を開けた。その濡れた瞳が、じっと私を見つめている。敵意はない。ただ、純粋な痛みに耐えているだけだ。
震える手で、その小さな頭を撫でる。毛皮はごわごわしていて、熱っぽかった。このままでは、長くはもたないだろう。
絶望の地で見つけた、初めての生命。
私と同じように、誰にも助けてもらえず、独りぼっちで死を待っている存在。
見捨てることなんて、できるはずがなかった。
「この子を、助けたい」
私は子狼を傷つけないように、そっと両手で抱き上げた。腕の中に、温かく、そしてか弱い命の重みが伝わってくる。子狼は弱々しく鳴くと、私の腕に顔をすり寄せた。
絶望しかなかったはずの私の胸の奥に、確かな感情が芽生えるのを感じた。
この子を守りたい。
ギルバートは、そんな私の姿を黙って見ていた。やがて彼は、固く握っていた剣の柄から手を離し、静かに言った。
「分かりました。まずは、雨風をしのげる場所を探しましょう」
彼の黄金の瞳に、温かな光が宿る。それは、私の決意を信じ、尊重してくれる光だった。
私は腕の中の小さな命を強く抱きしめた。
この不毛の地で、私は無力なまま終わるわけにはいかない。
たとえ雑草だとしても、根を張り、生き抜いてみせる。
そして、この小さな命を、必ず守り抜いてみせるのだ。
私の瞳に、いつの間にか絶望とは違う、強い意志の光が宿っていた。
その変化に、私自身はまだ気づいていなかった。
「もうすぐです、アリシア様」
ギルバートが前方を指差して言った。彼の声には、旅の終わりを告げる安堵と、これから始まる生活への緊張が混じっている。
私も頷いた。長い旅は私の身体を鍛え、心を少しだけ強くしてくれた。どんな場所であろうと、ギルバートと一緒ならきっと乗り越えられる。そう信じ始めていた。
やがて、私たちは小高い丘を越えた。そして、目の前に広がった光景に、私は全ての言葉を失った。
そこは、死の世界だった。
見渡す限り、岩と枯れ草だけの荒野が広がっている。大地はひび割れ、生命の潤いを失っていた。時折吹く風が、カラカラと乾いた音を立てて枯れ草を揺らすだけ。鳥の声も、虫の音も聞こえない。
ここが、辺境。父王が私を追いやった、世界の果て。
「……ひどい場所だ」
ギルバートが、思わずといった様子で呟いた。彼の表情は険しく、想像を絶する荒れ地に愕然としているのが分かった。
旅の中で芽生え始めていた、か細い希望の光。それが目の前の絶望的な光景によって、無慈悲に吹き消されていく。父の言葉は真実だったのだ。彼は私に、ここで静かに死ねと言っているのだ。
足から力が抜けていく。私はその場に崩れ落ち、ひび割れた大地に手をついた。指先に触れる土は、砂のように乾ききっていて、温もりのかけらもなかった。
「ここが……私が、生きていく場所……」
絞り出した声は、風にかき消されそうなくらい弱々しかった。涙さえも、この乾いた大地に吸い取られてしまいそうだ。
「アリシア様!」
ギルバートが駆け寄り、私の肩を支えてくれる。
「大丈夫です。私がいます。どんな土地であろうと、必ずや私たちが安心して暮らせる場所を切り拓いてみせます。ですから、どうか心を強く」
彼の言葉は温かい。けれど、目の前に広がる死の大地が、その言葉を空虚なものに聞こえさせてしまう。こんな場所で、どうやって生きていけというのだろうか。
私が絶望に打ちひしがれていた、その時だった。
クゥン……。
風の音に混じって、か細い鳴き声が聞こえたような気がした。私は顔を上げる。ギルバートも何かを察知したのか、素早く剣の柄に手をかけていた。
クゥン、クゥン……。
今度ははっきりと聞こえた。それは、苦痛に満ちた、助けを求めるような声だった。私たちは顔を見合わせ、音のする方へと慎重に歩を進めた。
声は、大きな岩の陰から聞こえてくる。ギルバートが私を背後に庇いながら、ゆっくりと岩の向こう側を覗き込んだ。
そこにいたのは、一匹の小さな生き物だった。
子犬ほどの大きさだろうか。全身が美しい銀色の毛皮で覆われている。しかし、その毛皮は土と血で汚れ、ところどころが赤黒く染まっていた。後ろ足には深い傷があり、ぐったりと横たわって、か細い息を繰り返している。
「狼…の子か?」
ギルバートが警戒しながら呟いた。魔獣かもしれない。親が近くにいる可能性もある。
だが、私にはそんな警戒心など微塵も湧いてこなかった。
その銀色の子狼の姿が、打ち捨てられ、傷ついた自分自身の姿と重なって見えたのだ。
「待ってください、アリシア様」
ギルバートの制止も耳に入らなかった。私はふらふらと子狼に駆け寄り、その前に膝をついた。
「可哀想に……痛かったでしょう」
私がそっと声をかけると、子狼は苦しげに目を開けた。その濡れた瞳が、じっと私を見つめている。敵意はない。ただ、純粋な痛みに耐えているだけだ。
震える手で、その小さな頭を撫でる。毛皮はごわごわしていて、熱っぽかった。このままでは、長くはもたないだろう。
絶望の地で見つけた、初めての生命。
私と同じように、誰にも助けてもらえず、独りぼっちで死を待っている存在。
見捨てることなんて、できるはずがなかった。
「この子を、助けたい」
私は子狼を傷つけないように、そっと両手で抱き上げた。腕の中に、温かく、そしてか弱い命の重みが伝わってくる。子狼は弱々しく鳴くと、私の腕に顔をすり寄せた。
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