捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

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第十話 初めての畑

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奇跡の泉を手に入れたことで、私たちの生活には確かな目標が生まれた。それは、この不毛の地に私たちの手で畑を作り、食料を自給自足することだ。

「まずは、この泉の近くに場所を確保しましょう。日当たりが良く、水を運びやすい平地が望ましい」
ギルバートは冷静に周囲を見渡し、すぐに最適な場所を見つけ出した。泉の南側に広がる、わずかな緩やかな斜面。ここなら一日中、陽の光を浴びることができるだろう。

彼はどこから見つけてきたのか、鍬の代わりになりそうな丈夫な木の枝と平たい石を手に、早速土地を耕し始めた。鍛え上げられた腕の筋肉が盛り上がり、硬い地面を力強く打ち付けていく。

「私も手伝います」
私が申し出ると、ギルバートは汗を拭いながら振り返り、困ったように眉を下げた。
「いえ、アリシア様はそのような力仕事をなさる必要はありません。貴女様の繊細な手が、荒れてしまう」
その過保護ともいえる言葉に、私は少しむず痒いような嬉しいような気持ちになる。

『我ガ手伝ウ!』
フェンはそう言うと、自慢の前足で地面を勢いよく掘り返し始めた。しかし、それは手伝いというよりは穴掘り遊びに近く、土が私の顔に飛んでくる。
「こら、フェン」
私が笑いながら言うと、フェンはばつが悪そうに耳を垂れた。

和やかな雰囲気とは裏腹に、開墾作業は困難を極めた。この辺境の大地は、私たちの想像以上に固く、生命を拒絶していた。大きな石が次々と顔を出し、ギルバートの力をもってしても、作業は遅々として進まない。

数時間が経過し、ようやく畳二畳ほどの広さを耕し終えた頃には、ギルバートの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「これは…骨が折れますな。この調子では、十分な広さの畑を作るのに何日かかるか」

彼の疲れた様子を見て、私の胸はちくりと痛んだ。私だけが、何もせずに見ているだけではいけない。泉を蘇らせた時のことを思い出す。あの時、私は水に触れた。ならば、土にも同じことができるのではないだろうか。

「ギルバート。私に、少しだけやらせてください」
私は彼の隣にしゃがみこみ、ごつごつとした土塊にそっと手を触れた。
「土も、きっと生きているはずです。ただ、今は疲れて眠っているだけなのだと思います。だから、私が起こしてあげたいんです」

ギルバートは私の真剣な瞳を見て、何も言わずに頷いた。彼は一歩下がり、私に場所を譲ってくれる。

私は目を閉じ、両手を大地につけた。指先から、土の冷たさと硬さが伝わってくる。その奥にある、かすかな生命の脈動を感じ取ろうと意識を集中させた。

起きて。
お願い。あなたの力を見せて。

私の願いに応えるように、手のひらから翠色の光があふれ出す。光は大地に吸い込まれるように染み渡り、魔法のような変化を引き起こした。

カチカチに固まっていた土が、まるで柔らかなスポンジのようにふかふかと盛り上がっていく。行く手を阻んでいた石ころは、砂のように細かくなって土に溶け込み、土全体が生命力に満ちた豊かな黒土へと変わっていくのが分かった。土からは、雨上がりの森のような、懐かしい生命の香りが立ち上った。

「これは……大地そのものを、作り変えているのか」
ギルバートが、目の前の光景を信じられないといった様子で呟いた。フェンも、ふかふかになった土の上を気持ちよさそうに駆け回っている。

光が収まる頃には、私たちの目の前には十坪ほどの、見事な畑が完成していた。

「すごい……」
私は自分の手を見つめた。この小さな手の中に、こんなにも大きな力が眠っていたなんて。

私は革鞄の中から、大切にしまっていた小さな布袋を取り出した。中には、王宮の庭の隅で、誰にも見向きもされずに咲いていた野菜やハーブの花から、こっそり集めておいた種が入っていた。追放される時、咄嗟に鞄に入れたものだ。

「こんなものしかありませんが…」
私が申し訳なさそうに言うと、ギルバートは心から優しい顔で微笑んだ。
「いいえ。それは、この地における何よりも素晴らしい宝物です。アリシア様」

私はその言葉に勇気づけられ、一粒一粒、丁寧に種を蒔いていった。カブ、ニンジン、そして数種類の葉物野菜の種。最後に、泉から汲んできた魔力を帯びた水をたっぷりと注いだ。

奇跡は、その直後から始まった。
種を蒔いた場所から、ぷくりと小さな芽が顔を出す。それはみるみるうちに双葉となり、ぐんぐんと茎を伸ばし始めた。

私たちは、その場から動くことができなかった。ただ、目の前で繰り広げられる生命の神秘を、息を呑んで見守るだけだった。

陽が傾き始める頃には、畑は青々とした葉で覆われていた。そして、土の中からは、丸々と太った真っ白なカブが、恥ずかしそうに頭を覗かせている。

たった一日。いや、半日で、作物が収穫できるまでに育ってしまったのだ。王都のどんな肥沃な土地で育てたものよりも、ずっと色が濃く、生命力に満ち溢れている。

私はおそるおそるカブを一つ引き抜いた。ずしりと重い。泥を軽く払うと、現れたのは真珠のように艶やかな白い肌だった。

その夜、私たちは洞窟でささやかな収穫祭を開いた。焚き火で熱した石の上で、スライスしたカブと鹿肉を焼く。焼かれたカブからは、信じられないほど甘い香りが立ち上った。

焼きあがったばかりのカブを口に運ぶ。
「……美味しい」
思わず、声が漏れた。驚くほど甘くて、瑞々しい。繊維はきめ細かく、口の中でとろけるようだ。

「ええ、最高ですな。これほどの美味は、王宮の晩餐会でも味わったことがありません」
ギルバートも目を丸くして感動している。
『ウマイ!』
フェンも尻尾をちぎれんばかりに振って、夢中でカブを頬張っていた。

自分の力が、こんなにも美味しいものを生み出し、大切な人たちを笑顔にできる。その事実が、私の心を温かい幸福感で満たした。

ここは、絶望の地などではない。
私たちの手で、何でも生み出せる、可能性に満ちた約束の地なのだ。
この小さな畑が、後に大陸一と謳われる最強の農業国家『エデン』の、記念すべき第一歩となったことを、この時の私たちはまだ知らなかった。
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